しかし、ナナの暴走により多くのアラガミをアナグラへと集結させてしまっていた。
そんな中で――シエルはフィアの地獄を垣間見てしまう事となる………。
アナグラの医務室。
そこで傷を負い眠っているフィアを見つめている、1人の少女が居た。
彼女の名はシエル・アランソン、フィアと同じブラッド隊員である神機使いだ。
「………フィアさん」
フィアの名を呼ぶが、眠っている彼からの反応は無い。
全身を包帯で巻かれ、まるで死んだように眠っている彼の姿はただ痛々しく、シエルの表情も曇っている。
「……ごめんなさい、フィアさん」
守ることができなかった、そればかりか何もできなかった。
そんな自分を恥じ、責め続けているシエル。
勿論そんな事をしても意味はないと理性では理解している、だが感情が納得してはくれなかった。
あれだけの重傷を負いながらも、フィアは自分達を守ろうとアンノウンに立ち向かった。
それなのに自分はどうだ?アンノウンを睨むだけで何もできず、向こうが何か攻撃してきたら何もできずに殺されていただろう。
それがシエルには許せなかった、いつも自分を助けてくれる彼に何もできなかったという事実が、彼女の心をずっと傷つけていた。
だから彼女はこうやって毎日のように医務室に足を運んでは、フィアの姿を見て自己嫌悪に陥る毎日を過ごしていた。
――しかし、いつまでもこうしている余裕は無い
カズキの危惧した通り、ナナの「血の力」による暴走により、現在この極東支部周辺には多くのアラガミが集まってしまっている。
そればかりか、誘引の能力によって行動パターンが変わってしまったのか、前よりもサテライト居住区にやってくるアラガミが増えてしまったのだ。
サテライト居住区はアラガミの行動パターンを研究し、あまり寄り付かない場所に建築したというのに……。
なのでこのアナグラだけでなく、サテライト居住区を守るために毎日のようにここにいる全ての神機使いが何度も出撃していた。
……それによって出た犠牲も、決して多くはない。
だがもう少しでその脅威もある程度は解消するだろう、ナナの血の力の暴走から5日が経ち、少しずつではあるものの出撃回数も今までと同じ程度まで落ち着いてきた。
フィアが目覚める前に、この問題が解消されればいいけれど……シエルはそう思いつつ、静かに医務室を後にしようとして。
「―――な、で」
「………?」
「や…死……ボク…け………」
「フィアさん……?」
起きたのだろうか、フィアの声が聞こえシエルが振り向くと……彼は、涙を流したままうわ言を呟いていた。
その表情は見た事がない苦悶に満ちたものに変わっており、よく見ると瞳からは涙が流れている。
一体どんな夢を見ているのか、心配になったシエルは彼の元へと駆け寄り…安心させたくてそっと彼の手を握った瞬間。
――彼女の視界が、地獄に変わった
景色が、変わる。
医務室に居たはずの自分が、どこか見覚えのない場所に立っている。
突然の事態に動揺を隠せないシエルだが、その混乱を収める事はできなかった。
何故なら――目の前に広がる光景は、まさしく“地獄”と呼ぶに相応しいものであったから。
なんだこれは。
なんなのだ、これは。
なんだというのだ、この場所は。
彼女の視界に広がるもの、それは薄暗い牢獄のような部屋であった。
石造りの無機質で暖かみなど微塵も感じられない、冷たく殺風景で震えてしまうような部屋。
それだけでも精神を病むというのに、そこらに塗りたくられた赤い液体が正常な思考を蝕んでいく。
赤い液体の正体、それは紛れもない人間の血だとシエルは当たり前のように理解する。
そして、その血は1人や2人ではなく……数十数百という人間の血である事も、理解してしまった。
吐き気はすぐに現れ、けれどシエルはそこで自分の身体の感覚がない事に気づく。
一体この光景は何なのか、自分はどうしてしまったのかと混乱を深めていく彼女に――新たな光景が広がった。
「――殺して、もう殺してよ」
「嫌だ……もう生きていたくない、殺して……」
「死にたくない、死にたくない、死にたくない……」
