――死闘の時は、刻一刻と迫っていた
「よぉ、お疲れさん」
アナグラのエントランスロビーで会話していたカズキとアリサに、タツミとブレンダンが近づいてきた。
2人ともやや疲れた顔を見せているので、おそらく任務帰りなのだろう。
「お疲れ様です、タツミさん、ブレンダンさん」
「お疲れ様です」
「おぅ。……しかしまいったね、最近あのキモいヴァジュラの討伐命令が出すぎだぜ」
「ヴァジュラならば1人でもなんとかなるが……あのプリティヴィ・マータ相手では無理だな」
うんざりしたような表情になるタツミとブレンダン。
あの黒いヴァジュラの目撃から数日。
プリティヴィ・マータの数は更に増え、アナグラは防衛班まで討伐班に回される程の忙しさになっていた。
(……あの黒いヴァジュラが、マータの活性化を促しているのかもしれないな……)
確証はない、だがアレが出現してからマータの動きがまたも活発になったのは事実。
それに何より……カズキの中のアラガミが、そうだと訴えているのだ。
「…………」
「アリサ、どうかしたか?」
「あ、いえ……なんでもありません」
タツミの心配の声に、アリサはすぐさま反応を返すが……カズキにはすぐわかってしまった。
あの黒いヴァジュラ、それが両親の仇だとアリサは言った。
無論同じ個体ではないだろうが……それでも、同じ姿をしているが故に、彼女のトラウマが蘇っている。
如何に彼女が強くなったといっても、昔の傷が癒える事も消える事もない。
(………支えないと)
仲間として、なにより彼女の恋人として。
静かに心の中で誓いを立てるカズキ、そこにヒバリの声が響いた。
「カズキさん、支部長が支部長室に至急来てほしいと……」
「あ、はい。わかりました」
内心嫌だなぁとは思いつつも、カズキはヒバリに頷きを返しソファーから立ち上がる。
「やっぱり第一部隊の隊長ともなると、大変だな」
「あはは……じゃあ代わってくれますか?」
「いや、悪いがそれは勘弁してくれ……」
割と本気でそう返すタツミに苦笑しつつ、カズキはアリサに一度目配せをしてから、支部長室へと向かった。
…………。
「―――やあ、ご苦労」
「支部長、ご用件は何でしょうか?」
少々性急とは思いつつ、カズキは早速本題へと入る。
カズキの思う以上に、彼は支部長を苦手としているようだ。
「ああ……うん」
「………?」
どうしたのだろう、いつもの支部長とは違い何故か話をするのを躊躇っている。
それを不思議に思いつつも、カズキは彼の言葉を待つ事に。
……それから、暫しの時間が経ち。
「――実はね、つい先日にドイツ支部の方で新型神機使いの適合者が現れたそうなんだ」
「新型の……」
それはなかなかに朗報ではないか、しかし……支部長の表情は何故か苦々しい。
「……あの、もしかして新型が出てきたのが不満なんですか?」
「いや、むしろ喜ばしいものだ。人類を守るゴッドイーターがまた発掘されたのだからな」
「そうですよね……」
じゃあ、その苦々しい表情は一体何なんだ?
そんなカズキの心中を悟ったのか、支部長は一度ため息をついてから。
「――君も経験していると思うが、新型神機使いの教官というのはフェンリルに存在しないので、新型は実戦で自分の神機の特性を把握していかなければならない」
「ええ、それはわかっています」
神機の使用法などは、リンドウのような優れた先輩により教わる事ができる。
だが、やはり可変機能がある新型神機そのものを扱うには、手探りで見つけなければならない点が多い。
「故に、新型と言えども新型神機の使い方がわからないまま命を落としてしまうケースもある。
事実、それによって貴重な新型がアラガミに補喰されたという話も聞いた」
「…………」
剣と銃、両方の特性を理解し運用しなければ新型とはいえない。
それはわかるが……結局何が言いたいのだろうか。
「そこでだ、君にはその新人の教官をしてもらいたい」
「…………は?」
おもわず、間の抜けた声を出してしまうカズキ。
「その新人が明日から一週間、この極東支部で研修を行う。
――後は、言わなくてもわかるね?」
「………あの、僕は教官なんて経験ありませんけど」
「それはわかっている、だが新型神機の特性をよく理解し、更に実力があり人間性も信頼できるのは君だけだ。
アリサ君も新型だが、彼女は君と比べてまだ実力不足な部分があるからね」
「…………」
有無を言わせないその言い方に、拒否権はないのだとカズキは悟る。
「……私とて、できる事ならばこの件は断りたかった。だが本部からの指示だったし……断れば、君を手放さなければならなくなりそうでね」
「えっ?」
「君の能力は本部でも高く評価されているんだ、今まで何度も本部への異動命令が来たんだよ」
「…………」
