たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 二

剣術の大会が開かれるのだそうな。剣の東西を問わず、世に名だたる剣術家やら兵法家やらを招き、十把絡げて一つ舞台の上で優劣を競わせるらしい。刀に始まり、槍、矛、薙刀は言うに及ばず、鎌やら斧やら、畢竟、包丁であろうとも、鋭利な切っ先を備えたエモノさえ携えていれば出場が許可されるのだとか。

パトリシアと名乗るアルトメリア連邦国籍の少女――正確には有核人種MAID――の説明を聞きながら、随分と無茶を通すものだと修次郎は思った。物の上手とは、公平を期して、誰しもが納得するように細分化された状況下でこそ比較されるべきものである。果たしてパトリシアの弁にあるような乱暴なくくりの中で、どうして正当な評価ができようか。

 

「体重別の階級があるとか?」

「ノン」

「武器毎に分けられるとか?」

「ノン」

「そんな無茶な」

 

どれだけ問答を重ねても、修次郎の感想は一緒だった。そんな出鱈目な勝負を要求されたところで、一体全体、誰が納得するものか。ましてや敗者をして、何をかいわんや。剣の理が勝る場で、斧が敗れたからといって、すなわち二者の強弱が明らかになる訳もない。

 

「万物一斉にして、相過ぐるに由無し。そのような無茶な試合では、公正な結果など望めませんよ」

「ノン。誰ガ、ナンバーワンニ強イカ、分カリマス――A Bad Companies quarrel with thier tools――デス。ソレニ、ミーノセンセー、亜人ダケドMAIDヨリ強イデス」

(英文意訳:弘法筆を選ばず / 英文超訳:極悪中隊の連中は筆のせいにする)

 

瞬間、MAIDに優る達人がいるのかと修次郎はただ感心し、そしてなぜか溜飲が下がった。とかくMAIDには、逸話がつき物だ。金剛力を以って大山を動かしただの、妖術を以って怪異を成しただのと、眉唾なデマゴギーのごとき内容でありながら、その実、ことごとくがMAIDを保有する各国政府の公式発表によって世間に流布されているのだから、何ともはや。

つまりは、紛うことなき事実なのだ。

本当に腕力のみで山を動かすし、また本当に怪異のように不可思議な能力を有するからこそ、有核人種MAID足り得ると言っても差し支えない。可愛らしい顔――その容貌は、概して少女のそれだ――に油断しようものならば、その外見にそぐわぬ規格外ぶりに舌を巻くことになる。そのような彼我の隔たりを生身を以って埋めるのに、一体全体、どれだけの時間と努力を要するだろうか。一生涯を賭しても、MAIDの背すら見えぬことなど、ざらにあるはずだ。

だからこそ感じ入った――のだが、束の間、修次郎の考えは飛躍した。パトリシアの言葉の意味するところを、ようやく察したからだ。つまり。

 

「まさかMAIDも出場するんですか?」

「オフコース。ダカラ、ミートセンセー、楼蘭ニイルデス」

 

天真爛漫なパトリシアの言葉に、修次郎は考えることを止めた。武器の相性を上手に活かそうが、地の利のような兵法を駆使しようが、いかな達人と言えども相手が人外とあっては、万が一にも勝ち目がない。反論としてパトリシアが師の実力について得意気に語るが、最早、焼け石に水だ。MAIDと人が同一の土俵で刃を交えるなど笑止千万。滑稽を通り越して空虚ですらある。

だから都合よく目の前に現れた駅舎を指し示しながら、修次郎は渡りに船とばかりに話題を変えた。

 

「嗚呼。ここだ。この駅だ」

「Station?」

「ええ。この電車で九重下の駅まで行けば、武芸館はすぐですよ」

 

武芸舘へ向かう途中、師とはぐれたために迷子になった――と、パトリシアから道の案内を請われたのが、先の話題に触れるきっかけだった。見慣れぬ街並みに一度は道を失したとは言え、純然な異邦人であるパトリシアに比べれば、修次郎の方が格段に楼蘭皇国の地理と言葉に通じるのは明白だ。求められた助けを無下にもできず、それどころか美女――好みは分かれるだろうが、パトリシアの愛くるしい表情は実に魅力的だ――に対する見栄も手伝ってか、最寄の駅まで同道することとなった。つい十数分前のことだ。

