さて、今回の物語は………。
「―――もぐもぐ」
「もぐもぐ……きゅー♪」
「ふふっ、美味しいですか?」
「きゅーっ!!!」
廃ビルが広がる荒野の中、アラガミを貪るように捕喰しているラウエルとタマモ。
そんな彼女達を、アリサは見守るように見つめていた。
傍から見れば異常な光景かもしれない、だが彼女達にとっては日常の一幕である。
「んぐ……ごちそうさまー!」
「きゅー……けぷっ」
「ラウエルもタマモも、口の周りを拭いなさい」
「はーい」
「きゅー」
食事を終え、ラウエルとタマモは立ち上がる。
アリサも地面に突き刺していた神機を手に取り、その場を離れようとして……ふと、ある気配を察知する。
アラガミではない気配だ、尤も……人間でもないようだが。
視線を上へ、すると廃ビルの一番上に人影が見えた。
オレンジの髪を夕日に照らしながら、その人影はじっと地平を見つめている。
(あの人は………)
「アリサー、どうしたのー?」
「ラウエル、タマモを連れて先に帰っててくれる?」
「えっ……?」
ラウエルにそう告げてから、アリサは両足に力を込め跳躍した。
そして廃ビルの壁を蹴り上げていき、人影の居る屋上まで跳んでいった。
着地すると同時に人影がアリサに気づき、身体を彼女へと向ける。
「―――話すのは初めてですよね? えっと……マリーさん?」
「……マリーでいいですよ。抗神アリサさん」
人影――マリーは突然現れた存在がアリサだと気づくと、少しだけ身体の力を緩めた。
アリサもまた神機を地面に突き刺し、空気を緩めつつ彼女の隣へと歩み寄る。
「こんな所に1人で居るなんて、危ないですよ?」
「大丈夫です。近くに居るアラガミはあなた達が全て倒したでしょう?」
「ええ、まあ……ところで、何故こんな所にいらっしゃるんですか?」
「……父から「たまには休みなさい」と言われ、神機兵のテストを無理矢理中断させられてたんです」
それでやる事もなく、のんびりと散歩をしていたとマリーは言った。
アラガミが闊歩する外の世界で散歩など、なかなかに豪胆な行動だとアリサは苦笑する。
……それと同時に、アリサはマリーの印象が聞いていた話と違う事に気がついた。
―――私、あの人の事嫌いです。
そんな言葉を、マリーが来た当日にシエルからはっきりと告げられた。
生真面目で協調性のある彼女には珍しい、剥き出しの敵意に驚くと同時に、そんな彼女に嫌われるなど一体どんな人なのか興味を持った。
だから今こうして彼女の姿を見つけ話してみようと思ったのだが……彼女の雰囲気は、嫌われるような印象を持つものではない。
確かにやや無愛想な態度なのは認めるが、会話の内側には別段嫌悪感を抱くようなものは感じられなかった。
「……………」
「? マリーさん、どうかしました?」
「いえ……その、最強の神機使いと呼ばれる抗神カズキさんのパートナーであるアリサさんが、どんな人物なのか少なからず興味がありまして」
「印象と、随分違いましたか?」
「正直……もう少し、厳しい人だと思いました。でも貴女の雰囲気はとても穏やかで……カズキさんと同じく、優しい空気を感じ取れます」
「カズキとは、もう会ったんですか?」
「挨拶程度ですが。圧倒的な力を感じられますけど、凄く……暖かな人だなと思いました」
「ふふっ、ありがとうございます」
夫が褒められ、自然とアリサの表情が綻ぶ。
……やはりわからない、彼女の印象はぶっきらぼうながらも不快感は無い。
だからこそ、何故彼女はフィアに対し過剰とも言える嫌悪を抱くのかわからない。
話で聞いただけなので実際に見たわけではないが、あのシエルが怒りを露わにして話すという事は相当だったのだろう。
なので、アリサは思い切ってマリーに訊いてみる事にした。
「マリーさん、ちょっといいですか?」
「なんでしょうか?」
「どうして、マリーさんはフィアさんをあれほどまでに嫌うんですか?」
「……………」
マリーの表情が、僅かに強張る。
それに比例するように場の空気も少し引き締まり、けれどアリサはマリーから視線を逸らす事無く言葉を続けた。
「マリーさん、フィアさんの事を「怪物」って言ったんですよね?」
「……アリサさんなら、理由がわかると思いますが」
「だとするなら、私やカズキだって怪物と呼べるんじゃありませんか?」
「……………」
「……やっぱり、あなたも
「ええ……そうですよ」
「だとするなら、どうしてフィアさんだけにそこまで嫌悪感を向けるんですか?」
マリーがフィアの内側に潜む存在を知る事ができるのなら、同じように自分やカズキの事も知っている筈だ。
だというのに彼女はフィアだけに厳しい態度を向けている、それはすなわち……。
「あなたはフィアさんの内側にあるもののせいで彼を怪物と罵ったわけじゃない。何か……個人的な憎しみを、フィアさんに向けているんじゃありませんか?」
「……………」
「私にはそうとしか思えません。それならば私に対して普通に接しているのも納得がいきますから」
「……………」
マリーは何も言わない、ただ黙ってアリサから視線を逸らしている。
それが無言の肯定に繋がっている事に、彼女は果たして気づいているのだろうか?
