そんな彼女達の元に、在ってはならない魔神が迫りつつあった………。
「――αチーム、フィアさんのビーコンが消えた位置に到着しました」
『こちらマリーだ。αチーム、周囲はどうなっている?』
螺旋の樹外縁部に到着したシエル達αチーム。
フィアが正体不明のアラガミと交戦し…行方がわからなくなった地点へと赴いたαチームは、すぐさま極東へと連絡を繋げた。
「……巨大な穴が開いていますね、おそらく先の汚染による地響きによる陥没かと」
『こちらでも確認できる通りか、だとするとフィアはこの穴に落ち消息を絶った可能性が高いな。――降下できるか?』
「難しいですね。どれだけ深いのかわかりませんし……マリーさん、βチームの方はどうなっています?」
『所定の位置に到着し周囲を見回っているそうだ。周囲にアラガミの反応も無い、心配する必要はないぞ』
「ええ、ですが……フィアさんが交戦したアラガミは、極東のレーダーには反応しなかったと聞きます。念の為一分おきに連絡を行うようにしましょう」
了解した、マリーの返事を聞きシエルは一度通信を切る。
間近で見る螺旋の樹の変貌は、シエル達の思っていた以上に禍々しく…不気味なものだった。
白銀に輝いていた美しい森は見る影もなく、まるで魔窟のような冷たい空気を漂わせている。
居るだけで精神が磨耗してしまいそうだ、震えそうになる心を叱咤しつつシエルはナナ達に指示を出す。
「まずは周囲の散策を、何か不自然なものがありましたら必ず全員に伝えてください。――それと正体不明のアラガミが周囲に居るとも限りません、警戒は怠らないように」
「了解ー、でもローザさんが居るなら大丈夫じゃないかな?」
「……一応周囲にアラガミの気配は無いけど、極東のレーダーにも反応しなかった点を考えると、ローザ達でも感知できない可能性があるから注意するに越した事はないよ」
「そうだな。全員、スタングレネードはいつでも使えるようにしておいた方がいい。万が一正体不明のアラガミが現れても防御を重視した戦い方を心掛けよう」
リヴィの言葉に全員が頷きを返し、シエル達は周囲を調べるために一度散開して。
「――なかなか冷静な判断力だ。無意味ではあるがな」
そんな声を、耳に入れた。
「え―――」
「―――っ」
最初に反応したのはシエル、遅れてローザとリヴィが声のした方へと神機を構えた。
その一瞬後にナナも同様に身構え――見た事のない生物、けれどアラガミだとわかる魔神と対峙した。
「女か……神機使いとはいえ女では、退屈しのぎにも――」
魔神の声が、そこで途切れる。
同時に聞こえたのは斬撃音、それを放ったのは――魔神との距離を一息で詰めたシエルであった。
対峙した瞬間、彼女は目の前の存在がフィアと交戦した正体不明のアラガミ、決して許す事のできない悪魔であると本能で察知。
それと同時に彼女は半ば無意識のうちに動き、全力の踏み込みを用いての横薙ぎの斬撃を魔神の首へと叩きつけた。
素早い一撃は見事魔神の首へと命中、すかさずシエルはもう一撃叩き込もうとして。
「っ、が………っ!?」
「――言っただろう? 退屈しのぎにもならないと」
魔神の右腕が伸び、彼女の首は掴み上げられてしまった。
「ぐっ、っ………」
ミシミシと骨が軋む音が、シエルの首から聞こえ始める。
少しずつ、けれど確実に彼女の首を腕力のみでへし折ろうとしているのだ、苦しみながらシエルは神機を魔神の腕に叩きつけるが斬るどころか傷一つ付かない。
よく見ると最初の一撃も、魔神には
「拙い………!」
「シエルちゃん!!!」
このままでは彼女が殺される、頭でそう理解するよりも先にナナは動いた。
両手に自分が出せる最大級の力を込め、ハンマーを右上段に構えながら大きく跳躍。
「このおおおおおおおおおっ!!!」
裂帛の気合を込め、魔神に向かって懇親の一撃を振り下ろした―――!
「―――カアッ!!!」
「!!?」
それを、魔神は奇声を上げながら
その反動でナナの身体が上空に飛ばされ、魔神は口元に醜い笑みを浮かべながら跳躍。
彼女の無防備な右脇腹に、左足による回し蹴りを叩き込む―――!
