月刊ルフトバッフェを小脇に抱えながら、プロミナは夏の暑い日差しの中を一人駆けずり回っていた。場所は楼蘭皇国、その首都倭都の中心に広がる西ノ丸公園。普段は配属されたグレートウォール戦線にて、日夜、Gを相手に剣を振るっているのだが、訳あって極東の島国に渡った次第である。
楼蘭皇国にて剣術大会『黄龍旗』が開催される旨の通知が手元に届いたのが半年前。剣の頂点を目指す者ならば、人間だろうがMAIDだろうが分け隔てなく出場が許されるのだとか。偶然にも知己から頂戴した楼蘭皇国の刀『陽蛉』を所有しているがためのオファーらしい。
――このご時世に酔狂な。
通知を手にした当初は、そんな風に思って、ただ鼻白んだだけだった。今日、世界はGという忌まわしい危機に直面している。明日にも防衛している戦線が突破されるかもしれぬという時に、極東の島国で開催される一競技会に現を抜かしている訳には当然いかない。MAIDとは対G戦争における要なのだと、プロミナは自らを鼓舞したものだ。
だが。
通知から二週間も過ぎた頃だろうか、祖国エントリヒ帝国と肩を並べてG5に名を連ねるクロッセル連合から、黄龍旗出場に名乗りを上げたMAIDがいるとの報を風の噂に聞いた。クロッセル連合も連合国家という性質上、多くのMAIDを保有している。剣術を修め、かつ東の果ての楼蘭皇国まで渡るのも、やぶさかでなしと考えるような稀有なMAIDがいたのだろう。
――まさか、ね。
クロッセル連合出場の報せを受けた時に、プロミナは初めてある希望的観測を胸に抱いた。それでも淡い期待とでも言うべきか、頭の隅でちらと考えた程度で、思った端から泡沫のごとく消えていった。いや、自ら『そんなことあるはずがない』と打ち消したのだ。短いこの命を、Gとの戦闘に捧ぐと決心したのだから。
しかし。
固い決心を裏切るかのように、グレートウォール戦線で共に戦う仲間から次のように告げられたのは、初めて黄龍旗の通知が届いてから一ヶ月も過ぎた辺りだった。今でも、その時に受けた衝撃は、色鮮やかに思い出せる。
*
「ルフトバッフェの誰かが出場するらしいよ」
「え?」
「や、ほら、楼蘭の剣術大会の話。プロミナにも出場依頼きてたじゃん」
「え?」
「だからー。クロッセルから出場するのは、ベーエルデーのルフトバッフェらしいって」
「え?」
*
間抜けにも戦友の言いが、当時のプロミナには生半に了解できなかった。ルフトバッフェとは、クロッセル連合の一角を担うベーエルデー連邦が誇る独立空軍組織の名称である。構成員は全て空を飛ぶ能力に長けた、いわゆる空戦MAIDによって占められており、『あらゆる戦場に柔軟且つ迅速に対応する独立遊撃空軍』というモットーを体現した、屈指のMAID部隊である。そういった基本情報などあらためて言う必要もないほどプロミナは熟知しているが、しかし、黄龍旗とのつながりが見出せなかったのだ。
しかし、次第に戦友の言いが飲み込めてくると、ひた隠しにしていた考え――妄想の類――が再びパラノイアのごとく肥大を始めた。
ルフトバッフェの誰かが黄龍旗に出場するらしい。黄龍旗は剣術大会なのだから、おそらくルフトバッフェから出場する者は、剣を携えたMAIDに違いない。ルフトバッフェに所属するMAIDで、剣による戦闘を行う者といえば数少ない。またベーエルデー連邦の威信を背負ったルフトバッフェから投入されるMAIDなのだから、相応の実力を備えたものだろう。
すなわち赤の部隊隊長シーアその人ではあるまいか!
思うや否や、プロミナは行動に移っていた。持てる人脈を総動員して、金と時間の工面に奔走した。己のことながら、随分と無理を通したように今になって思う。
そう。こうして楼蘭皇国の地を踏み、妙に吹っ切れてしまった今となっては、始末書だろうが懲戒だろうが、その手の処分は全て最大の目的が達せられてから考えることにしよう、と。どうせ、やってしまったことからは逃れられないのだから、と。
だから、プロミナは逸る想いを足に込めて、剣術大会『黄龍旗』の会場である楼蘭武芸館とその近辺を、シーアを探すためにひた走っていたのだ。手には赤の部隊を特集した月刊ルフトバッフェ。もちろん表紙はシーアである。赤のベレー帽にタイ、リボン、白いシャツから覗くおへそが妙に色気を放っている。
表紙に印刷されたシーアと目が合い、思わずプロミナの頭が炎上した。
同じ炎を司るMAIDとしてプロミナは長らくシーアのことを気にかけていた。いつか戦場でまみえる機会があるのではと思い、胸を高鳴らせたことも少なくない。しかし、偶然のいたずらか、戦局は二人の邂逅を許してはくれなかった。プロミナの戦場にルフトバッフェが派遣されることは間々あれど、意地の悪い神の采配か、シーアどころか赤の部隊が姿を見せることは終ぞなかった。いつしか一日千秋の想いは数年来に渡って熟成され、そして今日に至るという訳だ。
――来ぬならば、こちらから会いに行くまで!
全力で走りまわるプロミナの頭は、今や非常にプリミティブな考えに埋め尽くされていた。西ノ丸公園を十五周も周回した頃、ついにプロミナは空から地に降り立つ人影を見た。しかも遠目にも分かる深紅の羽を広げている。いやがうえにも上気する。ランナーズ・ハイだったというのもあるが。
いずれにせよ、テンション爆調のまま飛来する人影が降り立った地点に急行してみれば、果たして一目でルフトバッフェと分かる羽を宿した人――否、MAIDがそこにいる。上がりきったボルテージは当然冷めやらず、プロミナは火の玉となって、目標に向かって突進した。
「シーアー!!!」
強烈な爆音が大地を揺るがした。大気は膨張し、熱風が辺り一面をさらう。ぎゃあぎゃあと鳥獣が逃げ惑う。
グラウンド・ゼロの真っ只中で――
「あれ――誰これ?」
しかし、シーアとは似ても似つかない高身長の炭化した誰かをプロミナは抱いていた。羽は確かに赤いが、炎の色というよりは、むしろ血のそれに近い。月刊ルフトバッフェの表紙に映る小柄な体躯とも、程遠いシルエットだ。
さあ、と血の気が引く音を、プロミナは聞いた。
事ここに至り、人違いで誰かを黒焦げにしたことに、ようやくプロミナは気づいたのだった。