そして、カズキ達の前に懐かしい少女と新たな仲間がやってくる……。
ぶくぶく、ぶくぶく。
沈んでいく。
私の身体が、どんどんどんどん闇の底へと沈んでいく。
私が私で無くなるような、恐くて…不安になるようなこの感情。
必死にもがこうとしても、その力すら無く……ただ自分が落ちていく感覚をどこか他人事のように感じる事しかできない。
私、このまま消えちゃうのかな……。
手を伸ばす。
手を伸ばす。
手を伸ばす。
遥か上にある光を目指して、私は動かない身体の代わりに手を伸ばした。
だが結果は変わらない、私が闇の中に沈んでいく未来は覆されない。
そして、もう諦めが全身を支配したと思った瞬間。
――――、―――。
誰かが私を呼んだような気がして。
――夢は、唐突に終わりを告げた
「…………」
目を醒ます。
視界に広がったのは白い天井、つんと鼻にくる薬品の臭いで医務室だとアリサは理解して。
「――おはよう、アリサちゃん」
どこかほっとしたような声色で、彼女の一番大切な存在が、口を開いた。
「…………カズキ」
上半身を起こす、病人の服に着替えさせられていた。
それには構わず、アリサは自分が寝ていたベッドのすぐ傍で座る恋人に視線を向ける。
「身体の調子はどう? どこか違和感とかはないかな?」
「あ、はい……大丈夫です」
頭は妙にすっきりしているし、身体だって軽い。
自分でもわかるくらい健康そのもの、すぐにアラガミと戦う事だってできそうだ。
「……よかった、それなら君を怒っても大丈夫だね」
「うっ……」
彼が怒っているのはわかっていた。
傍目から見ればいつも通りに見えるのだが、恋人である彼女には彼の僅かな変化に気づいてしまう。
語気を荒げて怒るという事を殆どしないカズキではあるが、このように静かな怒りを見せる方がアリサには恐い。
しかし、自分がやった事を考えれば怒られて当然である、だからアリサは身体を縮こませて彼の言葉を待つ。
「……あんな不安定な神機は、アラガミと変わらない。
触れれば、たとえ持ち主だって捕食されてしまう程に危険な状態なんだ」
「…………はい」
「それがわかっていながら、どうして君はそんな危険な真似をした?」
「……目の前で失われそうな命から、目を背けるわけにはいかなかったんです」
しっかりとカズキを見据えて、アリサはしっかりとした口調で答える。
自分が正しい事をしたとは言えない、アリサ自身も自分が正しいとは微塵も思えない。
だがそれでも、あの時リッカがアラガミに捕食されそうになった光景を見て、放っておく事も逃げる事も、アリサにはできなかった。
自分ができる全てを用いて他人の力になる、それは他ならぬカズキから教わった道。
「……そう、だったね。君はそういう子だった」
「カズキだって、私と同じ選択をしたでしょう?」
「…………」
困ったように眉を下げるカズキ、その問いには答えないが、表情が肯定だと答えている。
「…………アリサちゃんの事を聞いて、あの時は気絶しそうになったよ」
「……ごめんなさい」
自分の行動に後悔は無いが、結果としてカズキを心配させてしまった事に変わりはない。
だからアリサは頭を下げ、そんな彼女にカズキは「気にしないで」と返した。
「とにかく、まだ君の神機は治らないから。今日はこのまま1日ここに居ること、いいね?」
席を立つカズキ。
「……また、後で来てくれますか?」
「当たり前だよ」
可愛い事を言ってくれる恋人の頬に口づけを落とし、カズキは医務室を後にする。
「………………は、あ」
エレベーターに乗り、扉が閉まった瞬間……カズキはおもわず、その場に座り込みそうになってしまった。
(よかった……目が醒めてくれて、本当に……)
彼女が神機に侵食され、倒れたと聞いた時……カズキの思考は完全に凍りついた。
その後の事はよく覚えていない、ただ彼女の傍に行って……喚き散らしたい衝動を我慢する事しかできなかった。
「――情けない、な」
皆や医師が大丈夫だと言っているのに、それでも彼の心は一向に晴れなかった。
前に、アリサは自分に甘え依存していると苦笑混じりに言っていたが……カズキもまた、アリサに甘え依存している。
「ふぅ……」
自己嫌悪に陥るカズキ、と……エレベーターが止まった。
「……お前、ひでぇ顔になってるぞ?」
「リンドウさん……」
ベテラン区画からエレベーターに乗ってきたリンドウは、カズキの顔を見るなりそう言い放つ。
失礼と言うなかれ、誰が見ても今のカズキの表情は暗く、覇気がない。
