キュウビの力は強く傷ついていく彼等だが、『あの力』を発動させたフィアが一気に勝負に出た………。
「―――ギギ、ギ」
「なっ………」
キュウビの血を浴びながら、フィアの表情は驚愕に包まれていた。
懇親の一撃だった、神機のリミッターも外してのフィアが放てる最大の一撃だったというのに。
それでもキュウビの首は撥ねれず、相手は未だ健在であった。
「ぐ、ぐ………!」
すぐさま神機を抜き取ろうとするフィアであったが、刀身がガッチリと固定されたかのように動いてくれない。
しなやかで強靭なキュウビの皮膚が完全に神機の刀身を固定させてしまっており――更に事態は悪化していった。
「っ、が………っ!?」
がくんと、フィアの身体から力が抜けていく。
それと同時に彼の背中に出現していた骨組みの翼が霧散し、隙を見せた彼をキュウビは三本の尾で弾き飛ばしてしまった。
地面を滑りながら吹き飛んでいくフィア、どうにか衝撃を殺しつつ立ち上がるが、すぐさま膝をつき倒れ込みそうになってしまう。
(こんな、時に………!)
神機のリミッターを外すこの技は、まだ不完全なものだ。
故に反動が大きく、持続時間も限りなく短いという弱点があった。
その弊害が容赦なくフィアの身体に襲い掛かり、今の彼はまともに立ち上がる事すらできない程に衰弱してしまっていた。
――そんな彼に、キュウビの憤怒に満ち溢れた瞳が向けられる。
しかし相手も死に体、首からの出血は止まらず息も絶え絶えといった様子だ。
あと一撃、あと一撃を与えられれば相手は倒れてくれる筈。
そう願いながら、フィアはどうにか自分の身体に喝を入れ戦おうとしたのだが。
「――充分だ。休んでろ」
自分の前に立ちキュウビと対峙する青年、ソーマにぽんと優しく肩を叩かれ、フィアはそのまま立ち上がる事をやめてしまった。
「ソーマ……」
「……そういう無理をする所はカズキによく似てやがる、極東で部隊の隊長を張る奴っていうのは、どいつもこいつも甘ちゃん揃いだ」
だがその甘さは、ソーマにとって好ましいものだ。
自分の身も省みずに臆する事なく戦っていくからこそ、こちらも疑う事などせずに背中を預けられる。
そして同時に、何が何でも力になりたいと思ってしまうのだ。
「グルルルル………!」
「……悪いが、こいつをやらせるわけにはいかねえ。こいつはこれからも誰かの支えになれる男だ」
「ギギギギ……」
そこをどけ、唸り声を上げながら威嚇するキュウビ。
恐ろしい程の殺気が込められた瞳を一身に受けても、ソーマの闘志は微塵も衰えず寧ろ増大していく。
凄まじい迫力と闘志だ、その姿にあのキュウビですら僅かに驚愕と恐れの色を見せていた。
アラガミであっても恐怖してしまう覇気を見せながら、ソーマは静かに神機を右上段に構えた。
「逃げたきゃ逃げろ、だが背を向けた瞬間……お前の命は無いと思え」
「ギ、ギギ………グルアアァァァァッ!!!」
捕喰よりも、ソーマに対する逃げの本能が勝った。
しかしそれでもキュウビは逃げず、尾を逆立たせそこから数十もの数のオラクルレーザーを撃ち放った。
それら全ては当然ながらソーマとフィアに向かって放たれ、フィアは動けず……ソーマはその場から一歩も動かずに神機に力を込めていく。
その力に呼応して、ソーマの神機の内部に存在するオラクル細胞が躍動を始め、紫に輝くオラクルエネルギーが刀身に宿る。
およそ倍近くまで増大した刀身のまま、ソーマは迫るオラクルレーザー全てに狙いを定め。
「―――おおおおおおおっ!!!!」
裂帛の気合と共に、神機を右上段から振り下ろした―――!