緊迫する場の空気、その中に――場違いな声が木霊した。
「アリサー、マリー、何してるのー?」
「っ」
「ラウエル、タマモも……先に帰りなさいって言わなかった?」
「だってー……」
「きゅー……」
タマモを背におぶり、ラウエルが現れた。
先に帰れと言った自分の言葉に従わなかった2人に苦言を述べるアリサだが、すぐに仕方ないとばかりに溜め息を零した。
地面に着地するラウエル、その後すぐにタマモがラウエルの背中から降り、マリーの元へと駆け寄った。
「きゅー?」
「………こいつは」
「マリーさん、この子の事はあまり他の人には話さないでいただけますか?」
「…………何か、事情があるんですね?」
マリーの問いに、アリサはそれ以上何も言わずに黙って頷きを返す。
それを見たマリーも何も言わず……自分を見上げているタマモの頭を、あやすように撫で始めた。
少しくすぐったそうに、けれど嬉しそうに目を細め身体を預けるタマモ。
「……やっぱり、マリーさんはフィア自身に何か恨みがあるんですね」
「……………」
「もしそうじゃなかったとしたら、アラガミであるラウエルやタマモに対しても、同じような態度で接する筈です。
――マリーさん、これは私の個人的な感情も入っていますが……フィアさんは誰かに恨まれるような事をするような人には見えないんです。なのに何故マリーさんはフィアさんを憎むんですか?」
このように踏み入るのは、無神経かもしれない。
だがアリサは知りたかった、それにこのまま彼女がフィアに対しあのような態度で接していけば……間違いなく彼女は孤立する。
彼女は既にこの極東支部の仲間なのだ、仲間の事を放ってはおけないアリサは訊かずにはいられなかった。
「えっと、マリー…だっけ?」
「ああ。そういうお前は……ラウエル、だったか?」
「そうだよー、宜しくね? ……マリーは、フィアが嫌いなのー?」
「……………」
「フィアは優しいよー、それにとっても強くて……カズキみたいなの。マリー、あんまりフィアと喧嘩しないでー?」
「きゅー、きゅきゅー!」
無邪気な、けれどある意味厄介なラウエルの言葉。
それに便乗するようにタマモも鳴き、マリーはなんともいえない表情を浮かべる。
「……あなた達はわたしが苦手なタイプです。眩しすぎますから」
「褒め言葉と受け取っておきます」
「…………確かに、アリサさんの言っている事は当たっています。わたしは……個人的な私情を挟んでいる」
アリサから視線を逸らしながら、マリーは告白する。
何故自分がフィアを憎むのか、敵視するのかを……話し始めた。
「それはあいつが、グリード・エグフィードの息子だからだ」
「えっ……?」
「アリサさんは、わたしのお父さんがグリード・エグフィードと同期だというのは知っていますか?」
「え、ええ……カズキからその話は聞いています」
そして、グリードの狂気の事も聞いている。
オオグルマと同じ、道を誤り狂気の道へと歩んでしまった異端者。
……その被害者は、身近な場所に居た。
「お父さんは神機に変わる新たな兵器――神機兵とは違う普通の人間でもアラガミに対抗できる兵器の開発に文字通り全てを捧げていた、いずれは本部直轄の研究員としての道を歩む筈だった。
でもお父さんはただ自分の研究が力なき人々の為になればいいと願い続けて……そして、それが形になる筈だったんだ」
「……………」
「――それなのに、お父さんの全てを……グリード・エグフィードは奪い取った!!!」
空気が震えるような怒声が、場に響く。
それがマリーの怒りを表しており、ラウエルとタマモはおもわずアリサの後ろに隠れてしまった。
「あの男は、お父さんの研究の全てを奪い姿を消した。お父さんの想いを踏み躙ったんだ!!」
「……………」
