リンドウは、無事に極東支部へと戻る事ができ、すぐさまカズキの捜索に向かおうとしたのだが……。
「――何でだよ!!」
ダンッ、と壁を叩く音が極東支部のエントランスホールに響く。
壁を叩いた張本人――雨宮リンドウは、上官であり実の姉である雨宮ツバキを睨みながら、怒声を発した。
「どうしてどの部隊もカズキを捜索に行けねえんだ!! 特に第一部隊が行けねえなんてどうなってやがる!!」
「今は正規の部隊が動いている、経過を待て」
眉一つ動かさず、ツバキは無情にもリンドウの要請を却下する。
「人数が多い方が、早くアイツを助ける事ができるだろうが!!
アイツは必ず生きてる、それなのに神機の回収しか考えてない捜索部隊なんかが、アイツを見つけられるかよ!!」
「くどいぞリンドウ、お前は第一部隊の隊長だ。だというのにそんな態度で部下に示しが付くと思っているのか?
大体、今の第一部隊はカズキだけでなくアリサも抜けている、通常の任務すらも困難な状況で、探索任務に割ける人員はない」
「っ、それは……」
第一部隊は、アラガミ討伐を主な任務とした極東支部でも中心的な部隊だ。
しかしカズキは行方不明、更にアリサは極東支部に戻ってからも錯乱状態で面会謝絶。
これでは、確かにツバキの言う通り通常の運営すらままならない可能性とてある。
……しかし、それでも。
「アイツは死んじゃならねえ、いや……死んでいい命なんてこの世にはねえが、アイツは今ここで死んでいい命じゃねえんだ!!
でっかい借りが、返せねえくらいでかい借りができたのに、返す前に死なせるわけにはいかねえんだよ!!」
「くどいと言ったはずだリンドウ!! お前はお前の成すべき事を果たせばいい!!」
「―――っ」
おもわず、憎しみすら込めた視線をツバキに向けるリンドウ。
それを軽く流し、ツバキはリンドウの横を通り抜けその場を後にした。
「――くそっ!!」
ダンッ、ともう一度壁を強く叩くリンドウ。
「何が隊長だ……部下に助けられて見捨てるような隊長なんかいるかよ、笑わせんな……!」
何度も何度も、血が滲み出てもリンドウは壁を叩きつける。
周りに居る神機使いも止めようしたが、鬼気迫る彼の雰囲気に圧され声を掛ける事すらできない。
そんな中、一人の女性がリンドウの腕を掴む。
「っ、サクヤ……」
「リンドウやめて、こんな事しても意味ないってわかるでしょ?」
「だが………!」
「あの子は生きてる、もちろんわたし達だって信じているわ。なら、今は信じて待つ事の方が大切なんじゃないの?」
厳しい瞳、まるで親が子供を叱るような口調でそう告げるサクヤ。
「………わりぃ」
そのおかげか、幾分かは冷静さを取り戻し、リンドウはようやく拳の動きを止めた。
「ほら、やっぱり血が出てるじゃない。医務室に行くわよ」
そう言うやいなや、サクヤは少し強引にリンドウを引っ張り医務室へ。
ちょうど医師はおらず、サクヤは衛生兵としての手際の良さで薬箱を取り出す。
右手の手袋を取り、消毒してから丁寧に包帯を巻いてあげた。
「はい、できたわよ」
「……さすがに手慣れてるな」
「当たり前じゃない。誰かさんが無茶するからよく手当てしてあげたでしょ?」
おどけたように皮肉を口にするサクヤ、無論その誰かさんとはリンドウの事である。
――サクヤは、適合する神機が見つかるまではオペレーターだった。
その頃から衛生兵として、まだ未熟だったリンドウの手当てをよくしていたのだ。
そして、それは神機使いとして肩を並べて戦うようになっても変わらない。
「…………心配、したんだから。あの時……わたし達は貴方を見捨てた」
「何言ってんだ、お前等は隊長命令に従っただけ、何も悪くなんかない」
「でも、アナグラに戻ってからわたしは後悔したわ。何であの時命令に背いてでも貴方の所に戻らなかったんだろう、って」
アナグラに戻ってから、サクヤは後悔の涙を流した。
見捨てた事に対しての後悔と、もう戻ってこないかもしれないという不安から。
でも、リンドウは程なくして自分の元へ戻ってきてくれた。
――1人の青年を、犠牲にして。
(っ、違う……!)