必殺の一撃はオラクルレーザーの全てを呑み込むように振るわれ――文字通り、その全てが一刀の元に叩き伏せられた。
バスタータイプの神機が放てる必殺技“チャージクラッシュ”の一撃により、キュウビの攻撃は完全に無力化され。
「――リンドウ、やれ」
「ほいほい、人使いが荒いこって」
「ギ―――ッ!!?」
ソーマの呟きと共に、キュウビの死角から斬撃が放たれ鮮血が舞う。
驚愕と激痛によりキュウビの顔が歪む、しかしそれを悠長に眺める彼――雨宮リンドウではない。
先程の奇襲に近い上段からの斬撃を即座に切り返し、今度は横一文字に神機を振るった。
その一撃もまさしく必殺の領域、空気を切り裂きながら放たれた斬撃は迷う事無くキュウビの顔面を横一文字に切り裂く。
「ギャアアアアアアアアアアッ!!!」
「うおっ……こいつはすげえ、まだ生きてんのかよ」
フィアやソーマといった実力者からの攻撃をまともに受け、更に全力で放った自分の攻撃すら受けたというのに、キュウビはまだ生きている。
まさしく怪物と呼ぶに相応しい生命力に、リンドウはおもわず驚愕の呟きを零してしまった。
とはいえ――終わりの時は近い。
このまま放っておいても死ぬだろうが、最期の力を振り絞られても困る。
「さっさと………くたばれ!!!」
だからソーマは情け容赦なくキュウビの懐へと飛び込み、追撃を仕掛けた。
下から突き上げるような一撃、その一撃はキュウビの喉元に食らいつき深々と突き刺さる。
鮮血がソーマの顔を汚すが、彼は構う事無く更に神機を突き刺していった。
「ッ……ッッッ………!」
何度も痙攣を繰り返すキュウビ、そして……その身体が地面に倒れ込む。
念のため暫く身構えるソーマとリンドウであったが、一向に動きを見せないキュウビを見て、大きく息を吐き出した。
「あー……やっとくたばったかこいつ」
「………チッ、手こずらせやがって」
すぐにでも座り込みたい衝動に駆られたが、ソーマはそのままアリサの元へと向かった。
「……大丈夫か?」
「正直、大丈夫じゃないですよ。両腕の骨が砕けてるんですよ?」
「だが治せるだろう?」
「ええ、もう再生は始めています」
そう言うアリサの両腕からは、パキパキという音が鳴り続けている。
既に彼女は体内のオラクル細胞を用いて骨の修復を始めている、カズキ程早くはないがいずれ全快するだろう。
……こういう時、自分は改めて人間ではないと認識させられるのは、少し嫌だなとアリサは思ってしまう。
自分で望んだ道だから後悔などない、そう思っていても…つい、そう思ってしまうのはまだまだ自分の心が弱いからだろう。
「フィアさんは……?」
「……大丈夫、僕は平気」
「お前さんも大活躍だったな、正直俺ら3人じゃやばかった」
「そんな事ないよ。……僕はまだ、弱い」
今回の戦いは、自分の弱さを再認識させられた戦いだった。
あの不可思議な力を使えるようになって、これがあればどんなアラガミにも負けないと心の何処かで思っていたのかもしれない。
でもあの力を使ってもキュウビを倒す事はできなかった、まだまだ……自分は未熟者だ。
そう思い知らされ俯いてしまったフィアだったが、そんな彼の頭をリンドウはポンポンと軽く叩いた。
「リンドウ……?」
「自分1人で抱え込もうとすんな、ったく……ソーマの言う通り、そういう所はカズキそっくりだ」
「だな。危なっかしくて放っておけなくなる、きっとコイツの仲間も同じ気持ちだろうよ」
「ですね」
「おいアリサ、お前も結構大概だと思うぞ?」
「カズキの妻だからな、しょうがねえ」
「あ、納得」
