たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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ミオ解禁 二

轟と風を巻いて、火炎が吹き荒れた。しかし、四方八方に膨れ上がり、見境なく燃やし尽くすようなうねりではない。さながら、のたうつ蛇、意志ある炎の蛇のようだ。獲物を両の眼でぴたと見据え、舌を、身をぬるりと這わす。

蛇の意志とは、すなわち中心に立つミオの意志だ。

 

「これが答えだよ。ライトニング。この炎は陰陽の法じゃない。そこなMAIDの能力だし」

 

ミオは舞台の端に立つMAID――プロミナを指し示した。

 

「そして、この場の全員を縛り付けているのは、お前さん達が知らず知らずの内に垂れ流しているエネルギーだ」

 

エネルギー変換の高効率化を図るコ・ジェネレーション技術は、究極的には大気や大地に発散、消失してしまう永子の再利用を目的としている。限りあるエターナル・コアから、最大の効率と戦果を引き出すために研究開発が進められた技術だが、ミオはそのコ・ジェネレーターを別の目的でMAIDに転用し、DPMaを世に出した。

DPMaとは一個のMAIDであると同時に、ミオにとってMAIDの力――永子力を人間のままにして行使し得るモジュールである。

DPMoが展開する力場において龍井がテレコネクションやハインドランスといった機能を実行するように、ミオもまた鴻宝を元に組み上げた操作言語をDPMaというモジュールに入力することによって、力場内にある全てのエターナル・コアから産出されるエネルギーの使役――永子操作が可能となる。

 

「EARTHのエネルギー還元技術を盗んだか」

 

口を切ったのは白々朗だった。

ミオは距離の開いたパトリシアから、血塗れの白々朗に目を向けた。途端に中空で燃焼していた火炎がはたと動きを止め、不知火のように忽然と消える。

 

「罪にまみれて、なお罪を重ねるとは。実に愚かな女よ」

「何を言うかと思えば。EARTHもG5もMAID関連技術を牛耳っておいて、それでいて目新しい成果を出していないのが現状じゃないか。総大将殿はオープンイノベーションという言葉を知らんと見える」

「解明されていない点がエターナル・コアには多過ぎる。それを民間に解放なぞ、する訳がなかろう。第二の炎龍を生むだけだ」

「そんなこと言っておいて、民間の技術は平気な顔で接収しているのは、どういう了見だろうかね。お前さんはEARTHの還元技術と言ったが、そもそも、それだってこちらの佐々木修次郎先生が発表したコ・ジェネ技術の国際特許のことじゃないか」

 

修次郎がミオの足下で、豪く傑作な表情をした。言うまでもなく、寝耳に水といった反応だ。勝手に名前を使ったのだから、修次郎が知らぬのも当然。そういった経緯を教えぬのも当然。

修次郎を無視し続けるミオは、さも自らが発表したかのように――発明したのはミオである――さながら被害者の口振りで、ぷりぷりと憤った。

 

「佐々木先生がいつパテントを解放した。いつEARTHに移転した。権益を放棄する道理がどこにある」

「え、ちょ、待――」

「それを、さも先生が盗用したみたいな言い分で。聞き捨てならんもんだ」

「な、何のはな――」

「盗っ人猛々しいとは、まさにこのことだよ。ねぇ。センセー?」

「あ、ああ。うむ」

 

ミオはほくそ笑んだ。体裁ばかりを気にする修次郎のこと、衆人環視の前で意見を求めれば、いかんなく生来の雷同性を発揮してくれるだろうことは半ば必然と言えた。修次郎が首肯するだろうことは、充分に公算の大きなことである。

鬼の首を取ったがごとく、ミオはふふんと鼻にかけて笑った。

 

「佐々木先生が力を貸しているのはEARTHだけじゃない。楼蘭皇国だって恩恵に与っているじゃないか。今、楼蘭が亜国と進めている新基軸の抗瘴気剤の開発だって、その根っこの部分には佐々木先生の研究が活かされてる。晴れて製品開発が終わった際には、特許を完全に移転するとまで、先生は善意で言っているというに。それにも関わらず、その功績を認めないだなんて。なんて礼儀知らずだい」

 

修次郎の名を使い、技術研究機関である佐々木先端科学研究所(Sasaki Institute of Advanced Science:SIAS略称ザイアス)をラヤード共和国に設立し、かつSIASを通じて――隠れ蓑にして――各国に技術供与を行っているのは、他でもないミオ・トーンライムその人である。だが、肝心の修次郎がそのようなミオの暗躍を知る由もなければ、SIASと取引を行っている各国の科学技術の主務省庁職員をして、何をかいわんや。そういったことに気付くのは、鼻の利く白々朗やらヨーダーやら、面倒この上ない輩に他ない。