「ここから出して……化物になんかなりたくない……」
聞こえてくるのは、まるで呪詛のような呟き。
それも声質からまだ幼い子供達だというのがわかる、その子らが……この地獄の中で、身を寄せ合って生きていた。
ボロボロの衣服に身を包み、生気のない瞳で虚空を見つめ、死にたくないと呟き続ける。
これが地獄でなくて何だというのか、既にシエルの脳の許容範囲をとうに超える絵図であった。
その、中で。
一際無機質で、同年代の少女に守られるように抱きしめられている少年が。
シエルの心を、一層蝕んだ。
傍から見るとその少年は、少女と見間違ってもおかしくはない見た目であった。
しかしシエルは当たり前のようにその少年を少年と認識して、目が離せなくなる。
「――生き延びようね、絶対に」
少年を抱きしめている少女が、優しく少年を支えるように呟く。
彼女はこの地獄の中でも生きる望みを失わず、少年を支えようとしていた。
何という命の輝き、この中でも正気を失う事無く生きているその姿はただ美しく…尊く映った。
そして、俯いていた少年が顔を上げた瞬間―――
――彼女は、現実へと帰ってきた
「っっっ!!? うっ…ぐ………!?」
最初に襲い掛かってきたのは、意識が混濁するほどの吐き気。
恥も外見もかなぐり捨てて吐き出してしまいたい衝動を必死で堪えつつ、シエルはわき目も振らずに医務室から飛び出した。
そしてそのまま近くの化粧室へと飛び込んで。
「っ、ぁ…が………ぃ………!」
そのまま、胃の内容物全てを吐き出した。
口元は唾液で汚れ、けれどいくら吐き出しても嘔吐感は消えてくれない。
結局、シエルは数分間その場から一歩も動く事ができず、ようやく嘔吐感も少しだけ和らいでも荒く息をするだけで何もできなくなってしまっていた。
「はー…はー…はー………」
荒い息を抑える事ができず、涙で滲んだ瞳はただ苦しいと訴えている。
意識は半分混濁し、思考も停止して彼女は迫る冒涜的なまでの不快感と戦い続けた。
更に数分後、どうにか落ち着きを取り戻したものの…シエルの思考はぐちゃぐちゃなままで何も考えられなかった。
(い、一体…私は、何を………)
あの光景は何なのか。
ただおぞましく、ただ恐ろしい地獄の光景。
無論そんな記憶など自分には存在しない、では一体あれは何なのか……。
そこまで考え、シエルは再び思考を停止させる。
考えるとあの時の光景がフラッシュバックし、再び嘔吐感がせり上がってきてしまうからだ。
――それから、どれだけの時間が経ったのか
ようやく通常に戻ったシエルが、ふらふらとした足取りで洗面台へと向かう。
口の中に残った吐瀉物を綺麗に洗い流し、口の中の不快感を完全に取り除く。
そして、震える足を叱咤しながら…彼女は医務室へと戻った。
フィアは先程から変わらず眠っており、静寂な医務室に変化は無い。
(……あの光景は、夢?)
否、夢などでは決して無いとシエルは否定する。
あれはまさしく現実の光景だと、他ならぬ自分自身が訴えていた。
では一体何だというのか、あのような地獄が現実だとして…一体何故自分はあんなものを見てしまったのか。
(一度、落ち着いて考えてみましょう……)
少しずつ、ほんの少しずつシエルは先程までの自分の行動を振り返る事にした。
今日は三度目の任務を終え、神機を預けてからすぐにフィアの様子を見てくるとジュリウスに告げた。
その許可を貰ってから、そのまま真っ直ぐ医務室へと足を運び…変わらない彼の姿を見て心を痛めた。
暫く彼の姿を見守ってから医務室を後にしようとして、彼の小さな寝言を耳にして……。
「そして私は、フィアさんの手を………」
彼の手を握り――そして、自分は地獄の中に居た。
……そこから導き出される答えに、けれどシエルは困惑する。
(まさか……“感応現象”?)
感応現象、新型――第二世代の神機使い同士の干渉によって発生する現象。
現在でも明確な原因は解明されていないが、可能性として考えられるのはこれしかない。
(だとすれば、あれは……フィアさんの記憶?)
