鳴門短編集   作:蒼彗

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ちょっと昔の話。
性転換ネタ。


〜もしも、イルマさんが居間さんだったら〜
雨宿り


暫しの雨宿りと決め込んでいたのに、空は期待を大きく裏切った。篠突く雨を桃華は苦々しく睨む。折角の休みが台無しである。そもそも桃華は家人に外出する旨を伝えただけで行き先は誰も知らない。迎えなど考えるだけでムダなのだ。

 

「……まったく、ついていない」

 

幸運か、不幸か。

最近の桃華はどちらかと言うとツイてなかった。髪の収まりが悪い事から始まり、化粧のノリ、戦場での怪我に至るまでありとあらゆる出来事が調子が悪い。それもコレもうちは一族の男の所為だと思うだに腹立たしい。その男はあろうことか戦場で桃華を庇ったのだ。殺し殺される関係でしかないのに、最近その男は手加減したり軽くあしらうばかりで桃華と正面から対峙しない。それがなんだか爪弾きにされているようで、面白くないのだ。

 

考え込む間も雨は止む事を知らない。

 

そうしている内に通りの向こうから誰ぞやって来た。

羽織を傘代わりにしたのか、頭から衣被(きぬかつぎ)のように被っている。若い男。高く一つにまとめた結い髪も、薄く漂う花と草の匂いも風情ある姿だ。頬に掛かる髪と言い、雫を拭う指先と言い、女である桃華より色気がある。それがなんだか腹立たしくて、桃華は顔をそらした。知らぬ人間と馴れ合う気安さは桃華にはない。

 

雨宿りでも決め込もうとしたのか、男は桃華のいる廃屋の軒下へと足を運んだ。が、すぐに足を止める。

 

「おや」

 

そして、さして驚いた風もなく、声をあげたのは桃華が思い浮かべていたその人だった。

 

「うちはイマ、か?」

 

篠突く雨にも関わらず、羽織を下ろして佇む。一度、二度。瞬きをしてから彼は瞳を細めた。

 

「……失礼しました。では」

 

「待て!貴様に話がある」

 

踵を返し、遠ざかろうとするイマの袖を引く。そんな桃華の行動にイマは珍しく目を見開いて立ち尽くした。白い頬を雨が伝う。

 

「此処には偶然来ただけで事を構えようとは思っていませんよ。なにより、戦場ではありませんから」

 

「いいから屋根の下に入れ、バカ」

 

言い訳をするイマの腕を取り、桃華は引き寄せた。自分が濡れようが構わない強引さに慌てる男の姿に桃華の溜飲が下がる。全く意識せずに帰ろうとするなど言語道断である。背を向けたら切り捨てられる、それくらいの緊張感があって然るべきなのだ。

 

「それで?お話とは一体なんでしょうか」

 

何処か呆れたようなイマの態度に桃華の頬はサッと朱に染まる。何がある、という訳ではない。

 

「最近、貴様は戦場に来てないようだな」

 

「……戦場だけが忍の仕事ではありませんから」

 

確かにイマの言う通りだった。

間諜、暗殺、護衛、草として仲間内を助ける事も忍の任務である。物腰が柔らかく見目も悪くないイマは高官の側付きをしていてもおかしくない。実力だって、桃華は知っている。誰よりも知っている。敵対する組織に属しながらも、その付き合いは長いのだから当然だ。

 

しかし、桃華は戦場以外のイマを知らない。戦場であれば得意な忍術、剣術の腕や癖、足捌きの音も桃華の身体に染み付いているというのにイマが何を好んでいるのかを知らない。名前や立ち位置すら詳しく知らなかった。

 

当然の事が、悔しい。

 

「嗚呼、貴女まで濡れてしまった……お風邪を召されぬ様になさって下さい。知っての通り、私は火遁が不得手ですから」

 

イマは懐から手ぬぐいを取り出すと、桃華を見ることなく腕を伸ばした。火のしが当てられ、きちんと折り畳まれたソレは彼の性格を表している。ただ、白地に橙の華が咲いた柄は男が持つには華やか過ぎた。年若い娘に相応しい手ぬぐいが無性に憎い。イマは優しい男だ、女が雨に濡れそぼつ姿が見てられなくて差し出したのだ。きっと、それは別に桃華でなくても良い。

 

桃華は何故自分がイマを好いていないのか理解出来た気がした。

 

「ふん!臆病風にでも吹かれているのか?」

 

