だがそこで彼等は、フェンリルの裏側と現実を見る事になってしまう……。
「…………なんでこんな事に」
アリサの口から大きなため息と、そんな言葉が放たれる。
現在――彼女達3人は牢屋の中に居た。
手には手錠が掛けられ、さほど広くない牢屋の中を3人が押し込められるかのように入れられている。
何故このような状況になっているのか――それは少し前の出来事まで遡っていく。
3人は護衛を依頼してきたサツキのトレーラーにて、ネモス・ディアナという集落へと辿り着いた。
しかし門の前に居た者達に自分達が極東支部の者、正確にはフェンリル関係者だと告げると……なんと立ち入りを拒否されてしまった。
その対応にアリサが驚き、理由を訊ねるもののまるで相手にしない。
それどころか『さっさと立ち去れ』と言わんばかりの敵意に満ち溢れた視線を向けられる始末。
どうしたものか……そう思っていると、3人の前に1人の老人が現れた。
足が悪いのか右手で杖を突きながらこちらに近づいてくる男性の老人、サツキに八雲と呼ばれたその人によって3人はネモス・ディアナの中へと入れたのだが……すぐさま拘束され、中央に建てられている塔へと連れて行かれてしまう。
そして3人はネモス・ディアナの総統である“葦原那智”と幹部が集まる部屋へと連行された。
その時のやりとりを思い出し、アリサの表情が沈んでいく。
『貴君らは何故ここに来た?』
『極東支部の居住問題を解決するためにサテライト居住区の候補地を捜しているのですが、搭乗していたヘリがアラガミに襲われ……こちらに流れ着いたのです。
それで大変身勝手な願いなのですが、迎えが着くまでこちらでの滞在を許可してはくれませんでしょうか?』
互いの自己紹介を終えた後、上記の問いをしてきた那智にカズキが自分達がここに来た経緯を説明した瞬間――周りの者達の怒声が響き渡った。
『――勝手な事をほざくな!!』
『我々を今まで蔑ろにしておきながら、困れば頼るのか!?』
『ふざけるな!!』
『フェンリルは本当に自分勝手な連中だ、すぐさま追い出せ!!』
『兵を呼ぶんだ!!』
『――このネモス・ディアナは自衛技術を持った独立組織であり……ここに住む多くの人民は極東支部に入ることを拒まれ路頭に迷った者達だ。
その意味がわかるか? 我々を蔑ろにしてきた極東支部、そして……“シックザール”の政策を絶対に許すことはできない』
掛けている眼鏡の向こうからでもわかるほどの、冷たく怒りに満ち溢れた那智の瞳。
それを見てアリサは説得しようとした口を閉ざし、ソーマは父親の事を思い出し視線を下に向けた。
その中で――カズキは何も言わず、ただ真っ向から那智の視線を受けている。
『だが我々は極東支部の連中とは違う、迎えが来るまでの滞在を許可しよう。だが先に話した通りここの住民達は貴君らを快く思っていない者が殆どだ。
なので無用な混乱を避けるために、貴君らはこの評議会の保護下に置かせてもらう。無論……異論はないね?』
有無を言わさぬ口調、3人としても彼の意見には同調する以外の道は残されてはいなかった。
そして現在に至るわけだが……牢屋に閉じ込められているだけではなく、手錠まで装着されるのはさすがに参った。
「はぁ……しかもなんで男女を一部屋に詰め込むんですか」
「悪かったな」
「あ、でもカズキはいいんですよ? むしろ嬉しいくらいです」
「……カズキ、こいつ殴っていいか?」
「ははは……まあ仕方ないさ、とりあえず今はおとなしくしてるのが懸命だよ」
「…………」
罵詈雑言を浴びせられたというのに、カズキは甘んじてそれを受けている。
それに先程那智が放った言葉……それが真実なのか知りたくて、アリサは2人に問うた。
「あの、カズキとソーマはその……知ってたんですか? こういう人達が居るってこと……」
「…………まあ、ね」
「知ってたからってなんだってんだ、自分の部屋を明け渡せば問題が解決するってわけじゃねえだろ?」