「うるさいですよ。……でもフィアさん、自分1人が強くなる必要なんかないんです。あなたの傍にはいつだってあなたを支えてくれる仲間が居ます。
みんなで強くなって、助け合って、支え合って……前へ進み、未来を守っていけばいいんですよ?」
「…………」
焦りと、自己嫌悪が、フィアの中から消えていく。
……やっぱり自分は未熟者だ、こうして傍に居てくれる人がいるというのに焦ってしまうのだから。
「―――ありがとう、みんな」
最大限の感謝を込めて、フィアは優しく微笑みながら上記の言葉を口にする。
そんな彼の心中を理解した3人は、同じような微笑みを彼に向けて返し。
「――――カズキ?」
そんな声を、背後から耳に入れた。
『――――!!?』
全員が声の聞こえた方向へと振り向く、視界の先に居たのは――小さな少女であった。
十も満たぬ小さな少女、灰色の髪と褐色の肌の一子纏わぬ姿にも驚いたが……。
何よりも、少女に生える灰色の獣耳と六尾の尻尾が…“あのアラガミ”を思い起こさせた。
「アンノウン………!?」
「いや、違う、アンノウンは確かにカズキが倒したはず……」
「……だとすると、アレはなんだ?」
人間ではない、けれど……
それに気づいたのはフィアとアリサのみだが、とにかく目の前の存在は人間にもアラガミにも見えないのだ。
人間ではないのはあの耳と尻尾を見ればわかる、だがアラガミでもないと思ったのは……体内に“コア”が存在しないからであった。
オラクル細胞の存在は感じられるというのに、その核となるコアがないなどというのはありえない。
かといってフィア達のように人間からアラガミに変化した存在でもない、もっと無機質で空っぽの存在だ。
「………違う、カズキ、違う」
(っ、カズキを捜してるの……?)
「何で? お前…お前から、カズキの匂い、する」
虚ろな瞳の少女の視線が、アリサに向けられる。
まるで出来の良い人形を見ているかのようだ、無機質で…けれど同時に恐ろしい。
得体の知れなさではアンノウンに匹敵する、とにかく今わかるのは……一刻も早くこの場から逃げなければならないという事だけ。
キュウビとの戦いで消耗したフィア達では、目の前の存在とは戦えない。
「――全員、目を瞑って!!」
叫ぶように全員に告げながら、フィアはバックパックから何かを取り出し地面に投げつけた。
瞬間、周囲を白一色に染め上げるほどの閃光が包み込み、4人は全速力でその場から駆け出した。
スタングレネードの光はすぐに消える、だが相手にとって目くらましになる筈だ。
とにかく今はこの場から逃げ出し、安全な場所まで移動する……算段であったが。
「っ、ぐぅぅぅぅ………!」
背後から死の恐怖を感じ、フィアはがむしゃらに神機を振るう。
刹那、神機から衝撃が走り彼の身体は大きく吹き飛ばされてしまった。
「おいおい、マジかよ………!」
光が収まり、リンドウの驚愕に満ちた呟きが場に響く。
完全なる不意打ちだった、だというのに少女はスタングレネードの光など関係なしにフィア達に襲い掛かり一撃を与えたのだ。
アラガミを超える化物だと再認識する4人に、少女の追撃が迫った。
「お前、カズキの匂い、する、お前……キライ!!」
「くっ………!」
瞳に憎しみの色を宿しながら、少女はアリサに向かっていく。
追撃をしたいアリサであったが、両腕が砕かれている今では反撃する術はない。
なので代わりにリンドウが2人の間に割って入り、少女の放った右の拳を神機の刀身で真っ向から受け止めた。
「うぉ……すげえ馬鹿力だな、おい……」
「どけ、邪魔!!」
「そうはいかねえなあ、コイツは俺の大事な後輩の奥さんなんだ」
「カズキの匂いがする女、キライ!!!!」
