許されない罪が、カズキの世界を包んでいく。
――怒りの覚醒まで、あと少し。
――かつてない死闘が、荒野の中で繰り広げられていた。
戦場を支配するのは、噎せ返るような血の臭いと、地面に転がる死体達。
様々なアラガミの死骸があれば……勇敢に戦い、散っていった神機使いの死骸もある。
「っ、っっっ」
くそったれ、力任せに神機を振るい、肉薄していたボルグ・カムランの頭部を抉り潰しながら、ソーマは噛み砕かん勢いで奥歯に力を込める。
いまだかつてない、アラガミのアナグラ襲撃。
カズキの探知能力により、いち早く気づいた彼等の行動はただ速かった。
ツバキの迅速で的確な号令により、全ての部隊の神機使いが召集され、アナグラ防衛の準備を整える。
その中で、最大の戦力である第一部隊は最前線にて、アラガミの大群と真っ向からぶつかり合っていた。
アラガミを殺す以外の感情を抱く余裕は無く、誰もが仲間の事を気に掛けることなく戦い続けている。
全員が鬼神めいた力で、確実にアラガミの数を減らしていくが、それでも全てを倒す事はできない。
だがこちらも手が無いわけではない、ツバキの指示で全戦力を三分割している。
つまり、ここで多少逃しても残り2つの部隊が確実にアラガミをアナグラに到達する前に倒してくれるはずだ。
だから、最前線で戦っている彼等がやるべき事は、とにかく迫り来るアラガミの数をできる限り減らすことだけ。
「ぎぃぃぃぃぃっ!!!」
「っっっ」
耳障りな悲鳴、それがアラガミではなく人間のものだと理解して、ソーマはすぐさま声が響いた場所に走る。
途中、邪魔をするかのように三体のオウガテイルがソーマに迫るが、それぞれ一撃の元に文字通り頭部を粉々に斬り砕いた。
「がぁぁぁっ!!!」
獣めいた雄叫びを上げながら、ソーマは神機をフルスイングで振るい、ディアウス・ピターの顔を真一文字に斬り裂き絶命させる。
「はぁ、はぁ、はぁ」
アラガミに喰われ、既に上半身を失った人間であったモノを見て、ソーマの身体が震える。
それは恐怖からではない、どうしようもない程の無情な現実と怒りに押し潰されてしまいそうだからだ。
「――うぉぉぉぁぁぁぁぁっ!!!」
叫んだ。
変える事などできない現実に、無慈悲に命を奪う世界に対し、ソーマはただ叫ぶ。
鬼神すら竦み上がる程の恐ろしい形相と気迫をその身に宿し、彼は再び戦場を駆け抜ける。
■
――ラウエルとシオの心は、確実に傷ついていた。
辺りを見渡せば、本来ならば喜ばしいアラガミの死骸達――すなわち、食事だ。
普段の彼女達ならば、アラガミとしての本能により歓喜の声を上げていただろう。
しかし、あるのはアラガミの死骸だけではなく……カズキ達と同じ人間の変わり果てたモノも存在していた。
彼女達はアラガミだ、当然人間も食糧の一部として見る事はできる。
だが、人の心を手に入れ、人として生きる道を選んだ彼女達にとって……人は既に食糧ではなく、失ってはならない存在に変わっていた。
「うぅぅ、うぅ………!」
呻き声を絞り出すように口から漏らしながら、ラウエルは気が付くとその瞳から涙を流していた。
痛い、苦しい、悲しい、心が裂けてしまいそうだと全身が訴えかけている。
頭の中はぐちゃぐちゃで、どうして自分がこんな所に居るのかもわからなくなりそうだ。
そしてそれは――シオも同じ。
「――あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
いやいやと頭を振り、ただただ迫り来るアラガミを斬りつけ滅ぼしていく。
「こんなの、こんなの……やだよぉ」
沢山の命が失われていく、アラガミも人間も区別無く消えていく。
頭がどうにかなってしまいそうだ、歪みに歪んだ顔でシオはソーマに助けを乞う。
「ソーマぁ……やだよぉ、シオ……壊れちゃうよぉ」
■
畜生、畜生、畜生。
頭に浮かぶその怒りの言葉に、リンドウは普段見せない憤怒の表情のまままた一体、アラガミを粉砕する。
仲間に死なれる光景は、何度も見てきている。
だがもちろん慣れるわけもなく、もう二度と失いたくないが故に彼は今まで強くなろうと歩みを止める事はなかった。
いつもは飄々とした態度を崩すことはなく、しかしその内側は誰よりも仲間を想っているのだ。
それが今はどうだ、守れず失われていく命が秒単位で加算されていくではないか。
こんなもの、自分の望む現実ではないと、リンドウは喚き散らしたい衝動に駆られる。
「ふざけんじゃねぇぇぇぇっ!!!」
激昂、普段の彼を知る者ならば誰もが驚く激情だった。
そんな彼を見て、妻であるサクヤは援護しつつ悲痛な表情を浮かべる。
