死が迫り、彼はそれでも抗おうとするが………。
――黄金の死が、迫っていた
フィアの眼前に迫る、九尾の尻尾。
秒を待たずにそれは彼の身体を貫き、間違いなく命を奪うだろう。
逃れられぬ未来、フィア・エグフィードの命はここで尽きる事は間違いなく。
「っ、ぁ、ああ………!」
けれど、決められた未来は変化を遂げた。
「……………」
「はー…はー…はー……」
ゴロゴロと地面を転がった後、フィアは起き上がる事もできずに荒い息を繰り返す。
……だが、生きている。
無様で情けない姿を晒しているが、確かに彼はアンノウンの一撃を回避し命を繋ぎとめていた。
(……おかしいな。今……確かに貫いたと思ったんだけど)
相手の状態を見る限り、今の攻撃を回避する事など絶対にありえないと思っていた。
わざわざ九尾全てを使っての一撃だったのだ、たとえフィアが万全の状態であったとしても回避できるわけがない。
それなのに避けられた、そればかりか生き延びてしまっている。
その事実がアンノウンに僅かな驚愕を与え、しかし――悪魔はそんな程度では動じない。
「まあいいか……今度こそ、終わりにすればいいだけだ」
「っ、ぐ………!」
再びフィアに迫る死。
だが彼の身体はもう動かない、さっきので本当に最後の力だったのだ。
「――じゃあね、フィア」
「く、そ………!」
「―――フィア!!」
「―――離れろ、この野郎おぉぉぉぉぉっ!!!」
「…………あ?」
場に響く怒声が、アンノウンの動きを止めた。
その隙に接近する2つの影――その正体は防護服に身を包んだジュリウスとロミオであった。
神機を握りしめた両手には際限なく力が宿り、2人は怒りの形相のままアンノウンへと迫る。
対峙するアンノウン、その表情は――落胆と怒りに満ち溢れていた。
何故か?そんなの、彼女からすれば当たり前の事である。
――だって、彼女からすればジュリウスもロミオも
「――――邪魔」
「っ、が………!?」
「ぎ、ぐぁ……!?」
彼女からすれば、2人の力量ではちっとも楽しめないからだ―――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
一方、極東支部に程近い森林の中では。
(くそ……この力は、またアイツか………!)
その表情に焦りを含ませたカズキが、凄まじい速度で疾走していた。
時速六十キロ近い人間を大きく超えたスピードで、彼は木々を通り抜けていく。
……既に彼はアンノウンの気配を察知しており、だからこそ余力など考えずに走っていた。
アレをこれ以上野放しにしていたら犠牲が増えるだけ、急がなければ……極東の人々は間違いなくヤツによって全滅する。
それがわかっているからこそ彼は急いでいた、最悪の未来を回避するために。
「―――――っ!?」
しかし、彼は急いでいた筈の足を止めその場に立ち止まってしまう。
「キィィィィィィィァアァァァァァァァッ!!!」
「っ、ぐ……――!!!」
咄嗟に、右手に持っていた神機を振り上げるカズキ。
刹那、金切り声と衝撃が彼を襲い、衝撃に圧されるように吹き飛ばされる。
体勢を整いつつ着地、自分を襲った存在を視界に入れ――驚愕する。
「お前………!」
「ギギギギ………!」
現れたのは――かつて倒し、そして再び現れた第二の悪魔。
サカキ博士によって“オーディン”と名付けられた、カズキの両親の敵のアラガミと同一個体―――!
(こんな時に………!)
「キャーーーーーーーーーーーッ!!!」
絶叫し、カズキに向かって飛んでくるオーディン。
相手にしている暇はない、けれど決して無視できる強さではない相手。
つまり、カズキは否が応でもここで足止めされてしまうという事だ。
「どけーーーーーーーーーーーっ!!!!」
ぶつかり合う両者の一撃。
その衝撃に周囲の地面は陥没し、木々がざわめき葉が舞い散る。
――望まぬ死闘
それが始まりを告げ、最悪の未来がまた近づいていく―――
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「――――ぐ、あ」
「あ、ぐ………」
「………ったく、どうしてこっちにはこんなにも弱いのしか寄ってこないんだか」
呆れながら肩を竦めるアンノウン、その周囲ではフィアを助けに来たジュリウスとロミオが無様に倒れ込んでいた。
たったの一撃、アンノウンの拳を受けただけで2人は倒れ一時的とはいえ戦闘不能へと陥っていた。
アンノウンの圧倒的なまでの実力差に驚愕しながらも、2人はどうにか立ち上がろうとして……身体を震わせる事しかできない。
2人を冷たく見下ろしながら、アンノウンはある方向へと視線を向けた。
「チッ……あのゴミ、勝手にワタシのカズキに手を出してるな……」
彼女が視線を向ける場所、そこはカズキとオーディンが戦い始めた森林方面。
オーディンの行動に怒りを露わにしつつも、仕方ないとアンノウンは溜め息をつきつつ許容した。
勝手に人の獲物に手を出したのは許せないが、所詮オーディンではカズキには敵わないとわかっているからだ。
到着が遅れるがいずれ彼は自分の元へとやってくる、だから……それまでは、取るに足らない相手で我慢しよう。
(つ、強すぎる……このままでは………!)
