先に進む為に、フィア達はラケルの傀儡となったクジョウと対決する……。
――堕ちた巨人が、フィア達に迫る。
すぐさまカズキ、シエル、ナナの3人はその場から散開するが、フィアだけはその場から動かず、神機を持つ両手に力を込めた。
堕ちた巨人に乗る狂いし男――クジョウはその場に留まるフィアへと狙いを定め、間合いを詰めると同時に上段から右手に持つ大型ブレードを振り下ろす。
空気を切り裂きながら振り下ろされたそれを、フィアは両手の神機を交差させながら上段に構え真っ向から受け止めた。
鋼同士がぶつかり合うような甲高い爆音と、周囲の空気を奮わせる衝撃を放ちながら、フィアはクジョウの一撃をどうにか防ぐ。
しかしあまりの破壊力にフィアの両足は地面に沈み、それに気づいたのかクジョウは左腕で拳を作りフィアを殴り砕こうとして。
「やあっ!!」
「し――!」
背中の装甲に、シエルとナナの一撃が叩き込まれた。
ほぼ同時に放たれたそれは確かに命中したものの、強固な装甲の前に容易く弾かれてしまう。
(堅い……従来の神機兵以上の装甲に変貌しているようですね……!)
ならば次は更に強く踏み込む、そう思いながら一度間合いを広げようとするシエルに、クジョウの追撃が迫る。
横振りによる一撃で、クジョウは彼女の身体を上下二つに分けようとするが……突如として、その勢いは完全に消えてしまった。
「カズキさん!!」
「…………」
大型ブレードが、カズキの左手によって受け止められている。
当然人間の手でそのような芸当ができる筈もなく、今の彼の左腕はピターの巨大な腕へと変貌を遂げていた。
しっかりと大型ブレードを掴み相手の動きを止めながら、カズキは右手に持つ神機の刀身を腹部装甲へと叩き込む。
ガッという鈍い感触が刀身から右腕へと伝わり、その衝撃からかカズキの顔が僅かに歪む。
一方、彼の一撃をまともに受けたクジョウは大きく吹き飛ばされ、近くの壁へと叩きつけられていた。
またしてもダメージはなし……と思われたが、腹部装甲の一部が大きく抉れているのが見える。
バチバチという火花を散らしながらも、行動には支障が無いのか何事もなかったかのようにクジョウは立ち上がってきた。
「……通さない、通さない……ここは、通さない……」
うわ言のように同じ事を呟きながら、クジョウは中層部へと繋がっているであろう道の前へと移動する。
……文字通り、今の彼はここを守る為だけに存在していると言っても過言ではない。
もはや人としての意志すら残っているかも疑わしい、今の彼はまさしく神機兵を動かす“部品”へと変貌していた。
尊厳などは既に無く、憐れで愚かな姿へと堕ちたクジョウであったが……。
その姿を見て、ただ1人――フィアは彼を討つという事に躊躇いを抱き始めてしまっていた。
それは間違いだ、今の彼は自分達の敵であり倒さねばならないアラガミと化している。
もはや彼を人に戻す事はできない、同じアラガミだからこそフィアは理解していた。
それなのに、今の彼の姿はフィアにとって……尊いもののように見えてしまうのだ。
神機を持つ手の力が緩んでいく、死と隣り合わせの戦場でそのような行為は愚かでしかないとわかっていても……フィアは、クジョウに対する戦意を喪失し始めていた。
「躊躇うな、フィア」
「――――」
カズキの厳しさを含んだ声を耳に入れ、無意識に身体をビクッと震わせてしまうフィア。
視線を彼へと向けると、カズキはフィアに対し厳しい視線を向けている事に気づいた。
「君の考えている事はなんとなくわかるし否定するつもりはない、でもここで戦う事を躊躇えば……ジュリウスを救う事はできないんだよ?」
「それは……」
わかっている、そんな事わざわざカズキに言われなくても……フィアはわかっていた。
だがそれでもフィア自身の感情が納得を見せず、それが隙を生みその隙を突こうとクジョウが動く。
慌てて身構え直そうとするフィアであったが、その前にクジョウが跳び上がり自重と勢いを十二分に込めた斬撃を繰り出した。
しかし、その一撃はフィアに届く事はなく。
「――君の決意は、その程度のものなのか?」
クジョウの一撃を神機の刀身で真っ向から受け止めながら。
カズキは、フィアを責め立てるように言葉を放った。
「フィア、ここで僕達が前に進むのを止めてしまったら、世界が終わる。もう彼を救えないというのは……君ならばわかる筈だ!!」
「…………」
「どんなに力があっても……くっ、強い願いを抱いても……守れない存在というのは出てきてしまう。そればかりに囚われたら今を生きている者達の命すら守れないんだぞ!!」
「ギッ……!?」
激昂し、力任せにクジョウを押し返すカズキ。
「フィア、君はジュリウスと約束したんだろう? いつか必ずここから彼を連れ出すと……誓ったんだろう?」
「っ」
「果たせぬ誓いならば捨ててしまえ、でも諦められないのなら……今ここで覚悟を決めろ!!」