「貴女は女性ですよ?身体を冷やすのは良くない」

 

敵であるクセに優しくする。それに絆されたとしても所詮、敵だ。戦場では容赦なく切り掛かるに違いない。いつか殺し合う相手に優しくするのも故意ならば恨めるだろうに、それすらないのだ。

 

「だからなんだ!女だからと侮るつもりか」

 

イマは溜め息を吐きながら、桃華の瞳を覗き込む。

 

「私が怖い、のですか?」

 

桃華の頬に優しく手ぬぐいを押し当て、雨粒を拭う。イマの勝手な振る舞いだと言うのに桃華は怒る事が出来なかった。一心に見つめてくるイマの瞳が桃華だけをみつめているからだ。瞳術の長けた一族の人間と視線を交えるなど、正気の沙汰ではない。そうだというのに、視線を逸らすことが出来ないのはイマの瞳が宝石のように僅かな光に煌めき、深い紫色に染まっていたから。

 

うちは一族には珍しい色だ。

火遁の出来ぬ、うちは。目の色の違う、写輪眼を使わないうちは。実力もその血筋もうちは一族では良い筈の男は、何故か周囲にも千手にもあまり知られていない不思議な男だ。

 

嗚呼、男なんだ。

 

そんな至極当然な事が今更ながらに沁みてくる。桃華はイマを己の好敵手としてずっと見ていた。他の誰よりも見ていた。千手の誰よりも、うちはの女よりもイマを知っているのは桃華だ。男女の別

 

「貴女は若い。そして、いつかは誰かと添い遂げる……きっと戦働きもそう長くさせてもらえぬ身の上。私に負けたままでいるのは業腹でしょう?」

 

そして、

 

「それは私が決める事だ」

 

桃華はイマの襟元を掴むと、少し背伸びをして噛み付いた。

 

「な、何を……」

 

「貴様を捕まえるのは、私だ。覚えておけ」

 

 

 

 

 

 




身体中の熱という熱が一箇所に集まっているようだ。
うちは居間は誰にも顔を見られぬように俯いたまま、ひた走る。途中誰かにぶつかった事も気にせず河原へ走った。

サラサラと辺りを濡らすばかりだった小糠雨も次第に様相を変え、雨粒も大きくなる。普段より些か増水した川に頭を突っ込んだ居間はその冷たさに息をついた。それと同時に唇に指先を寄せる。まるで生娘の様な動作に我がことながら苦笑を浮かべたくなった。

「嗚呼もう、格好悪い……」

顔見知りの娘に口付けされただけだ。
相手からすれば挨拶にも満たない、からかい混じりの戯れみたいなシロモノ。その顔見知りの娘が敵対一族で、居間にとっても憎からず想っていた相手である事を除けばなんてことのない話だ。皮膚と皮膚との接触に過ぎない。第一、口付けされた時に毒でも含まれていたらどうするつもりだったのか。

あらゆる事を踏まえて、気を引き締めなければならないというのに、居間の頭は何処か浮ついて雲の上にいるようだ。鼓動の高まりも熱い顔も未だ収まりそうにない。

居間は改めて顔を洗うと袂に入れてある手ぬぐいを探した。しかし、いつも忍ばせてある筈の色が見当たらなかった。思い返せば、桃華の髪を拭うのに慌てて手ぬぐいを引っ張りだしたのだ。間違えて御守りの方を渡してしまったのだろう。その上、置いてきてしまったのだ。

「参ったな、アレは」

ーー父の形見だったのに。

父から母に送ったという手ぬぐいは、身護りとして贈り主の名前を入れたのだという。居間、と刺繍された文字を何度なぞったことか。自分と同じ名前の父。生まれる前に逝ってしまった父。恋しいなど、口が裂けても言えなかった。

千手居間とうちはアカリの幼い恋は、どちらにとっても良い結果を残さなかったのだ。幼い二人の駆け落ちはあまりにもお粗末でしかなく、千手居間は殺され、うちはアカリは幽閉された。その一粒種である、うちは居間は容姿が母に似ているお陰で命が助かったものの一族の中では左程良い地位ではなかった。

そんなうちは居間にとってその手ぬぐいは大っぴらに持てる、父親の唯一の形見であった。そうだというのに不思議と罪悪感はなかった。千手の人間である父の形見を失う哀しみよりも、父と同じように好いた娘へ自らの証を送った喜びが上回るのだ。


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