たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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ミオ誤算

光が生じた。極限にまでエネルギーを高められた永子が、秒間八百万回という頻度で衝突することによって生じた、おそらく人類が初めて知る種の光だった。閃きは一瞬ではなく、断続的に強弱を繰り返しながら、数秒の間、発生した。光の輪の内において、永子が偏在していたためである。

ただ一様に、人の目には強過ぎた。出鱈目に強過ぎた。

 

「目がぁ。目がぁぁ」

 

最初の発光と同時に、観客席から悲鳴が上がった。エターナル・コアに加護されたMAIDや、ミオによって護られた修次郎ならともかく、生身の人間が耐え得るような弱い光ではなかった。人間の脆い網膜など、瞬時に焼失したに違いない。

ただし熱はなかった。

否、光を除く熱等のエネルギーの大半を、外部に漏れぬよう封じ込めたと言った方が正確か。エターナル・コア七十基――武芸館に居合わせたMAIDの数だ――から集めたコア・エネルギーの半分を、実はこの封止だけにミオは用いたのだった。ミオの古い知己である赤の女王メイトリックスの知識を元にした推測が正しければ、そうすることによって永子加速衝突実験の成果物が得られるはずなのだ。

しかし。

 

「やっべ」

「――え?」

 

ミオはわざと焦燥を表情に出した。案の定、間抜けな修次郎が、一拍遅れて反応する。

 

「予想以上のエネルギーだよ」

「よ、予想以上って、つまり、うん、どんくらいだ」

「ざっと見積もって一正ジュール。もっと少ないエネルギーになるはずだったんだけどな」

「えっと、あー」

「百億ジュールの百億倍の百億倍の百億倍だよ」

 

さらっとミオは言ってのけた。それでも要領を得ないといった体の修次郎が、無様にも小首を傾げている。文字通りの桁外れな数字に、想像が追いつかないのか。

困惑する修次郎を一端放置して、ミオは周囲に視線を巡らせた。

幸いにも、悉皆、視力を奪われ、その場で往生しているようだった。最も厄介な白々朗も、その他MAIDの連中も、エターナル・コアの力によって回復するには、未だ早い。唯一、忌々しいヨーダーだけが、目を閉じて難を逃れたようだったが、それでもデュベルと対峙して、やはりその場から離れられずにいる。

 

「邪魔は入りそうにないね」

 

ミオは悠々と修次郎に向き直った。

 

「修の字や。嫌いな人間は何人いる? 虫の好かないヤツ一人殺すのに、逐一、この星をコナゴナにすると考えなよ。好きな友達だけに囲まれて生きるためには何回も、ことによっちゃ何十回と惑星を破壊することになるかもしれんが、それでも、たぶん、お釣りがくるエネルギーだよ。それも大量のお釣りがね」

「歪んだ例えだな。それで?」

「そのエネルギーが、あそこに浮かんでる」

 

ミオは舞台上空に浮かぶ発光体を指し示した。発光体は安定しているのか、直径二十メートル程度の球状を保っている。光の強さも、最前に比べれば格段に低い。生身の人間でも、正視に耐え得るほどの明るさだ。

眩くないにも関わらず、修次郎が目を眇めた。そして怒鳴った。

 

「はあ!? おま、え。ば、馬鹿か!?」

「修の字に馬鹿とか言われると、ひどく傷付くわぁ」

「傷付くわぁ、じゃねぇ! どうすんだよ。アレ。オイ」

「さあ?」

「さあ、じゃねぇ!!!!」

「仕方ないな――陰陽相薄感而為雷」

 

次の瞬間、一条の光線が駆け抜けた。武芸館の天井など物ともせず貫通し、流星のごとく、発光体から東の空目がけてビームが走る。

ついには大気圏を突き破り、楼蘭皇国では珍しいオーロラを、それも大規模なオーロラを夜空に作りだしたのだった。

数瞬の閃きを経て、ビームは消えた。後には、破壊の傷痕と、奇っ怪なオーロラと、まだまだ元気を漲らせている発光体が残るのみである。

ばよえ~ん――と、ことさら得意気にミオは言った。

 

「こうやって少しずつ放射して消費しよっか」

「何だ今の非常識な光線は」

「Aion-Ray Burst...永子線バーストさね。アル・ニヤトとでも名づけようか」

 

ミオは押し殺した笑みを漏らしながら、永子線バーストのビームが走り去った東の空を眺めた。ミオの視線に釣られた修次郎が、訝しげにオーロラを見詰めている。

 

「あすこのオゾン層、消し飛んだんじゃねぇか?」

「さぁ知んね。仮にそうだったとしても、楼蘭で皮膚癌患者が増えるだけだし。別にいいじゃん」

「よかねぇよ!」

「ワガママばかり言う。面倒な――」

 

はたと、言葉半ばにして、ミオは押し黙った。修次郎から見れば、酷く奇妙な沈黙として、目に映ったことだろう。

ミオの沈黙の理由は、騒然とするMAID、狂乱する一般人、数多くの気配がひしめく中に、一際面妖な存在が現れたからだった。

その異質な存在の正体について、ミオはすぐに察しがついた。事前に山県からも『ヤツら』が楼蘭皇国に侵入した可能性があると聞かされていた。だからこそ多数のMAIDが出場する剣術大会黄龍旗の只中に潜り込んだというに。

 

「イーヴィ。抗瘴気剤のストックは?」

「一ダースある」

「半分おくれ。それと修次郎を頼む」

 

薬剤と交換に、修次郎をイーヴィの方に強引に押しやった。そして、影でミオは、自らの失策に歯噛みした。想定以上の永子反応から、当然のように生まれた莫大な光が誤算だった。MAIDの視界を閉ざしたまでは良かった。大概は、不意の閃光で無力化できよう。しかし例外は、いつだって付きまとうものだ。

ドギツい殺意の出元を追ってみれば、案の定、舞台袖の影に立つ黒衣の男が目に留まった。影よりも暗く、闇よりも昏い、その男を見るだに気分が悪くなる。それは黒衣の男に対する心象の悪さだけでなく、器質的な原因にもよるところが大きい。

 

「つくづくしつこい」

 

鴉を彷彿とさせる黒尽くめの服装のため、首から上が影の中に浮かんでいるようだった。咥え煙草の紫煙をくゆらせながら、皮肉っぽく口の端を歪めている。

目元を覆う薄汚れたバンダナが、小馬鹿にするように皺を刻んでいた。

 

「よくも、まぁ、大将自ら楼蘭くんだりまで追いかけてきたもんだ」

「他のヤツらは、目が見えないなんて屁垂れたこと言うからよ。先に帰らせた」

「そいつは悪いことをしたね。実験中の事故だ。許しておくれな」

「許すも何も。恨んじゃいねぇさ。これっぽちもな。目ぐらい見えなくたって、大したことじゃねぇだろ」

「確かにお前さんには、視力なんて不要だものね」

 

暗然万丈、人類の大敵プロトファスマ――カ・ガノ・ヴィヂが、粘着質な影の中から現れた。

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