アリサが目覚めて緊張の糸が切れたのだろう、彼とてまだまだ感情を自由にコントロールできる程大人ではないのだから。
「アリサ、目ぇ醒めたのか?」
「はい……先程」
「だろうな、そうじゃなきゃそんな気の抜けた顔にはならねえよ」
「…………」
からかうようなリンドウの言葉に、カズキは反論を返さない。
自分でもわかっているのだ、彼女が目覚めて心底気が緩んだ事に。
「……僕、情けないですね」
「何でだ?」
「アリサちゃんの事になると、本当に子供みたいに余裕が無くなって……これじゃあ、隊長失格ですね……」
先程の自分の醜態を思い出すと、笑いたくなってくる。
自分は部隊の隊長だ、それなのに1人の事ばかりに気を捕られるなど、あってはならない。
「……相変わらず、お前はクソ真面目だな」
エレベーターが止まり、エントランスへ辿り着いた。
「真面目じゃないですよ、現にこうしてアリサちゃんの事で頭がいっぱいになって……僕は、隊長なのに」
「いやいや、誰だって恋人の事になればああなるっての。ましてやお前はアリサを心の底から大事にしてんだ、むしろアレが普通じゃねえか?」
エレベーターを降りたリンドウとカズキ。
ドカッと、エントランスにある黒いソファーに座り込み、リンドウは言う。
「お前はいつも1人で色々と背負い込みだ、たしかに隊長は部下を率いる責任がある。
けど、だからって全部背負う必要はない、お前ができない分を背負う事だってできるんだ」
「リンドウさん……」
「一方的に頼られたり頼ったりするのは仲間じゃない、だからお前ももう少し仲間に頼るって事を覚えるんだな。
……俺らしくない真面目な話をしちまった、なんつーか…うん、ガラじゃねえな……」
恥ずかしそうに頬を掻き、リンドウは誤魔化すように笑う。
けれど、カズキにとって今の言葉は嬉しかった。
(一方的に頼られたり頼ったりするのは仲間じゃない、か……)
確かにその通り、そんなものを仲間などとは呼べない。
もう充分甘えている気がするが、もう少しだけ甘えてみるのもいいかな。
カズキはそう思い、ようやくその表情にいつもの穏やかな色を見せる。
と、下の通路からこちらに階段で上がってくる足音が聞こえ、カズキはふとそちらに視線を向けると……現れたのは、ツバキだった。
「リンドウ、カズキ」
「ツバキ教官?」
「姉上?」
「リンドウ、ここでは姉上と呼ぶなと何度言えばお前の頭は理解するんだ?」
「……こりゃ失礼」
肩を竦めるリンドウ、相変わらず物言いが厳しい。
「ツバキ教官、どうかしました?」
「ああ、実はな……どうやらメディカルチェックも終わったようだ」
「えっ?」
ツバキがエレベーターに視線を向けたので、カズキとリンドウもそちらへと視線を向ける。
……懐かしい少女が、見慣れない男性と共にこちらへとやってくるのが見えた。
「アネットちゃん!」
「お久しぶりですカズキさん、リンドウさん!!」
立ち上がり、カズキ達は久しぶりの再会を喜び合う。
「お前達には前々から話していたが、今日からこの2人が極東支部の配属となった。
それぞれ第二、第三部隊に配属予定だが、暫くはお前達が面倒を見てやるんだ、いいな?」
「わかりました」
「りょーかい」
「うむ。ではアネットにフェデリコ、しっかりと経験を積むように。
それと、カズキは問題ないがリンドウの言動をいちいち真に受けないようにな」
皮肉を込めた一言を添えてから、ツバキは行ってしまった。
「……ひでぇな姉上、上官としての立つ瀬がなくなるじゃねえか」
「けど、否定できます?」
「……カズキ、お前も結構酷いな」
思わぬカズキの一言に、リンドウ撃沈。
「アネットちゃん、久しぶりだね」
「はい、お元気そうで何よりです!」
ニッコリと微笑むアネット、カズキもつられて笑みを返す。
「それと……フェデリコくん、だっけ?」
「は、はい……は、はじめまして。フェデリコ・カルーゾ、です!!」
「フェデリコ、緊張し過ぎだよ」
「しょ、しょうがないだろ……あ、あの抗神カズキさんが目の前に居るんだから!」
「???」
はて、フェデリコは何をそんなに緊張しているのだろうか。
そう思いカズキが首を傾げていると、アネットがくすくすと笑いながら説明してくれた。
「フェデリコって、カズキさんの事すっごく憧れてるんです。ここに来るまでの間、何度もカズキさんの話を……」
「ア、アネット!!」
顔を赤くしてアネットに怒鳴るフェデリコ、しかし彼女はイタズラっぽい笑みを返すだけ。
