たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 七

理解が追いつかなかった。

なぜ龍井が武芸館の舞台に立っているのか。楼蘭皇国では犯罪者として手配されている身の上にも関わらず、そして龍井自身も深く認識しているにも関わらず、だ。それが、どうして自ら公の場に飛び込んで行き、だんびらを振り回すような行為に及ぶのだ。はなはだ度し難い。

 

「ヨーダーや東郷に虚仮にされたからでしょ」

「虚仮にされた? そんな理由で、自分の首を絞めるだなんて、そんな、馬鹿げている」

「うん。馬鹿だよね」

「ああ。馬――」

 

修次郎は会話相手の方に向き直って、そして言葉を失った。転じた視線の先に、見慣れた笑顔があったからだ。亀裂のような口元、光を反射する眼鏡、そしてその奥の妖しい瞳。見慣れるなど真っ平御免な、面倒事を呼ぶ、あの笑みだ。

 

「ミオ。何で、おま、ここに――」

 

いつの間に現れたのか、誰よりも背徳にまみれた女――ミオが、そこにいた。

 

「え、おい、お前、何で、え、あー、自分の立場、分かってんの?」

「だって暇だったんだもん。それに試したいことがあってさー」

 

年を考えろ、もんじゃねえよ――とは終ぞ言わず、修次郎はただ閉口した。

龍井が殺人鬼として楼蘭皇国の国内法に抵触しているのに対し、G5を中心に数十カ国が合意している国際法に反したのがミオだ。その罪がいかなるものか修次郎は詳らかには知らぬが、求められている罰が比類ないものであると、余人から聞かされたこともある。だからこそ、なぜ、今この場に、そのミオが他人事のような顔でのこのこと姿を現したのか。またしても修次郎の理解が追いつかなかった。そのための閉口である。

 

「あれは、龍井達は、お前の差し金か」

「いや。龍の字とイーヴィが勝手にやってることだよ」

「は? じゃ、え、どうすんだよ。どうやって助けるんだよ」

「アタシは何も知らん。自分のケツくらい、龍の字は拭けるでしょ」

「見殺しかよ」

「そんな言うんなら、修の字が助けたら?」

 

嘘つけ、何も知らん訳ないだろ、お前がやれよ――とも言わず、やはり修次郎はだんまりを選んだ。数十にも及ぶMAID連中の真っ只中から、龍井達を無事救出できるならば、言われずともやっている、と心の内で反論した。持たざる者に、助けを期待することが間違っている。 そもそも楼蘭皇国などという極東にまでずるずると龍井と修次郎を引っ張ってきたのは、他でもないミオではないか。ミオの悪だくみのために駆り出されて、骨を粉にし、身を砕いてまで動き、ついには四面楚歌の状況に陥っているのだから、ミオこそが龍井とイーヴィを救助するべきだろう。得意の手練手管で、事を解決したらどうだ。

そのように修次郎は思った。思っただけだった。

 

「なんだい修次郎や。思うことがあるなら、遠慮せずに言ってごらんよ」

「た、試したいことってのは?」

 

本音を無理矢理に飲み込んで、代わりに疑問を吐き出した。

試したいことがあるというミオの言いに、酷く嫌な予感を覚えたのだった。ミオの実験は、概してその実験を行う土地に禍を招く。環境や住人の安全など端から度外視、周囲への影響など微塵も考えず、ただ好奇心の赴くまま結果だけを志向した実験なのだから、迷惑極まりない。ミオの言う『試したいこと』とは、すなわちそういうことだ。

 

「DPMoによる『Aion Collider』の実験だよ。時にサイクロトロンが開発された年はいつか、よもや知らぬ訳ではあるまい?」

「何の話だ?」

「質問に質問を返すほどの愚はないね。ちなみに1935年だ。磁場によって円軌道で加速させるものだが、さて、その後、位相安定性の原理を用いてシンクロトロンが開発された。位相安定性ってのは、バンチを安定的に加速させる原理のことだよ。シンクロトロン開発によって、サイクロトロンに比べ10万倍のエネルギー出力が実現されたのが1940年」

 

得意気に語るミオの考えに、少しも付いていけない修次郎は、聞き慣れぬ単語をぼんやりと聞き流した。いつもの悪い癖だとは内心思うものの、だからと言って韜晦染みた弁の全てに付き合っていては、それこそ話にならない。

修次郎のそういった態度を見過ごすことなく、やはりミオが冷たい視線を寄越した。

 

