フィア達によってナナとギルは発見できたものの、シエルの姿はいまだ見つからず。
そんな彼女にも、ラケルの魔の手が迫ろうとしていた……。
――漆黒の世界を、シエルは1人で歩いていく。
黒い蝶に視界を覆われ、気がついたら彼女は不可思議な空間の中を1人で立ち尽くしていた。
一体何が起きたのか、困惑しながらも冷静な彼女はいなくなった皆を捜すべく歩を進め始める。
無音の空間は否が応でも心に不安を抱かせ、けれどシエルは臆する事無く前へと進んでいく。
そんな強き心を持った彼女に――聞き慣れた声が警告を放った。
「――シエル、何故ここに来た?」
「っ、ジュリウス……?」
突如聞こえた声は、ジュリウスの声であった。
おもわず足を止め周囲を見渡すシエルだが、声の主の姿は見当たらない。
「俺に任せてくれたのではなかったのか? お前達はお前達のすべき事を果たすと約束したじゃないか」
「……あなたをここから連れ戻す事が、今の私達がすべき事だと思っています」
「何を言っている。俺がここから離れれば終末捕喰が再開される……それはお前とてわかっている筈だ」
「このまま何もしなければ、どの道終末捕喰は再開されます。それと――」
言い返しながら、シエルは神機を銃形態へと変形させ。
「――言いたい事があるのなら、こんな三文芝居などせずに直接私に向かって言ったらどうですか? ラケル先生」
背後へと振り返り、自分に無機質な笑みを向けているラケルへと、その銃口を向けた。
少しでもおかしな動きをすれば撃つ、そんな意志を込めた視線をシエルから向けられながらも、ラケルは笑みを崩さないまま口を開く。
「さすがシエル……あなたはいつだって冷静で合理的で、優秀な子。
だからこそわかるでしょう? ジュリウスを連れ戻す事など……不可能だという事が」
「………………」
シエルは答えない。
そんな彼女の態度に満足そうな笑みを浮かべつつ、ラケルは言葉を続けた。
「なら、今のように足掻くよりも終末捕喰を受け入れた方が良いとあなたなら理解できている筈。――もしあなたが私の所に戻ってくるというのなら、他のブラッド達も受け入れましょう」
「……私がラケル先生の元へ戻れば?」
「ええ。あなたの愛するフィアも……受け入れてあげますよ?」
ゆっくりと歩み寄りながら、ラケルは右手をシエルへと近づけていく。
そして、ラケルの手がシエルの頬に触れようとした瞬間。
「――お断りします」
シエルの神機の銃口が、ラケルの額に突きつけられた。
「………………」
「合理的ではないというのはわかっています。ですが私は最後の最後まで諦めないと自身の心とフィアさんに誓いました、その誓いは決して破れません」
「……そういえばあなたは純粋な子でもあったわね。純粋だからこそフィアに影響されたのかしら?」
「そうかもしれません」
「ふふっ、曇りのない目をしたまま随分と大胆な事を言うようになったのねシエル。今のあなたは前よりも素敵よ?」
くすくすと笑いながら上記の言葉を口にするラケル、その挑発ともとれる態度を目にしてもシエルは動じない。
それが気に入らないのか、ラケルはあえてシエルの逆鱗に触れる言葉を解き放つ。
「――なら、あなたの目の前でフィアを殺したら、どんな顔をするのかしら?」
「………………」
「僅かに動揺したわねシエル、これはますますその時の顔が見たく」
銃声が響く。
躊躇いなく、容赦など微塵も感じさせないシエルの銃撃が、ラケルの頭部を撃ち貫いた。
だが撃ち貫いた筈のラケルは黒い蝶となって霧散し、同時に漆黒の世界は消え去り――シエルは現実へと帰還する。
「……ラケル先生、今の私が居るのはあなたのおかげでもありますが……今の発言だけは、許せません」
冷たい声色で消えたラケルに言い放ち、シエルは通信機へと手を伸ばした。
現在位置はわからないものの、螺旋の樹の内部であるのなら仲間との通信が可能かもしれない。
とにかく一度態勢を立て直すのが先決だ、あくまでも冷静さを失わないシエルは今の自分ができる最良の行動を選択して。
