蒼穹には暖かな空気、木々は芽吹きの時を過ぎ、常緑を思わせるように濃く色付いている。初夏は風のみを残し、待ち遠しい夏がすぐそこにあった。
そんな長閑な木ノ葉の里ーー建設中ではあるがーーで、居間は一人戦慄を覚えていた。
「……桃華さん?」
真っ直ぐ、逃れられないように首に突きつけられた刀も、凍りつくような眼差しも、愛し合う男女がする事ではない。ましてや、二人は新婚ホヤホヤ一歩手前で政略に見せかけた恋愛結婚だ。かつてのような敵対関係にある訳でもないのに不毛な争いなど何も生みはしない。そうだと分かっているのに桃華は居間に刀を突き付ける。身動き一つでこの世とオサラバ出来る位置にだ。
「まずはお前の身柄は千手に移された。コレは両族間での取り決めであり、これでお前は大手を振って外を歩く事が出来る」
「あ、有難う御座います」
居間の身柄が千手に移るという事は、つまり桃華との婚約が周知されたということである。おめでたい事この上ない。なれば、居間と桃華は正式に愛し合えるということになる。
「それで、私に言う事はないのか?」
「桃華さんに?……そうですね」
口元に手をやって居間は口籠る。言おうか言わまいか、悩むのだ。
「改めて、申し上げます。桃華さん、私と末永く契って下さい」
居間にとって色事は自分には一番遠い出来事だ。言葉を飾り立て美しく彩ってみせても所詮は居間である。忌憚ない言葉を羅列するだけでも上々だろう。
「違うだろ?お前、うちはに恋人がいるんだってな」
何処かで鳥の羽ばたく音が、した。
口をぽかんと開けて
「はい?どなたのことです?」
「ふざけるな!嫌味ったらしく、他の女を引き連れて助命の嘆願をしに来たぞ」
途端、居間の顔が険しくなる。
「……その女、黒髪を長く垂らし、桃色の衣を纏っておりませんでしたか?嫌に甘ったるい匂いと共に」
「私は、昔から千手混じりと揶揄され、「火遁も使えぬ軟弱者」「写輪眼も出せぬ……」などと誹りを受けてきました。それでも、力をつければ蛆は湧くものです」
侮蔑の言葉には桃華の耳に触れただけで穢れそうなものもあった。蔑み、存在などせぬ者と扱いながらも居間が手柄を立てれば「生かしているのだから当然だ」と言わんばかりに嘲笑う。
居間とて人間だ。
感情だってあるし、好悪の区別もついている。存在されぬ扱いをした相手など認識する価値もないと思っていた位には腹黒いし、それが当然とも思っている。それ故、居間は風に揺らいではしなる柳の枝葉の様に縁談を断り続けてきた。時にマダラやイズナを引き合いに出し、時に己では相応しくないとあしらう。両親の大恋愛の末に出来たのが居間だ、愛があれどそうならば愛なき結婚の末路は惨憺たるものに違いない。己が一人の肉欲の為に、新たな犠牲者を出してはならないのだ。そう思い、心掛けてきた。誰かを心から愛する事はなく、愛される事もない。いつ死んでも悔いのない、死んだような人生だ。
「彼女は、うちはの長老の孫でしてね。かつて病み上りの時に寝込み襲われた事がありますよ。私も死に掛けでイズナも今日や明日やも知れぬ時に、です」
身体を好き勝手弄られた事だけではない。なにより居間が怒りを隠せないのは、それがイズナが扉間の凶刃に倒れた時だったから。殿を務めた居間も満身創痍で腹に大きな穴もあった。それを無理矢理塞いで、回復し次第イズナの助けをしたかったのだ。もし、あの時、早々に身体を癒していち早くイズナの治療に参加出来たかもしれない。マダラを説得してより良い和解へ持っていけたかもしれない。
全てはもしも、だ。
それでも居間はその可能性を捨てきれないでいる。その後悔の念と、身体を勝手に触られた嫌悪感は今も何処かで燻っていた。だから、居間はあの女が許せないのだ。そもそも普段あれほどに高飛車に振る舞い、犬畜生同然に扱って来たクセに何故好かれていると思っていたのか。
己が命がある事を
「何故、私が貴女しか愛せないと思ったか、分かりますか?」
「私は暗殺者だ。大切な友であれ敬愛すべき人であれ、老いも若きも男も女も、それが対象である限り、私は殺すでしょう。その様に造られたのだから当然ですーーでも、貴女は違う」
「貴女だけは殺せない、殺したくないと思ってしまったのです」
「もし、マダラが処刑される事になったら私は死ぬつもりでした。抗議の意味合いで自害するも良し、貴女の手で殺される為に謀反を起こすも良し。
「お前ら、牢屋で何している?」「如何に夫婦一歩手前であれ、公然の前でその様なふしだらな真似を許せると思っているのか?」
「うるさい!この馬鹿」
「違いますよ。浮気を疑われて締め上げられているのです。尻に敷かれている最中ですよ」
にこにことしながら