「そ、それは…そうですけど」
「フェンリルだって神様じゃない、そしてどんなに力があっても全ての人間を救うなんて事は絶対にできない。それに僕も小さい頃極東支部を追い出された事があるからよくわかるんだ」
「えっ……!?」
「……なんだと?」
カズキの何気なく放たれた事実に、アリサだけでなくソーマも視線を上げ驚愕する。
「あの時は今よりも物が無かったからね、切り捨てられた存在は沢山居たし今だってそうだ。――だからこそ、僕達は一刻も早くサテライト居住区の候補地を見つけ出して誰もが安心して暮らせる環境を作らないと」
「……そう、ですね」
「まあ、今は拘束されてるけどな」
「ソーマ、そうやって余計な事を言うのは君の悪い所だよ?」
「まったくもう、ソーマは空気が読めませんね。だからいつまで経ってもシオちゃんと良い仲になれないんですよ?」
「ばっ、シオは関係ねえだろうが!!」
褐色の肌を僅かに赤く染め怒声を放つソーマ、しかしちっとも恐くないその姿は自然とカズキとアリサの口元に笑みを作らせた。
牢屋の中だというのに和やかな雰囲気に包まれていき……ふと、3人はある音を耳に拾う。
「…………歌?」
「塔の上から聞こえるみたいだね、それにしても……綺麗な歌だ」
「……そうだな」
「でもソーマはシオちゃんの歌の方がいいですよねー?」
「カズキ、やっぱりこいつ殴っていいか?」
「あはは………………ん?」
向かい側の牢屋から何か物音が聞こえたので、カズキはそちらへと視線を向けた。
……中に誰か居るようだ、毛布が膨らんでいるしもぞもぞと動いている。
囚人だろうか、何気なく見つめていると毛布の中に居た存在が姿を現したのだが……。
「………………えっ?」
その姿を見て、カズキはおもわず間の抜けた声を出してしまった。
「カズキ、どうしたんですか?」
「……あれ」
「? 向こうの牢屋がどうか…………えっ?」
「……なんだ、あれは」
カズキの視線を追うように向かい側の牢屋へと視線を向けるアリサとソーマ、そして2人も彼と同じく表情を驚愕のそれに変えた。
しかしそれは仕方の無い事なのかもしれない、何故ならそこに居たのは……年端もいかない少女だったのだから。
見た目はまだ十にも満たないように見える、二年前のラウエルくらい小さい。
黄色に近い金糸の髪を短く切り揃え、瞳の色も髪と同じ金。
病人が着るような簡素な衣服で身を包み、寝起きなのかどこかその表情はボーッとしている。
だが、正確には彼等が驚いたのは年端もいかぬ少女が牢屋に閉じ込められているという点ではなかった。
ではどこに驚いたのか、それは……少女に付けられている人間には決して無い耳と尻尾である。
ふわふわとした金色の体毛で包まれた耳と尻尾、それは人間のものでは無い獣のもの。
しかもそれが先程からピコピコと動いている、装飾品の類ではないというのは明白であった。
「えっと……コスプレでしょうか?」
「……違う、あの耳も尻尾も本物だよ。そうじゃなければあんな細かい動きなんかできるわけがない」
「で、でもあれ……明らかに人のものじゃないですよね? それに本来耳がある場所には何も無いし……」
「アラガミ、なのか?」
「…………?」
カズキ達の声に気がついたのか、少女がボーっとした表情のままこちらへと向い た。
見つめあう事暫し、互いに無言のままであったが……先に少女が口を開く。
「…………きゅー」
「は?」
「鳴き、声?」
「きゅー、きゅうー」
少女の口から出るのは、今や殆どその姿を消してしまった動物と呼ばれる生物のものによく似ているものであった。
ふざけているのかと当初は思ったのだが、少女の雰囲気を察するにどうやらそうではないらしい。
「あの子、一体……」
「言語機能が発達してない…わけじゃないみたいだけど」
「……こんな所に居るんだ、人間じゃねえのかもしれねえな。お前らはあれがアラガミだと感知してないって事が不可解だが」
