どうにか無事に帰還した彼等であったが……アリサの神機が破損してしまったのだった。
「こんにちはー」
極東支部にある神機保管庫。
そこで、いつも通り神機のメンテナンスに勤しんでいる少女、リッカの元へ1人の少女が。
「アリサ、どうしたの?」
リッカは作業を中断し、やってきた少女、アリサに声を掛ける。
「あ、いえ、その……私の神機はどうなっているかなって」
「まだ無理だよ、本部からパーツが届いたばかりなんだから、最終調整も合わせると……あと2日はかかるよ」
「……そうですか」
「仕方ないよ、ただでさえ神機に無理させた上に、あのミッションで変な壊れ方したんだから」
「うっ……すみません」
少しトゲのある言い方に、アリサの身体が縮み込む。
技術屋として、整備している神機をぞんざいに扱われるのは、やはり許せないのだろう。
何気なく、アームで固定された自分の神機に手を伸ばす……。
「触っちゃダメだよ!」
「えっ?」
「アリサの神機、変な壊れ方したからかはわからないけど、内部の偏食因子に異常をきたしてるの。
たとえ持ち主でも、今触ったら何が起こるかわからないから、触らないで」
「あ、はい……」
どうやら、アリサの思っている以上に神機の破損の具合は酷いらしい。
「あまり気にしないでいいよ、今までだって何度かこういう状態の破損を見てきてるんだから。
それに、私の仕事は神機の修理なんだから、アリサがそこまで気にする必要はないから」
「……すみません」
気を遣われてしまった、それがわかりアリサは再び謝罪の言葉を口にする。
「けど……おかしいなぁ」
「何がですか?」
「うん、さっきも言ったけど今まで何度かこういう酷い破損状態の神機は見てきたの。
けど、アリサの神機が危険な状態なのはそれだけが理由じゃない、この神機……一部が解析不能になってるんだ」
「解析……不能?」
「神機本体に、今まで見た事がない偏食因子が組み込まれてるの。たしかみんながディアウス・ピターと戦った時くらいからだけど……何かした?」
「…………」
ディアウス・ピターとの戦い、その単語で……アリサはふと、ある事を思い出す。
(そういえば、ローザが私の神機に自分の一部を組み込んだって言っていたけど……)
……どう考えても、解析不能な原因はそれしかない。
とはいえ、それがあるからこそアリサはローザと会話ができるのだし、あれが無ければあの時カズキを救う事はできなかったので、文句を言うつもりはないわけで。
「ちょっとわからないですね」
だから、彼女は涼しい顔でリッカに嘘をついた。
「そっか……まあでも、あと2日もあれば元通りにはできるし、今の所問題が無い以上心配しても仕方ないけどね」
(すみません、リッカさん)
心の中でリッカに謝罪するアリサ、しかし真実を話すわけにはいかないのだ。
「それはともかく」
「…………?」
「カズキ君とは、うまくいってる?」
どこか楽しげに微笑み、リッカは問う。
「ええ、お陰様で」
からかう気満々だというのがわかり、アリサは無難に返事を返した。
「……ちなみに、どこまでいった?」
「どこまでって……」
「2人の事だから、もうキスはしてるだろうけど……“営み”は、したの?」
「なぁっ!?」
営み、その単語を聞いてアリサの顔が真っ赤に染まる。
「あ、や、えっと……も、黙秘権を行使します!!」
「……その様子じゃ、まだみたいだね」
「なんで残念そうな顔をするんですか」
「リッカー、いるー?」
エレベーターが重い音を響かせながら開き、中からサクヤ、カノン、ジーナの3人がアリサ達の元へとやってきた。
「あら、アリサじゃない」
「どうも」
「リッカさん、お疲れ様です、差し入れ持ってきました!」
そう言って、カノンがリッカに渡したのは……冷やしカレードリンク。
「ありがとう!」
「…………」
それを受け取り、それはそれは美味しそうに飲むリッカ。
(やっぱり、リッカさんの味覚って結構変わってるなぁ……)
つい、アリサはそんな事を考えてしまった。
「んくっ……そういえばサクヤさん、リンドウさんとは順調ですか?」
「ええ。でもあの人……結婚してもいい加減な所は直してくれないのよね」
困ったものだわ、そう言って苦笑を浮かべるサクヤ。
けれど、その表情はちっとも困ったようには見えず、むしろ幸せそうだ。
「ふふっ……幸せそうね、なんだか少し妬ましいかも」
「ジーナもそろそろそういう人を見つけたら?」
「いいわよ別に、アラガミと命のやりとりをしていた方が、今は幸せなの」
「相変わらずねぇ……」
「あっ、そういえばアリサさんはカズキさんとはどうなんですか?」
(……矛先がこっちに来てしまった)
キラーパスなんかしないでください、心の中でカノンに文句を言うアリサ。
「聞いてくださいよ皆さん、アリサってば……」
