それでは、楽しんでいただければ幸いかと思います。
「…………」
倒れたオオグルマの遺体を見下ろし、カズキは神機を地面に突き刺す。
これで今回の戦いは終わりだ、今頃アナグラの方でも戦いは終わっている事だろう。
(アリサちゃんは……)
「カズキ!!」
「っ、アリサちゃ……」
愛しい少女の声を聞き、カズキはその表情を和らげながらこちらに向かってくる彼女へと視線を向け――彼女の変化に、気が付いてしまった。
「…………倒したんですね」
オオグルマの遺体に気づいたアリサであったが、その表情には微塵も悲しさなどは存在していない。
確かに世話になった、それは認めるが……この男のやった事を許すつもりはない。
「カズキ、アナグラが心配です。戻りましょう」
「……待って、アリサちゃん」
エイジスからアナグラまで戻る直通のエレベーターへと向かおうとするアリサを、カズキは呼び止める。
「カズキ……?」
振り向き、首を傾げるアリサに彼は一言。
「もう、後戻りができない所まで来ちゃったんだね、君も」
悲しげにそう告げ、アリサは彼の言いたい事を理解し表情を曇らせる。
わかってしまったのだ、カズキは彼女が……自分にとって最愛の少女が自分と同じ存在になってしまったことに。
同じ“アラガミ”になっているからこそ、誰よりも彼女の変化に気が付いた。
「後悔は、していないですから」
「…………」
「私はカズキと同じ道を歩みたい、そう思ったからこその選択です。そこに後悔なんて……絶対にありませんから」
アリサは謝らない、自分の決意を曲げるつもりはないし……何よりも謝る必要がないから。
たとえここでアラガミ化を果たさなくても、いつか遠くない未来で自分は同じ道を歩む事になっていたはずだから。
ならば、自分の意志で決めたほうが遥かにいいと、そう思っただけ。
それがわかるから、カズキもアリサを責める事はしない。
「――ありがとう」
ただ感謝を、自分と同じ道を歩みたいと思ってくれたことに対する最大限の感謝を、彼女へと送る。
そんな彼に優しく微笑みを返すアリサ、さて……これでこの話は終わりだ。
「戻りましょう、みんなが待っている筈ですから」
「うん、戻ろう」
どちらからともなく手を繋ぎ、彼等は歩き出す。
――背後の気配に気づいたのは、その数秒後であった。
『――――っ!!?』
2人が振り返ったのは、ほぼ同時。
ありえない、どうしてと、2人の脳裏に刻まれるのは驚愕と疑問。
辺りには自分達以外の気配はなかった、しかもこの気配の正体は………。
「オオ、グルマ……!?」
身体の上から半分ほどまで二つに分かれたはずの、オオグルマだったのだから。
そのまま立ち上がり、ゆらゆらと揺れ動くその姿は不気味と呼ぶ以外の表現が見つからない。
「一体、どういう……!?」
どういうことなのか、カズキがおもわずそう呟こうとした瞬間――彼の遺体に変化が訪れる。
まず現れたのは硬い肉をゆっくりと刻むような不快音、そこからグチャグチャという音を響かせながら……オオグルマの肉体は、まるで逆再生を見るかのように元へと戻っていく。
しかし元へと戻っていくと同時に、その肉体は異様に肥大化しながら蒼い鱗のような皮膚に変わっていった。
それはまさしく龍の鱗のような、強靭でしなやかな皮膚。
手足の爪はブレードのように鋭くなり、まるで名匠が生み出した刀剣の如し。
だというのに、顔の容姿はオオグルマのまま……青白い皮膚と完全に赤くなった眼球が、この世の生物だとは思えない形相を生む。
「ギギギギ……」
その口から搾り出されたような声は、もはや人間のものではなく……怪物のもの。
「どうして……だってカズキが、完全に息の根を止めたはずじゃ……」
「………まさか」
ここでカズキは、自分がオオグルマの命を奪う寸前、彼が懐に手を伸ばしていた事を思い出す。
何をしたのかは知らない、だがもう自分の命は助からないと自覚して何かを仕掛けたとしてもおかしくはない。
「くっ……!」
神機を両手で持ち直しながら構える2人。
それを見て、オオグルマだったものは敵意を感じたのか。
「――キィィィィヤアアアアアアアアア!!!」
けたたましい金切り声を上げ、絶殺の意志を込めてカズキ達へと襲い掛かった!!