それは知らなかった、素直に嬉しいと思う反面……本部に異動しなければならないのかと不安になる。
「大丈夫だよ、君はこの極東支部において大切な存在だ。
そんな君を、むざむざ本部に手渡す事などしないさ」
「………そうですか」
その言葉に、心底ほっとしたように息を吐くカズキ。
普通に考えれば名誉な事だが、カズキはこの極東支部を離れたくはなかった。
ここには大切な仲間、そして何より……掛け替えのない少女が居る。
(離れてたまるか)
「とにかく、教官の件はすまないがよろしく頼むよ。これはその新型神機使いの資料だ」
そう言って、一枚のディスクを手渡す支部長。
それを受け取り、カズキは少々憂鬱な気分のまま支部長室を後にしたのだった。
――資料を読もうと、カズキは自室へと向かう。
「あっ……カズキ!」
「アリサちゃん……」
カズキの部屋の前で寄りかかっていたアリサは、カズキの姿を見た瞬間嬉しそうに駆け寄ってくる。
どうしてここに、などという無粋な事は訊かない。
既に2人にとっては日課となっている出来事、時間が許す限り2人っきりで過ごす。
カズキはそのまま彼女を部屋に招き入れ、アリサもまた黙って彼の部屋に入った。
いつも座っている彼のベッドに座り込み……と見せかけて、アリサは枕へと顔を埋める。
(………カズキの匂い)
ちょっと汗くさいけど、優しい香り。
スンスンと彼の匂いを堪能するアリサ。
「……アリサちゃん、下着見えてるよ」
「えっ!? あっ、見ちゃ駄目です!!」
慌てて起き上がり、スカートを元に戻すアリサだが、カズキはしっかりと目に焼き付けてしまった。
……レースが入っている純白のパンツ。
「もぅー……これお気に入りのじゃないのに……」
(そういう問題?)
どこかズレてるが、まあいいかと自己完結させテーブルに2人分の紅茶を置くカズキ。
「ところで、支部長の用って何だったんですか?」
「うん、実はさ……ドイツ支部で新型神機使いの適合者が現れたそうなんだ」
「へぇ、いいニュースじゃないですか」
「そうなんだけど、早く新型神機に慣らせる為にこの極東支部に研修に来るんだって。
しかも、僕に教官をやってくれって頼まれちゃって……」
「うわぁ……。でも、カズキなら大丈夫ですよ、私の特訓に付き合ってくれた時も、いい教官っぷりでしたし」
「あはは……」
フォローしてくれるのは嬉しいが、正直微妙だ。
「じゃあ、これは資料ですか?」
「うん。支部長が目を通しておいてくれって」
アリサの問いに答えつつ、ディスクを起動する。
そこには、新人の神機使いのプロフィールや使用パーツ、戦闘時の特徴等が書かれていた―――のだが。
「…………女の子、ですね」
一気にアリサの声のトーンが低くなった。
ついでに、機嫌も一気に悪くなった。
「えっと……名前はアネット・ケーニッヒ、16歳」
「16歳……」
金髪のなかなかに可愛らしい少女だ。
「へぇ……女の子なのにバスタータイプの刀身を使うのか」
銃はアサルト、装甲はタワータイプ。
どうやら相当腕力があるらしい、資料にも。
「神機使いである事を除いても非常に高い腕力を持つ」とまで書かれているのだから。
「……………」
「攻撃力は高いが、攻撃優先の考えのため防御をするタイミングが掴めていない。
また、重量のある武装を用いているために他の神機使いより移動速度が遅い……か。
研修の間にその問題点を少しでも改善できればいいんだけどな……」
うーんと思案顔になるカズキ、真面目な性分故に早速どう研修しようか考えているようだ。
しかし、カズキとは違いアリサの表情は凄まじいまでに不機嫌なものになっている。
「? アリサちゃん、どうしたの?」
それに気づいたカズキが声を掛けるが……。
「……可愛い、人ですね」
「そうだね。可愛い子だね」
「…………」
「……あの、アリサちゃん。どうして僕を睨むの?」
「……カズキは、こういう子が好みなんですか?」
「はい!?」
「ヤバいです、このままじゃカズキが私の元から離れちゃいます!!」
「いきなり何言ってるの!?」
わけのわからない事を言うアリサに、カズキは当然の如く混乱する。
「だってそうじゃないですか、一週間カズキが付きっきりで研修なんかしたら……絶対この子、カズキに惚れますよ!!」
「…………は?」
一体この子は何を言っているのだろう、カズキは少し可哀想なものを見る視線を彼女に向ける。
だがしかし、アリサはいたって真面目に言っているのだ。
「冷静に考えればすぐにわかりますよ、こんなに優しくて強くてカッコいいカズキと一緒に居たら、どんな子でもコロリといっちゃいます!!」
「むしろ冷静じゃないからこその考えじゃない?」
「何を言っているんですかカズキ、あなたは自分の魅力に気づいていません!!
