だが、その純粋すぎる願いすら……悪しき女神の手によって、踏み躙られてしまう事となる……。
――地獄を、見た。
広がる光景は、血と死の臭いが充満した忘れられぬ過去。
忘れる事などできない、否、忘れてはならない罪の証。
人である事を捨て、人であったモノを喰らう。
僕が犯した大罪は未来永劫消えず、これからも自身の内側に在り続ける。
――地獄を、見た。
抗えず、逃げる事も許されず。
僕はただ、死ぬのが恐いから他の者を犠牲にした。
死にたくない、死にたくない、それだけを考え……罪を犯し続ける。
呪いの言葉で蝕まれても、死んだ方がマシだと思っても。
僕は、生き続けてしまった。
――地獄を、見た。
でも、いつしかそれ以外に生きる理由ができた。
1人の少女が、僕の前に現れてから…僕は、彼女の為に生きる事を誓った。
彼女は優しかった、人間ではなくなった僕を人間として見てくれた。
そんな彼女だったから、僕は守りたいと…彼女の為に生きたいと思ったのだ。
沢山の命を喰らい、踏み躙った大罪人でも、願わずにはいられなかった。
それだけ彼女が優しく強かったから、あの地獄の中でも「生きる」という事を諦めなかったから。
――多くの地獄を、見た。
だけど、所詮大罪人は大罪人だ。
僕に生きる希望をくれた彼女を、僕は守れなかった。
地獄の中で、光を与えてくれた彼女すら……僕は、
一緒に生きたかった、いつか外の世界に出て幸せにしたかった。
彼女が話してくれた優しい父親の元に、帰したかったのに。
結局、僕は人間ではなくなった彼女を前に……他の者達と同じ事しかできなかった。
―――生きて、幸せになってね?
最期に発した彼女の言葉は、彼女らしい優しさを満たした言葉だった。
彼女は死ぬまで僕に恨み言を残さず、ただ僕の幸せを望み……逝った。
……ああ、なんて罪深い。
あらゆる命の踏み躙り、見捨ててきた僕に一体何の価値があるというのか。
僕が生きる理由、それはまだ………。
―――もう、いいんだよフィア。
―――そうそう、人は生きてる限り幸せを求める権利があるんだから。
「えっ―――」
……。
…………。
見慣れた天井、自室の白い天井だ。
半身を起こし、フィアは周囲を見渡す。
周りに広がるのは、これまた見慣れた自分の部屋。
数秒間思考を巡らせ、フィアは漸く自分が夢を見ていた事を自覚する。
決して忘れられぬ悪夢、フィアの呪われた過去。
……それを夢で見るのは、久しぶりだった。
「………夢、か………」
おもわず、そんな呟きが零れた。
まだ寝ぼけているわけではない、思考も視界も妙に澄んでいる。
ただ、彼が呟きを零してしまったのは……最後に聞こえた声が原因していた。
1人は少女の、もう1人は女性の声。
少女の声は知っている、彼に光を与えてくれた少女――マリアの声だ。
だが、もう1人の声を彼は知らない。
今まで彼が出会ってきたどの女性とも違う、でも妙に親近感が湧く声だった。
しかし声の主の記憶はフィアには存在しない、では一体誰の声だったのか。
そもそも、何故夢の中でそんな声が聞こえたのか。
答えの出ぬ自問自答を繰り返しながら、フィアはベッドから起き上がりいつものブラッドの制服に着替える。
ゴッドイーターとしての責務を疎かにするわけにはいかない、朝食を食べたらミッションを受注しよう。
思考を切り替え、着替えを終えて部屋を出ようとしたフィアに客人が現れる。
「フィア、おはよー!」
「フィアさん、おはようございます」
「ナナ、シエル」
ニコニコと微笑むナナと、柔らかい微笑を浮かべるシエル。
そんな2人に出会い、フィアの口元にも自然と笑みが浮かんだ。
「ごはん、まだだよね?」
「うん、一緒に行く?」
「もっちろん! ……って、言いたいんだけど。先に支部長室に行こう?」
「えっ?」
「……ユノさんの件で、サカキ支部長からお話があると」
「…………」
ユノの件、それを聞いてフィアの表情が僅かに強張る。
