その中で、シエルは再びフィアの深層へと足を踏み入れてしまった………。
『―――そう。そんな事があったの』
「ああ………」
ブラッド区画にある、ジュリウスの自室。
そこの主であるジュリウスは、モニター越しでユノと会話していた。
『それで、フィアくんはどうなの?』
「どうにか一命は取り留めた、ゴッドイーターの自然治癒能力があるからもう大丈夫だろう」
『よかった……他のみんなも大丈夫なのよね?』
「それは問題ない。……すまない、ユノは世間話をしようと通信してきたというのに…暗い話をしてしまったな」
『気にしないでジュリウス、それにそういう事をちゃんと私に話してくれるのは嬉しいから』
そう言ってユノは笑う、少し子供っぽくて…けれど綺麗な笑みを。
少しだけその笑みに見惚れてから、ジュリウスは「ありがとう」と言葉を返す。
『また近い内に極東支部に寄れそうだから、その時はよろしくね?』
「ああ、楽しみにしてる」
『あら? ジュリウスがそんな気に利いた事を言うなんて、珍しいわね』
「からかうな。それに楽しみなのは確かだからな」
『………そう、なんだ。ありがとう』
本心から言ってくれた、それがわかりユノは僅かに頬を赤らめる。
……自分も極東支部に行くのが楽しみになったと、小さく呟いた。
「ユノ、どうかしたのか?」
『う、ううん、なんでもない。そ、それじゃあまたね?』
言うやいなや、ユノは通信を切ってしまった。
そんな彼女の様子にジュリウスは首を傾げつつ、席を立つ。
そして部屋を出て、ある場所へと向かった。
――再び眠り続けている、フィアの元へと。
…………。
「………フィア、起きないね」
「そう、ですね……」
個室に移され、眠っているフィアを見つめ続ける2人の少女。
彼の仲間でありブラッド隊員のシエルとナナであった。
あの戦いから今日で4日目を向かえ、既に日課になっているフィアの見舞いに来た2人であったが、あの時と変わらず彼は眠りの世界から戻ってきてはいなかった。
当初はそれを見て落胆したが、何度もそれを繰り返せばすぐに立ち直るものだ。
椅子に座り、2人は何をするわけでもなくフィアを見つめ続けている。
「……フィアに、謝らないと」
「いいんですよナナさん、フィアさんだって勝手な行動をしたんですから、お互い様です」
「おおう、シエルちゃんにしては辛辣な意見だね……」
「………フィアさんは、本当に無茶が過ぎます。むしろこっちが謝ってほしいくらいです」
知らず、シエルは口調に怒気を増やしていく。
そんな彼女の様子に驚きつつ、ナナはどこか嬉しそうに笑みを浮かべた。
なんていうのだろう、こういったシエルを見ると彼女が普通の女の子に見えるのだ。
……いや、この言い方では語弊があるかもしれない、だがナナはそう思った。
(シエルちゃんって、フィアの事になるとなんかお姉さんみたいになるなあ……)
「? ナナさん、私の顔に何か付いてますか?」
「ううん、なんでもない」
「………?」
ニコニコするナナに、シエルは首を傾げる。
そして再び場に静寂が戻り、2人は無言のまま視線をフィアに向けた。
……彼は変わらず眠り続けている、身体中に巻かれている包帯はただ痛々しい。
それを見るとナナは先程までの笑みを消し、再び罪悪感を抱き始めた。
無論、そのような感情を抱いても無駄だというのはわかっている、非は自分にあるのだからお門違いだ。
「―――失礼します」
入口の扉が開かれ、ジュリウスが医務室に入ってくる。
「ジュリウス?」
「隊長、こんにちはー」
「シエル、ナナ……お前達、また見舞いか?」
「そういう隊長も?」
「ああ。だがまだ目覚めてないのか……」
フィアの様子を見てジュリウスは呟く。
意識はいずれ戻る、それはわかってはいるものの……こうまで目覚めないと不安にもなる。
あれだけの怪我、あれだけの血を流した姿を見れば、嫌でもそう思ってしまう。
「大丈夫だよ隊長、フィアってばすっごく頑丈だし」
「………そう、だな」
「……………」
頑丈、そう……彼はナナの言ったように頑丈な身体を持っている。
それは決して比喩ではなく、ナナがジュリウスを励ますように言った大袈裟な表現でもない。
……ゴッドイーターすら超えた肉体を、この自分とさほど変わらない小柄な身体で有しているのだ。
それがシエルにはわからない、一体何をすればここまでの肉体が作り上げられるのか。
――そこまで考えて、ふと…あの時の地獄が脳裏に浮かんだ
今でも鮮明に思い出せる、精神に異常を来すような地獄の光景。
現実だと信じたくない醜悪な世界、だがそれは……フィアの中で確かな現実として存在していた。
あの光景は何だったのか、何故彼はあのような地獄の世界で生きなければならなかったのか。
確かめたい、確かめねばならないとシエルは考えて――気がつくと、彼女の視線はフィアの手に向けられていた。
「……………」