「なにカミングアウトしようとしてるんですか」
止めようとするアリサだったが、結局先程話した内容をサクヤ達にバレてしまう。
「あら、うまくいってないの?」
「なんですか、その同情めいた視線は」
「けど意外ね、まだ処女なの?」
「しょ、処女とか言わないでください!」
「うーん……アリサは、そういうのに興味はないの?」
「……そんな事は、ないです」
むしろ興味ありまくりだ、とはさすがに言わない。
アリサも15歳、色々と多感なお年頃なのである。
「もしかして、彼に迫られても恥ずかしがっちゃうとか?」
「……いえ、むしろ私から迫る事の方が多いです」
「わぁ……」
顔を赤くして、頬を押さえるカノン。
(なんで私、普通にカミングアウトをしてるんでしょうか……)
冷静に考えつつも、いい機会だと自分に言い聞かせ、アリサは話を続けていく。
「けど、最後の最後でカズキってば尻込みするというか……やめちゃうんですよね」
「で、でもそれはアリサさんを大切にしてるからじゃないですか?」
「彼の性格を考えればそれもあるけど、だからといってそういった態度はあまり褒められたものじゃないわね。
女の方から言い寄るのは、男よりも勇気がいるものよ」
「……別に、カズキが望まないならそれでもいいんです」
性行為だけが恋人同士のする事ではない、アリサはそう考えている。
彼と共に居られれば満足だし、彼は優しくいつだって自分の事を考えてくれているのだ。
しかし、とはいえ恋人同士ならばそういった経験に至るのはある意味致し方なく、惹かれ合う男女が到達する儀式とも言える性行為を、無碍にする事などできないというのも本音である。
彼がそういった事を根本から嫌がっている、拒否しているというのならば、非常に不本意ではあるものの、アリサは何も言わなかった。
だが――彼の場合、事情が少し違っているように思えるのだ。
「――カズキは、そういう事を望んでいるはずなのに……“望んでいるのに拒否してる”ように見えるんです」
『えっ?』
アリサの言葉に、その場にいた全員から間の抜けた声が零れる。
望んでいるのに、拒否しているように見える?
それは明らかな矛盾、言葉して成立していない。
「彼は、どこかそういう行為を恐がってる……私には、そう見えるんです」
確証はない、恋人としての勘……とでも言うのか。
とにかく、アリサには彼が自分を求めない理由が……それも大きな不安にもなるものを、抱いているように思えてならないのだ。
「……アリサには、彼がそういう態度でいるのは、何か大きな理由があると思っているのね?」
サクヤが問う、アリサは肯定するように頷きを返した。
「そ、その理由って何でしょう?」
「それはわからないわ、アリサにわからないならわたし達が考えても答えには辿り着けない。
けどアリサ、そう思っているなら彼に訊いてみようとは思わないの?」
「そ、それは……考えなかったわけじゃないですけど、その……彼を困らせたくないから」
そんな事を訊いたら、自分の考えが正しくても間違っていても、カズキは困ってしまう。
それは、アリサの本意ではない。
「む、難しいですね……」
「まあ、どうするかはアリサの勝手だからね、こっちがあれこれと口を挟む権利はないわ」
「……すみません」
「謝る必要はないわよアリサ、でも……貴女とカズキは恋人同士なのだから、少しくらい彼を困らせても罰は当たらないと思うわよ?」
「…………」
確かに、サクヤの言葉通り自分とカズキは恋人同士だ。
恋人というのは片方に依存するような間柄ではない、故に彼女が言うように彼を少しくらい困らせても、構わないのかもしれない。
……けれど、今のアリサにはそこまでの勇気は無かった。
こんな事を訊いて彼を困らせて、万が一今の関係をこじらせてしまったら……そう思うと、一歩を踏み出す事ができない。
――結局、答えは出せなかった。
けれど、サクヤ達と話して少しだけこの悩みを和らげる事ができたとアリサは思う。
だから、彼女は心の中でサクヤ達へ感謝の言葉を送ったのだった。
■
「…………ん、しょ」
サクヤ達が任務に行くまで会話をした後、アリサは自室へと戻り片付けを行っていた。
せっかく時間があるのだ、いつまでも“片づけられない女”の称号を持っているわけにはいかないと、アリサは思ったわけで。
「……カズキみたいに、定期的に掃除をしないとダメですね」
自室の散らかりように、ため息混じりの呟きを零すアリサ。
女性である自分が女性らしい事ができず、男性である彼ができるなど……屈辱である。
それになにより、こんな部屋ではおいそれと彼を呼べない。
今までだって、彼と2人っきりで過ごす時は、もっぱらカズキの部屋だったのだから。
(いつか、彼と一緒に暮らすようになった時の為にも、今までみたいな生活からはおさらばしないと!!)