「え、ええ……違和感はあるんですけど、私にはあれがアラガミには見えないというか……」
「…………」
カズキも、少女がアラガミだという認識を抱いてはいなかった。
アラガミは常に偏食場を形成している、それを感知して2人はアラガミの気配や場所を察知しているのだ。
しかし目の前の少女からはその偏食場は感じられない、だが……体内にオラクル細胞に似たものを感じることができた。
……オラクル細胞に限りなく近い何か、だが2人には感じ取った事の無いもののためそれの正体を掴む事はできなかった。
だがなんだろう、カズキにはその何かがとても尊く希少な存在だと思え……突如として、けたたましいアラームが塔全体に鳴り響いた。
『館内の全職員は至急評議会室に集合せよ。繰り返す―――館内の全職員は至急評議会室に集合せよ』
続いて聞こえてきたのはそんな放送。
一体何が起きているのか、軽く混乱する3人の前に……皮肉の言葉と共にサツキが現れた。
「神機がないとたいしたことないんですねえ」
「サツキさん!?」
「こんにちは。勘違いしてもらっては困りますので先に言っておきますけど、私はあくまで八雲おじいちゃんの頼みを聞いているだけですから。
でもちゃんと貸しとしておきますので、それよりさっさと出てくれません?」
言いながら、サツキは持っていた鍵束を用いて牢屋の扉を開ける。
更にカズキにその鍵束を手渡し手錠を外すように指示を飛ばした。
「で、でも私達は合意の元ここに居るので……」
「――アリサ、ソーマ、さっさと脱出するよ」
「えっ……」
「考えが変わったしなんだか面倒になってきた、それに……いつまでもここに居るわけにもいかないかもしれない」
「…………」
無言でカズキから鍵束を受け取り、自身の手錠を外すソーマ。
「アリサ、さっさとしろ」
「ソーマ、でも……」
「隊長であるカズキがそう判断したんだ、それにお前だっていつまでもこんな所に居たくはないだろう?」
「そ、それは……そうですけど」
未だに迷いを見せるアリサに舌打ちしつつ、ソーマはさっさと彼女の手錠も外してしまった。
外に出る3人、『こっちです』と言いながら先行するサツキへとついていく……前に、カズキはソーマから受け取った鍵束を用いて向かい側の牢屋の扉を開く。
「ちょ、何してんですか!?」
「ほら、出てきても大丈夫だよ?」
少女へと右手を伸ばし優しい口調でそう告げるカズキ。
暫しキョトンとしていた少女であったが、やがておずおずと立ち上がり…牢屋の外へと出る。
だがその瞬間先程とはまるで違う俊敏な動きで、少女はその場から全速力で駆け出してしまった。
「あ、ちょっと……!」
「あんなのほっといてずらかりますよ、また捕まってもいいんですか!?」
「カズキ、気になる気持ちはわかりますけど行きましょう?」
「…………うん」
アリサに言われ、カズキは踵を返しサツキの後を追う。
……だから、少女がじっとこちらを見つめていた事に気づくことはなかった。
■
「――なんで俺達を助けた?」
「さあ、詳しいことは八雲おじいちゃんに聞いてくださいよ。私としてはあなた達がどうなろうと知ったことじゃないんですから、それでは~」
塔から脱出し、カズキ達はサツキのトレーラーである場所へと赴く。
そこは先程であった八雲という名の老人と、彼の住まいの前。
通信機を借りてアナグラへヘリの手配を申請した後、サツキはさっさとトレーラーで去っていき……カズキ達は八雲に招かれ彼の家へと入っていった。
「サツキさんに僕達を助けるように言ってくれたんですよね。まずはお礼を言わせてください、ありがとうございました」
「何、息子の不始末は親が頭を下げねえとな」
「親?」
「那智の奴が悪かったな。あいつは頭のできは俺に似ずいいんだが、固すぎるのがいけねえ」
(えっ……那智さんが八雲さんの息子?)