酷な事を言っていると自覚しながらも、カズキはあくまでフィアに覚悟を促していく。
そうでもしなければ前に進めない、自分達が歩もうとしている道というのはそういうものなのだ。
子供だろうとも、神機使いとして戦うというのならば……迷いは自分だけでなく仲間の死すら招いてしまう。
それは決して許されない、だからこそカズキは敢えて甘えを捨ててフィアに厳しい言葉を言い放つ。
――いつか必ず、君を此処から連れ出してみせる。
そうだ、自分は確かにジュリウスと別れる際、彼に対してそう言った。
その誓いを忘れた事なんかない、必ず彼をこの螺旋の樹から連れ出して、またみんなと一緒に過ごす日々を夢見ている。
だからこそ、仲間達と共に少しでも早く前に進もうと戦っているのではないか。
そんな当たり前とも言える事を思い返し、だがそれでもフィアの中で躊躇いが消えることはなかった。
少しだけとはいえ、フィアはクジョウの心中や過去を知った。
故に彼の末路を見た後でも、彼の行動が間違いだと思えないのだ。
彼はラケルに恋慕の情を抱き、たとえその想いを利用されていたとしても最期まで貫き通す事ができたクジョウを、否定する事はできなかった。
……否定はしない、間違いだとも思わない。
けれど――こちらとて、譲れない思いと願いがある。
「……クジョウ博士、僕達は……この先に、行かなきゃいけないんだ」
どこか自分に言い聞かせるように上記の言葉を呟きながら――フィアは己の中にある力を解放する。
刹那、彼の背中に機械仕掛けのような骨組みの漆黒の翼が現れ、強大なオラクルエネルギーが溢れ出し吹き荒れていく。
その凄まじいエネルギーを、フィアは可変させた銃形態の神機へと送り込む。
クジョウがフィアの変化に気づくが、それより先にフィアは彼に向けて必殺の一撃を撃ち放った。
鼓膜を強く刺激する破裂音のようなものを響かせ、フィアの神機から放たれる一発の銃撃。
その銃撃はブラッドバレッドである“グラビトロン・ブレイク”であったが……ブラッドレイジのエネルギーを臨界まで組み込んだそれは、既に従来の破壊力を大きく上回っていた。
琥珀色の輝きを放つ銃弾は、迷う事無くクジョウと一体化した神機兵の右肩へと命中し――文字通り“融解”し跡形も無く消えてしまう。
凄まじいエネルギーはそのまま超高熱へと変化し、強固な装甲である神機兵のアーマーすら容易く消し飛ばしてしまったのだ。
更にその破壊力を示すかのように、クジョウの背後の壁にも大きな穴が空いてしまっていた。
「ギ――ギャアアアアアアアッ!!?」
神機兵と一体化しているからか、クジョウから断末魔の叫びが放たれる。
再びフィアの中に彼を討つことに対する躊躇いが生まれそうになるが、無理矢理それに蓋をしながら彼はクジョウへと向けて地を蹴った。
神機を可変し剣形態へ、二本の剣にしっかりと力を込めながら……彼は大きく跳躍する。
対するクジョウは先程の一撃によって身動きがとれず、たとえ動けたとしても……もう遅い。
「――ごめん」
上段に構えた神機を、勢いそのままに振り下ろす。
銀光を奔らせるその斬撃は、容易く神機兵のアーマーを抉り砕き血の雨を降らせた。
神機兵を動かすオイルか、それとも……クジョウの血か。
それはわからなかったが、フィアはその液体で自身が汚れるのにも構わず、右の剣の切っ先をクジョウの心臓へと向け。
「はっ!!」
裂帛の気合を込めて、神機の刀身を神機兵と突き刺した。
情け容赦なく、確実に相手の命を奪わんとする渾身の一撃。
そして、それが決定打となったのか……クジョウの断末魔は消え、彼の命が尽きたのを示すかのように……神機兵は静かに活動を停止させた。
「…………」
後悔など、抱けない。
自分達とて負けられない理由がある、クジョウとは互いに譲れない想いを貫き通す為に戦った。
頭では理解している、理解しているが……抱く必要の無い罪悪感が、フィアの心を締め付ける。
「フィアさん」
「っ、シエル……」
シエルの両手が、優しく慈しむようにフィアの手を握り締めた。
……少しだけ、心の痛みが薄くなったような気がした。
「……とにかく戻ろう。すぐに“中層部”の調査を開始するメンバーを決めないと」
「そ、そうですね……シエルちゃん、フィア、行こう?」
「はい。フィアさん、行きましょう?」
「うん……」
踵を返す4人、その中でフィアだけがクジョウの亡骸へと視線を向けた。
既にクジョウ……神機兵は霧散を始めている、コアは抜き取っていないがおそらく役目を終えたと“彼女”に判断されたのだろう。
最期の最期まで、クジョウの想いを踏み躙る“彼女”に、フィアは強い怒りを抱く。
無意味なのはわかっている、けれどこれではクジョウがあまりにも……。
「――やはり、足止めにしかなりませんか」
聞き慣れた、無機質な声が聴こえた。
それと同時に、フィアは自分がいつの間にか見知らぬ場所に移動していた事に気づく。
