さて、今回の物語は……。
――リヴィの状態が元に戻るまで、螺旋の樹「上層部」の調査は中断する。
先日、フィアを会議室に呼んだフェルドマンからそう告げられ、現在極東の神機使い達は通常業務へと戻っていた。
とはいえ螺旋の樹の内部には危険な「神融種」が存在しているため、ブラッド隊を中心としたベテランの神機使い達はそちらへの任務を重点的に行っている。
歯痒い気持ちはあるものの、上層部は今までとは比べものにならない程に濃いオラクルエネルギーが漂っている事が判明している。
先遣隊の1人であるリヴィが欠けた状態での調査は危険だ、それが理解しているからこそフィアは何も言わなかった。
納得をしているわけではないが、仕方ないと割り切れないほど彼は子供ではない。
「隊長、帰還しましょう」
倒したアラガミのコアを捕喰しながら、シエルが言う。
それに頷きを返し、フィアは仲間達と共に極東へと戻っていく。
「それにしても、リヴィちゃんの具合がそこまで悪くなくてよかったよね!」
「そうですね、とはいえあの状況下では仕方なかったかもしれませんが、強引にロミオさんの神機に適合しようとしましたから……もう少し休んでもらいたいものです」
既にリヴィはベッドから起き上がれるほどに回復している。
それは喜ばしいものだが、すぐに上層部の調査に向かおうとしたのは参った。
当然フィア達はそれを阻止しようとしたが、意外にも頑固であったリヴィはまったく言うことを利こうとしてくれない。
これはベッドに縛り付けないと駄目か、そう思った矢先――フェルドマンが医務室へとやってきた。
基本的に会議室で篭りっ放しになっている彼の登場に驚きを隠せないフィア達をよそに、フェルドマンは厳しい視線と声でリヴィを制したのだ。
――お前の身体はお前1人のものではない、そして何よりも……無理をするなと言った筈だ。
おもわず震え上がってしまう程に重苦しい口調であったが、その中には確かにリヴィに対する親愛の情が感じられた。
それはリヴィも感じ取ったのか、意固地な態度を潜めフェルドマンの言葉に従ってくれた。
「もう完全にフェルドマン局長ってリヴィちゃんのお父さんだよね!」
「ふふっ、局長だけでなく状況管理局の皆さんもリヴィさんを大切に想っていますよね」
「………………」
それは、フィアも同意見であった。
しかしである、なんというか……時折、少々行き過ぎた態度を見せる局員も居るのではないかと思ってしまう。
無論悪い意味ではない、悪い意味ではないが……なんとなーく、フィアにはそう見えてしまったのだ。
例えるのなら、アリサがカズキに向けるダダ甘な愛情というか、過保護オーラというか。
とにかくそんな感じであり、そしてそれは。
「――あ、おかえりー」
自分達を出迎えてくれた、覇気なんて宇宙の彼方に投げ捨てたかのようなロミオの表情を見て、間違いではないと思い知る事になる。
「……ロミオ先輩、どうしたの?」
「え? 何言ってんだよナナ、どうもしてないって」
「いやいやどう見てもそんな風に見えないって、なんていうか十歳くらい老けたみたいになってるよ?」
存外に失礼な発言をするナナであったが、当のロミオの反応は渇いた笑いだけであった。
いつもの反応とはまるで違う、これを見てしまえばフィアとシエルも彼の様子がおかしいと確信せざるを得なかった。
とはいえその原因が皆目見当がつかないので、フィアは遠慮なしに訊いてみる事にした。
「何があったの?」
「………………」
瞬間、ロミオは黙りこくってしまった。
わかりやすい反応である、なので一気に畳み掛ける事にした。
「なんでもない、は通用しないよ? それとも、僕達には話せない?」
「い、いや……そういうわけじゃないんだけど、さ……」
「じゃあ、どういう――」
どういう意味なんだ、歯切れの悪いロミオに多少苛立ちつつ問い詰めようとしたフィアであったが。
彼はある事に気づいてしまい、その場で固まってしまった。
「フィアさん? どうし――」
彼の反応に首を傾げたシエルであったが、すぐさまその意味を理解して同様に固まってしまう。
一歩遅れてナナもある事に気づき――彼女の場合、固まるというより引いていた。
――何か、いる。