――泣いているのだ、彼は。
守れぬ者、助けられる者を目の前で見せられ、己の無力感を無理矢理認めさせられ、彼の心は泣いている。
どうして、こんな事になったのか、サクヤにはわからない。
アラガミは人を喰らい、世界を喰らう死神でしかないのは理解している、それでも……目の前の現実はあまりにも非情なものだ。
だが自問している暇はない、この無情な現実を一刻も早く消し去る為にも全身全霊を込めて戦い抜かなければ。
サクヤは再び意識を戦場に戻し、抑えきれぬ怒りを銃撃に込めていった。
■
――どれだけの時間と、どれだけの命が失われたのだろう。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
両手足をガクガクと震わせ、ソーマは我慢できずにその場へと座り込む。
ベチャリ、血溜まりが服やズボンに付着したが、既に返り血で赤黒く染まっているので、気にもならない。
「……ソーマ、生きてるか?」
「…………ああ」
自分と同じように、アラガミの返り血だらけのコウタの声に、けだるさに満ちた返事を返す。
どうやら、第一部隊の面々は全員生き残れたようだ、少し離れた場所ではリンドウとサクヤの姿が確認できる。
しかし……最前線で戦っている他の部隊の神機使い達は、半数以上姿を確認できない。
「……終わった、のか?」
「…………さあ、な」
少なくとも周囲にアラガミは居ない、終わってくれたと思いたいが……。
「ソーマ、コウタ、戻るぞ」
いつも以上に気怠げに言葉を放つリンドウに、ソーマとコウタは顔を上げる。
「姉上から連絡があった、俺達が取り逃したアラガミも残らず全てぶっ殺したらしい。
居住区の被害は、どうにかゼロに抑えられたみたいだぜ、だから安心しろよコウタ?」
「あ、はい……」
ほっとしたような表情を浮かべるコウタ、外部居住区に家族が住む彼としては、その言葉は何よりも聞きたかったものだ。
助けられなかった命もあるが、それでもその事実は嬉しい。
のろのろと立ち上がるソーマ達、とにかく今は何も考えず休みたかった。
が、ソーマはその前にシオの元へと歩み寄る。
「……あまり、深く考えるな」
「ソーマ……」
じわりと瞳に涙を溜めているシオを見て、彼の手は自然と彼女の頭に伸びていた。
「っ」
彼の優しい手のひらの感触を受け、シオはたまらず彼に抱きついた。
互いに血だらけであるが、今はただ大切な人の温もりが欲しいと思ったのだ。
「ソーマ、シオ……シオね……」
「黙ってろ」
「…………」
「いいから、今は別に何も考えなくていい……心が痛いなら、痛いままにしておくな」
ソーマ自身、驚くほどに優しい声で、シオの言葉を遮った。
彼の優しさと温もりで、シオの傷ついた心が少しずつ癒されていく。
「ソーマ、ありがとう……」
「…………フン」
こんな事するのは、自分らしくない。
そう思いながらも、彼が浮かべる表情は……ただ穏やかだった。
■
――時は遡り、ソーマ達とアラガミの死闘が繰り広げられる前。
1人の青年が、エイジス島へと赴いていた。
青年――カズキは、しっかりとその手に神機を持ちながら、辺りを警戒しつつ歩を進める。
――異質な存在は、もはや意識しなくても感じられた。
間違いなく、ここには何か得体の知れないモノが存在している。
それこそが――今回の大量アラガミによるアナグラ襲撃事件の元凶だと、根拠もなくそう断言できた。
そもそも、偶発的にあれだけの大量のアラガミが一カ所を襲撃するなどありえない。
アラガミは捕食欲求によって行動している、ならばアラガミ同士で喰らい合うという事はむしろ自然なものだ。
しかし、今回はそのような事は起きずにアナグラへと真っ直ぐ向かっているのだから、何か人為的な原因があると考えるのは当然の事だとも言える。
――そして、そんなカズキの推測は見事に当たってしまった。
「よく1人で来てくれたね、抗神カズキ君?」
「…………」
かつて、ノヴァによる終末捕食を防ぐために、支部長と死闘を演じたその場所で。
カズキにとって、一番許し難い人間が、彼の名を呼んでいた。
「……オオグルマ」
「年上を呼び捨てにするものではないよ、君は礼儀正しい子だと思っていたのだがねえ」
くつくつと笑みを浮かべるオオグルマ、しかしその笑みは限りなく不快感を覚える嫌な笑みだ。
カズキは何も言わず、黙って神機を構え直し臨戦態勢へ。
相手はただの人間、一瞬そう思ったカズキであったが、彼の内側から湧き起こる異質な存在を感じ取り、全力で対峙する。
「……さすがアラガミ、私の力に気づいたか」