「? シエルちゃん?」
無意識な動きで、シエルの手がフィアの手に向かって伸ばされていく。
それに気づいたナナが彼女に声を掛けるが、反応する事無く…やがて、シエルの手がフィアの手を握り締めた瞬間。
――彼女は、再び地獄の中へと足を踏み入れた
広がる光景はあの時と同じ、暗く恐ろしい狭い世界。
すすり泣く子供の声と、噎せ返るような血の臭いが精神を侵す。
――まともな人間などこの世界にはおらず
――まともで居られる人間も、存在していない
だがこれは現実だと、シエルは傍観者でありながら理解できてしまった。
二回目だからか、シエルはこの光景を現実のものだと認め受け入れつつあった。
――この現象は感応現象であり、そしてこれはフィアの過去であると
しかし――この光景の何とおぞましいものか。
この狭い世界に存在するのはまだ年端もいかぬ子供達のみ、それら全てが絶望の中で生きている。
自分の境遇に涙する者、どうしてと現実を認められない者、瞳から生気を失いただ息をしているだけの存在になっている者。
まともな精神を持つ者など居る筈がなかった、これを見れば否が応でも理解させられてしまう。
――でも、その中でシエルは見た
――絶望と虚無しか抱かぬ子供達の中で唯一、瞳に溢れんばかりの光を宿した少女の姿を
薄汚れた姿ながらも、その容姿は美しく可憐。
色素の薄いクリーム色の長い髪と、吸い込まれそうなエメラルドの瞳。
歳は自分と同じくらいだろうか……この地獄の中に居ても、その少女は少しも絶望していなかった。
……凄まじい、などという表現では追いつかない心の強さを、この少女は持っている。
どんな絶望も恐怖も打ち払い、この少女はただ隣に居る少年のために……。
「―――大丈夫だよ、フィア。私がついてるから」
(…………あ)
少女が自分の隣に居る存在に話しかけてから、シエルはようやく気がついた。
少女の隣に、1人の少年が居る事に。
しかもそれは、シエルにとって見慣れた人物でもあった。
(フィア、さん………)
そう、今よりも幼い容姿だが確かにその少年はフィアであった。
少女に優しく抱きしめられながら、彼はこの地獄の世界で生きている。
「フィア、どんな時でも希望を捨てたら駄目だよ?」
「希望……?」
「そう、今は辛くても……きっと幸せになる時が来るから。
こんな世界でも、希望を捨てなければきっと明日が来るよ。だからそれまでは……私がフィアを守ってあげる」
少女は笑う、全てを包み込むような慈愛に満ちた優しい笑顔。
見る者全てに幸せを与えるようなその笑みは、フィアの心に深く焼き付く。
「それとねフィア、男の子は……みんなを守れるように強くならなきゃいけないの。
今はまだちっちゃいから無理だろうけど、いつか成長した時……みんなを守れるくらい、強くなってね?」
「………君も、守れるくらい?」
「………………そう、だね。そうしてくれると嬉しいかな」
「うん、ボク…強くなるよ。そして守りたい人を絶対に守る」
「……ありがとう、フィア」
(あ、ああ………)
感応現象により、フィアの心中がシエルの中に流れてくる。
わかった、わかってしまった。
何故彼が頑ななまでに誰かを守ろうとするのか。
どうして己の命すら、誰かを守るために平然と使おうとするのか。
――彼は、この世界で他の者と同じだったのだ
既に正気など失っていた、まともな思考など働く筈がなかったのだ。
だから――フィア・エグフィードは今のやり取りで決意してしまった。
“――誰かを守るために、自分の全てを捧げよう”と。
この狂った世界の中で育ってしまった彼が抱いてしまった、狂った願い。
だが少女は気づかない、フィアの壊れた誓いに気づく筈がない。
フィアは少女が大切だった、彼にとって少女は唯一の拠り所だった。
だから少女の願いはなんとしても叶えなければと、思ってしまったのだ。
………それが間違いだと、気づかないまま。
「―――27番と39番、出ろ」
そんな声が、突如として場に響く。
すると壁の一部が動きを見せ、重厚な扉へと変化した。
その扉が開き、現れたのは……1人の初老男性。
顔はよく見えない、だが研究者なのか白衣に身を包んだその男は、抑揚のない声で言葉を放つ。
「聞こえなかったのか? 27番と39番、出ろ」
放たれた言葉は先程と同じ。
その声を聞いて、周りの子供達は震えを大きくさせ……特に2人の子供が見せる表情は、目を逸らしたくなるほどの恐怖に満ち溢れていた。
おそらくあの子供達が27番と39番と呼ばれた者達なのだろう、身を寄せ合い震えるだけの者達に男は再度口を開く。
「来ないのなら殺す、お前達の代わりなど幾らでも居る事を忘れるな。
抵抗しても殺す、お前達は駒であり消耗品であり道具でしかない、それがわかったのなら…出ろ」
感情など込められていない、淡々とした命令。
だがその言葉は真実であった、男は今すぐにここから出なければ間違いなく殺す。
