たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 六

なぜ一夜明けた今日になっても、のろのろとパトリシアに同道しているのか、修次郎は繰り返し黙考していた。昨日は道案内という目的があった。アルトメリア連邦出身のパトリシアにとって、不慣れな外国の地理は難しかろうと配慮したようにも思う。電車賃をめぐんだことも、最寄の駅から目的の武芸館まで案内したことも、ひとえに親切心からの行動であり、しかるにそれらが解決した今となっては再び連れ立って歩く道理はないはず――なのだが。

 

「パ、パトリシアさん」

「ホワッツ?」

「あのぅ、いえ――あ、や、なんで、あんな所にいたんですか?」

 

朗らかに笑うパトリシアの表情に、修次郎は訳もなく罪悪感めいたものを覚えた。そして、そのまま無理矢理に言葉にしてみれば、意図していたこととは全く別の疑問となって口をついて出た。何ともはや途端に、羞恥を吐露しているかのような気分になる。

同行する理由がない旨を告げるのではなかったのか、今日は付き合えないことを断言するのではなかったのか等々、自らに対する叱責が次々とわいては消えた。いやいや、むしろ妙な質問をされたパトリシアの方が困ったことだろう。「あんな所」が何を意味するのか分からぬといった様子で、小首をかしげているのだから、修次郎の葛藤以前の問題だ。

やっとのことで、修次郎は取り繕うように、ただ喘いだ。

 

「あ、あの、芳原ですよ。芳原遊郭。あそこは、その、つまり岡場所のような場所でして」

「オバカショ?」

 

MAIDとはいえ見た目はそこいらの少女と大差ない。そのパトリシアに対して、春をひさぐ地を説明することに、一抹の後ろめたさを覚えた修次郎は、しどろもどろになりながら芳原遊郭という土地柄を説明した。貧相な瑛語を交えたようにも思うが、果たして的を射た説明になっていたか、はなはだ心もとない。

それでも、顔を赤くしたり青くしたりしながら疑問を伝えてみると、パトリシアが笑顔を崩さずに答えた。

 

「センセーヲ探シテタデス。ゼッタイ『Brothel』ニイルト思ッテ」

 

『Brothel』とは楼蘭皇国の言葉で売春宿――修次郎の記憶が確かならば、そのような意味だったはず。この場合の『センセー』とは修次郎のことではないだろうから、なるほど、好色な師匠を探しに芳原遊郭に足を踏み入れたといったところか。

 

「見つかりましたか?」

「ヤッパリ、イヤガリマシタ。デモ、逃ゲラレチッマタヨ」

 

パトリシアとの遭遇について、修次郎はようやく得心した。逃げた師を探して駆けずり回っていた所に、折り良く――折り悪しくというべきかも知れぬが――出くわした訳だ。時同じくして龍井も芳原遊郭内でしっぽりとしけ込んでいたに違いないから、どこぞですれ違っていたりしたのではないか、などとついでの思考もめぐらせる。

ただ、納得がいった反面、少しばかりの落胆に修次郎は――なぜか――肩を落とした。

 

 

*

 

 

目的の地に到着してみれば、昨日と変わらぬ、いや、それ以上の活気が楼蘭武芸館を包んでいた。大舞台には出場者の胴間声がきりきりと響き渡り、観覧席には開会を待つ一般人の喧騒がどよめいている。

そんな中、熱い声援を受けて、数名の選手団が舞台に姿を現した。敵情視察だろうか、春風駘蕩に歩む女性――MAID、いや人か――を中心に、赤い袴姿の少女達が周囲に視線をめぐらせている。

観覧席の通路から舞台を望む修次郎の目にとって、注目の的はどうにも遠く、容姿や背格好までは詳細に判別がつかなかった。ただ楼蘭皇国の風貌をしていることだけが、どうにか分かる。

 

「ヘイ。さららノ登場ダヨ」

「えっと――なんですって?」

「今、入ッテキタ、アノ、アレ、クールビューティガ神鳴さらら。剣ノ象徴ッテ言ワレテル。事実上ノ四剣ノトップ。Oh...神楽ダ。アノ、横ノロリータガ、さららノ弟子ノ神楽」

