あまり気乗りがしなかったのだ。
剣を振るうことの上手下手を競い合うなど、己の性分ではない。自分以外の熟練者にも未熟者にも興味を抱けないのだから、そもそも出場するべきではないのだ。もっと血の気が多く、上昇志向の強い者など掃いて捨てるほどいるだろうに。
兼定は、そんなことを悶々と考えながら、同僚との待ち合わせ場所に向かっていた。心の内がそんな風なものだから、当然、その足取りも重い。身体中が兼定の心に如実に呼応して、剣術大会『黄龍旗』への出場を拒否している。
――やはり帰るか。
約束を反故にすることを考えた直後、どこか近くで轟音が上がった。振り返ったその先に、黒煙が揺らめいている。誰彼時の斜陽の中、昇る煙の黒さは、どうにも目立たない。ただ、そう遠くはなさそうだ。
約束を破る口実を見つけた兼定は、これ幸いと爆発現場へ足を向けた。
*
黒煙を目印に進んでみれば、妙な光景に出くわした。限定的な爆発だったのだろうか、焼け焦げた草木が同心円状になぎ倒され、広がっている。一際に黒ずむ爆心地には、対照的な人影が二つ。地に突っ伏している片方は炭のように真っ黒で、もう片方は炎のように赤熱している。
赤い方――それも可愛らしい少女だ――の頭の上で、またぞろ妙なことに炎が燃え上がった。慌てふためく赤い少女の反応から察するに、少女を取り巻く炎と爆発の痕跡は無関係ではあるまい。赤い少女はMAIDで、その能力の誤発動による爆発に、近くに居合わせた誰ぞを巻き込んだ、といった所だろうか。
兼定はかけた眼鏡を中指でクイッと押し上げると、つとめて冷静な態度で赤い少女に近づいた。
「どうしました。お嬢さん」
しかし、混乱しているのか、赤い少女が明確な返答をすることはなかった。ただ、涙に濡れた視線を寄越すだけ。
らちが開かぬと判断した兼定は、黒焦げの人――よく見ればこちらも女性だ――に目を向けた。幸いにも一命を取り留めたのか、荒い呼気に、ツンと生意気に天を突く胸が上下している。なるほど。程よい形と大きさだ。
脈をみるために黒い女の手を取ってみれば、その拍子に衣服の炭化した部分がボロボロと剥離した。そして、その下から現れた無傷の白い腕を見て、兼定は声に出さずに得心した。
――こっちもMAIDか。
小規模な爆発に巻き込まれながら生き永らえたのも、ひとえに永核の恩恵によるところのもの。全身に負っただろう傷も既に治りかけている様子だ。その証左に、徐々にではあるが呼吸も整い始めている。一刻もせぬ内に、目を覚ますのではなかろうか。さりとて生兵法は怪我の元とも言う。
黒い女の白い足を、兼定はじっと見詰めた。そして、おもむろに赤い少女の肩に手を伸ばした。
「私は楼蘭皇国陸軍所属のMALE。名を兼定という。お嬢さん。名前は?」
なぜ名前を聞かれたのか分からぬといった様子の赤い少女が、未だ混乱しているのか、たどたどしく名乗った。どうやらプロミナというらしい。
そのプロミナに対して、兼定は医師を呼んでくるように指示した。
「この女性は酷い怪我を負っているが、命に別状はなさそうだ。しかし、このまま放っておく訳にもいかない。だから私が応急処置をしている間に、プロミナ、君は医師を呼んできてくれないか」
根が素直なのだろうか、涙目ながらも強い視線を返して、首を縦に一つ振った。そして一目散に武芸館の方に駆けていった。
プロミナの姿が見えなくなったことを確認した後に、ゆっくりと兼定は黒い女の傍にしゃがみ込んだ。
「さて」
兼定は再び眼鏡を中指で押し上げた。人工呼吸か、それとも心臓マッサージが先か。重大な決断に、手が震える。咽喉が渇く。
ハンカチーフを取り出し、女の黒ずんだ顔を拭ってみれば、やはり陶磁器のように白く、かつきめの細かい肌があらわになった。いささか、つり目がちだが、なかなかどうして、造作の良い顔立ちをしているようだ。
出血はないか確認するために、脇やら腰やら、あちこちに手を滑り込ませた。二の腕は引き締まっていて細い。腰もくびれている。まるで豹のようだ。
「ん――」
その時、黒い女が、にわかに身をよじった。くぐもった吐息と共にもれる、予想外に可愛らしい声に動悸が高鳴る。
乱暴に弄り過ぎたかと思った兼定は、ひょいと首を引っ込めて、そして、三度、眼鏡をクイっと押し上げた。
幸いかな、下ばき――パンツとの対面だった。随分と焼け焦げてはいるが、元々から黒いのだと思えば見劣りもしない。
否。
やはり、隠れた神秘こそを見たかった。むくむくと欲情が膨れ上がる。古から伝わるパンツ職人がこの場にいれば、布一枚隔ててそこに咲く花を拝めたことだろう。ぎりと奥歯が鳴る。血涙に頬が濡れる。
否、否。
かの能楽の師曰く、『秘する花を知ること。秘すれば花なり。秘せずは花なるべからず』と。薄い布一枚、されど一枚。その隔たりがあるからこそ、隠されているからこそ、花なのだ。黒く炭化したパンツであっても、花なのだ。
――ふぅ。
兼定は自らのストイックさに、ある種の恍惚感を覚えた。何という自制。何という理性。
――眼福、ご馳走様でした。
倒れる女の股座(またぐら)に向けてひとしきり合掌し、満足の表情で兼定は顔を上げた。
「あ」
「あ」
いつ目を覚ましたのか、女と目が合った。異国の者なのだろう、金髪赤眼が宵の口に栄える。思った通りの別嬪だ。麗人と言うべきかも知れない。視線を下げれば、交戦的な乳房と目が合う。色も良好。
そして。
「あ」
「あ」
女が上体を起こしたために、その反動で、とうとう神秘の薄布――パンツが、儚くも崩れ落ちた。