「っ、ぁ………っ」
口から多量の血を吐き出しながら、ナナは近くの大木に背中から強打し……ズルズルと地面に落ち、そのまま倒れ込んでしまった。
ピクリとも動かず、ローザとリヴィが呼びかけるが反応が返ってこない。
「リヴィちゃん、ナナちゃんをお願い!!」
言うと同時に今度はローザが魔神へと向かっていく。
向かってくる彼女を面倒そうに迎え撃とうとする魔神であったが、先程のシエル以上のスピードでローザは相手との間合いを詰めた。
すかさずスピアを用いての突きの連打を浴びせていくローザ、七発の突きが魔神へと当たりその威力に魔神の身体が後退していく。
衝撃によりシエルの身体が魔神の手から離れ地面に落ち、彼女は激しく咳き込みながらもその場から後退した。
「はああああああああっ!!!」
更に踏み込み、嵐のような突きを魔神に叩き込んでいくローザ。
破壊力、速度、そのどちらも申し分のない攻撃であり、並のアラガミならばとうの昔に全身に風穴を開けて絶命しているだろう。
「どうした? それで精一杯か?」
「くっ………!」
しかし、魔神はローザの猛攻を受けて尚、傷一つ付かず嘲笑するかのように笑っていた。
デタラメな強さだ、アラガミである筈なのに神機による攻撃が通らないなど、悪夢を見せられているかのようだ。
アラガミ化を果たし、並の神機使いとは比べ物にならぬ実力者である筈のローザの猛攻が、魔神にはまるで届いていない。
既に数十発、もうすぐ百手に到達する攻撃も、ただの一つも魔神には通らない。
「ローザ、屈め!!」
「っ」
背後からの声に反応し、反射的に身体を屈ませるローザ。
刹那、魔神の顔から爆発が起き、それも二度三度連続で巻き起こった。
見るとナナのすぐ近くまで移動していたリヴィが、魔神に向かって銃撃を放っていた。
破壊力を重視した爆発系の弾丸だ、魔神の首から上は煙に包まれ。
「………煙い」
それでも、煙が晴れた時にはまったく堪えていない様子の魔神の顔が見えてしまった。
………化物だ、あまりにも常軌を逸している。
これだけの攻撃を受けてもまったくの無傷なのだ、一体どう倒せばいいというのか。
「つまらんな……これならば、まだフィアの方が楽しめた」
「っ、フィアを……知っているの?」
「知っているとも、よーく……よーく、な」
意味深な答えを返しつつ――魔神は明確な殺気をローザ達に向ける。
遊びは終わりだと、魔神の凍りつくような冷たい目がそう告げていた。
――光の矢が、魔神の身体を貫く。
「っ、な、に……!?」
「えっ……!?」
突然の事態に魔神は驚き、ローザ達も同様に驚愕した。
一体何が起きたのか、あれだけの攻撃をまともに受けたというのにまったく傷つけられなかった魔神の身体に、小さいながらも風穴が開いている。
明確なダメージを与える事ができたのだ、驚愕しないわけがなかった。
「ぎ………っ!?」
更にもう一撃、光が魔神の右腕を貫く。
そこでローザは何が起き、魔神の身体を貫いたのかを理解する。
上を見上げながら周囲を確認すると――いつの間に移動したのか、高台のような場所に寝転び神機の銃口を魔神に向けているシエルの姿が確認できた。
彼女の必殺のブラッドバレッド、フルーグルが魔神の身体を貫きダメージを与えた。
しかし如何なフルーグルといえどもそれ単体では魔神の身体を貫く事はできなかっただろう。
(凄すぎるよ、シエルちゃんは……)
彼女はフルーグルを当てる場所を、先程繰り出したローザの攻撃で魔神の身体に一番当たった箇所に絞ったのだ。
ローザの攻撃は魔神には効かなかった、とはいえまったく効かなかったわけではなく命中した部分は僅かに細胞が脆くなっていた。
そこだけを狙いシエルは狙撃した、超人めいた技術と経験、そしてブラッドバレッドの能力があってこその芸当だ。
「……あの女、このような芸当ができるとは、少しは楽しめそうだ」
フルーグルを二発まともに受けても、致命傷には程遠い。