 

遠い舞台の上に散らばる米粒大の人影を指差しながら、パトリシアが矢継ぎ早に言った。かいつまんで要約すると、知り合い同士の師匠を通じ、何度か顔をあわせたことのあるMAIDが舞台上にいるらしい。もちろん近眼の修次郎には、何がなにやら皆目検討もつかない。ただパトリシアの指し示す方角を、ああだかうむだかと生返事をしながら見つめるだけだ。

そんな修次郎の事情などお構いなしに、パトリシアが説明を続けた。

 

「アッチノ隅ッコニイル『Twin Crimson(灼けた血の緋色二翼)』ガ、ルフトバッフェノ、スニムバ。背中ニ羽ガアルデショ。空ヲブッ飛ブMAIDダヨ。剣ノ腕前モソートーナンダッテ。デ、スニムバニ話カケテルノガ、エントリヒ帝国カラ来タ、イツモホッカホカノプロミナ。アッチノ三馬鹿ガ安綱ト兼定ト久国デ、アソコノ通路ノ脇ニイルノガ、グリーデル王国ノルルア、ダッケカナ」

「楼蘭の剣士ばかりかと思ってましたが、そうでもないんですね」

 

修次郎の率直な感想だった。てっきり楼蘭皇国の剣士ばかりが技を競い合う、閉鎖的な大会かと想像していたのだが、それがどうだ。ふたを開けてみれば他国の剣も技も、絡げて出場が許可されている。昨日パトリシアが言った、刃を携えていれば良しという唯一の出場規定に嘘偽りはないようだ。そもそもアルトメリア連邦出身のパトリシアが出場するのだから、大会の門扉は国際的に開かれていると考えるべきだったのかも知れない。

 

「各国から達人が集められたという訳ですか」

「ソーデモナインダ。最強ジークフリートガイナイシ、百戦錬磨ノ、ルフトバッフェカラモ一人ダケ。ラウンドスターズモ出場ヲ辞退。他ニモ、モットモット気ニナルMAIDイッパイイルノニ。トッテモ残念デス」

 

一騎当千のMAIDゆえに、戦場からは生半に離れられないのだと、片言の楼蘭語でパトリシアが言った。一大戦力を極東の競技大会に割けるほど世は太平ではないということか。今こうしている間も、戦場では死闘が繰り広げられているのだから、言い換えればこれだけの面子が集まっただけでも奇跡的なのかも知れない。

 

――まぁ、建前だろうけれど。

 

修次郎は舞台上の出場者達を斜に眺めながら、取り出した紙巻煙草に火をつけた。

G危機を負う各国が、鎬を削るようにエターナル・コア応用技術の開発を進めている昨今、その成果物であるMAIDの優劣を明確に決めてしまうことのリスクは、誰の目にも重く映ることだろう。国の象徴としてまつりあげられているMAIDも中にはいると聞く。もし、万が一、そういったMAIDが敗退した場合、国が威厳や信望を失うだろうことは火を見るよりも明らかだ。それゆえに多くの政治的な判断が下されたに違いない。

 

「どこもかしこも窮屈なもんだ」

 

社会に属する者は、社会の恩恵に与る以上、社会およびあまねく社会の構成員に対して、当然の責任を負うことになる。教育納税勤労然り。隣人への配慮然り。ある者は積極的な社会参加を通じ、自己実現を可能にする自由を獲得できると説くが、修次郎に言わせれば、それこそが不自由でしかない。ひたすらにわずらわしいだけだ。超人的な能力を有するMAIDとて、それは例外ではない。MAIDとして生まれ落ちてみれば、待っているのは日に日に過酷さを増す戦役ばかり。属する社会――生れ落ちた境遇は、常に誰に対しても平等に嫌らしい日常を要請するのだから、たまらない。

得た力を競わせるくらいの自由があっても良かろうに――などと似つかわしくないことを考えながら、修次郎はパンフレットに視線を落とした。

 

「本戦前に演舞があるみたいですね」

 