何故それがわかる?簡単だ、もう何度もその光景を見てきたから。
しかしたとえここから出たとしても……生きて戻ってくる可能性は限りなくゼロである。
つまり、ここに居る子供達はどう足掻いても“死”が待っているだけ。
普通の生活から切り離され、自らの不幸を嘆く事しかできず、待っているのは死だけの世界。
……それを作り上げているのは、間違いなく目の前にいる男である。
「これが最後の命令だ、出ろ」
「―――――、ぁ」
のろのろと立ち上がる、2人の子供。
それらを連れて男が部屋を出て、再び扉が消える。
――そして、その子供達がここに戻ってくる事は、二度となかった
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「―――ちゃん、シエルちゃん!!!」
「――――――」
シエルの視界に、自分を心配そうに見つめるナナの姿が映った。
……どうやら現実に戻ってきたようだ、シエルは周りに視線を向けながら理解する。
「……シエル……?」
「っ、フィア……!?」
全員の視線が、一点に注がれた。
そこには……瞳を開け、3人を見つめているフィアの姿が。
……目を醒ましてくれた、その事実にナナとジュリウスは瞳に涙を滲ませ喜びの表情を見せる中で。
「……フィアさん、おかえりなさい」
シエルだけは、いつもの様子でフィアの帰還を受け入れた。
そんな彼女の態度に、ナナもジュリウスも訝しる。
彼女だってフィアが目覚めて嬉しい筈だ、断言してもいい。
だというのに何故、彼女の様子から喜びの色を感じる事ができず。
――代わりに、何か大きな決意を感じ取る事ができたのか
「フィアさん、目が醒めたとはいえ傷はまだ癒えていません。なので癒えるまでは絶対安静ですよ?」
「えっ、でも………」
「絶対安静です、もしそれができないなら……力ずくで黙らせます」
「……………」
本気だと、フィアは否が応でも理解した。
今のシエルには逆らえないと思い、フィアは頷きを返す事しかできない。
彼の反応に満足したのか、小さく微笑んでからシエルは席を立つ。
「隊長、ナナさん、フィアさんは休むそうですから私達は退室しましょう」
「えっ……えっ?」
「シエル、お前……」
「私達がここに居てはフィアさんは気を遣って休めません、そうでしょう?」
そう告げるシエルの声には、有無を言わさない迫力があった。
それに圧されたジュリウスとナナはシエルに賛同するしかなく、病室を後にする。
「フィアさん、私の言った事……守ってくださいね?」
「……シエル、なんだか変わった?」
「そうですか?」
「うん。なんだか………」
「………?」
「………ううん、なんでもない」
「とにかくゆっくり休んでください。前の戦いの影響かアラガミの数も一時的とはいえ減少しているようですから戦いは暫く無いでしょう、また様子を見に来ますので……休んでいなかったら、怒りますよ?」
「う、うん………」
本当にシエルはどうしたのだろう、フィアはこう思わずには居られなかった。
なんていうか、今の彼女は迫力が違う。
おとなしくしているのが一番いいと理解させられてしまう、とはいえ確かに彼女の言う通り休息しなければならないだろう。
身体の節々はまだ激痛と呼べるレベルの痛みを発しているし、半身を起き上がらせる事もできない。
これでは戦えない、だからフィアはおとなしくシエルの言葉に従う事にした。
「ではフィアさん、おやすみさない」
「うん、おやすみ…シエル……」
目を閉じるフィア、するとすぐさま規則正しい寝息が聞こえてきた。
やはりまだ疲労が消えてはいないのだろう、眠ったフィアの額を優しく撫でてから……シエルは部屋を後にする。
部屋を出るとシエルを待っていたのか、ナナとジュリウスの姿があった。
「フィアさんは眠りました」
「そうか、ゆっくり休めば傷も癒えるだろう」
「ええ、そうですね……」
……尤も、癒えるのは身体の傷だけだ。心の傷は決して癒えない。
再びあの地獄を見たシエルは、完全にではないにしろフィアの異常性を理解してしまった。
だから―――彼女はある決意を抱く。
―――あの人が誰かを守るためだけに命を懸けるなら
―――私はそんな彼が幸せになれるように、守り支えなければ
感応現象で見たものが、何を意味しているのかはわからない。
だがあの地獄の中でフィアは育ち、そして彼という人格を作り上げたのは確かだった。
……あれは口で説明してもわかるようなものではない、だからその光景を見たシエルは彼を守ろうと決意する。
身体ではなく心を絶対に守ってみせると、己に誓いを建てるシエル。
――その決意が、彼等の物語にある影響を及ぼすのだが
――それがわかるのは、まだ先の話である
To.Be.Continued...
情報の小出しって難しいですね。
次回からはシリアスからは少し遠ざかろうと思います。