今回の物語は、ささやかな日常の話……。
「……非番、か……」
誰に言うまでもなく、自室で1人呟きを漏らすカズキ。
先程、リンドウから今日は非番だからゆっくりしてろ、と言われてしまったのだが……。
「……何しようかな」
任務を行う事しか考えてなかったので、こうして暇になると何をしていいのかわからない。
コウタが薦めているバガラリーでも見ようか、そう思ったがあいにく彼は任務でいない。
さて困った、何をしようかと頭を抱えていると、部屋の隅にあるダンボール箱に目がいった。
「あっ……」
そういえば、この間使った配給チケットで貰った配給品の中身を見ていなかったなと思い出し、カズキはダンボール箱を開ける。
すると、中に入っていたのは……。
「…………ビール?」
そう、アルコールであるビールだった。
……無論、カズキはまだ19歳で未成年だ。ビールを頼むわけがない。
ということは――配給の方で何か手違いがあったようだ。
「はぁ……」
ため息が出た、もう少ししっかりしてもらいたいものである。
とはいえ、今更言っても仕方のない事であり、また今はこの配給ビールをどうするかを考えなくてはならない。
とはいえ先程も説明したがカズキは19歳、未成年がビールを飲むわけにはいかないわけで。
箱一杯に詰まったビールを眺めつつ、どうしようと考えること暫し。
「…………そうだ」
そういえば、知り合いで酒が好きな人が居たなと思い出し、カズキは箱を持って部屋を出る。
向かうは、熟練した神機使いの部屋があるベテラン区画。
ある一室の前に立ち、左手で箱を持ち直しつつ扉をノックした。
「リンドウさん、僕です。カズキです」
扉越しにそう言うと、中から「おぅ、開いてるから入ってもいいぞー」というやや間延びした声が聞こえてきた。
許可を貰ったので、失礼しますと一言口にしてから、カズキは部屋に入り……顔をしかめた。
「………リンドウさん、飲んでますね?」
入った瞬間に、アルコールの匂いがカズキの鼻孔を刺激し、おもわず棘のある言い方をしてしまった。
しかしリンドウは気にした様子もなく、「飲んでるぜー」と答えつつ、右手に持つ配給ビールを口に含む。
「んっ? おい新入り、そりゃなんだ?」
「実は配給の方で手違いがありまして……リンドウさん、貰ってくれませんか?」
そう言って、カズキは中身の配給ビールをリンドウに見せる。
瞬間、彼の表情があからさまに嬉しそうなものに変わった。
「……俺はいい部下を持ったもんだな、隊長冥利に尽きるぜ」
「………よかったですね」
あまりにも現金すぎる発言に、さすがのカズキもジト目でリンドウを睨んでから、箱を冷蔵庫の傍に降ろす。
まあ何はともあれ無事にビールを消費できるから気にしないでおこう、そう思いながらカズキは部屋を出ようとして。
「ちょっと待て新入り、せっかくだからちょっと飲もうや」
まだ開けてないビールを持ちながら、リンドウがそう言ってきた。
「……リンドウさん、僕未成年なんですけど」
「こまけえ事は気にすんなって、それにお前19だろ? ならもう成人みたいなもんだ」
「そういう問題じゃありませんよ、それにいつ緊急のミッションが入るかわからないのに……」
「大丈夫大丈夫、何とかなるって」
「…………」
どうやら酔っ払っているようだ、今日はなんだか態度がしつこい。
このまま帰ってもいいのだが……上官相手にそんな態度をとるわけにはいかない。
「……ちょっとだけですからね?」
結局、カズキの方から折れソファーに座り込んだ。
それを見て気を良くしたのか、いつもとは少し違う、子供っぽい無邪気な笑みを見せながらビールを手渡すリンドウ。
自分より7歳も年上の彼だが、なんだかこの笑顔を見ると自分より年下に見える。
そんな事を考えながら、カズキはビールの蓋を開け口に含み……苦々しい顔になった。
「……苦い、マズい」
「ははっ、まあ初めて飲むんだから当たり前だよな。だけどその苦味が良くなってくるんだ」
「……そうですかね」