彼は生きている、なのに犠牲などと考えた自分を内心で罵倒した。
「……けどリンドウ、さっき貴方「カズキは両親の仇のアラガミを見つけて追いかけていった、自分は止めようとしたが別のアラガミが現れたせいで見失った」って言ってたけど……本当なの?」
先程リンドウが、ツバキに対して報告していた内容は、こうだった。
別に何ら不思議ではない内容だ、しかし……サクヤには引っかかる。
いくらなんでも、それが理由でカズキを見失うのか、と。
もちろん、リンドウとて何でもできるわけじゃないとはわかっている、わかってはいるが……サクヤには納得できない内容だ。
彼は、何か隠しているのではないか、と思わずにはいられなかった。
「……何でそう思う?」
「ん……なんとなく、確証はないけど……そう思ったの?」
(………さすが幼なじみ、というのかね)
サクヤの言葉に、リンドウは内心動揺していた。
……確かに、ツバキに報告した内容の一部は嘘だ。
しかし、真実を話しても信じられるわけがない。カズキがアラガミを“食べた”など報告できるわけがない。
それに、たとえ信じるとしたとしても……あの件はあまり他人に知られるのも都合が悪いと思ったのだ。
特に、最近カズキに対して過剰な期待をしている支部長には、知られたくはない。
「……リンドウ、どうかしたの?」
「………いや、なんでもねえよ」
「こーら、医務室内は禁煙よ?」
タバコを吸おうとしたリンドウに注意しつつ、取り上げる。
「一服くらいいいじゃねえか」
「ならちゃんと喫煙スペースで吸って、それにわたしまでヤニ臭くなっちゃうじゃない」
「ははっ、クサい仲ってやつになっていいじゃねえか」
何言ってるのよ、呆れを含んだ口調で冷たく言い放つサクヤだが、内心ではほっとしていた。
先程よりも、だいぶ落ち着きいつもの彼に戻ってくれたようだ。
「ところで……アリサの方は大丈夫か?」
「今は面会謝絶、かなり錯乱してて……鎮静剤で眠らせなきゃならないくらいみたいよ」
「………そうか」
「でも、アリサ突然どうしたのかしら? 定期的にメディカルチェックを受けていたのは知ってたけど、あんな状態になったのは初めてよね?」
「…………」
「……リンドウ?」
「わりぃ、ちょっと部屋に行って頭冷やしてくる。どの道こんな状態じゃ通常任務にも差し支えるからな。
サンキューサクヤ、今度配給のジャイアントトウモロコシ、やるよ」
「いらないわよ、アレ食べにくいんだから」
割と本気で嫌がっているサクヤに苦笑しつつ、リンドウは医務室を後にして……自分の自室へと早足で向かう。
部屋に入り扉に鍵を掛け、各部屋に置いてある端末――「ノルン」を起動させコンソールを打ち始めた。
「……キナ臭くなってきやがったと思った矢先にあんな事がありやがったんだ、もしかしたら……」
繋げた先は……ミッション履歴画面。
「……やっぱな」
そこで、彼は自分の予想が的中している事を思い知らされた。
……あの時のミッション履歴が削除されている。
まるで、始めから存在していなかったように、綺麗さっぱり残っていなかった。
「……くそったれ……」
そもそも、あの時のミッションは不自然な点が多すぎた。
同じ区画に2つのチームが存在するという事態、図ったかのようなタイミングで現れた新種のアラガミ。
そして……アリサの変化。
その全てを照らし合わせると、ある結論が浮かび上がってくる。
それは――雨宮リンドウという存在の抹消。
すなわち、彼はある者によって任務中の事故死と見せかけて殺され掛けたという事だ。
だが、それはカズキのイレギュラーな行動によって阻まれた。もし彼が命令違反を侵しリンドウの元に戻って来なかったら……間違いなく彼はその計画通りの末路を辿っていただろう。
「ふざけやがって……」
犯人の目星は付いている、というより……あの人しか考えられない。
その事に対して色々と言いたい事はあるが、証拠がない以上は黙っておく事しかできない。
それに、今はカズキの救出が先だ。
(頼むぜカズキ、お前に貰ったでかい借りを返すまでは、死なないでくれよ。必ず、助けに行くからよ!!)
――しかし。
カズキが行方不明になって4日が過ぎても、彼どころか神機が発見されたなどという報告すら、現れなかった。
「…………はぁ」
エントランスホールにあるソファーに座り、カノンは先程から数えて通算87回目のため息を吐き出した。
(……カズキさん)
思考の全てを統べるのは、行方不明になったままのカズキ。
(生きてる、よね……?)