「――幻とはいえかつての恩師を容赦なく撃つか、なかなかの胆力を持っているんだね」
背後から、背筋が凍りつくような不気味さを孕んだ男の声が聞こえ。
神機を剣形態に可変させながら、シエルは振り向き切っ先を声の主へと向けた。
声の主は――赤黒い不気味な肉体を持つ、戦斧の鬼。
“魔神”と呼ばれているアラガミであり、かつて狂気の実験を繰り返していたフィアの父。
「グリード、エグフィード……!」
「おや? フィアから私の事は聞いていたのか」
「し――!」
一気に踏み込み、斬撃を放つ。
……抑えが、利かなかった。
目の前の存在は、フィアを歪めその人生を狂わせた元凶。
そう思った瞬間には、シエルは全身を怒りと憎しみに支配され単身で戦いを挑むという愚行を選んでしまった。
「っ」
「まだ話している最中じゃないか、せっかちな子だね」
渾身の斬撃は、呆気なくグリードが持つ巨大な戦斧によって受け止められてしまう。
鍔迫り合いになりながら、シエルはグリードを絶対零度の冷たさを持った瞳で睨みつけた。
「あなたは……あなただけは許しません!!」
「? すまないが、どうして君はそこまで私を憎んでいるのかな?」
「っ、フィアさんにあれだけの事をして……あの人は、今だって苦しんでいるんです!!」
激昂し、神機を持つ手に更なる力を込めるシエル。
するとグリードはそんなシエルに嘲笑めいた笑みを見せつつ、自ら後退し彼女との距離を離した。
「あの子は私のかつての最高傑作だったんだ、あの子をどう使おうとも私の勝手ではないのかな?」
「彼は道具でも作品でもありません! 人間です!!」
「人間? おかしな事を言うものだね、あの子は他ならぬ人間だったモノを喰らったんだよ? それも……自分が大切に想っていた女の子まで、ね」
「――――」
なんだ、この男は。
なんなんだ、自分の目の前に居る生物は。
全ての元凶は自分にあるというのに、この男は悪びれるばかりかフィアの後悔を嘲笑っている。
悪魔、などという表現では追いつかない邪悪で醜悪な思考。
こんな男がフィアの父親である事が許せない、彼の人生を弄んだ事が悔しくて堪らない。
彼だけではない、一体どれだけの人間が目の前の存在に踏み躙られ捨て置かれたのか。
「……もしかして、君はあの子に恋をしているのかな?」
「あなたには関係ありません!!」
「おやおや……どうやら図星のようだ。――物好きも過ぎる、あんな“化物”に恋心を抱くとは正気の沙汰とは思えないよ」
「っっっ」
我慢できない。
あまりにも身勝手なグリードの言葉を耳に入れた瞬間、シエルは無意識のうちに神機を銃形態へと変形させた。
それと同時に“グラビトロン・ブレイク”を連続で撃ち放っていく。
肉片一つ残さない、特に無駄な言葉しか放たないその口は完全に消し去ってやる。
強い怒りを込めるかのように、シエルはただひたすらに銃撃を繰り返していった。
――だが、それでもグリードには届かない。
否、正確にはシエルの銃撃はグリードの肉体に命中している。
高い破壊力をもったそれは確実にダメージを与えグリードの肉体からは鮮血が舞うが。
「酷い子だ。風穴が空いてしまったじゃないか」
先程と変わらぬ軽い口調で、グリードはそう言い放ちながら。
シエルの身体を貫こうと、大口を開きそこから高圧縮されたオラクルエネルギーのビーム砲を解き放った。
地面を削りながらシエルへと向かっていく砲撃、その破壊力は絶大でありたとえ防御したとしてもその防御ごと相手を蒸発させる。
迫る死の恐怖に支配されそうになりがながらも、シエルは全力で横へと跳んだ。
刹那、砲撃が彼女の横を通り過ぎ――その余波が衝撃となってシエルに襲い掛かった。
痛みと熱でおもわず表情を歪ませ、受身もとれずにシエルは地面をゴロゴロと転がっていく。
「あ、ぐ……!」
ズキズキ痛む身体に喝を入れ、シエルはすぐさま起き上がり体勢を立て直す。
だが遅い、既に彼女の眼前にはグリードが迫っていた。
手に持つ戦斧を高々と挙げ、彼女を両断しようとするグリード。
(回避、間に合わない……!?)
