それが何をもたらすのか、それはまだ誰にもわからない………。
――旧市街を、ソーマは辺りを警戒しながら歩を進める。
神機を持つ手に無意識に力を入れながら、何かを探すように辺りを見回す。
(……気のせい、じゃねえな)
……最近、旧市街で妙な視線を感じる。
初めは自分の気のせいだと思っていたが、どうもそうではなかったようで、こうして調べているというわけである。
尤も、自己判断ではなく正式な任務であり、調べているのは自分1人ではないのだが。
「――こそこそしねえで、出てきやがれ!」
朽ち果てた教会に入り、ソーマは声を荒げた。
気配が強くなったのだ、間違いなくこの近くに何かが居る。
このような場所だ、アラガミ以外の生物が居るわけがない。
居るわけがないが……この気配は、アラガミとは少し違うような気が――
「――――っ」
背後に気配を察知し、ソーマは一秒も満たない速さで構え神機を横薙ぎに振るう。
「おわぁっ!!?」
次の瞬間、聞こえてきたのは心底驚いたような青年の声。
更に、自分の一撃が受け止められた衝撃も感じられた。
「…………お前か」
自分の後ろに居たのがカズキだとわかり、ソーマはどこかほっとしたような吐息を混じらせつつ口を開く。
「お前か、じゃないよ……頼むから、確認してから攻撃してくれないかなぁ?」
「…………悪い」
さすがに悪いと思ったのか、ソーマは視線を逸らしつつも謝罪の言葉を口にする。
(……慣れねえな)
ソーマは内心そう思う、何せ人に謝罪した事など殆ど無いのだ、上手く言葉を表現できない自分が恨めしかった。
「まあ別に良いけど、次からは気をつけてね?」
「あ、ああ……」
カズキの言葉に、素直に頷きを返すソーマ。
と、彼等にふわふわと近づく物体が。
〈かずきー!〉
「っ、チッ……!」
「ソーマ、あの子はラウエルだよ」
飛び出そうとするソーマに、カズキは告げる。
そのまま近づいてきた物体――ラウエルは、カズキの身体にしがみついた。
〈かずき、あいたかった〜!〉
(うっ……)
おもわず顔を引きつらせるソーマ。
当たり前だ、ラウエルからすればカズキに会えたのが嬉しくて抱きついたようだが、端から見ると人間を捕喰しているようにしか見えない。
「ラウエル、ちゃんと言いつけは守ってる?」
〈うん! にんげんのまえにすがたをあらわしてないし、にんげんをたべたりもしてないよ!
それに、にんげんってまずそーだもん〉
くるる、と鳴きながらラウエルはカズキの頭の中に語りかける。
どうやらちゃんと約束を守ってくれているようだ、それに特殊な進化の影響か人間を捕喰対象から外している、こちらとしてもありがたいものだ。
〈あっ……〉
ソーマを見た瞬間、ラウエルはカズキの背中に隠れてしまう。
「大丈夫だよラウエル、ソーマは君をいじめたりしないから」
〈………ほんとに?〉
少し怯えの色を見せながら、ソーマを見つめるラウエル。
「…………ああ」
それに対し、ソーマは仕方ないとばかりにため息をつきながら頷きを返した。
「それよりソーマ、僕も別のエリアを探したけど特に何もなかったよ。
時間も時間だし、そろそろ戻ろうか?」
「そうだな。あまり時間を掛けると面倒だからな。特にコウタがうざったくなる」
「あはは……」
〈えー、かずきもういっちゃうのー?〉
ぶーぶーと文句を言うラウエルに、カズキは苦笑する。
「また会えるよ、それより人間に見つかったらダメだからね?」
〈は〜い……〉
不満そうな所を隠そうともしないまま、ラウエルはふわふわと教会の窓から出て行ってしまった。
「ふぅ……それにしても、なんか最近旧市街で妙な気配を感じるから調べに来たけど……やっぱり気のせいなのかな?」
今回、カズキとソーマは最近旧市街からアラガミとは違う妙な気配を感じるという情報を元に、調査を開始したのだが……その妙な気配どころか、アラガミすら見当たらない。
否、アラガミは居たが……食い荒らされて原形すら留めていなかった。
「いや、少なくとも俺は感じたぞ。さっきまでここに居たはずだ」
「そっか……僕も不思議な気配を感じたんだけど……一体何者なんだろう」
「さてな」