黒蛛病を患っている彼女に何かあったのではないかと、おもわずそんな不安が彼の中で生まれてしまった。
しかしここでそんな事を考えても無意味だ、そう思ったフィアは2人と共に真っ直ぐ支部長室へと向かう。
一応ノックをしてサカキの返事を聞いてから、フィア達は中へと入る。
そこには既にロミオとギルの姿があり、またカズキとアリサの姿も確認できた。
全員がお互いに軽く手を挙げてから、視線をサカキへと向けた。
「こんな朝早くにすまないね」
そう言ったサカキの表情は、少しばかり疲労の色が見えた。
細い目には隈も確認できたし、もしかしたら彼は黒蛛病の研究で寝ていないのかもしれない。
「色々共有したい事があってね、集まってもらったのさ」
「……大丈夫? なんだか疲れてるみたいだけど」
「ありがとうフィア君、だが私は大丈夫だよ。
さて、では本題に入るが……まずブラッドの諸君、君達は「終末捕喰」を知っているかい?」
「終末捕喰……」
終末捕喰、それはアラガミ達が全てを喰らいあいこの惑星すら捕喰してしまうという現象。
太古の昔からそれは行われ続け、生命の再分配が行われる……それが終末捕喰だ。
その現象は「星の意志」、生命を「初期化」し惑星や生命の危機を乗り越えるためのもの。
「よく知っているね。そしてその終末捕喰になくてはならないものがあるけど……」
「……「特異点」と呼ばれる存在、でしたよね?」
「そうだよシエル君、実はこの極東支部にも3年前に特異点が現れたんだけど……ちょっとした事件があって、特異点の一つは月に行ったんだ。
それによって「月の緑化」と呼ばれる現象が起こったんだよ」
「月の緑化に、特異点が関係していたなんて……」
驚きの声を呟くシエル、だが他のブラッド達も似たような反応であった。
「知らないのも無理は無いさ、極東支部の一部の人間しか知らないからね」
「……ねえ、サカキ。さっき特異点の“一つ”はって言ったけど……特異点は一つじゃないの?」
「本来は一つだよ。でもあの時は……三つ存在していたんだ」
フィアの問いに答えたのは、カズキだった。
「その内の一つは僕、そしてもう一つはラウエルやタマモのような進化を果たしたアラガミの少女」
「カ、カズキさんが特異点!?」
「尤も、僕もその少女も「月の緑化」が起こってから特異点では無くなったようだけどね」
「まあそこら辺りの詳しい話は時間がある時に訊くといい、今は私の話を聞いてくれたまえ。
それで本題に入るんだけど……「赤い雨」と「黒蛛病」に対する結論から先に話す事にしよう。
この2つは特異点を失ってしまった地球が、また新たな特異点を作り上げるためのシステムだと推測される」
「黒蛛病と赤い雨が……特異点を作るシステム?」
「ど、どういう事……?」
「勿論当てずっぽうで言っているわけではないよ、ユノ君の検査結果を見た結果……この推測に辿り着いたんだ」
「ユノさんの……?」
それは一体どういう意味なのか、理解できずナナは首を傾げる。
ロミオとギルもまたその表情に怪訝さを出し、けれど……シエルとフィアはその言葉の意味を理解できた。
「そんな……まさか……」
「……つまり、ユノが特異点になりつつあるって事?」
「ええっ!?」
「恐らくはだけどね、彼女は他の患者よりも急速に黒蛛病の進行が進んでいる。
個人差があるとはいえその進行スピードはあまりにも早い、そこで詳しく調査をした結果……彼女の中から、特異点に極めて近い偏食因子が発見されたんだ。
黒蛛病の偏食因子が宿主の特異点化を促しているんだろうね、こういった考えは非科学的だとは思うのだけど……全ては、新たな特異点を生み出し終末捕喰を実行しようとしているこの世界の“意志”の為せる業なのかもしれないね」
『……………』
誰もが、言葉を発する事ができなかった。
サカキの言葉は、あまりにも突拍子のないものだったからだ。