「……お前も、僕と同じか」
「勘違いしてもらっては困る、私の力は既に神であるアラガミを超えた真なる神だ。
貴様程度が足掻こうが、私に勝てるわけがないだろう?」
オオグルマは笑う、たった1人で自分と戦おうとしているカズキを。
……確かに強い、今のオオグルマは並のゴッドイーターを超えている。
たとえ第一部隊、ソーマやリンドウでも苦戦する事は必至、現に彼は圧倒的な実力差でアリサを捕らえたのだ。
オオグルマの思考は既に常軌を逸しているが、ここまで自信過剰になるのも仕方ないと言えるだろう。
だが彼はわかっていない、抗神カズキという青年の力を図り間違えている。
「貴様さえいなくなれば、もはや私の邪魔をするものは居なくなる。そうすれば私は……私とアリサは、この世界の神となれる!!」
「……あの子を、捕らえたのか?」
「捕らえたとは人聞きの悪い、あの子は私のものだ……誰にも渡すわけがないだろう?」
「…………」
それで、最後。
その言葉で、最後の引き金がしっかりと引かれてしまった。
オオグルマは気づかない、カズキが自分に対して確かな殺意を抱いた事に。
彼にとって、アリサという存在がどれだけ大きなものなのか、理解できていない。
「お前がどうやってそんな研究を続けていたのかは知らない、どうして道を間違えたのかはわからない。けど、今のお前はただの敵だ。だから殺す、それと盛大な勘違いをしてるようだから言ってやるがな――」
―――あの子はお前のものじゃない、僕のアリサだ。
不敵に笑い、心底小馬鹿にするようにオオグルマへと言い放った。
■
「――――、ぅ」
顔をしかめ、僅かに身動ぎしながら、アリサは目を覚ます。
ぼんやりとした頭のまま動こうとして、両手足が拘束されている事に気が付いた。
一体自分はここで何をしているのか、ゆっくりと記憶を呼び起こしていく。
(そうだ……私、は……)
自分を出来の良い人形に仕立て上げたオオグルマによって、自分は捕らわれたのだとアリサは自覚する。
頭が重い、視界は霧に包まれたかのようにぼんやりとしており、アリサの身体の状態はまさしく最悪と言えた。
まだ覚醒したてだからだろう、そう思い暫く動かずに待っていたアリサであったが……一向に、現在の状態が改善される兆しが現れない。
「なん、で……」
いくら両手足を拘束されているとはいえ、這って動く事すらできないほど、アリサの身体は弱っている。
一体これはどうした事か、まるで自分の身体ではないかのようだ。
――オナカスイタ。
「――――」
どぐりと、全身が脈打った。
それと同時に、ぼんやりしていた意識が急激に覚醒していく。
さほど広くない部屋、というより倉庫に近く天井は低い。
長机には様々な薬品や、アラガミ……そして人の肉片などが散らばっており、ここでオオグルマがあの常軌を逸した研究を行っていた事がわかる。
再び、アリサの中でオオグルマに対する怒りが増大していく、だが……それよりも。
「――――」
覚醒した意識とは裏腹に、アリサはその場から動く事はなく……ある一点へと視線を向け続ける。
彼女の視線の先には……アラガミと人間の肉片、が。
「あ―――」
やめろ。
それ以上はいけない。
あれを口にしてしまえば、抑えつけていた自分自身を解き放つ事になる。
内なる自分が警鐘を鳴らし、必死に留めようとするが無駄なこと。
アリサ自身にもその衝動はもはや止める事はできず、それになにより……感じるのだ。
カズキがこの近くまで来ている、それがわかった以上いつまでもこんな所で転がっている場合ではない。
もう戻れない事など先刻承知、このままいっても未来は変わらないのならば……。
(私は、自分の意志でカズキと同じ存在になる道を選ぶ!!)
縛られたまま器用に立ち上がり、長机まで跳ねて移動する。
そして、一瞬の躊躇いの後……アリサは肉片へと口を開き噛み千切った。
アラガミを食すという不快感と、自分自身に対する恐怖を抱きながら、アリサは無心で咀嚼して……ごくりと呑み込み体内へと運ぶ。
「――――、ぁ」
瞬間、彼女の身体は一気に活性化を果たし、強固な拘束具をまるで紙のように引きちぎった。
研究の為にオオグルマが持ってきたのか、近くに落ちていた自分の神機を拾い、アリサはドアを斬り裂き外へと飛び出す。
――今ここに、新たな生命が誕生した。
人でありながら、アラガミとして生きる事を選んだ少女は、愛すべき青年の元へと急ぐ。
決着の時は近い、果たして……結末はどのような結果を生み出すのか。
それがわかるのは、もう少し先の話。
To Be Continued...