アラガミを殲滅しながらも、彼の傷は……決して消える事はない。
その傷は思い出したくない記憶を思い出させ、確実に彼に新たな傷を刻んでいく……。
「アラガミが来たぞ!!」
その言葉が、僕の運命を変えた。
「カズキ、ローザ、逃げるぞ!!」
父さんが叫ぶようにそう言って、僕達の手を引っ張っていく。
小さかった僕でも、アラガミがどんな存在かは知っていた。
――知っている人達が、沢山食べられたから。
幼いながらに、アラガミに出会えば殺されるとわかっていたから、冷えていく心を抱いたまま走り続けた。
――肺が痛い。
――息が上がる。
――足も動かなくなっていく。
走って走って――とにかくアラガミに出会わないように願いながら走り続けて。
――唐突に、両親の身体が半分無くなった。
「――――」
僕の右手には、両親であったモノの腕だけが、残されている。
突然の事で、僕もローザも、時が止まったかのように固まってしまう。
――目の前には、見たことがないアラガミ。
シユウのような人型、けれど顔の部分は何本も捻れた角を生やし、大きく口が裂けたヴァジュラのようだ。
その口には、赤く染まった肉片がこびり付いており……それが、誰のモノであるかを冷静に理解している自分がいた。
――殺される。
避けられぬ未来に絶望し、それで心が死んだ。
だから、人間としての機能を無くした僕には、もう意識を保つ事もできなくて……。
――気がついたら、血だまりの中で倒れ込んでいた。
ダレモいない、ナニモない。
父さんも、母さんも、妹も。
みんなミンナ、死んでしまった。
残されたのは、僕1人。
どうして生き残ったのか、理解できない。
――何故死ねなかった。
――何故死ななかった。
こんな……こんな世界で1人生き残っても仕方ないのに。
なんで、何で、ナンデ?
ナンデボクダケ、ブザマニイキノコッテ―――
「カズキ!!」
「――――っ!!?」
ビクリと反応し、カズキは慌てて立ち上がる。
すると、目の前にはキョトンとしているコウタの姿が。
「あっ………ごめん」
どうやら、座りながら眠っていたようだ、辺りを見ると極東支部のエントランスロビーに居た。
……今のは、過去の夢だったようだ。
忘れる事などできない、忘れてはならない……過去の記憶。
「ほら、外出許可も貰ったしさ、行こうぜ!」
「えっ、行こうぜって……何処に?」
「何言ってんだよ、今日は非番を利用してオレの家に遊びに行くんだろ?」
「…………ああ」
その言葉で、ようやく思い出した。
そうだった、今日は前から話していた通り、コウタの家に遊びに行くんだった。
「どうしたんだよ、変な夢でも見てたのか?」
「………まあ、ね」
思い出したくない、そう思っていたからか自然と冷たい口調で返してしまった。
しかしコウタはそれに気づかなかったのか、いつも通りの口調で言葉を続ける。
「まあいいや。それよか早く行こうぜ!」
「………うん」
――もう、過ぎた事だ
友達を心配させたくはない、そう思ったカズキは自分自身にそう言い聞かせ、立ち上がった。
――外部居住区
アナグラの周りを囲むように存在する、力無き人々の最後の巣窟。
アラガミを進入させないように展開する「対アラガミ装甲」に覆われた場所だが、それでもアラガミの脅威が完全に拭われたわけではない。
アラガミは常に進化し、「対アラガミ装甲」ですら捕喰する。フェンリルも装甲を強化しようと日々研究が進められているが……それでも間に合わず、アラガミが外部居住区に侵入するという事件は、何度も聞く話だ。
死と隣り合わせに生きる人達、だからこそ彼等は時折フェンリルに対して抗議デモを起こす事がある。
――アラガミの脅威は、人の心すら変えてしまったのだ。
「ただいまー!!」
コウタのそんな声で我に返る、どうやら彼の家に着いたようだ。
お世辞にも綺麗とはいえない木造の家、けれど外部居住区にある家屋は皆似たようなものだ。
「お兄ちゃん、おかえりー!」
コウタの声に反応した、1人の年端も行かない少女。
彼と同じ明るい赤茶色の髪、純朴そうでなかなか可愛らしい子である。
「ただいま、ノゾミ!!」
笑みを浮かべ、ノゾミと呼ばれた少女の頭を撫でる。
その名前で、この子が彼の妹だという事を理解した。