まだ早い気がするが、とにかく彼女は彼との未来を妄想しつつ、掃除を続けていた。
……そして、数十分後。
「ふぅ……こんな所でしょうか?」
とりあえず、見渡す限りゴミ等は見当たらず、少なくとも人を呼ぶ分には問題ない。
思ってたよりも早く終わってくれた、一休みしようと彼女はベッドへと座り込んだ瞬間。
――アナグラ内全体に鳴り響く、警報音が彼女の耳に叩き込まれた。
「っ……!?」
瞬時に立ち上がり、この状況が異常な事態だと理解する。
『緊急事態発生、緊急事態発生、アラガミがアナグラ内に侵入!!』
「なっ……!?」
部屋を出る、そのままエレベーターへ直行しエントランスへ。
「ヒバリさん!!」
「タツミさん、応答願います、タツミさん!!」
アリサが受付のヒバリの元へと赴いた時には、彼女は通信で防衛班のタツミへと連絡をしていた。
「冗談を言ってる場合じゃないんです! アラガミがアナグラに侵入しました、今ここには非戦闘員しか居ないんです!!」
「――――っ」
極東支部のゴッドイーターはすべて出撃している、その事実がわかった瞬間アリサは再びエレベーターへと駆け出す。
逸る気持ちを抑えながら、彼女が向かったのは……神機保管庫。
「っ、何しに来たの!?」
コンソールを素早く叩きながら、リッカはこの場へとやってきたアリサに強い口調を放つ。
「リッカさん、アラガミが――」
「わかってる。けどアリサができる事は何もないよ。自分の神機が整備中なの、わかってるよね?」
「わかってます、けど…………っ、リッカさん下がって!!!」
「えっ――きゃぁっ!?」
アリサがそう言い放った瞬間、保管庫の奥から爆音が響く。
現れたのは――ヴァジュラテイル!!
「隔壁が……!?」
ヴァジュラテイルと、リッカの視線が交差する。
刹那、餌を見つけたとばかりにアラガミがリッカに襲いかかる――――!
「リッカさん!!」
飛び込み、リッカを押し倒すようにその場から突き飛ばすアリサ。
2人が倒れた瞬間、ヴァジュラテイルの牙が壁を噛み砕く。
「――――」
逃げられない。
エレベーターはアラガミの後ろにあるし、既に相手は自分達を捕捉している。
明確な死の恐怖がアリサの脳裏に浮かび、それを振り払いながら打開策を見出そうとして。
――アームに固定された、自分の神機が視界に入った。
「――――っ」
迷いは、一瞬で消した。
駆け出し、アリサは右手で自らの神機の柄を握りしめる。
「――っっっ!!?」
全身が、脈打ったかのように震えた。
そう思った時には、アリサの全身に絶大な不快感が襲いかかる――!
「い、ぎぃ……!?」
喉の奥底から、気味の悪い悲鳴が出た。
絶大な不快感に加え、ガリガリと自分の思考が削れていく。
「アリサ、神機を放して!! このままじゃ、神機の偏食因子が暴走して、アラガミになっちゃう!!」
リッカが叫ぶ、しかしアリサは神機から手を放そうとはしない。
「ぐ、ぎ、ぁぁぁ……」
自分自身がゆっくりと溶けていく、自らの神機によって人間では無くなっていく感覚が、アリサから正常さを奪っていく。
「ぐ、が、ぉ……」
だがまだ放さない、放した所で自分はアラガミに殺されるだけ。
それだけではない、ここで戦う力を得なければ傍にいるリッカだって――
「っ、ああああああああああああああああああああ!!!」
凄まじい絶叫を上げ、アリサは神機を固定していたアームを無理矢理引き千切り、地を蹴る。
風切り音を響かせながら、横一文字に振るわれるアヴェンジャーの刀身。
(っ、浅い……!)
しかし、その一撃はアラガミの頭部を掠めるに終わり。
「っ、あ、ぐ、うぅ……」
アリサはその場で膝を突き、反撃を試みたヴァジュラテイルが彼女へと大きく口を開き――
――――お姉ちゃん!!!
「っっっ」
脳裏に響いた声で我に返り後ろに跳躍、アリサの白銀の髪が数本宙を舞うのみに留まる。
「ぐ、ぅ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫し、上段から神機を振り下ろすアリサ。
硬いものを叩き潰すような鈍い音がその場に響き、ヴァジュラテイルの身体が左右に二つに分かれた。
「っ、ぁ―――」
アラガミの生命反応が停止した、それを確認した瞬間……アリサは急速に意識を薄めていき。
神機を放し、そのまま倒れ込み意識を失った……。
■
「――さすがだよ、アリサ」
暗闇の中、中年の男の声が響く。
彼の目の前には一つのモニターが、そこに映し出されているのは……極東支部の神機保管庫。
ヴァジュラテイルを倒し、意識を失ったアリサが映っている画面を、男は愛おしそうに撫でる。
「そうだとも……アリサは私の大切な作品だ、こんな程度でやられるわけがない……」
狂気に満ちた笑みで口元を歪ませ、男は独り言を続けた。
「アリサ……お前は私のものだ、誰にも渡さん……私の作品を、抗神カズキに奪われたままにしておくわけには……」
堕ちていく。
男はただひたすらに、人の身でありながら人としての道を踏み外していく。
「ははは……はははは……はははははははははっ!!!」
――もう、戻る事はない。
To Be Continued...