まだ神機を構える事はできていない、かといって回避も出来ない。
「さよならだ」
無慈悲な言葉を満面の笑みを浮かべながら言い放ち、グリードは戦斧を振り下ろす。
風切り音を響かせながら放たれたそれは、シエルの柔肌を容易く両断――――する筈であったが。
「うっ――がっ!?」
驚愕、それに一瞬遅れて衝撃がグリードへと襲い掛かる。
衝撃を受けると共に後方へと吹き飛ばされる事態に困惑しつつ、グリードは足に力を込め衝撃を殺し。
シエルを両断する筈であった自身の一撃を受け止め、あまつさえ反撃してきた存在。
――フィア・エグフィードの姿を、視界に捉えた。
「フィアさん!?」
「……遅くなってごめん、シエル」
「お、お1人でここまで来たのですか?」
「いや、カズキ達ももうすぐこっちに来る筈だ。……シエルの居場所を感知できたから、いてもたっても居られなくて先行しちゃったんだ。後で怒られるだろうね」
「おやおや……まるで姫を守る騎士のようだねフィア、もしかしてそういうのに憧れていたのかい?」
「………………」
フィアの姿が消える。
瞬間、グリードは戦斧を構え――間合いを詰めたフィアが繰り出した斬撃を受け止める。
「ぬお……っ!?」
受け切れた、筈であった。
だがその破壊力はグリードの想像を遥かに超えており、爆撃めいた音を響かせながら膝辺りまで地面に沈んでしまう程の衝撃が襲い掛かる。
流石のグリードもこれには驚き反応が遅れてしまう、その隙にフィアは横薙ぎの一撃を放った。
舞い散る鮮血。
フィアの放った一撃はグリードの胸元に横一文字の裂傷を刻ませ、確実なダメージを与えた。
更に追撃を……仕掛ける事はせず、フィアは再びシエルの元へと後退する。
「……そうこなくちゃ面白くない、お前は私の最高傑作なのだからね」
「黙れ」
抑えきれない憤怒を身体から溢れ出しながら、フィアは一気に力を解放する。
フィアの背中に生える機械じみた漆黒の翼、それは彼の能力である“ブラッドレイジ”を発動させた証だ。
力の奔流が大気を揺らし、それを見たグリードは歓喜の声を上げる。
「素晴らしい……! 前とはまるで別人じゃないかフィア、そうか……前と同じようにあらゆるものを“喰らって”きたんだね!?」
「……シエルを、殺そうとしたな?」
「ん? ああ、当然じゃないか。この子は私を殺そうとしたんだよ? そんな事よりもフィア、もっともっと君の力を見せてくれ!!」
「………………わかった、でも」
――くれぐれも、後悔するなよ?