(……少し、ローザに似てるかな……)
見た目ではなく、無邪気そうな雰囲気がよく似ている。
と、ノゾミがカズキに気づきこちらに視線をむけてきた。
「お兄ちゃん、この人は?」
「コイツはカズキ、オレの友達さ!!」
よろしくね、カズキはノゾミに視線を向けてそう言うと。
「うん、よろしくねカズキお兄ちゃん!!」
「…………」
あんな夢を見てしまったせいか。
ノゾミの姿が、ローザと重なってしまった。
「コウタ、帰ってきたの……あら、お客様?」
奧から出てきた、1人の女性。
すぐに彼女がコウタの母親だとわかった、なる程よく似ている。
「ただいま母さん、今日は友達のカズキを連れてきたんだ!」
「はじめまして、抗神カズキです」
頭を下げる、するとコウタの母はふわりと微笑んでカズキを歓迎してくれた。
「何もないけど、ゆっくりしていってね?」
「ありがとうございます」
その優しい笑みにカズキも笑みを返し、用意された椅子に座り込んだ。
「――それでな、迫るアラガミを華麗に避けて……ズドンッ!! ふっ……決まった」
銃撃を放つポーズをしながら、決め台詞を放つコウタ。
アラガミと戦っている時の話をしているのだが……少し膨張した内容なのはご愛嬌。
妹に格好いい兄として見られたいのだろう。
……本当は華麗に避けたわけではなく、ゴロゴロと転がって壁に激突し、悶絶していたのだが……彼の名誉の為にカズキは黙っておく事にした。
「お兄ちゃんすごーい、バガラリーのジョニーみたいだね!」
そんな話でも、本気で信じたのか尊敬の眼差しをコウタに向けるノゾミ、随分と純粋な子のようだ。
ちなみに、ジョニーとはバガラリーの主人公の名前である。
「へへん、そうだろそうだろ?」
気を良くしたのか、コウタが調子に乗り始めた。
「カズキお兄ちゃんも、アラガミと戦ってるんだよね?」
「えっ、あ、うん……」
急にがこちらへと話が振られ驚いたものの、どうにか反応を返す。
すると、ノゾミはカズキにも尊敬の眼差しを送ってきた。
「けどコウタ、あまり無茶をしたらダメだよ?」
「わかってるよ。母さんは心配性なんだから」
「何言ってるの。お前の事を心配しない日はないんだから……」
「…………」
優しい母親だ、良き家族と共に暮らしてきたからこそ、コウタは優しく明るい人間に育ったのだろう。
……それがほんの少し、ほんの少しだけ……羨ましいと思ってしまった。
久しぶりに、あの時の夢を見てしまったせいで、家族という存在に……憧れてしまっているのだろう。
(そんな事考えても、しょうがないだろ)
自分に家族はいない、八年前のあの日に……見た事がないアラガミに殺された。
その事実は変わらない、故に憧れても……無意味でしかないのだ。
「――カズキ、どうかしたのか?」
「………うぅん。ただ……コウタの家族はみんな仲良いなぁって……」
「あ………」
その言葉で、コウタは理解してしまう。
配慮が足りなかった、カズキには既に家族と呼べるような存在はいないのに、自分だけ楽しそうに家族と話してしまった。
「? カズキお兄ちゃん、どうしたの?」
カズキの事情を知らないノゾミは首を傾げ、カズキはなんでもないよと返し、笑みを見せる。
それで安心したのか、ノゾミもカズキに笑顔を返す。
暗くなり掛けた場の空気が元に戻り、コウタとカズキは同時にほっと息を吐き出して。
―――けたたましい警告音が、外部居住区に響き渡った。
「っ、これは……!?」
同時に立ち上がるカズキとコウタ、ノゾミ達も表情を強ばらせる。
この警告音は――アラガミが外部居住区に侵入した時に放たれるものだ。
カズキはすぐさま通信機の端末を操作し、防衛班班長のタツミに連絡する。
程なくして、タツミの声が通信機越しに聞こえてきた。
『カズキか、どうした!?』
少し切羽詰まった声、おそらく防衛班として外部居住区に向かって走っているようだ。
「タツミさん、アラガミはどのエリアに侵入したんですか?」
『B―26地区だ、俺とカノンが今向かってるから安心しろ!! 悪いが切るぞ!!』
そう言い終わる前に、タツミからの通信が途切れる。
だが――カズキはタツミの言葉で背筋に冷たいものが走った。
B―26地区、それは……今カズキ達が居るエリアだ―――!