あのおぞましく、そこに居るだけで精神が壊れてしまう程の地獄が彼の記憶だというのか。
そんな筈がないとシエルは否定したかった、けれど……己自身が認めてしまっていた。
確証なんか無い、けれどシエルはあれがフィアの記憶の一部であると当たり前のように思ってしまっていたのだ。
(そうだとしても……あんな世界の中で、生きていられる筈が無い………)
あそこは人間が生きれる世界ではなかった。
孤独、恐怖、死、ありとあらゆる負の感情だけが漂うあの狭い世界の中に居れば……人間ではなくなってしまう。
―――お前、そこまで壊れていたのか。
―――こいつが如何に壊れているか全然理解できてないよ。
思い出される、アンノウンの言葉。
アレはフィアを壊れた存在だと言った、あの時は侮辱されているとしか思えなかったが…今は、少しだけ理解できてしまう。
……彼は壊れていると、否が応でもシエルは理解できてしまった。
(っ、違う! フィアさんはそんな………)
必死に否定しても、一度浮かんだ懸念が消える事は無い。
違う違うと心の中で何度も否定するシエル、そんな彼女の耳に…けたたましい警報の音が鳴り響いた。
そのすぐ後に彼女の通信機が反応を示し、半ば無意識のままそれを起動させるシエル。
『シエル、まだ医務室に居るのか!?』
「隊長……はい、ところでこの警報は?」
通信してきたのがジュリウスだとわかり、シエルはどうにか平静を装いながら通信に応じた。
『外部居住区にアラガミが侵入した、老朽化した第六外壁かららしい』
「第一部隊、およびブラッド隊は?」
『全員出払っている、俺も今こっちに戻ってきた所だ』
「……了解しました。出撃して迎撃します」
『しかしシエル、お前はこの5日間で無茶を続けているだろう。ここは俺が……』
「隊長こそ無茶を続けています、神機もメンテナンスをろくに行えていないでしょう? そのような状態で出撃をすれば、死亡する可能性が増大してしまいます」
『ならば俺とお前の2人で……』
「いいえ。ここは私に任せてください」
一方的に言い放ち、シエルは通信をきると同時に神機保管庫へと向かう。
忙しなく動く整備班をよそに、シエルは真っ直ぐ自分の神機が固定されたハンガーへと赴いた。
「出撃します!!」
「ちょ、ちょっと待ってください! まだ装甲面の耐久性能が通常時の30パーセント程度しか修復されていません!! それに銃身にもかなりの負荷がかかっていますし、刀身も60パーセント程度まで性能が落ちています。その状態での出撃は……」
出撃しようとしたシエルの前に、整備班であろう青年が現れ彼女を呼び止める。
現在のシエルの神機の状態で出撃するのは危険だ、だからこそ青年は必死に呼び止めるが…今の彼女には届かない。
「大丈夫です。それに現状で第一部隊およびブラッド隊が居ない以上、どうにか現存する戦力で守るしかないでしょう?」
「そ、それはそうですが……」
「死にません。私は……死ぬわけにはいきませんから」
己に言い聞かせるように青年に返してから、シエルは今度こそ己の神機を握りしめて出撃した。
向かうは第3防衛ライン、アナグラにおける正真正銘の最期の砦であり……ここをアラガミに突破されれば終わりだ。
既にアラガミの咆哮が聞こえ……僅かに血の臭いも漂っている。
「―――――っ」
誰か犠牲になった、守れなかった事実に強い罪悪感を抱きつつも、シエルはアラガミの元へと向かっていく。
屋根を伝い、一直線に戦場へと向かって……シエルの視界にヴァジュラテイルとコンゴウの姿を捉えた。
(他にもアラガミの気配が……とにかく、数を減らす!!)
血の力による直覚能力で周囲のアラガミの状態を感知しつつ、シエルは奇襲を仕掛ける。
まず狙うは確実に一撃で仕留められる可能性を持ったヴァジュラテイルから、屋根から大きく跳躍し落下速度をプラスさせた斬撃を迷うことなくヴァジュラテイルの首へと叩き込む―――!
「っ、く………!?」
仕留めた、そう思ったシエルであったが……現実はそう甘いものではなかった。
彼女の斬撃は確かにヴァジュラテイルの首へと叩き込まれた、しかし……斬撃はその首を切断するには至らなかったのだ。
刀身のメンテナンスがまともに行われない事による性能劣化が、彼女の奇襲を失敗へと導いてしまう。
二体のアラガミがシエルに気づき、彼女へと身体を向けながら戦闘態勢に入った。
奇襲失敗という状況に一瞬シエルの動きが止まるが、彼女はすぐさま我に返り再びヴァジュラテイルへと攻撃を仕掛けた。
間合いを詰め、下段から切り上げるような横薙ぎの一撃。
アラガミの喉を掻っ切ってやろうとするその一撃は、見事命中しヴァジュラテイルの喉から鮮血が舞った。
(浅い………!)