少なくとも人間ではないだろう、そう思ったがソーマはわざわざ言う必要はないとそれ以上は何も言わなかった。
〈ねーねー〉
「っ、いきなり出てくんじゃねえ!!」
「ソーマ、そんな言い方しないの。それよりラウエル、どうしたの?」
再びふわふわとこちらにやってきたラウエルに問いかける。
すると、彼女は不思議な事を言い出した。
〈いうのわすれてたけど、ラウエルこのあいだへんなにんげんみたよ。
あのね、ラウエルとおなじような……えっと、アラガミ? それをたべてるにんげんがいたよ〉
「えっ……!?」
「何だと……!?」
アラガミを食す人間など居るはずがない、カズキを除いては。
「どこで見たの?」
〈えっとね、おてらー〉
(寺……廃寺エリアか)
これは調べる必要がありそうだ。
おそらく、ただの人間ではないし……アラガミの可能性もある。
それに……カズキ自身、気になってしまうのだ。
ラウエルありがとう、そうお礼を告げつつカズキは急ぎその場を後にする。
ソーマもすぐさま彼の後を追い。
〈こんどあったらあそぼーねー!〉
くるるる、とラウエルは楽しげに鳴くのだった。
「――お疲れ様です、カズキさん。サカキ博士が戻ったらラボラトリに来るようにって言ってましたよ」
アナグラに帰って早々、カズキはヒバリから伝言を受け取った。
「……調査隊へは俺が伝えておく、お前はさっさと博士の所に行け。
あのおっさんを待たせると、ロクな事にならねえからな」
「ありがとう、ソーマ」
「それと、調査隊の手伝いはしなくていい。お前はあくまでアラガミ討伐が主任務なんだからな」
「…………」
無言でエレベーターに向かうカズキ、どうやら手伝おうと思っていたらしい。
(バカが……無茶するんじゃねえよ)
隊長となり、階級もかなり上がったというのに、彼は相変わらずのお人好しぶりを発揮している。
それが彼の良い所なのだと言えばそれまでだが、かなり無茶をさせている事は事実なのだ。
(ったく、リンドウとは違う意味で扱いづらい隊長だぜ……)
そう思い呆れるソーマだったが……口元には小さな笑みが浮かんでいた……。
一方、ラボラトリに着き、サカキの研究室に向かったカズキは。
「極秘任務、ですか?」
「そう、これは君にしか頼めないんだよ」
部屋に入ってすぐに、サカキに任務を言い渡されていた。
「任務というよりお願いだね、とあるアラガミのコアを入手してきてほしいんだ。
今、支部長はヨーロッパの方に出張中なんだけど、その支部長から頼まれた仕事なんだよね」
「はあ……別にいいですけど」
ラウエルが言っていたアラガミを食す人間のような存在も気にはなるが、あれは調査隊に頼めばいいだろう。
そう判断したカズキだったが……。
「ああそうだ、これは他のみんなには他言無用だよ?」
「えっ……?」
それは、一体どういう事なのだろう。
アラガミのコアを入手する事を、わざわざ他言無用にする必要は……。
「頼むよカズキ君、やってくれないかな?」
「いえ、別にそれ自体はいいんですけど……どうして誰にも言っちゃいけないのかが……」
「それも秘密さ。気にせずやってくれるとありがたいのだけどねぇ」
「…………」
何だか怪しい、間違いなくサカキは何かを隠しているようだが……その飄々とした表情からはどんなものかは見破れない。
……悩む事、暫し。
「……わかりました、やらさせてもらいます」
結局、お人好しなカズキには断る事ができず、サカキの条件を呑む羽目になった。
「そうか! やはりカズキ君ならやってくれると思っていたよ!!
はい、というわけでこれがリストだから」
「えっ………?」
渡されたのは、アラガミの名前と必要なコアの数量が書かれた用紙。
「……あの、これを僕1人で?」
「そうだよ」
「……ボルグ・カムランとか、ヴァジュラも居るんですけど」
「頑張ってね」
「…………」
急に、サカキに対して殺意が湧いた。
とはいえ、一度引き受けた以上はやらなければ。
生真面目なカズキの悪い癖が出てしまい、結局文句の一つも言わないまま彼は部屋を後にする。
(さてと……これは数日かかるな)
コアの必要数が二桁なのだ、それを1人でやれというのだからサカキは鬼畜である。
(特別手当、貰えるかなぁ……?)