現に、カズキの隠し撮りプロマイドは高く売れてるんですよ?」
「そんなの売られてるの!?」
「私も貯金を使っちゃいましたから」
「しかも買っちゃったの!?」
思わぬ事実に、カズキは頭痛がしてきた頭を抱える。
「というわけで、かなり危険だという事がわかりましたね?」
「……むしろアリサちゃんが危険なんじゃないかって思えてきたよ」
自分の彼女の思わぬ行動に、カズキはちょっと泣きたくなった。
「だから絶対2人っきりになっちゃダメですからね!!」
「うーん……考え過ぎだと思うけどなぁ」
「いいえ、考え過ぎなんかじゃありません!! そ、それに……カズキがとられるの、やだもん……」
「…………」
不安そうにアリサのアクアブルーの瞳が揺れる。
……それを見て、カズキは思わずときめいてしまった。
「大丈夫だよアリサちゃん、たとえ万が一にもそんな状況になったとしても、僕はこの子に靡かないから」
「………本当ですか?」
(全然信用してくれませんね……)
なんだか泣けてきた、いやマジで。
「僕が好きなのはアリサちゃんだもの、君に見限られるまではずっと一緒に居るよ」
「わ、私がカズキを見限るわけないじゃないですか」
「うん。だからずっと一緒だよ」
優しく微笑み、アリサの頭を優しく撫でるカズキ。
「ぁ、う……」
それだけで、アリサは顔を真っ赤にさせ俯いてしまう。
「……ごめんなさい、私ばっかりこんな子供みたいな事……」
「ううん、むしろ僕は嬉しかったよ」
「えっ?」
カズキの言葉に、キョトンとしてしまうアリサ。
呆れるならばわかる、しかし彼は嬉しかったと言ったのだ。
どういう意味なのだろう、首を傾げながら彼の言葉を待っていると。
「だって、嫉妬してくれたって事は僕の事好きだと思ってくれてる証拠でしょ?
だったら凄く嬉しいよ、ありがとうアリサちゃん」
「…………」
あ、ヤバい。
そんな真剣な表情で、頬を撫でながらそんな事を言われてしまったら……。
「わっ!!」
アリサの顔が真っ赤に染まる。
顔全体だけでなく、耳まで真っ赤だ。
「ど、どうしたの?」
「…………もうダメです、そんな事言われたらますます好きになっちゃうじゃないですか!!」
「おわっ!!」
ギューッとしがみつくように抱きついてくるアリサに、カズキは驚きつつも倒れないように身体を支える。
「あーもぅ、今すっごく顔が熱いです……カズキが嬉しすぎる事言うから」
「そんな事言ったかな……?」
「言いましたよ!! 拙いです……このままじゃ私、カズキで嬉死しちゃいます」
「何それ……?」
「嬉しさのあまり死んじゃうんです! だからカズキ、あまりカッコいい事言っちゃ駄目ですからね?」
(言ってない言ってない)
心の中でツッコミを入れつつも……カズキは苦笑してしまう。
(あぁもう……嬉死しちゃうのはこっちだよ)
アリサの全身から、「カズキ大好き」オーラが滲み出ている。
好きで居てくれているのがわかるから、カズキは頬が緩みそうになるのを必死で堪えているというのに……。
「スンスン……」
「……アリサちゃん、どうして匂いを嗅いでるのかな?」
「だって、カズキの匂い……好きなんです」
「…………」
やめてくれ、これ以上刺激的な事を言われると……カズキも我慢ができなくなる。
「はぁぁ~……」
おかしな声を上げつつも、顔を擦り寄せたり匂いを嗅いだりするアリサ。
(うぅぅぅ……)
その間も、彼女の豊かな胸がカズキの身体を密着している。
(耐えろ、耐えるんだ抗神カズキ………!)
目の前の少女を襲わないように、カズキは必死に理性を総動員させて耐え続ける。
そして、ようやくアリサが離れた時には……カズキはぐったりとベッドへと倒れ込んだのだった。
To Be Continued...