「お父さんは別に地位も名誉も必要としていなかった、ただアラガミから逃げる事しかできない人達の為に……それだけを思って、研究を続けていたんだ。それなのに……それなのにあの男は!!」
ご丁寧にもバックアップデータすらも消去し、結局――ルークの研究は白紙になり彼の今までやってきた全てが失われた。
幸いにも神機兵の開発・研究メンバーに抜擢されたものの、彼の思いは無残に砕け散ったのだ。
もう済んだ事だ、今の自分にできる事をすればいい、ルークはそう言ったものの……マリーには到底納得できる話ではない。
だから憎んだ、やり場の無い怒りだという事は彼女とてわかっていたが、それでも憎しみを消し去る事などできなかった。
「……じゃあ、マリーさんがフィアさんにああいう態度なのは」
「……………」
「マリーさん、あなたの気持ちがわからないわけではありませんが……」
「わかっていますよ。わたしの行動は……ただの八つ当たり、子供じみた事に過ぎないって」
傍迷惑な話だ、それくらいマリーは理解していた。
だがフィアがグリードの息子だと聞き、彼女の中にあるやり場の無い怒りと憎しみが湧き上がるのも、無理からぬ事だったのかもしれない。
彼を怪物だと罵ったのも、結局は彼に対し怒りと憎しみを晴らそうとしているだけ。
マリーのやっている事はお門違いな愚行でしかない、けれど――彼女はそれだけルークを慕っている証でもあった。
「……こんな事を話したのは初めてです。アリサさんは……不思議な人だ」
「マリーさん……」
「わたしにとってお父さんは文字通り全てなんだ、こんなわたしを……人間じゃないわたしを拾って、実の娘のように愛してくれる人は、きっと一生見つからない」
「えっ……?」
「わたしはお父さんの実の娘じゃないんだ。身寄りの無かったわたしを、お父さんは育ててくれた。
だからわたしにとってお父さんは全てで、命を懸けてお父さんの研究を実らせたい。それがわたしの生きる意味だから」
誓うように右手で拳を作り、マリーは言った。
……その姿は、強い決意に満ち溢れており、そして同時にルークに対する無類の愛情が感じられた。
それを見てアリサは確信する、マリーの言葉は嘘偽りのない事実であり……だからこそ、マリーはフィアに憎しみを向けてしまうのだと。
「でも……いつまでも子供のままじゃいられませんね。お父さんの迷惑になるのは避けたいから、これからはもう少し善処します」
「善処、ですか」
どうやら、フィアとの確執はすぐに消える事は無いようだ。
またシエル辺りと喧嘩するかもしれないなと、アリサは容易に想像できる未来を思い浮かべて苦笑したのであった。
「………きゅー」
「大丈夫だよタマモ、みんな仲良くなれるって!」
「そうだよタマモ、だからいつものように笑って?」
「きゅー!!」
「面白いヤツだなコイツは、それにその尻尾……本物か?」
マリーの視線が、タマモの尻尾へと向けられる。
大きく暖かそうな尻尾がゆらゆらと揺れている、それを見て……マリーは無意識の内に手を伸ばした。
もふっという音が聞こえそうな程、タマモの尻尾を触ったマリーの手が尻尾の中に沈んでいく。
「………もふもふ」
「きゅー?」
「タマモの尻尾はねー、すっごい気持ちいいんだよ!」
「わ、私も触りたいです!!」
我慢できず、アリサもタマモの尻尾に手を伸ばした。
柔らかく暖かな尻尾の感触が右手に広がり、おもわず恍惚の笑みを浮かべるアリサ。
――その後、ラウエルを含めた3人は暫くその場でタマモの尻尾に魅了されていたのだった
「…………きゅー」
「? アリサ、タマモが何だか疲れてるみたいだけど……どうかした?」
「あー……えっと、なんでしょうかねー?」
To.Be.Continued...
次回は珍しくカズキとコウタの話になる予定です。