(ち、畜生……なんだよ、この強さは………!)
「邪魔しないでよ? あんた達はフィアを殺してからゆっくり相手をしてあげる。
あ……でも殺しちゃいけないんだっけ? まあいいか……約束なんか破るためにあるものだし」
そんな呟きを零しつつ、ゆっくりとフィアへと向かっていくアンノウン。
それを見てジュリウスとロミオは再び自らの身体に活を入れるが、やはり力は入らず起き上がる事ができなかった。
「く……あ、ぁ……」
「まだ立つの? どうせ無駄なのに」
「まだ、だ……僕は、まだ死ぬわけにはいかない………!」
「……………」
「みんなを…守るためにも……お前に、負けるわけには………!」
「…………はぁ」
「―――――!!?」
アンノウンが溜め息を吐き出した瞬間。
フィアは全身に襲い掛かった激痛を感じながら、地面を滑りながら吹き飛ばされ、何度も転がりながら……やがて、壁に叩きつけられた。
「ご、ぶ、ぅ………!」
べしゃりと口から多量の血を吐き出しながらも、フィアはどうにか意識を繋ぎ止める。
……だがもう身体は限界だ、たとえ彼の気概が充分でもアンノウンとの絶対的な差は埋まらない。
「あのさあ、お前程度が誰かを守れると本気で思ってるの?」
「っ、当たり前、だ………!」
「……よく言う。そんな程度の力しか持たないくせに」
アンノウンは笑う、自分より弱いくせに誰かを守ろうと本気で願っているフィアを心の底から嘲笑する。
想いだけで守れるのなら苦労はない、彼の願いは部相応な愚かな願いでしかないのだ。
何よりも――彼という存在がそんな願いを抱くこと自体が。
「う――うおおおおおおおおっ」
激昂しながら、フィアは再びアンノウンへと立ち向かっていく。
上下左右、あらゆる角度からの斬撃を叩き込むフィア。
「……だから、無駄だってば」
しかし、それでもアンノウンには通用せず、軽々と弾かれ、いなされ、回避されていく。
「く……そおおおおおおおおおっ!!!」
もっと速度を上げろ。
威力もだ、自分の全てを解き放て。
自らを奮い立たせ、彼は更に斬撃を繰り出していく。
負けるわけにはいかないのだ、この身は誰かを守るために……誰かを助けるためにある。
だというのにこんな所で負けてしまえば、あの時誓った誓いを果たせないまま死んでいってしまうではないか。
それだけではない、自分が負ければあそこに倒れているジュリウスとロミオを誰が守る?
更に、自分の後ろには極東支部が――戦えず守らなければならない多くの人々が居る。
だから負けられない、負けるわけにはいかないと彼はもっともっと自らの力を引き出そうとして―――
「――――――」
ずぶり、と。
彼は、自らの腹部の違和感に気づき、動きを止めた。
「――お前は前菜なんだよ。立場を弁えずに抗うな」
「が……ぁ……あ……」
視線を、下に。
そして、驚愕する。
……どうして、アンノウンの右腕が、自分の腹部へと入っているのか。
「あ、あ…ぁ……」
消えていく、生きるために必要な何かがごっそり奪われた。
ポンプのように逆流する血が、勢いよくフィアの口から吐き出される。
そして、アンノウンの右腕が彼の腹部から抜き取られた後蹴り飛ばされ。
フィアは、沈むように地面へと倒れこんだまま動かなくなった………。
「終わりだな。まあ……それなりには楽しめたよ」
「―――――」
「反応がないな……死んだか?」
ピクリとも動かないフィアを見てアンノウンはそう呟くが、既に彼女の中で彼に対する興味は薄れている。
元々カズキが来るまでの暇潰しでしかなかったのだ、呆気なく死のうがどうだっていい。
とはいえ――
喰らえば自分の力がまた増すだろう、それだけの素材ではある。
……ゆっくりと、アンノウンはフィアへと向かって歩を進めていく。
それで終わり、フィア・エグフィードはそのままアンノウンという悪魔に捕喰されて人生を終えるだろう。
――そう、終える
「……………」
アンノウンの歩みが止まる。
その瞳には確かな怒りを宿し、彼女は前方を――否、正確には。
「はー…はー…はー………」
フィアを守るように立ちはだかった、満身創痍のロミオを睨みつけていた。
「………何のつもり? 今更、お前みたいなゴミに何ができるの?」
「く、は、ぁ………」