そんなものを信じろと言われても、正直信じられる内容ではない。
でも、同時に今の話を笑い飛ばすなんて事もできなかった。
サカキは決して憶測だけでこんな話をするような人物ではない。
何よりユノの身体にそのような変化が起きているのだ、おそらくその推測は………。
「とにかく、こちらでも黒蛛病の治療法を全力で捜してみるよ。君達は君達のできる事を精一杯やってくれたまえ」
「………わかってるよ、サカキ」
そう言って、フィアはブラッドの皆を連れて支部長室を後にする。
続いてカズキとアリサも支部長室を出て行き、誰もが無言のままエレベーターに乗り込み……最初にロミオが口を開いた。
「カズキさん、さっきの話なんですけど……カズキさんが特異点だったって」
「うん。三年前にアラガミになった僕は、アラガミを喰らっていく間に特異点になったみたいでね。
詳しい話は長くなるけど、結局僕はアラガミの少女――シオちゃんと一緒に生き延びて、僕とローザをアラガミにした仇のアラガミだけが月に行って「月の緑化」を引き起こした。
その事件の直後だったかな、サカキ博士に調べてもらって「特異点」の偏食因子が無くなっていたんだ」
その原因は、未だにわかっていない。
けれど、カズキは何故自分が特異点ではなくなったのか…なんとなくわかっていた。
……この星が、カズキとシオを“見限った”のだろう。
終末捕喰を起こさない特異点などいらない、そう判断したから星は自分達を特異点では無くした…カズキはそう推測している。
なんとも身勝手な話だ、しかしもし星の意志というものが本当に存在しているのならば、無理からぬ話なのかもしれない。
終末捕喰は人類にとって起こしてはならないものだ、しかしそれはあくまで人間の都合でしかなく、星そのものにとっては聞き入れる内容ではないのだから。
「じゃあ、ユノさんはいずれ……ノヴァになっちゃうって事なのかな?」
「え、縁起でもないこと言うなよナナ!」
「ご、ごめん……」
「――僕達は僕達のすべき事をすればいい、そうだろう? カズキ」
「ああ、フィアの言う通りだ。僕達ができる事は限られているけど、その限られたできる事を精一杯努めればいい」
エレベーターが、エントランスロビーへと到着する。
「お腹すいたから、まずは朝ごはん食べないと」
「……そうですねフィアさん、朝の原動力はしっかり確保しませんと」
「私もいくよ、フィア!!」
「オレもオレもー! ギル、お前もまだ朝メシ食ってないんだろ?」
「ああ、わかってるよ」
フィアと共に、ラウンジへと向かっていくブラッド隊。
先程の重苦しい空気は存在せず、いつもの彼等に戻ってくれてようだ。
そんな彼等の後ろ姿を見送っていたカズキとアリサはほっと安堵の息を零す。
「まったく、サカキ博士はもう少し言葉を選んで説明すべきですよ」
「ああいう場合は言葉を濁すよりも、はっきりと現実を口にした方がいいさ」
「……ユノさんが特異点、これから一体どうなるのでしょうか?」
「わからない。でも……」
「でも?」
「……いや、なんでもない。それよりお腹が空いたから、何か作ってくれる?」
「わかりました。それじゃあ行きましょう?」
腕を組み、自室へと赴くカズキとアリサ。
楽しそうな表情で他愛ない話をするアリサに、カズキも変わらぬ笑みを浮かべながら……内側では、ある不安を募らせていた。
ユノの変化、黒蛛病と赤い雨の関係性。
そして……あの時からまったく姿を見せていない、アンノウンの存在。
カズキは知っている、あの存在はただただ己の欲望に従い行動する悪鬼だと。
だからこそ、今のこの静けさが不気味でしょうがなかった。
しかしアンノウンをカズキは見つける事ができない、同じアラガミである筈なのに彼女の存在を感知する事ができないのだ。
いつか雌雄を決する時は必ずやってくるだろう、しかし今の後手に回ってしまっている状況は……。
(いや……考えてもしょうがないか)
