必ず戻ってくると信じて、アリサ達は戦いの日々へと赴く。
だが――異常がこの極東支部に近づいている事を、彼女達はまだ知らなかった……。
――無機質な電子音が、医務室に響く。
「…………」
椅子に座り込んだアリサは、いまだ昏睡状態のままのカズキに、今にも泣きそうな表情を浮かべて見つめていた。
「……あ、あの」
そんな彼女に少し躊躇いつつも声を掛けたのは、台場カノン。
彼女の声にピクリと反応し、アリサは顔を上げた。
「ぁ……カノンさん」
「だ、大丈夫ですか?」
「……ええ、大丈夫です」
笑みを浮かべてそう答えるアリサだが、誰が見ても無理をしているようにしか見えなかった。
「カズキさん、まだ目を醒まさないんですね」
「…………」
――カズキが昏睡状態になって5日。
彼が目を醒ます事はなく、ただ息をしているだけの存在と成り果てていた。
「アリサさん、少し休んだ方がいいですよ。この5日間まともに寝てないみたいですし……」
彼女の目には隈ができている、それに顔色だって悪い。
しかし、アリサはカノンの提案に首を振った。
「大丈夫です。それにカズキに言いましたから、どんな事があっても守るって。
それに、いつ目が醒めるのかわからないですから、離れたくないんです」
これはアリサ自身による我が儘、一番にカズキの目覚めた顔が見たいというちっぽけな我が儘だ。
そんなアリサに、カノンはぽつりと。
「……適わないなぁ」
そう、苦笑混じりに呟いた。
「えっ?」
「私、正直アリサさんみたいな事できないです、だから……適わないなぁって」
「そんな事……」
ない、そう否定しようとしたがカノンの言葉に遮られる。
「本当に心からカズキさんを愛しているんですね、だからカズキさんも……アリサさんが好きなのかも」
「……………えっ?」
一瞬、本当に何を言っているのかわからずポカンとしてしまった。
「何となくですけど、わかるんです。カズキさんって他のみんなと比べてアリサさんに向ける眼差しが特別優しい事に。
だから多分……カズキさんは、アリサさんの事大切な人だと思ってますよ」
「そ、そうでしょうか……?」
もしそうだったら嬉しいが、正直にわかには信じられなかった。
「アリサさん、カズキさんと同じで自分に向けられる好意には鈍いんですね」
くすくすと笑うカノン、それを見てアリサは僅かに頬を赤く染める。
「気持ちはわかりますけど、あまり無理をしちゃいけませんよ?
それじゃあ、私は任務がありますから」
ぺこりとお辞儀をした後、カノンは医務室を後にする。
……残されたアリサは、再びカズキに視線を向け彼の頬に自分の手を添える。
『カズキさんは、アリサさんを大切な人だと思ってますよ』
「……そう、なんですか?」
眠るカズキに、おもわず問いかけてしまう。
無論言葉は返ってくるはずもなく、アリサは自分自身に苦笑を送った。
「早く目を醒ましてくださいよ、みんな……カズキが帰ってくるのを待っているんですから」
きっと彼は戻ってくる、どんなに辛い現実でも……彼は負けない強さを持っているのだから。
「…………っ」
ぐらりと、視界が揺れた。
(そろそろ、いい加減休まないと……)
いくらカズキが大事とて、ゴッドイーターの仕事を疎かにするわけにはいかない。
名残惜しいが休もう、そう思いアリサは立ち上がって―――アナグラを揺らすような、警鐘を耳に入れた。
「っ!!?」
その音が非常事態を知らせるものだと理解し、その直後、アリサの通信機が震え出した。
「どうしたんですか!?」
『アリサ、緊急事態だ。この間のプリティ……プリティー……何だっけ?』
「プリティヴィ・マータですよ!! そんな事でうでもいいですリンドウさん、それよりそのアラガミがどうしたんですか!?」
ただ事ではないとわかっているが故に、リンドウに問いかけるアリサの声には確かな苛立ちが含まれる。
すると、リンドウは悪夢のような事実を口にした。
『――そのアラガミがまとめて外部居住区に入りやがった、他のアラガミもな』
「なっ―――!?」
あのアラガミが、外部居住区に侵入した?
驚愕がアリサを停止させること数秒。
「――了解。すぐさま出撃します!!」
自分のやらねばならない事を理解して、アリサは通信を切ると同時に医務室を飛び出す。
……考えたくはないが、既に犠牲者は現れているだろう。
(とにかく、これ以上無駄な犠牲を増やすわけには……!
カズキが守りたいものを、私が守らないと……!)