はっきり言って目の前の好々爺そうに見える八雲とはまるで似ていないとアリサは思った。
あの冷たく細い瞳、あれで睨まれると何も言えなくなってしまう迫力があった、対する八雲の瞳は暖かく優しいものだ。
「フェンリルの“エイジス計画”っていうのがあったろ?」
「…………」
「巨大アーコロジー“エイジス島”ができれば、そこでみんなが平和に暮らせる……ってやつだったが、那智はそこで働いてたんだ。周りの連中に頼られるぐらいには優秀だったらしいぞ。
それが3年前くらいだったか……急に帰って来たと思ったら“壁”を作り始めてよ」
「……おいじーさん。あのオラクル装甲壁、ゴッドイーターもいないのにどうやって用意してる? 維持や更新にはアラガミのコアが必要なはずだ」
「あー……あまり大っぴらには言えないんだが、初めのうちはエイジスから少しずつくすねていったんだ」
「……そういえば、二年程前までエイジス島にあるオラクル資源が盗まれる事件が多発していたけど、ここの装甲壁に使われてたのか」
確かあの事件の犯人は結局捕まらなかったとカズキは聞いている。
二年前に自分とアリサ、そして第二、第三部隊と共に行ったエイジス島のオラクル資源回収任務の少し前までその事件が続いていたそうだ。
「まあ悪い事はいつまでもできねえもんだ、だが装甲壁が更新できなくて頭を痛めてた時……“あいつ”が現れた」
「あいつ?」
「ああ。腕輪もないのに神機を操る不思議な子供でな、しかも人間のものじゃねえ耳とおまけに尻尾まで生えてるときたもんだ」
「えっ、もしかしてそれって……私達が牢屋の中で見た女の子でしょうか?」
「腕輪もないのに神機を使う……だと?」
そんな事は決してありえない、腕輪がなければ神機に自身が捕喰されてしまうのだから。
「もちろん全員が驚いたさ。だが同時にチャンスだと思ったのかねえ…アラガミと戦ってたその子を捕らえて、装甲壁を更新するためにとんでもないVIPルームに住まわせてたってわけだ」
「ひどい……!」
「ああ、そして俺もそんなクソみたいな行為を黙認してた最低のジジイってわけだ。だがよ……この街に住んでる殆どの人間はその事実を知らないんだ、だから憎まないでくれな?」
「……わかってます。でも彼女は一体何者なんですか?」
「さあな。神機も随分古いもんでボロボロだったって話しだし、その子……喋れないみたいだからな。身体の分析を行ったんだが……この街の施設じゃ何もわからなかったそうだ」
「…………」
彼女は十中八九人間ではない、今までの会話でそれは断言できる事実である。
では一体何者なのだろう、何故腕輪もなしに神機を扱えたのか……謎は深まるばかりだ。
「――ところでお前さん達は、これからどうするんだ?」
「えっ?」
「牢屋なんぞにおとなしく入ってたんだ、お前さん達にも何か訳があるんだろ? あんな所よりは家の方が寝心地もいいと思うけどな」
「……いいんですか?」
「ああ。お前さん達はフェンリルの連中とはどこか違う……それにサツキを助けてくれた恩もある、そっちがよければ迎えが来るまでここに居るといい」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。二人もいいよね?」
「え、ええ…私は構いませんけど……」
「ああ、構わない」
「決まりだ。まあ狭いがくつろいでいってくれ」
――ネモス・ディアナから少し離れた森の中。
その中で、先程カズキに助けられた少女が走っていた。
あんな場所には居たくない、どこか遠くに逃げないと……そう思いながら走り続け、しかし突如としてその足は止まる。
「――へえ、珍しい。こんなに小さい固体が居るなんて思わなかった」
「っ、きゅ、きゅう……」
「しかも人の形を形成できるんだ、でも言葉は喋れないみたいだね」
「きゅ、きゅう……」
目の前に現れた存在を見て、少女の足は奮え少しずつ後退していく。
だがソレはにっこりと微笑み……けれど、微塵も笑ってない瞳を少女に向け、こう言った。
「ちょうどいいや。人間達の住処に戻ってよ、面白い玩具が複数こっちに向かってるみたいだし」
「…………」
「人間も面白いモノを作ったよねー、何て言ったかな? まあ忘れちゃったけど……自分達で自分達の敵を作るなんて、人間ってホントに面白い」
ソレは笑う、くすくすと静かに……呑み込まれそうな狂気を孕んだまま。
少女は動けない、既にソレの雰囲気に呑み込まれ金縛りに遭ったかのように動く事ができなくなっていた。
「良い子だねー。じゃあ我が戻してあげる、面白い玩具の相手……ちゃんとしてね?」
ソレは手を伸ばし、少女の身体を掴んだ。
恐怖に包まれた少女の顔を満足げに見つめつつ、ソレは少女と共にその場から姿を消した。
「さーて、楽しい楽しい余興の始まりだよ――――カズキ」
To.Be.Continued...
原作では出なかった謎の少女、彼女は一体何者なのか……。
正体がわかるのは相当先になりそうですね、そして次回は……。