睨まれ、かき集めた意識が途切れそうになるのをどうにか堪えるロミオ。
自分が居なくなればフィアは殺される、それだけを考えて彼はアンノウンと対峙していた。
「どきなよ。お前みたいなゴミの命なんか奪う価値もない、見逃してあげるから……消えろ」
「っ、き、消えてたまるか……お、俺は絶対にどかねえぞ!!!」
全身を震わせ、誰が見ても強がりにしか見えない態度。
だがそれでもロミオはその場から動かず、フィアを守ろうと立ち向かおうとしていた。
「……理解できないな。何もできないってわかってるのに、どうして立ち向かうの?」
「な、なにもできないなんて…俺にだってわかってる!! け、けど……戦わなきゃフィアがお前に殺されちまうんだ!!」
「ロ、ロミオ……よせ、逃げろ………!」
「う、うるせえ!! ジュリウス、俺に無駄口叩いてる暇があるなら、起き上がってフィアを連れて逃げろ!!!」
「……………」
活を入れられ、ジュリウスは立ち上がろうと必死に全身に力を込める。
すると先程よりかは回復できたのか、立ち上がる事ができたものの上手く身体を動かす事ができないでいた。
「自分の命が惜しくないの? 自らの命を盾にしてまで誰かを守る……馬鹿げた生き方だ。
自分自身っていうのはあらゆる物事よりも大事なものだ、それを天秤にかけてまでそんな死に損ないを守って意味があるの?」
「く……っ!!」
「お前の心が容易に読めるよ。恐いんでしょ? 逃げ出したいんでしょ?
でもそれは恥なんかじゃない、自分よりも強い相手に会った場合に逃げようとするのは正しい選択だ」
むしろ、その臆病さは賞賛に値するとアンノウンは言い放つ。
自らの命を優先する選択は正しい、くだらない良心や感情が邪魔をして無駄に命を散らすなど……愚行でしかないのだから。
目の前の人間はそれを正しく理解している、だというのに何故フィアを守ろうとするのか、アンノウンには理解できなかった。
(ち、畜生……畜生………! 止まれ、止まれよ……震えるな、俺の身体!!!)
アンノウンの言っている事は正しい、ロミオはできる事ならいますぐここから逃げ出したくてたまらなかった。
何もかも見捨てて生き延びたいと、内なる自分が先程から煩いぐらいに喚き散らしている。
―――逃げろ。
―――敵いっこない、殺されるぞ。
―――どうして逃げない? 見逃してくれるって言ってるじゃないか。
―――自分の命を大事にして何が悪い?
「っ、うるせええええええええええええええええっ!!!」
「……………」
自分自身に、そしてアンノウンに言い放つようにロミオは叫ぶ。
……それだけは選べない、たとえこの場で無様に死んだとしても。
その選択だけは、選ぶわけにはいかなかった。
「た、たとえ…たとえ死んだって、お前から逃げる事なんて……フィアを見捨てて逃げる事なんて、選べるわけないんだ!!
お前なんかに……お前なんかに俺達のフィアは絶対に殺させねえ!!!!」
「……………」
「こいつが居なかったらギルやハルオミさんは過去を乗り越えられなかったかもしれない!!
シエルは赤い雨にやられて黒蛛病で死んでた!! ナナも自分の『血の力』を暴走させて死んでたかもしれねえ!!
ジュリウスだって前よりずっと良いヤツになった!! そして……そして俺はこいつが居なかったら、ただのお調子者のまま自分を見失って……口先だけで、みんなの足を引っ張ったままの役立たずのままだったんだ!!!」
彼のおかげでブラッドの誰もが前を進む事ができている。
そしてこれからも、彼が居れば正しき道を歩めるとロミオは信じている。
自分達の為だけじゃない、彼が居れば名も知らぬ人々の命も守れる筈だ。
彼は希望なのだ、アラガミの脅威から人々を守る事ができる希望なのだとロミオは強く信じていた。
何よりも、ロミオにとって彼は――喪いたくない大切な仲間であり、友人なのだ。
ならば、命を懸けて守る事に一体どんな間違いがあるというのか。
「俺はもう逃げない……お前なんかに、負けてたまるか!!!!」
「……………」
「………ロミオ」
彼の気概を見て、ジュリウスは己が情けなくなった。
彼は必死に戦っている、内なる恐怖も何もかも耐え抜きながら戦っているというのに。
隊長である自分のこの様は一体何だ?