「あはは、ありがとうフェデリコくん」
「あ、いえ……俺の事は呼び捨てで構いませんから!」
「うん、わかったよフェデリコ」
「は、はい!!」
嬉しそうに笑みを見せるフェデリコに、カズキは苦笑しつつも慕ってくれるのは素直に嬉しい。
「――さて、新人共!」
(あ、復活した)
「じゃあ早速任務に行ってみるか、いくぞアネット、ファルコン!!」
「あの、フェデリコですけど……」
「カズキ、手頃な任務を発注しておいてくれ。何はともあれまずは実戦経験を積ませないとな」
「わかりました。頑張ろうねアネットちゃん、フエルコ?」
「フェデリコです!! リンドウさんは百歩譲って間違えるとしても、カズキさんは最初にちゃんと俺の名前を言ってたじゃないですか!!」
「ご、ごめん……リンドウさんがわざと間違えたから、僕も間違えた方が面白いかなって思ったから」
「わざと間違えてたんですか!?」
(リンドウさんは相変わらずだけど、カズキさんがなんだかノリが軽くなったような気がする……)
■
「はぁ……はぁ……はぁ……」
――鉄塔エリア内。
カズキ達4人の周りには、十数体ものアラガミが無惨な姿で倒れている。
「なんだよニトロ、もうへばったのか?」
「意外と体力ないね、カトリコは」
「情けないわよ、フォード」
「フェデリコですってば!! わざとらしすぎますよ!!」
なんだこれ、新手のイジメか?
3人共わざと間違える辺り、悪意しか感じられないとフェデリコは思った。
「というか……明らかに新兵が挑むミッションじゃないんですけど」
始めに相手をしたのはグボロ・グボロ一体のみ、まあ妥当だなと思ったのが全ての間違いだった。
倒したと思ったら、次はヴァジュラが現れ。
間髪入れずに、今度はシユウが堕天種と同時に現れ。
その後はグアドリガ……もう勘弁してくれと、フェデリコは心の中で号泣した。
だというのに、カズキとリンドウは平然としているし。
アネットは多少疲れたような顔をしているが、自分と違って息を乱してはいない。
「……アネットって、新兵じゃなかったっけ?」
「私はカズキさんに一週間鍛えてもらったから」
「ああ、そう……」
それにしたって、彼女は新兵とは思えない強さだ。
これは彼女に才能があるのか、それともカズキの鍛え方が凄まじいのか……。
「……やっぱり、極東は激戦区だな」
カズキとリンドウ、この2人の実力を今回のミッションでまざまざと見せられた。
今回倒した十数体のアラガミ、その殆どをこの2人が倒してしまったのだから。
……仕方ないとはいえ、こうまで実力に差があると少しヘコむ。
「フェデリコ、どうしたの?」
「フェデリコです……ってちゃんと呼んでくれましたね。
いえ、ただ……俺、今回当然とはいえ足手まといだったなぁと」
「足手まといなんかじゃないよ、フェデリコだって新兵とは思えない動きだったし」
「……けど、カズキさん達に助けてもらったからこそですから、まだまだ未熟ですよ」
ははは……と力なく笑うフェデリコ。
「フェデリコ、焦っても強くならないよ。みんなで力を合わせてアラガミと戦っていけばいい。
1人で出来る事は限られてる、仲間と一緒に戦って少しずつ強くなっていこうよ?」
「カズキー、お前が言うなー」
「ちょ、リンドウさん、人がせっかく良い事言ってるのに……」
「だってよ、お前はいつも自分1人でなんでも背負い込もうとするだろうが。
1人で出来る事は限られてるってわかっているなら、お前も少し仲間に甘えるようにしないとな」
「むぅ……」
何も、フェデリコの前で言わなくてもいいではないか。
意地の悪いリンドウに、カズキはジト目で睨みつけた。
「ふふっ、カズキさんも変わらないんですね」
「アネットちゃんまで……勘弁してよ、もう」
うなだれるカズキ、3人からは笑い声が響く。
「…………なぁ、アネット」
ふと、フェデリコは隣のアネットに小声で話しかけた。
「なに?」
「……カズキさんって、本当にアラガミなのかな?」
「…………」
――カズキは、もう人間ではない。
この話は、極東に来る前にツバキから聞いたのだが……当初、2人は微塵も信じる事ができなかった。
当たり前だ、アラガミを狩る側のゴッドイーターがアラガミとは、笑い話にもなりはしない。
だがツバキは真実しか話さない、だから……フェデリコは、内心ではカズキに対して恐怖心を抱いていた。
――アラガミとして、襲われるのではないか?