「カズキ!!」
「し――――!」
アリサの声とカズキが動くのは、同時であった。
地を蹴り、向かってくるオオグルマへと向かって神機の刀身を下から掬い上げるかのように振り上げる。
「ぐっ……!?」
硬い衝撃。
相手の拳と神機の刀身がぶつかり合い、鍔迫り合いとなりながら……圧されているのは、カズキの方であった。
「カーーーーーーッ!!!」
「っ」
ぞわりと悪寒が全身に走り、カズキは後ろへと跳躍。
その刹那、彼の胸部に鋭い痛みが走った。
着地すると同時にカズキは視線を胸部へと移し、驚愕する。
そこには三条の傷が刻まれ、肉を裂き血を流していた。
痛みはある、けれど戦闘行動に支障はない。
支障はない、が―――相手の攻撃を完全に回避していたと思っていたカズキにとって、この傷は驚愕に値するものであった。
(強い……!)
もはや人間の姿だった時とは違う、目の前の存在はカズキ達が今まで戦ってきたどのアラガミよりも強いと感じられるに充分過ぎる力を有している。
「カズキ、私が隙を作ります!!!」
言うやいなや、アリサは地を蹴りオオグルマへと向かう。
「ギエエェェェェェッ!!!!」
奇声を上げ、両腕の爪を剣のように振り回すオオグルマ。
その度に地面が裂け、粉塵を刻み、辺りを破壊していく。
アリサは落ち着くようにと自らへ言い聞かせながら、正確に相手の攻撃の軌道を読み取る。
アラガミ化によって生まれた常人離れした動体視力と反射神経、そして運動能力を極限まで利用して動く。
今まで以上に素晴らしい動きを見せ、アリサはオオグルマの攻撃を紙一重で回避しながら確実に間合いを詰めていった。
「はっ!!」
遂にオオグルマの眼前まで迫る事に成功、右足に充分な力を込めながら全身のバネを用いて神機を横薙ぎに振るう。
硬い感触と肉を切る嫌な感覚を覚えながら、アリサは自分の一撃が深々とオオグルマの身体へと突き刺さった事を自覚した。
「ガギャアアアアアアッ!!!」
痛みからか、それとも別の理由か、その声に確かな怒りの色を見せながらもオオグルマは自分の身体を傷つけたアリサへとその凶刃を振るう。
それを―――アリサは左腕を振るって正確に弾き返す。
一歩間違えれば左腕ごと斬り飛ばされるというのに、強靭な胆力と培った戦闘経験、アラガミ化によってパワーアップを果たした肉体を用いての芸当であった。
「くっ――――ああっ!!!」
すぐさま左腕を神機の柄へと戻し、アリサは裂帛の気合を込めながら力任せに神機を引き戻す。
それにより、まるで鋸のような裂傷をオオグルマに与え、アリサは後ろに跳躍して撤退。
――刹那、入れ替わるように今度はカズキがオオグルマへと攻撃を仕掛けた。
まずは上段からの振り下ろし、途中で止まることなく神機の刃はオオグルマの左肩から右のわき腹辺りまでバッサリと斬り裂いた。
返す刀で刀身を振り上げ、続いて右腕を斬り裂く…………が、如何なカズキの一撃を以ってしてもそれは叶わず、完全に斬り飛ばす事はできずに腕はオオグルマから離れない。
(硬い……!)
せめてもう一撃、振り上げた一撃をもう一度振り下ろすが……オオグルマは読んでいたのか、逃げるように跳躍してカズキから離れる。
「ちっ……!」
追いかけようとして――オオグルマの脳天に氷属性の弾丸が七発、突き刺さるように命中した。
アリサが銃形態で援護してくれた、後ろを振り向くことなくカズキは今の攻撃で怯んだオオグルマへと向かう。
「おおおおおおおおおっ!!!」
跳躍、神機を両手で振り上げながらオオグルマの頭上へ。
そのまま力任せに振り下ろし、確実に相手の身体を両断しようとして……斬撃は、虚しく空を斬っただけに終わった。
「っ」
転がりながら着地し、カズキは立ち上がる。
その横にアリサが駆け寄り、2人でオオグルマを睨みつけた。
「はぁ……はぁ……」
「……強いですね、バラバラで戦っても勝機はないかもしれません」
ダメージは与えている、しかしあのアラガミに対しては生半可な攻撃では決定打にならない。
ならばどうすればいいのか、思考を巡られるカズキに……アリサが進言する。
「同時に動いて連続でダメージを与えるしかないですね。個別で攻めても決定打にはなりません」
「同時に?」
「はい。相手の運動能力は私達より上です、それに耐久力も底無しとなれば個別に戦っても長期戦になるだけでこちらが不利になってしまいます。
だから同時に動いて確実に片方がダメージを与え、尚且つ連続攻撃で動かなくなるまで攻め続けるしかないと思います」
「…………簡単に言うね」
確実にダメージを与える方法としては確かに有効かもしれない、しかし……相手が倒れるまでこちらの体力が残るかが問題だ。
だが、アリサの瞳には微塵も不安などといったものは見られない。
――ただ信じていると、その瞳がカズキにそう告げていた。
それを見てしまえば、もうカズキに他の選択肢を選ぶ事はなく……。
「……わかった。これ以上何も策が無いまま戦ってもジリ貧になるだけだからね」
「大丈夫ですよ。私とカズキなら絶対に」
断言するアリサに、カズキは苦笑しつつも……彼女を信じてみたくなった。
否、カズキはいつだってアリサを信じている、今までも……そしてこれからもだ。
自分達はまだ死ぬわけにはいかない、帰りを待っている仲間達が……止めなくてはならない存在が居る以上、倒れる事など許されない。
――だから、絶対に負けられない!!!