案の定、白々朗が嫌悪に口の端を歪めた。それどころか総数七十余のエターナル・コアから漏れ出るエネルギーを還元集束し、その動きを縛っているにも関わらず、ずんと一足、ミオに向かって進み出たではないか。さすがは陸軍総大将と言うべきか。楼蘭最大戦力の名は伊達ではない。

 

「戯言は終わりか。痴れ者が。貴様のような犯罪者と関わっている人間を、おいそれと信じてたまるか」

「葛神の。佐々木先生は門隠の傍流だよ?」

「阿倍野の家のように、蟄居閉門(ちっきょへいもん)にするもやぶさかでなし。これも貴様という大悪と関わったがゆえ。加茂も反論すまい」

 

交渉の決裂を告げるように、再び白々朗が思い足取りで一歩前に進んだ。偉丈夫然りとした立ち姿から察するに、龍井から受けた傷も既に癒えたのだろう。

諦めたミオは仕方なしとでも言いたげに、白々朗の後方に向かって、ちょいちょいと手招きをした。

 

「おいでな」

 

果たして、動けずに立ち往生するMAID達の合間を縫って、女が一人、すいすいとまかり通った。白のスーツに白のハイヒール、ネッカチーフまで白いためか、いささか異様な風体だ。さらには目の色が際立って赤く、その異様さに輪をかけている。何かを見るでもなく、誰かを探すでもなく、その目をただ虚空に向けているのだから、なおさらに薄気味が悪い。

白々朗達を尻目に、赤目の女がミオの前に立った。

 

「仲間を潜ませていたか」

「や、仲間つうか――」

 

ぱちんとミオは指を弾いた。

乾いた音が響くと同時に、風に吹かれた火のように、ふっと女の姿が消えた。さすがに今度は驚いた様子を見せる者も少ない。

式神だ。

ただし先ほどのような紙切れではなく、小さなラットを依代とした式神だった。目が赤いのも、その現れである。

きいとラットが甲高く鳴いた。

 

「さて、お立会い」

 

懐中からアンプルを一つ取り出すと、修次郎が反射的にあっと声を張り上げた。頼りない修次郎の記憶にも、未だ鮮明に残っているのだろう。

ミオは、アンプルをゆっくりとラットに注射した。アンプルの中の液体が注入される最中、痛み、あるいは恐れおののきゆえか、悲鳴にも似た金切り声を上げていたラットだったが、それも物の数分で掻き消えた。

ミオはラットを白々朗の前に放り投げた。

白々朗の足下にぽとりと落着したラットが、小刻みに白い体躯を震わせた。

 

「ある流通ルートに、このアンプルを卸そうと考えている」

「そ、それはアレだよな? 先般、俺んちの庭でやった――」

 

及び腰の修次郎が、後退りしながら言った。一刻も早く、この場から立ち去りたいといった面体だ。

満足そうにミオは、ただ笑った。

 

「前世紀の中頃、マメの栽培から得たヒントを元に、一人の司祭が遺伝のメカニズムを解明した。二つの遺伝物質が混合することによって、次代に形質を伝えるとされた。その後、遺伝物質が遺伝子と名付けられたのが1900年初め。その遺伝子が、よくエラーを起こすことが最近になって分かってきた。エラーを頻発しながらも、生命という強固な平衡系は生半には崩れない。エラーをエラーのまま受け入れ、新しい形質を持った個体として成る。新しい形質を備えた個体の多くは、他の生物に捕食されたり、環境要因に耐えられずに淘汰されてしまうが、極稀に生き永らえる個体がいる。他の個体よりも状況に適応し、生存するのさ。言わずもがな、有名な進化論のことだが」

 

再び火炎が鉛直に立ち昇った。しかし今度は誰を襲うこともなく、細長い二本の柱となって、揺ら揺らと燃焼するばかり。

ミオの背丈程度に伸びた頃、火の柱は互いに絡み合うようにねじれ始めた。ただ、二柱は互いに触れることなく、一定の距離を保って幾何学的な構造に変じていく。

仕舞いには、二重のらせん状になって、ぐるぐると回転を始めた。

 

「これは生命の形質を決定付ける物質の最新モデルだ。名をデオキシリボ核酸DNAという。言ってしまえば我々の肉体の設計図だ。昨年、亜国の科学者が構造を解明したと、大々的に報じられたから、知っている者も多いだろうて」

 

二重らせんの柱が勢い良く回転したかと思いきや、一つの炎の塊となった。いや、見れば、それは人の形をしているようだった。ヒトの頭や手足を連想させる形状の炎が、中心から伸びている。DNAがヒトの設計図だという意味だろうか。

ぼうと強く燃えた後、再び二重らせん状に戻った。

 

「ヒトだろうがラットだろうが、DNAという肉体の設計図を、その身の深奥に宿している。そしてそれはGとても例外ではない。もし、このDNAを恣意的に書き換えられるとしたら、さて、どうするね?」

 

ミオの声に、ラットが一際激しく身体を震わせた。

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