何だかやる気がどんどん無くなっていく、そう思いながらも、カズキは任務の為にエントランスロビーへと足を運んだのだった………。
――アリサは不機嫌だった。
ぶすっとした表情を隠そうともせず、ロビーのソファーに座り込み腕を組んでいる。
そんな彼女を苦笑を浮かべながら眺めるのは、彼を除く第一部隊の面々。
「……荒れてますね」
「……荒れてるな」
アリサに聞こえないように、そんな事を言い合うリンドウとコウタ。
……訂正、ばっちり聞こえていたようだ。
「私は荒れてなんかいませんから!!」
がーっ、と怒るアリサの剣幕に、コウタは仰け反りリンドウも若干顔を引きつらせた。
「だ、だってさ……さっきのミッションだって、アラガミを完膚無きまでに攻撃してコアごとぶっ壊してたじゃん」
まるで、というか明らかに八つ当たりだった、おもわずアラガミに同情した程だ。
……まあ、アリサがこんなにも荒れている理由は、たった一つだけなのだが。
「この数日間、カズキに会えないからって不機嫌になるなよ」
「別にカズキに会えてないからって不機嫌に……なってますけど」
(おぉ、予想外のリアクション……)
――ここ数日、カズキは第一部隊に居ない。
隊長権限で殆ど教えてはくれなかったが、どうやらに特別な任務を行っているらしい。
しかもそれは一つや二つではないらしく、その結果アリサはこの数日間まともにカズキと会話できないでいた。
「大体カズキもカズキです、確かに真面目な所は好きですけど、生真面目すぎるんですよ。
もう少し肩の力を抜かないと倒れちゃうじゃないですか、それに……私と一緒に居てくれたっていいじゃないですか……」
「……完全に後者が本音だな」
「うん……」
「聞こえてますからね2人とも!!」
キッとリンドウとコウタを睨むアリサ、2人はサッと顔を逸らした。
「はいはい。アリサも少し落ち着きなさい」
「………サクヤさん」
「気持ちはわからないでもないけど、八つ当たりは感心しないわよ?」
「……すみません」
「ふふっ……それにしても、アリサも随分素直になったわね」
「か、からかわないでくださいよ……」
顔を赤くしてそっぽを向くアリサ、その様子はまさしく恋をする1人の少女だ。
「カズキに想いは告げたの?」
「まだですけど……」
「あら、じゃあ急がないと誰かにとられちゃうわよ?」
「わ、わかってますけど……」
「何がわかってるの?」
「わひゃぁぁっ!!?」
背後から話しかけられ、アリサが椅子から飛び上がった。
「……どうしたの?」
話しかけたのはカズキだった、アリサの反応にキョトンとしている。
「ど、どうしたのじゃないですよ!! 急に話しかけられたら吃驚するじゃないですか!!」
「ああ……ごめん」
確かに軽率だった、そう思いカズキは素直に頭を下げる。
「あ、う……ま、まあわかってくれればいいんです」
こんな事を言うつもりはなかったのに、前の会話の内容が内容だっただけに、おもわず強い口調で怒鳴ってしまった。
(き、聞かれてないですよね……?)
