……だが、最後の選択がすぐそこまで迫っていた。
「――どうするんだい?」
「…………」
サカキの問いに、カズキは答えない。
彼は現在サカキの研究室に居る、彼等の他にはツバキの姿も見られた。
オオグルマとの決着を終えて暫くの時が経ち……カズキは、いずれやってくると覚悟していた事態に、遂に遭遇する事になった。
「……今日だけで17体、それも大型アラガミだけが喰い散らかされた」
「我々人間としてはありがたいことだよね、アラガミが共食いをしてくれるのだから」
「サカキ博士!!」
咎めるようにサカキを怒鳴るツバキ、しかしそれを止めたのは……カズキであった。
「教官、僕は大丈夫ですから」
「カズキ……」
「いつかは、こうなるとわかっていたんです。なら……何故慌てる必要があるんですか?」
そう告げるカズキの口調に、躊躇いの色は見られない。
それを見て、ツバキは何も言えずおもわずカズキから視線を逸らした。
「博士。そのアラガミを喰い散らかしているのは……“ヴァルキリー”……いえ、ローザなんですね?」
「…………」
サカキは答えない、しかしその無言が肯定を意味している事などカズキにはすぐにわかった。
――恐れていた事が現実になった。
ヴァルキリー……ローザが、遂にアラガミとして真に人類の敵になる時が来てしまったのだ。
わかっていた事だ、現にローザ自身からもうすぐ自分自身がいなくなると告げられていたのだから。
その時から……カズキはもう、覚悟を決めている。
「調査は進めているんですよね?」
「カズキ、お前は……」
「どうしようもないですよツバキ教官、僕もアリサも運が良かっただけ……奇跡なんて都合のいいものは、何度も起こるものじゃない」
そう、ただ運がよかったからこうして人として生きることができているだけで、ちょっとの偶然が無ければ今頃自分とてここには居ない。
ただそれだけの事であり……現実は、いつだって無常な結果しか残さないのだ。
「しかし、お前はそれでも――」
「リンドウさんがアラガミ化したとして、ツバキ教官は僕と同じ事をするんじゃないんですか?」
「っ、それ、は……」
わかっている、ツバキとて…もうカズキの覚悟を今更変える事ができないのを理解している。
だがそれでも、同じ家族を持つツバキにとって……カズキの覚悟は、頭が受け入れても感情が受け入れられるものではなかった。
「このままローザがアラガミを喰らい続ければ、いずれシオちゃんのように特異点になる可能性だって考えられます。……誰かが止めなくちゃいけないんです、誰かが」
そして、その役目は自分のものだとカズキはそう思っている。
あの子の義兄として、果たさなければならない責務だと思っているからこそ、迷う事は許されない。
「…………僕が、止めなくちゃいけないんだ」
呟きは、彼の耳にしか届かない。
悲しい決意は自分だけで充分、他の者に抱かせるわけにはいかない。
カズキの決意は、もう……揺らがない。
■
「――あっ、カズキー!!」
「んっ……?」
研究室を後にして、カズキは自室に戻ろうと廊下を歩いていると……聞き覚えのある少女の声を耳に入れる。
視線をそちらに向けると、そこに居たのは……最愛の少女、アリサと第一部隊の面々であった。
「珍しいね、第一部隊がこんな風に全員集まるの」
言いながら、彼女達の方へと歩を進めるカズキ。
アリサが駆け寄り、カズキに飲み物を渡した。
「ほほぉ、さすがバカップル……いや、夫婦の呼吸というやつですねリンドウさん?」
「そうですなぁコウタさん?」
早速からかう態勢に入るリンドウとコウタ、他の面々は呆れながらも止めたりはしない。
「リンドウさんとサクヤさんは本物の夫婦じゃないですか」
「おやおや、こりゃ一本取られたか?」