「いきますよ、カズキ」
「うん。1,2の……」
『――――――3!!!』
寸分の狂いも無く、まったくの同時にカズキとアリサは動く。
地を蹴り、真っ直ぐ何の小細工もなしにオオグルマへと向かっていく様は、無謀であり愚行とも言えた。
「ギィィィィィィィッ!!!」
相手の単純な動きに確実に仕留められると思ったのか、オオグルマは喉の奥から汚らしい歓喜を奇声を上げる。
さあ、どちらから喰らってやろうか――品定めをするオオグルマだったが、突如として2人の姿が視界から消えた。
「っ!!!!?」
本当に消えたわけではない、2人は―――まったくの同時に左右へと跳んだのだ。
カズキは左へ、アリサは右へ。
まるで同一人物が動いているかのように、2人の動きは完全にシンクロしている。
それによって、オオグルマの動きが一瞬とはいえ鈍ったのを、2人は決して見逃さない。
「は――――っ!!」
先に動いたのはアリサ、一息でオオグルマとの距離を縮め神機を横薙ぎに振るう。
しかしオオグルマは動じない、如何に素早いとはいえ軌道が読み易い攻撃に当たる程動きは遅くない。
だから避けられる、避けれるが……“もう一方”の攻撃には対処しきれない。
グシャリという音が辺りに響き渡る。
避けられた筈の攻撃が避けられず、更に……背後から斬り付けられた。
アリサが動いた一瞬後、カズキも同じ動きでオオグルマとの間合いをゼロにした。
ほぼ同時に動かれ、オオグルマの常軌を逸した運動性能でも対処しきれなかったのだ。
だから背後からのカズキの一撃は避けられず、それによって動きが止まりアリサの一撃も受ける事になってしまった。
「うおおおおおおおおおおっ!!!!」
「やああああああああああっ!!!!」
この機は絶対に逃せない、2人は咆哮しながら更に動く。
カズキは下からの斬り上げでオオグルマの背中を斬り裂き、アリサは上段の振り下ろしで左肩からバッサリと斬り裂いた。
まだ終わらない、続いて2人は左腕のオラクル細胞を変化させ、手刀でオオグルマの身体を貫く。
鮮血が2人を汚すが、そんな事はお構いなしに2人は決して止まらない。
『ああああああああっ!!!』
一撃、二撃、三撃、四撃――――!
同時に神機を振るい、薙ぎ、斬り上げ、突き刺し、オオグルマの命を削り取る。
――まず右腕が斬り飛ばされた。
続いて左腕、右足、左足とオオグルマは四肢を失い……2人は最後の勝負を仕掛ける。
「アリサぁ!!!」
左手で拳を作り、力任せにオオグルマを上空へと殴り飛ばすカズキ。
それと同時にアリサも跳躍し、殴り飛ばされたオオグルマに合わせて神機を振り上げる。
「――だあああぁぁぁぁぁっ!!!!」
残り全ての力を出し切る為に、彼女は自身の肉体のオラクル細胞を無理矢理活性化させた。
それに呼応するように、神機の刀身に黒いオーラが宿り……それを、必殺の速度で振り下ろす――!
刀身はオオグルマの頭部へと突き刺さり、しかしそれでも相手の命は奪えない。
「カズキ!!!」
「うおおおおおっ!!!」
跳躍し、カズキもまた全ての力を出し切るつもりで神機を振るった。
刀身はオオグルマの身体を下から斬り裂いていき……アリサの刀身もまた、上から下へと相手の肉体を斬り裂いていく。
そして――2人の刀身がオオグルマの肉体を2つへと分け。
「カ、ァ…………」
重力に従い、グシャリと叩き落され。
今度こそ、その身に狂気を宿し人の身を捨てた憐れな男は。
もう二度と立ち上がる事は無く、完全にこの世から消滅した………。
To.Be.Continued.....