想いを告げようとは思っているが、こんな形で聞かれるのは不本意である。
彼の様子を見る限り、聞かれてはいないようだが……。
「カズキさー、最近1人で任務に行ってるけど、オレ達じゃ手伝えないのか?」
「ごめんコウタ、そういうわけじゃないんだけど……ちょっと話せないんだ」
「……まあ、それならしょうがないけどさ」
まだ不満そうな表情を見せるコウタだったが、カズキも自分達を信頼していないわけではない事がわかったので、それ以上は何も言わなかった。
「あっ、そうだ。アリサちゃんとコウタとサクヤさん、これは別の任務なんだけど……一緒に行ってくれませんか?」
相変わらず、少し遠慮がちなカズキの言葉におもわず全員が苦笑する。
「もちっ、いいに決まってんじゃん」
「ええ、行きましょう」
「足を引っ張らないように、頑張りますね?」
上から順にコウタ、サクヤ、アリサが返事を返し、カズキは「宜しく」と告げその場を後にした。
「…………よしっ」
拳を作りつつ、アリサは立ち上がり意気込む。
「おおっ、アリサって現金だな」
「うるさいです、放っておいてください」
(……可愛いわね、アリサ)
自分を頼ってくれたのが嬉しいのだろう、あからさまに口元に笑みを見せている。
「ん……?」
「リンドウ、どうしたの?」
「いや、サカキのおっさんに呼ばれちまったみたいだ」
「…………俺も、だな」
途端にソーマの表情が苦々しいものに変わる、相当嫌だというのがよくわかった。
「文句言っても始まらねえよソーマ。サクヤ、大丈夫だとは思うが気をつけろよ?」
「……ええ、ありがとうリンドウ」
……自分も、アリサの事は言えないではないか。
リンドウに心配された、それだけで――嬉しくなってしまうのだから。
「―――そらそらそらぁっ!!!」
廃寺エリアに、アリサの声が響き渡る。
水を得た魚のように、彼女は縦横無尽に駆け抜け完全に討伐対象であるシユウを圧倒していた。
「……オレ達の出番、なくね?」
(アリサってば……)
大方、カズキに良い所を見せようという魂胆なのだろう、しかし……それを差し引いても素晴らしい動きだ。
彼女の中で慢心は消え、新型としての力を十二分に引き出している。
だが、彼女がここまで高みに登り詰めたのは……ひとえに、カズキを支えたいと思うが故。
(恋は人を変えるとはいうけど……ちょっと、変わり過ぎじゃないかしら?)
まあ、それによって戦力がアップしているのだから、文句などあるはずがないのだが。
「グオォァッ!!」
身体を捻り、その場で回転するシユウ。
しかしアリサはそれをバックステップで回避、入れ違いになるようにカズキが踏み込み上段からの一撃を放つ。
刀身はシユウの頭を斬り裂き、鮮血と悲鳴が舞う。
「アリサちゃん!!」
「カズキ!!」
同時に視線を合わせ、カズキは剣を抜きアリサは走りながら銃形態へと変形させる。
そのままシユウとの距離を詰めながら銃撃を連射、正確にカズキが斬り裂いた頭部へと命中させ剣形態に戻し。
『せーの!!』
左右から挟み込むように、カズキとアリサの斬撃がシユウの身体に叩き込まれた。
「…………ふぅ」
事切れたシユウが地面に倒れる前に、剣を抜き取るカズキとアリサ。
「……出番無いなぁ」
「ふふっ、あの2人の前だとアラガミも形無しね」
頼もしいと思う反面、先輩としてちょっと情けないと思ってしまう。
サクヤがそう思っている間にも、カズキは神機を捕喰形態にしてコアを摘出しようと――
「ちょっと待った!!」
「え―――?」
背後からの声に、おもわず神機を元に戻して振り返ると。
「あっ……ソーマにリンドウさん」
そこに居たのは、ソーマとリンドウ、そして……。
「博士、どうしてこんな所に!?」
彼等と共に、サカキもこの場に姿を現していた。
「説明は後にしよう、とりあえずそのアラガミはそのままにしてこちらに来てくれないか?」
「…………」
物腰は柔らかいものの、その口調には有無を言わせない何かが存在しており、カズキ達は怪訝に思いながらもサカキの後をついていく。
「……ソーマ、一体どういう事なの? それにリンドウさんまで一緒に居るけど……」
「俺が訊きてえぐらいだよ、いきなり博士がリンドウと共に俺を連れ出したんだ」
「カズキ達が任務に向かってすぐに、俺達は呼び出されておっさんの所に行ったんだよ。そしたら護衛を頼まれたんだが――」
「来たよ!!」
リンドウの言葉が途中で遮られ、代わりに興奮したようなサカキの声が聞こえた。
何事かと、カズキ達は物影からシユウの死体へと視線を向けると。
(あれ、は……)
シユウの死体に近づく、一つの影。
大きさは人間と同じくらいに見えるが――そう思った時には、カズキは既にそちらへと駆け出していた。
そして、その正体を見極めようと近づいてみると。
「………人?」
そこに居たのは――ボロボロのフェンリルの旗を身体に巻いた、青白い肌を持つ――人間。
まだ年端もいかないような、あどけない少女が、現れたカズキにキョトンとした表情を向けていた……。
To Be Continued...