しかし活路が見えてきた、ローザとリヴィはもう一度自身を奮い立たせ魔神に向かおうと身構え。
「おらあっ!!!」
「ふんっ!!!」
「ぐお……っ!?」
魔神の背中に、強力な斬撃が二発叩き込まれる。
背後からの奇襲に魔神の身体がぐらつきたたらを踏む、更に真横から三発の銃撃が叩き込まれ、たまらず魔神の口から血反吐が吐かれた。
今度は一体何なのか、そう思っているローザ達の前に現れたのは――ギル、ロミオ、エリック、そしてソーマのβチームであった。
「みんな、大丈夫か!?」
「エリック、助かったよ!!」
「っ、ナナ!!」
倒れているナナの姿を見て、ロミオの口から悲痛の叫びが放たれる。
まだ気絶しているのか、ロミオが何度も彼女の名を呼ぶが反応が返って来ることはなかった。
「………優秀な神機使い共だ、まさかここまでダメージを与えられるとは思わなかった」
「……なんだ、コイツは」
対峙する相手を見て、ソーマはぶるりと身体を奮わせる。
“違う”のだ、このアラガミは。
今まで自分達が倒してきたどんなアラガミとも違う、異質で異端で…ただ在るだけで間違いだと認識させられる。
先程ロミオと共に放った渾身の奇襲とて、致命傷にならなかったのだから。
「――エリック、撤退するぞ」
「そうだね。敵はそれだけの強さを持ってるって事はボクにだって理解できる、でも……相手がそれを許してくれると思う?」
「………思わねえな」
しかしだ、このまま戦っても……勝てる保証はない。
8人、それも熟練の神機使いのみで形成されたチームではあるが、それでも犠牲なしで勝つ事は不可能だ。
そればかりか全滅する危険性も充分に考えられる、それだけ目の前の魔神の力は強大で凶悪なのだから。
「………エリック」
「囮になるっていうのならお断りだし絶対に許さないよソーマ、誰一人欠けてはいけないし……シオだって悲しむだろう?」
「…………」
「甘い考えだとわかってはいるさ、けれどこの考えはこの場に居る全員の総意だとボクは思ってる。――誰も、失ってほしくないんだ」
「――仕方ない、もう少し戯れてあげようか」
魔神がそう言い、右手を天に掲げる。
すると――魔神の右手から棒状の物体が肉を裂きながら現われ――それは巨大な戦斧へと変化した。
巨大すぎる獲物を担ぎ、魔神はゆっくりとした動きで周囲を見渡してから、ニィィ…ッと不気味な笑みで口元を醜く歪ませる。
瞬間、全員の本能が明確な“死”が間近に迫っている事を理解したが。
――時既に遅く、魔神は巨大な身体を限界近くまで屈ませて。
――全身のバネを利用して回転しながら戦斧を振るい、そこから高密度のオラクルエネルギーが込められた飛ぶ斬撃が放たれ。
――周囲一体の地面を削りながら、自分以外の全員を吹き飛ばしてしまった。
「――――、ぁ」
高台に居たために難を逃れたシエルだったが、彼女は攻撃する事も忘れ固まってしまっていた。
……皆が、倒れてしまっている。
たった一撃、しかも直撃していないというのに……全滅してしまった。
自分は悪い夢でも見てしまっているのだろうか、そう思わずには居られない。
「そういえば忘れていたよ、君も……始末しないとねえ」
「――――」
上から声が聞こえ、シエルは顔を上げる。
そこに居たのは……自分を見て、純粋で残虐で……愉悦に満ちた笑みを浮かべた、魔神であった。
殺されると、どこか他人事のようにシエルは理解する。
逃げられない、反撃もできない、呼吸すら忘れシエルは死の瞬間まで恐怖に震える事しかできなかった。
「その顔、恐怖と絶望に満ちた歪んだ表情……見目麗しい容姿を持つ君が浮かべると、絵になるねえ」
魔神は笑う、シエルの無様な姿を眩しそうに、呆れるように見つめ続ける。
それを見て――シエルは悔しくて悔しくて堪らなかった。
最後の最後まで人間としての尊厳すら踏み躙られ、見下され、歪んだ糧にされている。
ふざけるな、一体何様のつもりなのか。