「カズキ、アラガミはどこに侵入したんだ!?」
「………この近くだ」
「なっ!?」
驚愕するコウタ、ノゾミ達もまともに表情を変える。
いくら神機使いといえども、神機が無い状態ではアラガミに対抗できない。
オラクル細胞を持つアラガミには通常の武器は通用せず、同じオラクル細胞を持つ神機でなければ、ダメージを与える事ができないのだ。
「――コウタは、自分の家族を」
「えっ……?」
言うやいなや、カズキはコウタの家を飛び出し、B―26地区を走り回る。
「――――」
血の匂いが鼻孔を刺激する、カズキは顔をしかめながら匂いを感じた場所へ。
そこにあったのは――三匹のオウガテイルが、周囲に血の池を作り上げている光景、が。
木造の家屋を補喰し、そこに住まう住人達を蹂躙したその姿は、縋るべき神ではなく……全てを奪う悪魔と同位。
「…………」
カズキの足元に、既に事切れた男性の腕が転がっている。
それを見て――ぶちりと、カズキの中で何かが切れた。
「―――殺す」
事務的な口調で呟きを漏らし、カズキは近くの崩れ落ちた家屋に手を伸ばす。
そこから引きずり出したのは――本来、家を支える為に存在する鉄骨。
都合100キロはあるであろう三メートル近い鉄骨を、ゴッドイーターの常人離れした腕力で持ち上げ。
「死ね」
オウガテイル達にそう告げ、地を蹴った。
近くで捕喰を繰り返すオウガテイルの一体に狙いを定め、鉄骨で突きを放ち対象を壁に叩きつける。
半壊していた家屋が音を立てて全壊し、オウガテイルが中に消えた。
ようやくカズキの存在に気づいたオウガテイル達。
しかしその前にカズキは間合いを詰め、両手で持ち直しスイングのように振り回し――オウガテイルを二体まとめて吹き飛ばし瓦礫の中に沈める。
「グァァァッ!!」
背後に迫るオウガテイル。
「――――」
気配を察し跳躍、ガチンとオウガテイルの牙が虚空を噛みついた。
そのままカズキは、オウガテイルの背中に全体重を掛けて鉄骨を突き立てる。
ゴギッ、という嫌な音を響かせ地面に沈むオウガテイル。
その間にカズキは後ろに跳躍し離れる。
普通の生物なら間違いなく即死しているであろう攻撃、だが……。
――オウガテイルは、四体共に何事もなかったかのように起き上がってきた。
「…………」
先程言ったように、オラクル細胞を持つアラガミに普通の攻撃は効果がない。
いくら普通の生物で即死ものの攻撃でも、アラガミには効かないのだ。
そんな事は先刻承知、カズキがアラガミを倒すつもりはない。
いや、本当なら今すぐに殺してやりたいが、幾分冷静になった頭で不可能だと認識した後は、オウガテイルの足止めが出来ればいいと判断する。
少なくとも自分がここでオウガテイル達を足止めしておけば、被害が増える事はない。
「グァァァッ!!」
攻撃されて怒っているのか、オウガテイル達が同時にカズキへと向かっていく。
鉄骨を構え直し、また吹き飛ばしてやろうとした瞬間。
――オウガテイルの一体が、火炎放射に包まれた。
「ふ―――っ!!」
カズキの横を通り抜け、アラガミを切り裂く青年、防衛班の大森タツミだ。
「――タツミさん」
「カズキ、後は俺達に任せろ!!」
「カズキさんは下がっててください!! ――そらっ、消えちゃえ!!」
相も変わらず、戦闘中は口調を変えるカノン。
程なくして、アラガミは一体残らず駆逐されたのは言うまでもない。
「カズキ、大丈夫だったか!?」
後処理をタツミ達に任せ、コウタの家に戻ると……心配そうな表情を見せるコウタに詰め寄られた。
「大丈夫だよ。タツミさん達がちゃんと来てくれたから」
「よかったぁ〜……マジで心配したぜ」
ふにゃふにゃとその場で座り込むコウタ、心配を掛けてしまったようだ。
「ごめんよコウタ、ノゾミちゃんも心配掛けてごめんね」
コウタと、今にも泣きそうな顔で自分を見上げるノゾミに謝罪しつつ、カズキはそっとため息をついた。
……予想以上に、外部居住区は危ういバランスの元に成り立っている。
如何に不安定な状況なのかを理解し、そして今まで知らなかった自分を恥じた。
(……なんとか、しないと)
これ以上、犠牲を出すわけにはいかない。
自分にそう言い聞かせ、カズキは口を開く。
「すみません。そろそろ失礼させてもらいます」
「えっ……?」
「どうしたんだよカズキ、今日は非番だろ?」
「うん。でもやる事ができたから……」
「……そう。でもまたいつでも来てもいいからね?」
「はい、ありがとうございます」
コウタの母の言葉に頭を下げ、カズキは家を後にする。
目指すは無論、極東支部だ。
「対アラガミ装甲」を強化するには、アラガミが持つ「偏食因子」というものが必要だ。
アラガミは日々進化する、その進化した個体から「偏食因子」を採取し、装甲を強化……正直、単なるイタチごっこなのだが、装甲を強化すれば暫くの間は安全が確保される。
だからこそ、もっと強力なアラガミを倒さねばならない。
(僕はゴッドイーターだ、アラガミを倒し力無き人々を守る。それが、僕の存在意義だ……)
守れなかった人達の為に、立ち止まるわけにはいかない。
自分にそう言い聞かせ、カズキは戦う決意を新たに抱く。
――それが、自分自身を殺している事も知らずに
To.Be.Continued...