「おーおー……カズキの奴、女にモテるじゃねえ…か!!」
力任せに神機を振り下ろし、その勢いで少女を後方へと吹き飛ばすリンドウ。
堪らず後退する少女に、ソーマが踏み込んだ。
まずは上段からの振り下ろし、その一撃に一片の躊躇いも存在しない。
迫る斬撃を少女は左の拳で弾き、右の拳をソーマの顔面に向かって放った。
回避は間に合わない、そう判断したソーマは装甲を展開。
「ぐっ………」
防御には間に合った、しかしその細腕からは考えられない衝撃を受け地面を削りながら後退していってしまう。
すかさず追撃を仕掛けようとソーマに向かう少女…だったが、リンドウが真横から迫ってきた事に気づき自ら後方へと後退する。
「ちっ……速いな」
「はぁ…はぁ……」
「なんだソーマ、研究ばっかで鈍ったか?」
「うるせえぞ……だが、このままじゃ全滅するぞ」
「………だよな」
考えたくもない未来だが、残念ながらこのまま戦ってもソーマの言った通りの結末になるだろう。
アリサもフィアも今はまともに戦える状態ではない、かといってリンドウとソーマも消耗しており全力を出せない。
対する少女は、素手だというのに並の神機使い以上の力がある、まったくもって悪夢としか言いようがない。
(しょうがねえ、おっさんが殿を務めるとしますか……)
「っ、リンドウさん、ソーマ、あの人が来てくれました!!」
「―――カズキ!!」
アリサと少女が、同時に“彼”の来訪に気づいた瞬間、戦場に1人の青年が姿を現した。
「カズキ!!」
「…………」
「よっしゃ、ナイスタイミングだカズキ、あと頼む」
そう言うやいなや、さっさと後退するリンドウ。
その態度に苦笑を浮かべてから、カズキは自分を食い入るように見つめている少女へと視線を向けた。
「………アンノウン、じゃないな」
「カズキ、カズキ、カズキ………!」
「気をつけろ、コイツ…強いぞ」
「わかってるよソーマ、君はアリサとみんなを頼む!!」
「…………すまん」
謝罪しつつソーマも後退し、吹き飛ばされ倒れたままのフィアへと駆け寄った。
起き上がらせるとフィアは苦しげな表情を浮かべ小さく唸り声を上げている、どうやらかなり消耗してしまっているようだ。
フィアを背負いながら通信機を取り出すソーマ、そしてすぐさまアナグラに救援要請を告げる。
「君は、何だ?」
「カズキ、カズキ!!」
「……話にならないな」
言語を話す事はできるが、相手の様子を見るに分かり合う事はできないようだ。
それに目の前の少女からは多くのアラガミを喰らった痕跡がある、このまま生かしておく道理はない。
「カズキ、ワタシの、食べる、カズキ!!」
「……僕は君のものになったつもりもその気もない、そして……生かしておくつもりもない」
「カズキ、食べる、ワタシ、食べる!!!」
少女の姿が消える。
先程とは比べ物にならないスピードで、少女はカズキを頭から喰らおうと跳躍し、その口を大きく開き。
「っ、ぎゃ………っ!!?」
呆気なく、カズキの斬撃を受けて吹き飛ばされた。
地面を何度もバウンドしながら吹き飛んでいく少女、数十メートルという距離を吹き飛ばされ……けれど何事もなかったかのように起き上がった。
額から多量の血を流しながらも、少女の表情は――歓喜に満ちている。
「カズキ、強い、カズキ、食べる!!」
「…………」
「カズキ―――食べる!!!」
再びカズキに向かっていく少女。
対するカズキも、目の前の存在を完全に滅しようと神機を持つ手に力を込め、大きく踏み込んだ―――
To.Be.Continued...
シリアスは次回辺りで終わるかと思います。
最後までお付き合いしてくださると嬉しいです。