目を覚ますと、薄く笑ったような三日月が見下ろしていた。辺りは暗い。近くで、遠くで虫の音が響いている。
夜。星降る夜だ。
スニムバはまたたく星々の下、夏草の上、天を仰ぐように身を横たえていた。冷たくはなく、早くもない夜風が、横合いから身体の上を緩々と流れていく。心地が良い。このまま夢に浸りたい気分になる、そんな夜だ。
そして仰臥したまま――何故このような場所で寝ていたのか――スニムバは追憶した。
確か。
*
およそ一ヶ月前。ベーエルデー連邦のルフトバッフェ本部に、極東の島国から招待状が届いた。手にしていたのは居候のトキハだ。そのトキハ曰く、腕を試したい者は名乗りを上げろ云々。日夜、この居候に煮え湯を飲まされているがために、一部の例外を除いて、大半の者が遠巻きにするばかりだった。間の悪いことに、この時、トキハをたしなめられる数少ない人材である鳳凰院鶯妃が不在にしていた。いや、その留守を狙って言い出したのやも知れない。
そんな中、例外中の例外が、一歩前に出た。
「睦み事であれば、いささか自信がありますが」
確かめるまでもなく、赤の隊隊長のシーアだった。トキハの発言に艶っぽい内容など一切なかったにも関わらず、既に瞳を情熱にたぎらせて鼻息を荒げている。至極勝手な桃色の妄念に突き動かされているに違いない。
愉快痛快、嬉々としてトキハが笑った。
「相変わらずじゃのう。しかし残念ながら腕は腕でも、情事ではなく剣の腕の話じゃて」
「なるほど。いかにも私は門外漢ですな」
「これこれ。そんななりをして、漢はあるまい。漢は」
ハッハッハッ――張りのある談笑が辺りに響いた。
対して周囲の者は、突っ込むべきはそこなのか――と誰ともなく、心の内で思った。シーアの剣の腕は折り紙付きだ。剣を手に相対して、シーアと伍することのできる者など、数えるほどもいない。その実力は、ルフトバッフェにおいて、唯一、星の剣を託されていることからも明らかだ。それゆえにシーアを差し置いて剣術に自信ありやと名乗るのは、中々に胆力を要することと言えた。事実、皆が皆、気後れしてしまっている。
だからこそ。
「我こそは」
だからこそ、スニムバは声高に言って、自ら進み出たのだった。
*
その後、スニムバはトキハと二人で渡楼した。当初は一人で楼蘭皇国へ渡るつもりだったが、胡瓜の糠漬けで一杯やりたいだ何だと駄々をこねたトキハが、半ば無理矢理に同道することと相成った。旅の途中、案内してやろうと恩着せがましく言うトキハだったが、いざ楼蘭皇国に入国してみれば即座に行方をくらませる始末。結果、仕方なく目的地である楼蘭武芸館を空から目指し――
「あ」
そして、ようやくスニムバは思い出した。楼蘭武芸館の付近に着地すると同時に、謎の爆発に巻き込まれたということを。惨事の前後に何故かシーアの名前を聞いたような気もするが、しかし耳をつんざく爆発音と猛烈な熱量と衝撃によって全てを塗りつぶされてしまったがために、被災したスニムバにはどうにも判然としない。
寝ていたのではない。気を失って行き倒れていたのだ。気が付いてみれば、いささか身体の節々に痛みが走る。
寝転んだまま、月に手を伸ばした。蒼い月の光を受けて、見慣れた自身の腕が白く伸びる。感謝すべきはエターナル・コアから供給されるエネルギーか。著しい代謝によって、爪にも皮膚にも焼け跡は見当たらない。
「Gか、テロリストか。あるいは――敵に事欠かぬとは因果なものだ」
MAIDを発破する動機など星の数ほどあろう。月を掴もうとすれば、周りの星も絡げて手にしてしまうのだから、敵が多くなるのも当然だ。爆破の犯人は絶対に探し出して八つ裂きにするとして、夜も更けてしまった今となってはシャワーでも浴びてベッドにもぐりこみたいところ。そも頑丈な身体は由として、衣服は別だ。不意の爆発に巻き込まれたために、コア・エネルギーによる強化も出来ぬまま、大部分が燃焼、炭化してしまっている。さすがにみすぼらしくて頂けない。
嘆息一つ、スニムバは上体を起こし。
「あ」
「あ」
そして、あらわになった股座(またぐら)を覗き見る変態――男と目があった。時間が凍りつく。夜風だけが吹き抜ける。一言発したまま、スニムバも変態も動かない。いや、動けない。何が何やら、目まぐるしく変化する状況に思考が追いつかないのだから致し方ない。
しかし、真っ黒に焦げたパンツが、ボロリと崩れ落ちてしまった。
「あ」
「あ」
そして変態の鼻から血が滴り落ちるに至り、とうとうスニムバの堪忍袋の緒がブチキレた。
「や、ちが、けして怪しい者じゃ」
「Das HENTAI !」
変態の言い分など聞く耳持たぬスニムバが、素っ裸のまま抜刀した。元より我慢していたのだ。勝手なトキハのことも、意味不明な爆発のことも我慢していたというのに、最後の最後に変態とマッパで対面など。
「もはや我慢ならん! 死ね!」
夜の西ノ丸公園に、エグザムを起動したスニムバのコア・エネルギーが収斂し、そして爆裂した。