さっきフィアが言ったように、自分のできる事だけを考えるしかない。
それにこの不安が杞憂に終わる可能性だってあるのだ、考え過ぎても状況が変わるわけでもない。
どこか自分に言い聞かせながら、カズキは思考を切り替え改めてアリサへと視線を向けたのであった。
「げほっ、ごほっ、ぐ……うぅぅ」
「……ジュリウス、大丈夫ですか?」
フライアに君臨する孤独の王、ジュリウスに優しく語り掛けるラケル。
相も変わらずその笑みは可憐であり美しくもあり…けれど、陶器人形を思わせる無機質さがあった。
「……まだ、死ねないさ。アラガミを…この世から、滅ぼすまではな……」
強がりのような言葉を放ちつつ、ジュリウスは己が身体へと視線を向ける。
――既に、黒蛛病の証ともいえる痣は、彼の全身に行き渡っていた。
凄まじいまで不快感と激痛が絶えず彼を苦しめ続けるが、ジュリウスの精神は決して壊れたりはしない。
全ては神機兵によるアラガミの撲滅、それだけが彼をこの世に留まらせている唯一であり絶対の拠り所だった。
その為に彼は仲間を裏切り、自分の事を心から心配してくれた少女を傷つけたのだ、途中で挫折する事は決して許されない。
仲間を想う心が、死の病から彼を守り続けているのだ。
なんて強く暖かな思いなのだろうか、彼の思いを知っているラケルはまるで恋する少女のような瞳をジュリウスに向けている。
「安心してくださいジュリウス、あなたの「血の力」と黒蛛病患者の偏食因子を取り込んだ神機兵ならば……大丈夫ですよ」
「……そう、だな。そうでなくては…困る」
「ええ。なので……そろそろ貴方には、“次の段階”へと移ってもらわないと」
「…………?」
痛む身体を無理矢理動かし、ジュリウスはラケルへと視線を向ける。
変わらぬ笑み、でも何故だろうか……前々から無機質さは感じていたが、今の彼女からはもっと恐ろしいものを感じられるような……。
「準備は整いました、後は……あなたの心を変えるだけ」
「何を……」
言っているのか、そんな言葉がジュリウスの口から放たれる前に。
「―――ちょっと痛いけど、我慢してねー?」
ジュリウスの眼前に、歪んだ笑みを浮かべた悪魔が現れ。
「っ、ぐ、が、ぁ………!?」
気が付いたら、ジュリウスは凄まじい衝撃を受け壁に叩きつけられていた。
「……もう少し、優しくできなかったのですか?」
「こんな程度で死にはしないよ、そう“育てた”んだろう?」
「ご、が、ぁ……き、さま、は………!」
現れた悪魔は――アンノウン。
忘れるはずが無い、あの凍り付いてしまいそうな恐ろしい笑みと、九本の尾を持つその姿は。
痛みで咳き込みながら、ジュリウスの思考は完全に混乱していた。
何故アンノウンがこのフライアに居るのか、そして……何故ラケルはアンノウンを見ても動じないばかりか、普通に会話を交わしているのか。
状況が理解できず、けれどジュリウスには一つだけはっきりと判った事があった。
それは――ラケルが、なにかとんでもない事をしでかそうとしているという事を………!
「ぐあ………っ!?」
アンノウンに髪を掴まれ、強引に立たされる。
「……可哀想だね、お前は」
そんな彼に、アンノウンは皮肉でも厭味でもない純粋な同情を彼に向けていた。
「全ての偏食因子を取り込めるなんて体質に生まれなかったら、もう少しマシな生き方ができたかもしれないのに。
でも感謝はしているよ、お前のおかげで“この星”の悲願は達成されるんだ。三年前にできなかった事を……漸く行う事ができる」
「ぐ……っ!?」
再び地面に叩きつけられ、意識が朦朧とするジュリウスに。
「――暫しの眠りですよジュリウス。おやすみなさい」
ラケルの、不気味なくらいの優しい声が耳に入り。
「……みん、な………」
ジュリウスの意識は、闇へと沈んでいった………。
To.Be.Continued...
シリアスまっしぐら。
さて次回はちょっとしたオリジナルを挟んだものになる予定です。