悔しさは怒りへと変わり、怒りは恐怖を上回り、シエルは精一杯の気概で魔神を睨みつける。
「……君のその顔、あの子供を思い出して嫌になる」
魔神の声に、僅かな怒りが孕む。
それでもシエルは魔神を睨み続けた、そのような行為をしても己の死は避けられないとわかっていても。
最後の最後まで、人として足掻きたいという彼女の想いは、折れなかった。
「死ね」
戦斧が振り上げられる。
一秒後には身体を細切れにされ死に至るだろう、だがシエルの目に先程のような恐怖の色はなく。
ギリッと歯を鳴らし、魔神はシエルに向かって戦斧を振り下ろし。
「ぐお………っ!?」
何者かに吹き飛ばされ、地面を転がっていった。
「あ……あぁ……」
「――ごめんシエル、みんな、遅くなった」
自分の目の前に立つ少年を見て、シエルはおもわず涙ぐむ。
魔神の攻撃を受けながらも立ち上がった他の者達も、彼の登場に歓喜の表情を浮かべていた。
「フィア!!」
「よかった、お前無事だったんだな!!」
「……みんなはすぐに撤退の準備を!!」
仲間達に指示を出し、フィアはブラッドレイジを発動させる。
背中に現われる黄金に輝く漆黒の翼、高密度のオラクルエネルギーが絶え間なく放出させていく。
「無駄だフィア、その不思議な力でも私には適わない」
「……お前、自分が何をしたのかわかってるのか?」
「何……?」
どういう意味だ、そう言おうとした魔神の顔にフィアの足が突き刺さる。
吹き飛ばされ、けれどすぐさま魔神は体勢を立て直したが――その時には既に、フィアは魔神の眼前まで迫っていた。
振るわれるヴァリアントサイズの斬撃、強固な魔神の身体に深々と突き刺さり鮮血が舞う。
「うあああああああっ!!!」
魔神を刀身に突き刺したまま、フィアはラウンドファングを発動。
ヴァリアントサイズの刀身が大きく伸び、フィアはそれを地面へと叩きつけた。
爆撃めいた音と共に陥没する地面、当然その中に居た魔神に襲い掛かる衝撃とダメージは甚大であった。
「ご、が………っ!!!」
血反吐を吐き、魔神の表情が歪む。
すかさずフィアは追撃を――仕掛けるような事はせず、近くに居たシエルを担ぎ上げた。
「フィアさん!?」
「みんな、すぐに離脱するぞ!!」
「えっ、このままの勢いでぶっ倒せばいいだろ!?」
「もうブラッドレイジも保たない、それに……僕だけじゃこの化物は倒せない」
悔しいが、ここは撤退し戦力を立て直さなくてはならない。
それにこれは皆には言っていないが、既にフィアの身体は限界を超えていた。
このブラッドレイジが終了すれば自分は意識を失うだろう、それほどまでに彼の身体は消耗しきっていた。
「――おい、全員動けるな? 撤退する!!」
『了解!!』
ソーマの声に全員が頷きを返し、全速力でその場を離脱する。
後ろは決して振り返らず、極東へと帰るために全員はその場を去っていき。
完全な静寂が螺旋の樹に訪れてから、魔神は大穴からゆっくりと這い上がってきた。
「………ふむ、面白い」
フィア達を取り逃がしたというのに、魔神の表情に落胆の色はなかった。
当たり前だ、いずれ彼等は再びこの螺旋の樹にやってくる。
決着は、その時に着ければいいし……何よりも、フィアや彼の仲間達から受けたダメージは魔神の想像以上のものであった。
あのまま戦っていれば苦戦を強いられていたかもしれない、そう思うと魔神は面白くて仕方がなかった。
「待っているよフィア、お前は…お前の仲間達は、私が神すら超えた神である証明になるのだからね」
魔神の姿が消える。
残るのは戦いの爪痕と、冷たく纏わり付くような不気味な風だけだった………。
To.Be.Continued...
シリアスが続いたので、次回から少し日常パートを入れようと思います。
ゲームでもリヴィがジュリウスの神機に慣れるまで時間が掛かりましたので、その間に日常パートがあってもいいじゃないかと思いましたので。