ゴッドイーターが行方不明になった場合、帰還する確率は一割以下。
まさしく絶望的な状況であっても、カノンは諦められなかった。
カズキは最近極東支部に入ってきた自分の後輩、けれど先輩としては情けない事この上ないが、彼には何度も助けられた。
優しい笑顔で「カノン先輩」と言ってくれた、誤射をしても「気にしないでください」と怒りもせず、自分と一緒に射撃の訓練に付き合ってくれた。
カズキの優しさ、暖かさにカノンは何度救われたかわからない。
だから……だからこそ、諦められずまたこんな状況でも捜索部隊の経過を待つしかできない自分が、情けなくてもどかしくて。
そして、カズキが行方不明になった原因を作ったアリサが、許せない。
(あの子が居たから、カズキさんは……!)
もちろん、こんな考え方は間違っているとカノンとて理解している。
だがしかし、それでもアリサのした事は――
「……大丈夫?」
「あっ……リッカさん」
顔を上げると、そこにいたのは相変わらずな格好のリッカ。
手には冷やしカレードリンクというかなり人を選ぶ飲み物がある、どうやら休憩中らしい。
「具合が悪い、わけじゃないみたいだね……もしかして、カズキ君のこと考えてた?」
「―――っ」
ピクリと、カノンの肩が僅かに揺れる。
それを見てやっぱりと思いつつ、冷やしカレードリンクを一口飲んでからリッカは口を開く。
「きっと大丈夫だよ。カズキ君は、きっと……」
それは、カノンだけでなく自分自身に向けられた言葉でもあった。
――生存は絶望的。
他の神機使いや整備班の人達がそう言っていたのを聞いてしまい、リッカもカノンと同じく冷静さを欠いているのだ。
「……アリサさんが、今回の一件を」
「そうだね、リンドウさんもそう言ってた。
でも、だからってあの子を責めるのはお門違いだよ。リンドウさんも詳しくは話してはくれなかったけど、深い事情があるって」
「でも、だからってアリサさんが居たからカズキさんが行方不明になった事は変わりません!!」
「…………」
席から立ち上がり怒鳴るカノンに、リッカだけでなく周りの者も動きを止める。
「あっ……ご、ごめんなさい」
自分の行動に気づき、気まずそうに謝りながらカノンは席に座り込む。
「うぅん、別にわたしは大丈夫だから気にしないで」
「すみません……」
「……カノンって、カズキ君の事が好きなんだね」
「っ!!?」
かぁっ、とカノンの頬に赤みが帯びる。
それを見て、本当に判りやすいなぁとリッカは苦笑した。
「あ、や、その、すすす好きと言いますか、えっと…た、確かにカズキさんはかっこいいし優しいし、えっと、その……あぅぅ……」
「ごめんごめん。けど……うん、カノンの気持ちはわかるよ。わたしも、ちょっといいなって思ってるから」
「ふぇぇっ!!?」
ちょっと待て、それは一体どういう事だ詳しく教えろ。
おもわず戦闘時の人格が出てきそうになるが、落ち着いてリッカの言葉を待つ。
「カノンの言ったようにカズキ君は優しいし気が利くし、それに結構好みもあってるしね」
「…………」
そうだった、カズキはリッカと同じくその冷やしカレードリンクが好きだった。
「でも男の子として意識してるかはわからないかな、今は……可愛い弟って感じかも」
自分の方が年下なんだけどね、そう言ってリッカは笑うが……カノンはそれどころではない。
いや、それは拙い、ライバルが増えるなんて御免だ。
ただでさえカズキはよくアリサを気に留めているというのに、会う回数が自分より多いリッカまで現れては、どんどん自分に勝ち目がなくなっていくではないか。
うぉぉ……と苦悩するカノンを見て、リッカはますます苦笑を深める。
(うーん……ちょっと意地悪な言い方だったかな……)
彼をいいなと思ったのは事実だ。
しかし、今は男として意識してるかはわからないというのも、また事実。
それなのに、カノンに対して思わせぶりな物言いをしてしまったのは、さすがにちょっとダメだったかもしれない。
(……カズキ君、早く帰ってきて。みんなが……もちろんわたしも、キミの帰りを待ってるんだから)
天井を見上げ、生きていると信じているカズキに対し、届かない言葉を送る。
……そろそろ、諦めの段階に入ってしまいそうだ。
もしこれ以上彼の安否がわからないままだったら……もう、諦めてしまうかもしれない。
リッカはおもわず、そんな弱音を吐きそうになっていた。
――捜索部隊から発信された通信が、アナグラに届くまでは。
To.Be.Continued...