「けどみんな集まってどうしたの?」
「ほら、任務が悉くキャンセルになっただろ? だからみんなして非番になったんだよ」
「オレは嫌だと断ったんだがな……」
「シオといちゃいちゃできないからか?」
「っ、バッ……んなわけねえだろうが!! コウタ、てめえ殴られてえのか!?」
「あだぁっ!? もう殴ってんじゃん!!」
「ふふっ……」
和やかな空気、誰もが笑顔を浮かべ楽しげに時を過ごす。
その光景を……カズキはどこか、第三者のように見つめていた。
(……幸せなんだ、この荒廃した世界の中を生き続けていたとしても、今僕達は確かに幸せを感じてる……)
皆の笑顔を見ればそれがわかる、だからこそカズキはそんな笑顔を守る為に戦おうと思えるのだ。
……そして今、その小さな当たり前のような幸せを脅かそうとしている存在が居る。
(倒さなくちゃいけないんだ……みんなを守る為に、たとえどんな事があっても……)
「……カズキ、どうかしましたか?」
僅かな変化を見逃す事無く、アリサはカズキに問うた。
「――――なんでもないよ。ただ強いて言うなら……やっぱりみんなと過ごすのは楽しくて幸せだなあって、そう思えただけ」
「カズキの場合、アリサと2人っきりになった方が幸せだろ?」
「それは当たり前」
「……言い切りやがったよコイツ」
相変わらずのアリサLOVEに、コウタはからかうのがバカらしくなってきた。
「こりゃあ、次に結婚するのはお前等かもな」
「2人とも、早目に結婚しないと後が大変よ?」
「おーいサクヤ、なんだか含みがあるような気がするんだが……」
「そう思うって事は、なにか心にやましい事でもあるんじゃないかしら?」
「うげっ……ったく、本当にウチはカカァ天下になっちまったな」
肩を竦めるリンドウに、皆おかしくて笑ってしまう。
その中で……カズキだけは、改めて悲しい決意を抱いた事に、アリサすら気づくことはなかった……。
「――――じゃあ、僕は行くよ」
「どこにですか?」
「リッカちゃんの所、今の内に神機をフルメンテナンスしてもらおうかと思って」
「……そうですね。私もリッカさんに頼みに行きます」
「さりげなくカズキと一緒に過ごす口実を作るアリサなのであった」
「コウタ、今度縛り上げてラウエルちゃんの餌にしてあげましょうか?」
「恐い事をさらりと言うなよ!!」
「あっ、でもコウタなんか食べさせたらラウエルちゃんが可哀想ですね」
「ひでぇ!!?」
ショックを受けるコウタにも、全員が浮かべるのは心底可笑しいといった笑顔。
相も変わらず、アリサにとってコウタは弄られキャラのようだ。
――皆と別れ、カズキとアリサは神機保管庫へ赴く。
「リッカちゃん」
「んっ? おや、アナグラのバカップル様達じゃないか」
「……なにその総称」
「そ、そんな……バカップルだなんて……」
「アリサ、バカップルって言葉は皮肉だから」
何故か嬉しそうに頬を赤らめるアリサに、カズキは呆れリッカは苦笑した。
「それよりどうしたの?」
「うん。ちょっと急いで神機のフルメンテナンスをしてほしいんだ」
「私もです……って、どうして急ぐ必要があるんですか?」
「…………いつ緊急の任務が入るかわからないでしょ?」
勿論、カズキのこの言葉は建前である。
かといって本音を言うつもりはない、特にアリサには絶対に言えるようなものではない。
「ふーん……?」
若干の違和感、しかしアリサは特に気にする事無く納得した。
「フルメンテね。わかったよ、2日もあればできるから。……でも珍しいね」
「…………?」
「アリサは結構定期的にメンテナンスを頼むけど、カズキ君って私達が言うまでメンテを頼まないから。特にフルメンテを頼むなんて初めてじゃない?」
「…………」
(カズキ……?)