こちらを――正確にはロミオに敵意を込めた視線を向けている者達が、壁際に隠れている姿が見えた。
隠れている、という表現は些か間違っているかもしれない、何故ならその視線のあまりの力強さと存在感で全然隠れきっていないからだ。
よく見るとその者達の殆どは状況管理局の人間達であった、それと極東のスタッフもちらほら見える。
……なるほど、あのような視線を向け続けられれば覇気なんて無くなってしまうとフィア達は理解した。
しかしである、何故このようなおかしな状況になっているのかは、さっぱり見当もつかない。
というかお前等仕事しろ、そんなツッコミが喉元から出掛かったフィア達であった。
「……ロミオ先輩、また何かしたの?」
「または余計だし何もしてないっての、ただ……さっきリヴィの見舞いに行った後に、こんな状況になったのは確かだ」
『それだよ』
間髪入れずに容赦のないツッコミをロミオに叩きつける3人。
説明を入れるまでもないが、要するにあの者達はリヴィと甘い時間(彼ら主観)を過ごしたロミオに嫉妬しているというわけである。
それだけではない、感応現象を互いに体験した影響かリヴィがロミオに向ける態度も大きく変わった。
それがあの者達にはひっじょーっっっに気に入らないというわけなのだろう、嫉妬の感情というのは末恐ろしいものなのである。
だがロミオはどうやらそれがまったくわかっていないようだ、故に彼は困惑するだけで原因を解明する事ができないでいた。
「リヴィちゃんとちゅーでもしたの?」
「ばっ!? な、何言ってんだお前。そ、そんな事するわけねえだろ!! た、ただ昔の話をしただけだっての」
壁際の者達から安堵のため息が聞こえてきた、どうやら盗み聞きをしているようだ。
「あ、でも……前までよくオレの事睨んでたけどさ、笑顔を見せてくれたんだよなー」
しかもすっげえ可愛かった、だらしない顔になりながらそんな報告を言い出すロミオ。
……彼に向けられる敵意が増し、殺気まで漂い始めた。
何故彼はこうも余計な事を言うのだろうか、3人は呆れたようにため息をつきながら彼を見捨てようか考え始め。
「――いい身分だなロミオ。フィア達が任務に出ていたというのに、お前は暢気にのろけ話か?」
地の底から響き渡るかのような低く重い声が、場を支配した。
「ひぃっ!?」
「マ、マ、マ……マリー、ちゃん?」
悲鳴を上げるロミオ、ナナもすっかり怯えた声で現れた少女――マリーの名を呼んだ。
一方のマリーはいつも通り厳しい表情を浮かべているが、溢れんばかりの怒りが満ち溢れていた。
いや怒りだけではない、フィアにはわからなかったが……シエルとナナは、彼女が抱いている感情を理解する事ができた。
「お前はまだまだ伸びるんだ。しかし努力をしなければ成長しない……さあ、いくぞ?」
「ぐええ……!?」
ロミオの返答を待とうともせず、マリーは彼の首根っこを掴み上げる。
そのまま彼を引き摺りながらその場を去ろうとするマリー、ロミオが抗議の声を上げるがお構い無しだ。
流石に可哀想なので止めようと思ったフィア達であったが、今のマリーからは凄まじい威圧感が放たれているので、結局彼等にできる事といえば。
「……ロミオ先輩、骨は拾ってあげる」
『南無……』
両手を合わせ、彼に合掌する事だけであった――
■
「…………生きてる?」
「オレが何をしたっていうんだ……」
アナグラにある訓練室の中で、ロミオの悲痛な呟きが響く。
疲労困憊という状態を通り越した彼の姿はただ痛々しく、同情を抱かずにはいられなかった。
一方、彼をこんな状態へと陥れた張本人であるマリーはというと。
「ふん、情けない男だ」
先程と同じく、相当ご立腹なのか刺々しい言葉を放っておりました。
しかしなんというか、今の彼女は確かに恐ろしい雰囲気を放っているものの、どこか子供っぽくも見える。
「マリー、さすがにやりすぎだと思うけど」
「そんな事はない。Aランクの訓練を二十周ばかりさせただけだ」
「それがやりすぎって言うんだけど……」
「……こいつが軟弱なのが悪い」
ぷいっとそっぽを向くマリーに、フィアはおもわず苦笑してしまった。
先程は何故マリーがロミオに対してあのような怒りを向けていたのか、フィアにはわからなかった。
しかし彼とは違いマリーの心中を理解できていたシエルとナナによって、その理由を理解する事ができた。