彼を、そして彼が守りたいものを今度こそ守る。
己に誓った誓いを果たすために、アリサは更に走るスピードを速めた。
――外部居住区は、地獄と化していた。
聞こえるのは阿鼻叫喚の嵐、そして――アラガミの骨を砕き肉を喰らい血を啜る音。
周りに散らばるは破壊された家屋の破片、アラガミによって殺された人々の肉片。
「ハッ…ハッ……クソッ!!」
歯が砕けてしまいそうな程力を込め、ソーマはまた一体アラガミの身体を斬り裂く。
斬り裂かれたアラガミ、オウガテイルは身体を2つに分けられ、そのまま地面に倒れ込んだ。
(クソッタレ……!!)
周りの地獄を視界に入れ、ソーマの怒りはますます増していく。
「おらソーマ、サボってんじゃねえ!!」
「うるせぇ!!」
リンドウの声に怒りを孕んだ声を返しつつ、向かってきたシユウの首を砕いた。
――状況は、最悪なものだ。
現在、数十というアラガミがこの外部居住区に侵入している。
既に千単位の住人が喰われ、中には発狂した者すらおり混乱が止む事はない。
現在は、タツミ達防衛班の迅速な行動により避難は完了しているが……カズキを抜いた第一部隊のみで数十というアラガミと戦わなければならなかった。
というのも、避難した住人達の混乱や暴動が沈静化せず、それを止める為に防衛班はこちらへとやって来れないのだ。
「くっ……母さん、ノゾミ……!!」
「コウタ、気持ちはわかるけど今は」
「わかってます!! わかってますよ……」
「……ったく、少しは休ませてくれよ。身体が保たないぜ……」
倒しても倒しても、アラガミが減る気配はなくむしろ増えているのではないかという錯覚すら覚える。
……これでは、いつまで保つか。
「諦めません……まだ、終わらせるわけにはいかないんですから!!」
「アリサ……」
大きく息を乱し、よく見ると疲労からか神機を持つ手も震えているが、アリサの瞳には微塵も戦意が失われてはいなかった。
「おーおー、最近の若いモンは意外と根性があるなぁ」
「負けていられないわよリンドウ、先輩としてね」
「しゃーねえ、オッサンも頑張るとしますか」
神機を構え直すリンドウ。
(カズキ、早く帰ってきやがれ……!)
いまだ眠りの世界に居る仲間に悪態を吐きながら、リンドウは再びアラガミの群れへと突撃した。
――沈んでいく。
意識が、身体が、闇の中へと沈んでいく。
ここは……どこなんだろう。
……けど、別にいいや。
多分、この薄れていく意識を手放せば、僕は永遠に目覚めなくなるだろう。
だったら――このまま消えてしまえばいい。
流れに身を任せて、このまま……。
「―――だめだよお兄ちゃん、まだ死んでないんだから」
耳に響く、少女の声。
それに意識を傾けると、先程まで無かった視界が開けた。
視界に広がるは、青い海。
生命の源、母なる海の中に……僕は漂い、存在していた。
そして、その世界にはもう1人――
長く美しい白銀の髪、アクアブルーの瞳を持つ美少女。
その子を見て、アリサちゃんによく似ていると思ったが……。
「………ロー、ザ」
妹を、見間違えるような兄ではない。
成長しているが、この子は紛れもなく……。
――僕の義妹、ローザだった。
「あはっ、さすがお兄ちゃん、ローザだってわかってくれるんだ」
嬉しそうにニコニコ笑みを浮かべるローザ。
しかし……本当にアリサちゃんとよく似ている。
変わらないのは髪の長さくらいだ、それとどことなく無邪気さが全面に出ているから、そこで差別化はできた。
けれど……これは、一体どういう事なのだろう。
死にゆく僕が、最後に見ている夢なのだろうか?