またも違和感を覚え、アリサは視線をカズキへと向ける。
なんだろうか、決して無視してはならないような……けれどこの違和感の正体がわからない。
「…………前にリッカちゃんから怒られたからね、反省したからこそだよ」
「ふーん、まあいいや」
「…………」
リッカはそれで納得したが、アリサにはどうも引っかかる。
とはいえ、結局彼女にもこの違和感の正体を見つけることができず、カズキに問う事はしなかった。
―――リッカと別れ、カズキは自室へと戻る。
「おじゃまします」
当然ながら、彼の自室にはアリサも同行した。
部屋へと入った途端、アリサは甘えるようにカズキの背中に抱きつく。
「どうしたの?」
「恋人が甘えているのに、どうしたのと訊くのはおかしいと思います」
「恋人ねえ……けど、アリサの甘え方って兄に甘える妹みたいな感じだよ?」
「ええっ!?」
(自覚なかったんだな………)
まあ仕方ない、アリサはまだ15歳、両親を小さな頃に亡くしているからこそこういう甘え方をしても仕方ない。
……カズキはそう思っているが、原因の半分は彼自身アリサに対して妹のように接するからというのもあるのだが。
「むぅ……恋人らしい甘え方って、どんな感じなんですかね?」
「うーん……あまりベタベタするようなスキンシップはしないとか?」
「そんなの私が耐えられませんよ!!」
もしそんな事をしなければならないと考えるだけでも、アリサは嫌だった。
だったら子供っぽくてもベタベタしていたほうがいい。
自己完結を終え、結局アリサはカズキの身体にギューッと抱きつくのであった。
(やれやれ……)
内心苦笑しつつも、それでも嬉しいのでカズキは何も言わない。
……ああ、本当に幸せだ。
何度体験しても、彼女と過ごす時間はカズキにとってかけがえのないものになっている。
――失いたくない。
身勝手で、けれど決して大きくない願い。
それを願う権利が自分にあるのかと自問すると同時に……今ある幸せを手放したくないと思う自分が居た。
神機のフルメンテナンスが終わるのは2日後。
……2日後に、カズキはある覚悟を決行しなくてはならない。
迷いが無いと言えば嘘になるかもしれない、彼の身体は既にアラガミでも心は人間のままなのだ。
しかしもう後戻りはできない、歩む道筋は決められており止まる事は決して許されないのだ。
だから―――カズキはこの2日間で人間らしい心を一時的に捨てる。
戦いに迷いが生まれないように、人間らしい心を捨て……そこに固く固く蓋をした。
それが正しいとも、間違いとも気づかないまま……。
■
「…………」
風が、吹いている。
自然の恵みである風も、今は……まるで纏わり付く呪いのように禍々しく感じられた。
――ここはエイジス、かつて人類の夢の上に建設された偽りの楽園。
その中を、カズキは神機を持ちながらゆっくりと歩を進めていた。
既に神機はリッカのおかげで新品同様、これならば……心置きなく戦える。
体調も万全、なにより……自分以外誰も居ないようにするには、苦労した。
2日間、彼は自らの決意を周りに悟られないようにしながらも、いつも通りの生活を勤しんでいた。
平凡で、幸せで、いつまでも続いてほしいと思える小さな日常。
だが――それも終わりだ。
果たさなければならない責務がある、一度誓った決意がある。
だからこそ、彼は今このエイジスへと赴き―――カズキの前に、ある存在が現れる。
蒼い甲冑を着込んだような身体、右手には身の丈を超えるような大槍が握り締められている。
「……僕を待っていたみたいだね」
「……ゥ、アァ……」
言葉にならない呻き声を上げながら、ソレはカズキに対して絶殺の意志を見せる。
その正体はアラガミ、その名は――――ヴァルキリー。
「…………僕は、君に対して何もできなかった」
「―――――」
「守る事も、救う事も、何も……できなかった」
懺悔するように告げ、いつの間にか……カズキの瞳からは涙が流れていた。
これから自分が行う事は、決して許されない業。
だが今更止まれない、もはや……過去を振りかっても遅すぎる。
「ア、アァ……」
「僕を許さなくていい、憎んでくれていい。だから……せめて、僕の手で君を…………討つ」
それがカズキが抱いた決意。
あまりにも悲しく、けれどこの責務を果たせるのは彼以外存在しない。
「――――ウオオォォォォォォォォッ!!!」
雄叫びを上げ、ヴァルキリーが動く。
それを見て、カズキは一瞬だけ躊躇いを見せながら。
「――ローザ、これが君にできる唯一の救いだ」
まるで自分に言い聞かせるように呟き、神機を構えながら地を蹴った……。
To.Be.Continued...