彼がそう言い放ったと理解した時には。
グリードの肉体に、フィアの斬撃が叩き込まれていた。
驚愕しながら吐血するグリードの顎に、フィアはすかさず蹴りを打ち込み上空へと吹き飛ばす。
秒を待たずに神機を銃形態に、すかさず無防備なグリードに六発の銃弾を放つ。
「ごっ、おっ……!?」
「――お前だけは、僕が殺す」
跳躍し、一瞬でグリードの真上まで移動するフィア。
既に神機を剣形態へと戻しており、その切っ先をグリードの頭部へと突き刺した。
重力に従い落ちていく2人、そして。
「くたばれえええええええええっ!!」
絶殺の意志を込めた雄叫びを上げ、フィアは背中から噴出しているオラクルエネルギーを解き放つ。
その力が推進力へと変わり、その勢いのまま2人は地面へと落ちていった。
爆音と共に周囲の地面がひび割れ、陥没していく。
もうもうと発ち込める土煙におもわずシエルは両腕で顔を覆った。
土煙から1つの影が飛び出し、シエルの近くへと着地する。
身構えるシエルだったが……自分の前に着地した存在が誰なのか理解し、喜びの表情を浮かべた。
「フィアさん……!」
「………………」
対するフィアは、決定打を与えたというのに表情は優れない。
攻撃が命中しなかったわけではない、だが……どうにも胸騒ぎが消えてくれなかった。
「えっ……!?」
「シエル、どうしたの?」
「……血の力を用いても、周囲からグリードの気配を感じられないんです」
「なんだって……?」
ならば倒したのか、そう思いフィアはグリードを沈ませた地面へと視線を向ける。
土煙もだいぶ晴れてきたが、見えるのは大穴だけでグリードの姿は確認できなかった。
(逃がした、のか……?)
そんな馬鹿な、しかし目の前の光景が事実だけを告げている。
すぐさま平静を取り戻し、フィアはブラッドレイジを解除しシエルの元へ。
「シエル、一度後退しよう」
「はい。了解しました」
「歩ける?」
「大丈夫です。――助けに来てくれてありがとうございました」
「気にしないで」
この場から後退するフィアとシエル。
(……今度こそ、絶対に逃がさないぞ!!)
グリードに対する、決定的な殺意を抱きながら。
■
「――ダッサ」
「辛辣だねえ、駄狐の分際で」
「あ? ボロボロの状態で強がるとか、死にたいのかなー?」
螺旋の樹、最上層部にて互いを睨み合うグリードとアンノウン。
フィアに圧倒されどうにか離脱したグリードに、アンノウンは惜しみのない嘲笑を送っていた。
「完敗だったよ、けど……嬉しくもある」
「ドMなの?」
「君じゃあるまいしそんな性癖はないさ。――私の最高傑作が、ああまで成長していれば嬉しいと思うのは当然じゃないか」
「はいはいよかったね、でも……もう時間は残されてないよ?」
「わかっているさ」
グリードとアンノウンの視線が、ある場所へと向けられる。
そこに居るのは、この螺旋の樹の核でありいまだ特異点として終末捕喰を食い止めているジュリウスと。
そんな彼に寄生する、荒ぶる神に堕ちた女性――ラケルであった。
まるで慈しむようにジュリウスの頬を撫でるラケルには、不気味なほどに暖かな母性を感じられる。
だがその母性は当然歪みきっており、彼女は今もジュリウスの精神に潜り込み彼を蝕み続けていた。
今まで必死に抵抗を続けているジュリウスであったが……その抵抗も、終わりを迎えようとしている。
「――次で全てが決まる。その時こそ決着の時だ」
「フィアの相手は私がする。他の害虫は君に任せるぞ?」
「ワタシに命令するなよ。そっちこそカズキとの
(…………なんだか、不安になってきましたね)
不毛な言い争いを続けているグリードとアンノウンの会話を耳に入れ、内心そんな事を考えるラケル。
だがまあ放っておく事にしよう、なんだかんだ言いつつもこの場所へとやってくるであろう彼らの相手はするだろうから。
(ジュリウス、もうすぐです……もうすぐ全てが終わり、そして新たな始まりがやってきますよ)
歪な愛情をジュリウスへと向け続けるラケル。
既に彼女の精神は破綻を極めており、終末捕喰を完遂させる事しか考えていない。
それが間違いだと気づく事もなく、彼女は最期の時まで人ではないナニカのまま生き続けるだろう。
――決着の時は、すぐそこまで迫っていた。
To.Be.Continued...
さてもうすぐです、もうすぐ第4部も終わりですね。
少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。