少なくとも、今はこんな飲み物は飲みたくないというのが正直な気持ちである。
ちびちびとビールを口に含みつつ、苦味と戦っていると……リンドウが口を開いた。
「そういや、近々極東支部に新しい神機使いが来るぞ。しかもお前さんと同じ新型だ」
「えっ……」
おもわずカズキは顔を上げる。
新型神機使いというのは、数少ない神機使いの中でも更に数が少ない。
その理由として、通常よりも偏食因子の適合率が厳しく、旧型より人を選ぶためである。
数ある支部の中でも、個々の神機使いの質が高いこの極東支部であっても、新型神機使いはカズキだけなのだから、新型の数が如何に少ないかわかるだろう。
当然ながら、1つの支部に2人以上の新型神機使いは存在しない。
「……随分と、贔屓されてますね」
「お前もやっぱそう思うだろ? それが支部長がロシア支部から引き抜いたらしいんだよ」
「支部長が……」
極東支部の支部長、ヨハネス・フォン・シックザール。
四十代後半という年齢ながら、その身体には生気に溢れ金糸の髪が特徴的な美男子である。
行動力もあり、また政治の世界にも詳しいらしいが……どうやら、今回の新型の引き抜きはそれが関係しているようだ。
そんなリンドウの説明を受けつつ、カズキはある疑問を口にする。
「でも、いくら支部長だからって一方的に神機使いを引き抜く事なんてできるんですか?」
「……お前、いい所に気がつくな。将来政治家になれるかもな」
「リンドウさん、それ本気で言ってますか?」
「冗談だ、半分はな。それよかお前の疑問の答えだけどな……あんまり大きな声じゃ言えないんだが、ロシア支部は支部長によって掌握されてるんだと」
「えっ……」
「証拠はない、だから誰かに言うなよ?」
「………言えるわけないです」
わざわざそんな事言う阿呆はいない、溜め息混じりにそう応えた。
だが……リンドウの言葉もあながち間違いではないかもしれない。
神機使いの支部異動の手続きは、フェンリルの本部が行っている。
一介の支部長が、新型神機使いを自由に異動できるわけがないのだ。
もしそれができるとするならば……やはり、リンドウが言ったようにロシア支部は、支部長に掌握されている可能性は高い。
「まっ、そんな事はどうだっていいんだ。
それよか新入り、新しい新型は可愛い女の子らしいぜ?」
「はあ……」
「歳は15、お前やコウタと結構お似合いだな」
「…………」
からかうような口調で絡んでくるリンドウ、どうやら酔いが酷くなったようだ。
ぐいぐいと手で押しやりながら、絡んでくるリンドウから離れる。
「んだよ……ノリ悪いぜ新入り」
「はぁ……リンドウさんって真面目なのかそうじゃないのか、よくわかりません」
「俺は不真面目だよ、だから真面目な事は新入り、お前が全部やってくれ」
「…………」
これで都合八本目のビールに手を出すリンドウ、一体いつまで飲む気なのだろうこの人は。
……だが、こうしていつ死ぬかもわからない世界で自分を見失わずに生きてる彼が、羨ましいとカズキは思った。
(僕は……ちゃんと自分を持っているんだろうか……)
「おら新入り、もっと飲め飲め!」
「は、はあ……」
もう完全に酔っているようだ、絡み方が先程より酷くなっている。
これは長くなりそうだ、諦めてカズキは溜め息をつき、再びビールを口に含むのだった。
―――数時間後
「……カズキ君、いるかな?」
新人区画を歩く、タンクトップにもんぺを身につけた少女――楠リッカ。
頬をオイルで汚し、頭には遮光用と思われるゴーグルを付け、彼女はカズキの部屋へと向かっていた。
というのも、新しい刀身パーツを使用した感想が貰いたいからだ。
整備班である彼女にとって、神機にはいつでも最高の力を発揮してほしいと思っている。
故に、カズキのように様々な装備を使う者には、いつも以上に気を配らなければならないのだ。
……決して、リッカが彼に会いたいからという理由ではない、おそらく。
「………カズキ君?」