 

「サンクス。シュージロー」

「切符――あー、チケットはあそこで買って下さい」

「イエース」

 

豪く腰帯の位置が高い後姿を見送りながら、修次郎は引き際について考えを巡らせた。今回の渡楼は、言わばお忍びである。同行しているミオと龍井が犯罪者である以上、余人の目を避けて行動するに越したことはない。しかし、それが何の因果か、誰もが振り返るような金髪碧眼の外人と今こうして一緒にいる。

 

――よろしくないな。

 

修次郎は眉間にしわを寄せた。

日陰者は目立ったが最後、お仕舞いだ。しかもMAIDであるパトリシアの近くにいるということは、すなわちアルトメリア連邦の政府関係者と接触するかもしれないというリスクも孕んでいる。

 

――よろしくない。この状況は、実によろしくない。

 

旅の目的の障害にこそなれ、間違っても福に転じることはあるまい――と理屈屋めいた修次郎の一面が強く主張した。理性を気取る主体が、自らの不利益になる可能性を看過することの危険性やら、何ら手段を講じないことの非合理性などを論拠に、実に単純に、明快に、パトリシアとここで分かれてねぐらに戻れと言い張っている。そして間違いではないことも同時に理解している。理解しているが、しかし。

 

「シュージロー。プリーズ。カムヒア」

「は、はいはい。どうしました?」

 

考えを手放して、修次郎はのろのろと人垣――パトリシアの外見が作った人だかりだ――を掻き分けて、パトリシアの元へと歩み寄った。

 

「I have no money...センセーガ、オ財布ノ紐ヲ握ッテヤガルデスヨ」

 

盛大に溜め息が漏れた。世話が焼けるだの、知ったことかだの、いくつもの言葉が出かかって咽喉元につかえた。しかし、口を開こうとするたびに、周囲の興味本位な視線がそれを阻止した。群集の中で大声を張り上げれば、さらに衆目の注意を集めてしまう。そう。悪目立ちする訳にはいかないのだ。

だから、溜め息だけ、実に姑息に溜め息だけ吐いて、そして睨むように窓口の駅員に詰め寄った。

 

「いくら?」

「二百鈴になりますが――」

 

都合良く――良いのか悪いのか判じかねるが――路銀を払うだけの余裕が、ふところの中にはあった。楼蘭皇国に入国する際に、ミオから支給された一日分の駄賃だ。知り合ったばかりの相手のために使うことに関して幾分か躊躇いを覚えるが、どのように浪費しようが文句の言われる筋合いはない。鼻を一つ鳴らして踏ん切りをつけると、修次郎は投げるように金を出した。返す手で、つり銭をむんずと掴み、若干、肩を怒らせてパトリシアの方に向き直る。

 

「お金のことはお気になさらずに。さあ、では私はこれにて――」

「シュージロー。チケットデス!」

 

状況が理解できず、修次郎は完全に停止した。ぬっと差し出されたパトリシアの白い手に、何かが握られている。小さい。長方形の小さな紙片――切符だ。パトリシアが切符を持っていたからといって、もちろん何ら不思議はない。しかし、どういう訳か、それが二枚ある。しかも、なぜ、その内の一枚が修次郎に向けて差し出されているのか。

修次郎は壊れた人形のように、首をかしげることがやっとだった。

 

「ココノエシタ、マデノ、チケットデス。大丈夫。ミーノハ、コッチネ」

「えっと――私の?」

「ハイ。シュージローノ分デス」

 

朗らかなパトリシアの笑みが全てを物語っていた。まだまだ、修次郎はパトリシアの案内を努めなくてはならないらしいということを。

 

「此れ何ぞ福(さいわい)と為らざらんや」

「何カ言ッタカ?」

「いいえ。何も――」

 

人間万事塞翁が馬。何が幸となり、何が不幸となるか分からぬと故事にはあるが、だからと言って塞翁のごとき叡知と強固な意志を持てる訳ではない。

結局、修次郎は力なく肩を落とし、顔には胡乱な笑みを浮かべて、足取り重く、パトリシアの後ろにつき従いながら、駅の改札をくぐった。

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