周りには何も無い、地面は見えず浮いているのか立っているのかすらわからない。
けれどフィアにとって今現在自分に襲い掛かっている不可思議な現象よりも……目の前に現れた“彼女”の存在の方が、重要であった。
「…………ラケル」
「久しぶりですねフィア、お元気そうで何よりです」
あの時と変わらない、美しく儚げで……同時にどうしようもなく恐ろしい無機質な女性。
人ではなくアラガミへと変貌した女性――ラケル・クラウディウスが、赤い瞳をフィアに向けながら再会を喜ぶかのような言葉を口にする。
すぐさまフィアはラケルに対し身構え、神機の切っ先を彼女へと向けた。
「……何故、今更戻ってきたのですか?」
対するラケルは全力の敵意をフィアから向けられてもまったく動じないまま、上記の問いを口にする。
その態度にフィアは苛立ちを募らせ、表情を険しくさせていく。
「もう貴方達はジュリウスと決別したのでしょう? だからこそ……あの子をこの螺旋の樹の中に置き去りにした」
「っ、違う。あの時は……」
「そうするしかなかった? でも、その選択が今を生み出してしまったのでしょう? ジュリウスを手放したくないのなら……もっと違う選択をするべきだったのではありませんか?」
「……それ、は」
「それだけではありません。選択を間違えなければ……もっと違う未来を歩めたのではありませんか? ジュリウスが特異点になる事も、終末捕喰が起こる事も……なかったのではありませんか?」
静かに、けれど確かな毒を孕んだ口調で、ラケルは問う。
その言葉一つ一つがフィアの心を掻き乱していき、呪いを与えていった。
「貴方はいつだってそう。幼少の時、貴方は誰一人救えずに全てを喰らっていった。同じ境遇の子供も……貴方が愛したマリア・ドレイクも、己の糧にする事しかできなかった。そんな貴方が……成すべき時に成すべき事ができなかった貴方が、今更何故ここに居るのです?」
「…………」
そうだ、ラケルの言っている事は正しい。
いつだって正しい選択を選べなかった、そのせいで……この両手から零れ落ちた命達が沢山あるのは事実。
彼女の言う通り、選択を誤らなければこうはならなかったかもしれない、それは認めよう。
……だが、それでも。
「――今度こそ、成すべき事を果たす為に僕はここに居る。誰にも邪魔はさせない」
それでも、フィアは確かな決意の色を込めた瞳をラケルに向け、強く言い返した。
対するラケルは何も言わず、けれどその表情に僅かな苛立ちの色を見せる。
自分の心をここで折りたかったのだろう、彼女の思惑を理解し口元に皮肉めいた笑みを浮かべるフィア。
「……ジュリウスを取り戻したいという貴方の想いは理解できました、ですがあの子を取り戻すという事は……終末捕喰を引き起こすという事なのは、わかっていますね?」
「…………」
「それも特異点であるジュリウスを終末捕喰のプロセスから外してしまえば、それはただの“消滅”へと変わるのですよ?」
「わかっているさ。だから……なんとかしてみせる」
「その方法も思いつかないのに? フィア、それはあまりにも愚かしい話だと貴方だって理解しているでしょう?」
「言った筈だ。僕は成すべき事を果たす為にここに居ると、ラケルの言う“愚かしい話”を現実のものにするために……前に進むと決めた。仲間達と共に」
「……………………そう、ですか」
つまらなげに呟き、ラケルはフィアに同情するような視線を向ける。
それでもフィアは決して目を逸らさず、ラケルを睨み返す。
確かにクジョウを敵対する事に対して迷いは見せてしまった、けれど仲間達が居るのなら……もう迷わない。
そんな意志を込めて、フィアはラケルを睨み続ける。
「…………貴方は、何もわかっていない」
「?」
「その選択が何を齎すのか、どのような道を進もうとも……貴方に待っているのは、後悔だけだと」
「それでも僕は僕自身の意志でこの道を選んだんだ、今更引き返す事はできないしする気もない」
「ええ、ええ……そうでしょう。貴方はそういう子ですから、ですか断言できます。貴方は…………いつか必ず後悔する事になると」
不吉な言葉を残しつつ、ラケルの身体が黒い蝶となって霧散する。
それと同時に、フィアは螺旋の樹の大地に無事戻ってきた事に気づき、おもわず安堵のため息を零した。
「フィアさん、どうかしたのですか?」
シエルが訊ねてくる、どうやらその場で立ち尽くしていただけらしい。
なんでもない、シエルにそう答えてからすぐさまフィアは3人の元へと駆け寄っていった。
――貴方は何もわかっていない。
――貴方は、いつか必ず後悔する。
最後にラケルが放った不吉な言葉を、思い返しながら……。
To.Be.Continued...
シリアスが続いたので、次回はシリアスお休みにしたいと思います。
皆様はどうでしょうか? いいからさっさと本編進めた方がいいですかね?