扉をノックし、返事を待つが……返ってこない。
部屋に居ないのか、そう思いつつ何気なく扉に触れたら……開いてしまった。
不用心だなぁと呟きながら、リッカが部屋に入ると……彼は居た。
しかし、彼は何故か苦しそうにベッドに横になっている。
「カズキ君、どうしたの?」
少し慌ててカズキに近づくリッカ、すると……彼女はおもわず鼻を摘んでしまう。
「………お酒くさい」
そう、カズキからアルコールの匂いがしたからだ。それもかなり強い匂いだった。
「カズキ君、起きて。カズキ君ってば」
左手で鼻を摘みつつ、右手でカズキの身体を揺するリッカ。
すると、カズキは苦しそうにうなり声を上げつつ……目を開けた。
「ぁ……リッカちゃん」
「……どうしたの? それ」
「うっ……リ、リンドウさんに……」
「………ああ、なる程」
リンドウ、という単語でリッカは理解する。
大方、リンドウに半ば無理矢理酒を飲むのを付き合わされて、どうにか戻ってきたけど……気持ち悪くなったのだろう、まさしくその通りである。
酔ったリンドウにカズキは無理矢理付き合わされ続け……サクヤが部屋に入ってくるまで、飲まされ続けたのだ。
ちなみに、リンドウは今頃サクヤに説教をされている事だろう。当たり前だが。
「お水、飲む?」
「う、うん……冷蔵庫に」
わかった、そう言ってリッカは冷蔵庫に向かい中にあるミネラルウォーターが入ったペットボトルを手に取り、カズキに手渡す。
どうにか上半身を起こし、水を口に含むカズキ。
「……ありがとう、リッカちゃん」
「気にしなくていいよ、でも……ちゃんと嫌なものは嫌だって言わなきゃダメだよ? たとえ上官相手でも」
「わかってはいたんだけど……つい、言えなくなったから……」
「もぅ……君は意外と押しに弱いんだね」
面目ない、と呟きを返しつつ、辛そうな表情を浮かべるカズキにリッカは苦笑。
そういえば、彼のこんな顔を見たのは初めてかもしれない。
普段は感情をあまり表に出さず、いつも優しげに小さな微笑みを見せてくれるのだが……今の彼は、妙に人間味が溢れていると言うのだろうか。
少しおかしな言い方ではあるが、違った一面を見れ……リッカは内心嬉しく思う。
「ところでリッカちゃん、僕に何か用事があったんじゃ……」
「あったけど……君がそんな調子じゃ、訊きづらいね……」
どうやら、今回は訊けそうになさそうだ。今の彼に神機の事をあれこれ訊くのは躊躇われる。
「ごめん……それとありがとう」
「どういたしまして。でも……次からはこんな風になっちゃダメだよ?
非番とはいえ、いつ任務があるかわからないんだから。
リンドウさんは慣れてるからいいけど……君はまだ未成年だよね……?」
こくりと頷くカズキ。
「……なんだか、リッカちゃんが3人に見えるような……」
「……もう寝た方がいいよ、絶対に」
これは重症だ、というか本当に大丈夫なんだろうか?
「ごめんねリッカちゃん……ありが、とう……」
横になり、カズキが瞳を閉じると……すぐさま寝息が聞こえてきた。
「……はぁ、リンドウさんには私からも言っておこうかな……」
彼はどうも押しが弱いだけでなく、周りに流されやすくお人好しな部分もあるようだ。
頼りない部分は、自分がしっかりしてあげないとダメかもしれない。
そう思い、リッカは眠ったカズキの頭を何気なく撫でて……。
「あっ……」
そういえば、整備やら何やらで手が汚れている事に気がついたが、もう遅い。
「………ぷっ」
カズキの額に付着した線状の油の跡に、リッカは悪いと思いつつ笑ってしまった。
――ささやかながら、穏やかな日常。
アラガミに怯える毎日の中にもある、確かな平和。
それを、リッカは何気なく感じながら。
暫し、うーうーと唸るカズキを見ては、苦笑を浮かべていたのだった。
――ちなみに翌日、二日酔いになったカズキとリンドウに、ツバキの粛正という名の拳骨を貰ったのは、また別の話である。
To.Be.Continued...
お酒は二十歳になってから!!!