――共に戦うのは、危険なのではないか?
そんな不安が頭によぎったが……今では、それが杞憂だと思う。
話した彼は予想以上に柔らかい物腰であり、新兵である自分にも偉ぶった態度を見せず、むしろすぐに同等の仲間として見てくれた。
そこに危険な色は見えず、むしろ普通の優しい人物だという印象しか抱かなかった。
だから、フェデリコは彼がツバキの言ったようにアラガミであるのか、疑問に思ったのだ。
「……私は、カズキさんがアラガミだろうと無かろうと、関係ないけどね」
「えっ?」
「カズキさんはカズキさん、私が尊敬する上司、ただそれだけだもん。
フェデリコだって、そう思ってるんじゃないの?」
「…………」
間抜けな質問をしてしまった。
そう思い、フェデリコは自分に対して苦笑を浮かべる。
そうだった、彼がアラガミだろうとなかろうと関係ない、フェデリコの中ではアネットと同じく尊敬する上司なのだから。
(難しく、考えすぎだな)
まだ、カズキがどういった人物なのかは完全に把握したわけではないけれど。
フェデリコの中にあった若干の不安や恐怖心は、既に無くなっていたのだった……。
■
「――そうですか。新人さん達が遂に来たんですね!」
ミッションを終え、カズキはそのままアリサの居る病室へと赴いていた。
「嬉しそうだね?」
「当たり前ですよ。だって後輩ができるんですから!
……まあ、カズキを狙うライバルが帰ってきた点は、微妙な気持ちですけど」
「あのねぇ……前にも言ったけど、考えすぎだってば」
「ですから、カズキは自分の魅力というものにまったく気づいていないです!」
「…………」
相変わらず、自分の恋人は心配性というか……ヤキモチ妬きなようだ。
苦笑しながらそう思い……カズキは、アリサの顔に自分の顔を近づけて……優しく、口づけを交わした。
「ん、ちゅ……ふ、ぁ……ん」
アリサの両手がカズキの首に回され、離さないとばかりに抱きついてくる。
もちろんカズキは拒否せずに、自らの両手を彼女の背中に回し、自分の身体へと密着させた。
「んんっ……くぅ……ちゅっ、ちゅ……ぷ……」
アリサの舌が、カズキの舌に触れ、互いに身体を震わせる。
「はぁ……は……ちゅっ、ぷぁ……」
いつもよりも長く、濃厚な口づけに……アリサの頬は瞬く間に赤く染まり、瞳もとろんと半開きに……。
「――――っ」
「ふぁ……?」
間の抜けた声が、アリサの口から飛び出す。
「カズキ……?」
どうしていきなり止めてしまったのか、離れてしまった彼を名残惜しそうに見つめるアリサ。
「…………ごめん、なんでもないよ」
「じゃあ……もっと、キス……してください。ふわふわして……気持ち、いいですから……」
「…………」
アリサの願いに、カズキは無言で頷き……再び口づけを再開する。
(……気のせい、だよな)
恋人との甘い時間で、ゾクゾクと背中を震わせながら。
カズキは、先程見たアリサの“変化”に……違和感を覚えていた。
先程、アリサのアクアブルーの瞳が……血のように赤くなっていたような、そんな気がしたのだ。
しかし、今の彼女はいつも通り、自分の見間違いだと彼は自己完結させる。
――それが、分岐点だった事も知らずに。
To Be Continued...