――なんてことはない、彼女もあの時嫉妬に駆られた者達と同じだったのだ。
つまり“嫉妬”していたのである、けれど怒りの矛先をリヴィに向けるわけにはいかなかったので……マリーは自身の怒りと鬱憤をロミオに叩きつけたというわけである。
正直ロミオにとっては傍迷惑な話かもしれないが、原因の一部であるのも確かなので致し方ないだろう。
だが、彼女が嫉妬をするなどフィアにとって……否、彼女を知る者にとっては意外な姿であった。
そして同時にとても微笑ましいと思ってしまった、結果的にロミオが苦しむ羽目になってしまったが。
とはいえさすがにこのままでは新たな誤解を生んでしまう、なのでフィアは助け舟を出す事にした。
「マリー」
「む……」
名を呼ぶと、ばつの悪そうな顔になるマリー。
どうやら彼女もわかっているらしい、あとちょっと後悔しているようだ。
がしがしと乱暴に頭を掻いてから、マリーはまるで自分自身の行動に呆れるようにため息を吐き出す。
「ロミオ」
「…………なんだよ?」
「……その、悪かった。少し……厳しくし過ぎたな、反省している」
「………………」
顔を上げて、文句の一つや二つを言ってやろうかと思ったロミオであったが、マリーの表情を見て考えを改めた。
だって仕方ないではないか、常にキリッとした彼女が……まるで親に叱られる子供のような弱々しい表情を浮かべているのだから。
こんな顔を見せられては怒るに怒れず、それに結果はどうあれ彼女は自分を鍛えようとしてくれたのだ。
ならば彼女を責めるのはお門違いだとロミオは思い、同時にマリーには今のような表情をしてほしくないと思った。
「なんて顔してんだよ、お前らしくもない」
「…………」
「別に気にしなくていいさ。その……お前がオレの為を思ってんのは、わかってんだからさ」
いいながら、ロミオは顔を赤らめていく。
なかなかに気恥ずかしいものだ、こういった言葉を他人に放つのは。
けれどロミオの想いは伝わったのか、マリーはこれ以上ないってくらいの優しい笑みを浮かべ。
「ありがとう、ロミオ」
最大限の親愛を込めて、感謝の言葉を彼に送った。
「………………」
「? ロミオ、顔が赤いがどうしたんだ?」
「な、なんでもないっす!!」
「……ふむ」
どうやら、喧嘩には発展しなさそうだ。
2人のやりとりを見て安心したフィアは、そのまま訓練室から出て行こうとして。
「いいぞロミオ先輩、そのままマリーちゃんを押し倒して!」
「だ、駄目ですよナナさん。こ、このような場所ではしたない……」
「だったら、部屋ならいいのか?」
「だ、誰もそんな事は言っていませんよギル!」
入口の扉から、中の様子を覗き込んでいるブラッドメンバー達を発見した。
……とりあえず色々とツッコミを入れたいフィアであったが、どうやらそれどころではないらしい。
「おのれレオーニ上等兵め……特務少尉だけではなく、マリーさんまで狙ってんのか……!」
「許せん、許せんぞぉぉぉぉぉぉ……!」
「爆発しろ爆発しろ爆発しろ」
またしても嫉妬に駆られた者達が、ロミオに対して明確な敵意を向けていた。
その行動力には素直に敬意を称するフィアであったが、さすがに見過ごす事はできず。
「――黙っててあげるから、さっさと立ち去ってくれる?」
にこりと微笑み、割と全力の殺気を出歯亀連中へと向けた。
すると全員がその場から逃げるように去り、それを見たフィアはもう一度ため息を吐く。
2人へと視線を向ける、どうやら出歯亀には気づいていないようだ。
……これ以上ここに居たら自分も先程の連中と同じになる。
そう思ったフィアは、足早に訓練室を後にした。
――小さな日常が、静かに過ぎていく。
世界が終末捕喰によって呑み込まれようとしている時に、悠長な事をしているのかもしれない。
けれどフィアは、この小さな日常も世界と同じくらい大切だと思っている。
無論、この極東に居る者全員も……。
(だけど、修羅場にはなってほしくないなあ……)
そんな懸念を抱くフィア。
だが彼は気づいていない、その考えが盛大なブーメランだという事に……。
To.Be.Continued...
楽しんでいただけたでしょうか?
もしそうなら幸いに思います。