「っ、ぐ……うぅ………!」
「ジュリウス………!」
全身に走る激痛を無視し、ジュリウスはロミオ達の元へ。
今にも倒れそうな身体を叱咤しつつ、ジュリウスは防護服をフィアの身体へと装着させた。
――既に赤い雲は形成されている
もはや一刻の猶予も無い、このままでは赤い雨に晒され……黒蛛病になる。
それだけではない、フィアの傷も深く放っておけば間違いなく……彼は死ぬ。
今は辛うじて息をしているがそれもどこまで保つか、悠長にしている余裕はなかった。
「……はぁ、どいつもこいつも邪魔ばっかり」
つまらなげにそう吐き捨てるアンノウン。
だがそれはロミオ達に告げたわけではなく。
空から落ちてきたかのように現れた、“神機兵”へと向けていた。
「神機兵………!?」
『……ロミオ、無事のようだな』
「その声……マリー!?」
突然の神機兵――マリーの登場に驚きを隠せないロミオ達。
しかし、彼女が次に放った言葉で、再び驚く事になる。
『――時間稼ぎをする。お前達は早くアナグラに帰還しろ』
「…………は?」
このような状況だというのに、ロミオの口からは間の抜けた声が漏れる。
だって仕方ないではないか、マリーの言っている事が理解できなかったのだから。
『誰もこのアラガミには勝てない。だから……わたしが時間稼ぎをしている間にお前達は撤退するんだ』
「ば………馬鹿言ってんじゃねえ!! いきなり何を――」
『急げ。それしか生き残る方法はないとわかる筈だ!!』
「ふざけんな。大体お前……ここで死んだら親父さんの研究を成功させるって夢はどうなるんだ!?」
自分を娘として育ててくれたルークの研究を大成させる、それが自分の全てだとマリーは語った。
しかしここで囮になれば間違いなく命を落とす、それは即ち――自らの夢を自ら捨てるという事だ。
あれほど頑なに叶えようとしていたものを諦めるなど彼女らしくない、だからこそロミオはマリーの提案を認めることなどできなかった。
「自分の全てだって……親父さんの研究を成功させる事が自分の全てだって言ってたじゃねえか!!」
『………そうだな。それは今でも変わらないさ』
「だったら、こんな所で死んでいいわけねえだろうが!!」
『そうだ。わたしを育ててくれたお父さんの為にも、わたしはどうあっても死んではならないと思っている』
「なら、なんでそんなふざけた―――」
『―――だが、それ以上に今のわたしは……お前を守りたいと思っているんだ』
「――――――」
息が、止まった。
彼女の穏やかな言葉が、ロミオの思考を停止させる。
『わたしはお前を守りたい。お調子者で危なっかしいが……わたしは、お前が誰よりも優しく誰よりも他者を大切に想う者だと思っている。
だからこそ守りたい、この時代に………世界に、お前のような存在は必要とされている筈だ」
優しい口調、場の緊迫した空気には似つかわしくない穏やかな言葉が、マリーの口から放たれる。
それは彼女の心からの願い、自らの夢と同等…否、今この瞬間は自らの夢よりも優先すべき願いだった。
だからこそ彼女は全てを懸けた、周りや父の制止の言葉に耳を傾けず勝手に神機兵を動かし出撃したのだ。
「………ねえ、茶番は終わった?」
『ああ。――貴様は刺し違えてもここで倒す!!』
「はぁ……あのさあ、これは安っぽい物語じゃないんだよ?
仲間が集まって奇跡の大逆転勝利! 敵を倒してハッピーエンド!! ……そんな展開にはならないんだよ?
お前達はワタシには勝てないしここで死ぬのも変わらない、自分達だって戦ったら必ず負けるとわかっているのにくだらない正義感を出して命を無駄にする……無駄、無意味、理解に苦しむよ本当に」
『人間でないお前に、人間の感情が分かるわけがないだろう!!』
「わかりたくもないよそんな無価値なもの。友情? 愛情? くだらない無価値な感情に振り回されて命を落とす、人間っていうのは本当に……愚かで可哀想で……楽しい玩具だよまったく!!」
アンノウンが笑う、人間全てを嘲笑うかのように。
守りたいというロミオ達の願い全てを無価値だと決め付け、彼女はそれすらも踏み躙ろうとしている。
絶対に許せない、許すわけにはいかないが……その場に居る誰もが、彼女には勝てないとわかっていた。
結果は変わらない、現実は覆せない。
自分達はここでアンノウンに殺され、けれど……逃げるという選択肢は選べなかった。
戦って殺されたとしても、あくまで人間として生きたいと願い……仲間を守って死にたいと思っているから。
「――じゃあね。無価値な人間さん?」
「俺達人間を嘗めるな、たとえ敵わなくたって……最期の最期まで足掻き続けてやるんだ!!!」
To.Be.Continued...
さて……次回で結末が決まります。
原作通りの結果に終わるか、それとも………。