だがまたしても、神機の能力低下という弊害がシエルの枷となってしまう。
普段なら今の一撃で終わっていたであろう攻撃を受けても、ヴァジュラテイルは倒れずシエルを頭から喰らおうと大きく口を開く。
それを見てシエルはすぐさま後ろに跳躍して離脱、ガチンッという音が響きヴァジュラテイルの攻撃は不発に終わるが。
「グオオオオオオオオッ!!!」
「っ、きゃああっ!!?」
身体を丸め、シエルを押し潰そうと転がってくるコンゴウ。
跳躍したために回避行動に移る事ができず、シエルは装甲を展開するが……彼女の口から悲鳴が飛び出し、そのまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられてしまった。
装甲の性能低下によりコンゴウの攻撃を受けきる事ができず、彼女は背中を壁に強打し一時的に行動不能に陥ってしまう。
(いけ、ない……立ち上がらないと………!)
だが頭を打ったのか、意識は混濁し身体は彼女の意志に従ってくれない。
その間にも二体のアラガミはシエルへと近づいていき、彼女の命を奪おうとして。
(っ、フィアさん………!)
「―――シエル!!!」
シエルが心の中でフィアの名を呼んだ瞬間、第三者が戦場に姿を現した。
声に反応したのか、アラガミ達が動きを止め……その行動が、死を招く結果に繋がった。
現れた第三者――ジュリウスはすぐさまコンゴウとの間合いを詰め、上段からの渾身の斬撃を相手の頭部へと叩き込んだ。
風切り音を響かせる凄まじい一撃を受け、コンゴウの頭部はあっさりと切り裂かれ斬撃は腹部にまで及ぶ。
暫く痙攣したまま立っていたコンゴウであったが、やがて力なく地面に倒れ込み動かなくなった。
コンゴウの最期を見る間もなくジュリウスは動き、今度はヴァジュラテイルに下段からの切り上げを振り放つ。
迫る死の危険を察知したのか、ヴァジュラテイルは発達した四本足で後退し何を逃れるが……そこまで。
振り上げた刀身を、返す刀で振り下ろしジュリウスは今度こそヴァジュラテイルの命を一刀の元に奪い取る。
「………シエル、無茶をするなと言った筈だぞ?」
「……申し訳ありません」
怒気を含んだジュリウスの言葉に、シエルは謝罪しながらうなだれる事しかできない。
暫く彼女を責めるように睨んでいたジュリウスであったが、やがていつもの表情に戻り彼女に手を差し出し立たせてあげた。
「とにかく残りのアラガミを迎撃する、まだ戦えるか?」
「はい。………えっ?」
「どうした? やはりダメージが……」
「い、いえ……アラガミが、一箇所に向かって移動を開始したんです」
「………なんだと?」
「間違いありません。まるでこの外部居住区から離れていくように移動しています!!」
シエルの言葉に怪訝な表情を浮かべるジュリウスだが、彼女の血の力「直覚」は正確無比を誇るのでその情報には嘘は無い筈だ。
では何故アラガミ達はこの外部居住区から離れていくのか……そこまで考え、ジュリウスは目を見開き驚愕の表情を見せた。
「まさか……ナナ!!」
「えっ、ナナさんがどうかしたんですか!?」
「アラガミが突如としてこの外部居住区から離れたのは、ナナが勝手にあの場所から抜け出して自分を囮に使っている可能性が高いという事だ!!」
「っ、まさか……いえ、でもそれならばアラガミの行動にも納得がいきます!!」
「とにかく追いかけるぞ!!」
「了解!!」
急ぎ、アラガミが移動していく場所へと向かうジュリウスとシエル。
どうかこの予測が杞憂であってくれと願いつつ、けれど2人はナナが囮になっているという事実を認めていた。
(ナナさん……無事でいてください!!)
(……フィア、お前がここに居てくれたら……)
情けない事を考えるなと己に言い聞かせ、ジュリウスは走るスピードを上げていく。
それを追いかけながら、シエルはひたすらナナの無事を祈りつつ……戦場を駆け抜けていった。
To.Be.Continued...
まさかのナナさん出番一切なし。
でも次回こそはナナさん中心になるはず………!
今回メンテナンス不足による神機の性能低下といった場面がありましたが、私の中ではメンテナンスが充分に行われないとゲームでいう攻撃力や防御力が下がったり銃のエイム力の低下や最悪破壊されるという事態に発展するという設定を組み込んでいます。
なので今回のシエルさんの攻撃がことごとく決まらなかったわけですね、それとシエルの血の力である「直覚」はゲームではアラガミの体力や場所をマップに出していたので、ここでもアラガミがどこに居てどこに移動しているのかがわかる能力にしてみました。