「センセー。粒子だよ。粒子加速の話だ」

「粒子っていうと、なんだ、原子だ分子だという――」

「その通り。1913年に発見された陽子や、楼蘭の由河博士が提唱した中間子やらのことだ」

 

まさか――修次郎の脳裏に、ミオの先ほどの言葉がよみがえった。修次郎の記憶が確かならば、『Aion(アイオン)』と言っていた。アイオンとは、エターナル・コアから発せられる永子のことではなかったか。エターナル・コアの適応者にとって永子線は何ら害になるものではないが、そうでない者、つまり適応のない一般人にとって高濃度の永子線は著しく有害だったはず。

ミオの言葉を総合すると――

 

「――永子加速実験?」

「ちょっと違うけどね」

「それは、なぁ、もしかしてマズイんじゃないか?」

「全く問題ない」

「もし実験が失敗したりしたら、死者が出たりするだろ」

「今、この時も世界のどっかで誰かが死んでるさ」

「そういうことじゃなくて」

「炎龍事件の二の舞だって言いたいのかい?」

 

炎龍事件。有機生命体と結合することにより莫大なエネルギーを産出するエターナル・コアを利用した、史上初の永子力発電所があった。施設の名を炎龍(エンロン)と言った。発電設備の基幹ユニットとして稼働していたMAIDの名にちなむらしい。

しかし炎龍永子力発電所は、稼働から二ヶ月と経たぬ内に、事故により、その稼働を停止した。そして大量の永子線を周囲数十キロメートル圏にばらまいたのだった。現在、高濃度の永子線に暴露した当該地域は、厳重な管理のもと、完全に封鎖されている。唯一、例外として汚染区域に足を踏み入れることができるのは、エターナル・コアをその身に宿すMAIDくらいか。

 

「こんな都市部で高濃度の永子線漏洩事故なんぞ起こしてみろ。大惨事どころの騒ぎじゃ済まんぞ」

「修の字は助けたげるから、心配しなさんな」

「そういう問題じゃない!」

「何だってんだい。まったく。面倒臭いね」

 

つい声を荒げてしまった修次郎は、ばつの悪そうに目を伏せた。ミオが隣にいる以上、大声を出して注目を集める訳にはいかない。幸い、周りの目は舞台の上で、丁々発止の大立ち回りを繰り広げている龍井達に向けられている。

修次郎の安堵の後頭部に、人の気も知らぬミオが、底抜けに明るく言い放った。

 

「特段、気にすることじゃなかろうよ。名も知らん輩のことなんぞ、痛飲と惰眠で忘れちまうくせに」

 

ヒューマニズムを標榜する気など毛頭ない修次郎だったが、しかし、こうも面と向かって人間性の批判をされると余計に苛立った。今しも『ワガミガカワイイノダロウ』と言わんばかりに、意地悪くミオの睫線が弧を描いている。

修次郎はじっと手を見詰めた。

その時だった。

 

「聞き捨てならんのぉ」

 

背後からしわがれた声をかけられたと思った矢先、隣に立つミオの胸あたりに、突然、何かが生えたのだった。すぐに理解が追いつかないのは、これで都合三度目だ。ミオの左胸から天を突くように伸びる金属質の板。濃淡の異なる銀二色が、波打って切っ先へと向かっている。

 

「まっ。お前さんを始末しちまえば問題なかろうがよ」

 

それは刃だった。鋭利な刃が、ミオの胸部を背後から貫いている。

 

「ミ、ミオ!」

 

やっとのことで名を呼んだのは、ずるりと刀身が引き抜かれ、力なくミオの小柄な身体が頽れた後だった。叫びもせず呻きもせずに横たわるミオからは、一抹も生気が感じられない。駆け寄るでもなく、ただ茫然と立ち尽くしてしまったのは、この期に及んでなお理解が追いつかなかったためか、それともミオを刺した凶刃が視界の端にあったためか。

壊れた人形のように、修次郎はふらふらと覚束ない目を刃の主に向けた。

ミオよりも矮躯の老人が、杖に刀を納めているところだった。仕込み杖か――などと、どうでも良いことに頭が働くのだから、妙なものだ。

 

「佐々木の次男坊じゃな。お前さんを保護するように門隠から言われとる。一緒に来てもらうでな」

 

老人の言うことが、いちいち理解できなかった。それどころか何が起きたのか、状況がどうなったのか、何故ここにいるのか、何もかも一切合財が理解の外にあるようだった。

そして視界がゆっくりと暗転した。遠くで誰かの呼ぶ声がする。

真っ暗闇の只中で、修次郎は途切れ途切れに二言三言を口にするのがやっとだった。

 

「ミオが――死んだ」

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