楼蘭剣術大会『黄龍旗』は初日に予選を行い、その後の三日間をかけてトーナメント形式の本戦を行うという日程だ。今日は二日目の本戦直前にあたる。

そしてタイムテーブルには、本戦の前に、剣の神に剣舞を奉納するとあった。その時間も近いのだろう、出場者達が舞台から三々五々と退場を始めている。

入れ代わりに舞台の対角線上に現れた二つの人影を、修次郎は指差した。

 

「あ、あれですかね」

 

袴に白襷、阿吽の面をつけた男女の舞者二名が、静々と進み出た後、舞台中央で向き合った。格好はほぼ同じだが、男の方が刀を、女の方が扇子を手にしている。しかし吟者がどうにも見当たらない。吟者の詩吟に合わせて舞うのが通例だが、舞台上には袴姿の舞者二名以外には誰もいないとは、一体全体どういうことか。

修次郎の疑問に答えるように、唐突に男の舞者が詩吟を始めた。

 

「凡人之性、心和欲得則楽、楽斯動、動斯踏、踏斯蕩、蕩斯歌、歌斯舞、歌舞節則禽獣跳矣。人之性、心有憂喪則悲、悲則哀、哀斯憤、憤斯怒、怒斯動、動則手足不靜。人之性有侵犯則怒、怒則血充、血充則氣激、氣激則發怒、發怒則有所釋憾矣」

 

朗々と吟じられる一節ごとに、刀が鋭く振るわれた。上段から足下へ斬り落とし、右から左へ横に薙ぐ。摺り足で右足を踏み出し、左足で地を踏み鳴らす。

 

「故鐘鼓管簫、幹鉞羽旄、所以飾喜也。衰苴杖、哭踴有節、所以飾哀也。兵革羽旄、金鼓斧鉞、所以飾怒也」

 

しかし、どうにも妙にちぐはぐな舞だった。舞者二人の息が合っていないというか、刀の振りが切れすぎるというか、素人目に見ても舞として下手糞なのだ。剣技としては申し分のない巧さなのかも知れぬが、いかにも舞としては足らぬように感じられる。もっと二人の呼吸を合わせて、流麗な動きをするものではないのか。それとも、これが、このようなグダグダな舞こそが真実なのか。

判じかねた修次郎は、辺りを見回した。はたして周囲の観覧客も、舞台袖に控える係員も、隣のパトリシアでさえも、修次郎と同じように奇妙な違和感に表情を曇らせている。

違和感はざわめきとなり、ざわめきは違和感をさらに際立たせた。

ついには舞台上で踊る演者が、手をだらんと下げて剣舞を中止してしまった。まるで馬鹿らしいといった体で、舞者は首を横に振っている。

 

「なんなんでしょうね」

「アノ刀」

 

ただ頭の働かぬ修次郎とは違い、思うところがあるのかパトリシアが観客席から身を乗り出した。眉を寄せて、演者が握る剣に目を凝らしている。

 

「マサカ――」

 

パトリシアが何かに気付いたちょうどその時、舞台上の演舞者一名が仮面を中空に放り投げた。狂々(くるくる)と舞う面に衆目が集まる中、襷がほどけ、次いでまとっていた袴がバサリと脱ぎ捨てられる。

装束の下から現れた黒衣の男が、手にした楼蘭刀をぬらりとかかげた。迷いなく修次郎の方――いや、隣のパトリシアを指しているのだろうか――に、ぴたりと切っ先が向けられる。

つられるように横に向いた修次郎は、思わず息を飲んだ。パトリシアが笑みではない歓喜の破顔を表していたからだ。

 

「――バルベロ・フランジェリコ!」

 

パトリシアが叫んだそれは、舞台上の黒衣の男――つまり緑龍井の偽名だ。昨日の龍井の言葉通り、浅からぬ因縁があるのだろうことが、パトリシアの声に良く表れている。

そして龍井が吠えた。

 

「一期は夢よ。ただ狂え!」

 

次の瞬間、パトリシアが舞台に向けて、一直線に翔け出した。

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