「違うよ。お兄ちゃんが死ぬ事はありえないし、夢なんかでもない。
ここはね、お兄ちゃんとローザの精神が合体した……まあようするに、お兄ちゃんの精神の中かな」
「僕の……精神の中?」
「お兄ちゃんってば、せっかく暴走が止まったのに、自分からこっちに逃げちゃうんだもん。
まあでも、そのおかげでローザもお兄ちゃんと会話できるんだから、良かったけど」
えへへ、とはにかみながら微笑むローザ。
その笑みは無邪気そのもので、やはりアリサちゃんとは少し違う。
「早く目覚めなよお兄ちゃん、もう暴走はしないはずだから」
「…………」
「みんな、お兄ちゃんの帰りを待ってるよ?」
「…………」
ああ、そうだろうさ。
優しいみんなの事だから、眠ってる僕を心配してくれているだろうさ。
………だけど。
「――戻れない。戻れないよ……僕は」
そんな願いを、抱くわけにはいかなかった。
「えっ?」
「僕はもう戻れない、このまま……消えてしまった方がいいんだ」
「……お兄ちゃん、冗談でも笑えない」
「冗談じゃない。僕は……もう人間じゃないんだ、自分の思っている以上に……アラガミ化が進んでた」
その結果――僕は、とりかえしのつかない事をしかけてしまった。
今の僕はアラガミと何も変わらない、そんな存在がこれ以上人間の世界に居るわけにはいかない。
「お兄ちゃん……」
「この力で、誰かを守りたいと思ってた。たとえアラガミ化したとしても、きっと大丈夫だと思っていたんだ……」
けれど、そんな自分の認識など意味をなさなかった。
オラクル細胞は僕の身体を容赦なく化け物に変え……結局、僕は守りたかった人を……アリサちゃんを、喰らおうとしてしまった。
そんな僕に、どうして生きる価値があるというのだろう。
「大丈夫だよ、お兄ちゃんはもう暴走しない」
「どうしてそんな事が言える? たとえそれが真実だとしても、また同じような事が起こらない保証はない。
そうなってしまってからじゃ遅いんだ、だからもう……僕はこのまま消えてしまった方がいい」
逃げかもしれない、だけどこれ以上化け物に成り下がるくらいなら――
「――約束、守ってくれないの?」
「…………」
「それに、お兄ちゃんを待ってる人が居るんだよ? その人達の気持ちはどうなるの?」
容赦のない言葉が、僕の胸を貫く。
……わかっている、わかっているんだ。
果たしたい約束がある、それを……叶えたいと思った。
けれど、もう―――
「あの人は……お兄ちゃんを守りたいと思ってる、アリサお姉ちゃんはどうするの?」
「…………」
「お兄ちゃん、アリサお姉ちゃんを助けたいって……守りたいって思ったんでしょ?
それからも逃げるの? お兄ちゃんってそんなに弱かったの?」
非難するようなローザの言葉。
……ああ、守りたいと思ったさ。
あの子は……アリサちゃんだけは、絶対に守ってみせると心に誓った。
妹に似てるからだけじゃない、彼女は……僕にとって……。
「――ほら、見てみなよ」
「えっ……?」
目の前に突如として現れたのは――とある映像。
その中には、目を閉じ死んだように眠っている僕と。
そんな僕を、辛そうに見つめる……アリサちゃんの姿が、映し出されていた。
「……アリサ、ちゃん」
彼女の姿を見て、愕然とした。
元気はなく、身体はやつれ、いつもの彼女とは思えない。
「アリサお姉ちゃんはね、お兄ちゃんの事をずっと看病してたの。
お兄ちゃんが目覚めない5日間、殆ど寝ないで」
「…………」
「たとえどんなお兄ちゃんでも受け入れる、そう思ってなきゃあんな事できないよ。
お兄ちゃんが好きだから、ずっと一緒に居たいから……ああして、お兄ちゃんの帰りを待ってる。
そんなアリサお姉ちゃんからも、お兄ちゃんは逃げるの?」
「………ぁ」
「負けちゃ駄目だよお兄ちゃん、アラガミなんかに負けちゃ駄目。
お兄ちゃんの守りたい人達を、守りたい世界を……他ならぬお兄ちゃんが守らないと!!」
「―――――」
まだ、死ねない。
ここまで言われたら、死ねなくなった。
生きたくても生きていけなくなった人達が居た。
失った命は、もう戻らない。
けど……守れる命があるのなら――僕は、それを守りたい。
「……逃げるわけには、いかないよね」
アラガミ化が何だ、そんなもの単なる逃げでしかないじゃないか。
今度は負けない、アラガミ化にもオラクル細胞にも負けるものか。
自身の願いを、想いを叶える為にも………!
「―――うん。やっぱりローザのお兄ちゃんは最高にカッコいいお兄ちゃんだね!!」
嬉しそうにそう言って、ローザの身体が……消えていく。
「ローザ!!」
「大丈夫。また会えるよお兄ちゃん、ローザはね……
「えっ……!?」
生き、てる?
ローザがまだ、この世に存在してる……?
「また会おうね、お兄ちゃん」
「待って―――!」
手を伸ばす。
だが、ローザの身体はそのまま白い光へと変わっていき。
「うっ―――!?」
青いこの世界すら、包み込んでいった……。
To Be Continued...