たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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龍井得道 十

底が知れぬ、とデュベルは思った。老境に至ってなお鋭く翔け、刀を振るいMAIDと伍し、さらには永子加速衝突実験による強烈な発光現象を予期したかのごとくに回避するのだから、かつての師ヨーダーにただ感心するばかりだ。

 

「そろそろ引退されてはいかがですか」

「秋山小兵衛よろしく、安穏と暮らしたいものじゃて」

「未だ現役を退くつもりはない、と」

 

身の丈よりも長い妖刀――大通連(だいつうれん)を軽々と振り回すヨーダーから、地を蹴ってデュベルは距離を置いた。そして抑えるべき相手、ヨーダーとパトリシア、白々朗を順に見渡した。驚いたことにパトリシアもまた、視力を守ったようだった。白々朗の視界を奪えただけでも僥倖か。

 

「パトリシア。下がって観客席の一般人を避難させい。痴れ者の相手なんぞ、老いぼれ一人で釣りがくるわい」

「セ、センセー」

「心配は無用じゃ」

「オッパイナイ、オシリモナイ相手ナノニ、戦ウダナンテドウシタヨ」

「そうじゃぁ。お触りなしじゃ、つまらん。やっぱり交代してくれんか」

「OK...ト言イタイケド、ダメヨ。倒レテルオ客サンニ、エッチナコトスルデショ」

「誰に似たやら。勘ばかり鋭くなりおって」

「センセージャン」

「はぁ。男の相手は気が進まん。進まんのぉ。こんな悲しいことを引き受けるんじゃ」

 

巫山戯たやり取りから一変、ヨーダーが声を押し殺して、じゃから――と続けた。そして、ゆったりとした動きで、手にした大通連を上段に構えた。天を突く大通連の皆焼(ひたつら)が、冷たい怖気を背筋に誘う。

 

「じゃから、つまらん剣を振るうてくれるなよ」

 

口を結び、きゅうと目を細めるヨーダーの仕草に、デュベルは反射的に息を飲んだ。かつて一度だけ見た、ヨーダーの本気の姿を思い出したからだ。その時の相手は、桁外れの身体能力と、無数の刀剣を振るう異能を有した剣姫だった。三日三晩の熾烈な戦いの末に、四日目の暁光の只中で、どちらからともなく剣を納めて引き分けたのだったか。

追憶も束の間、臆することなくデュベルは一息でヨーダーの制空圏に飛び込んだ。右手に握った干将を大上段から振り下ろし、大股で一歩、ヨーダーの眼前へと飛び込む。

 

「敵の懐は死地に非ず」

 

ツェダイ口伝、続けて曰く、胸先三寸に生きよ、と。敵の腕の内にこそ活路はあると口伝は説いている。

 

「愚か者が。今になって儂の教えを悟ったか」

「いいえ。これは言わば復習です。ヨーダー。貴方の偉大さなど先刻承知。貴方の技を、剣を再度確認するために、今しばらく付き合ってもらうまでのこと」

 

応とかけ声一つ、デュベルは二降りの光剣を手に、ヨーダーへと肉迫した。片や木の葉のように中空を舞うヨーダー。対して這うように地を滑るデュベル。つかず離れず斬り結ぶ最中、もつれ合う剣と剣の合間に、時に掌底を忍ばせ、時に膝を隠し、互いに距離を詰めたまま一進一退の攻防が続く。

光剣と妖刀が、瞬く間に幾度となく交わった。動き続けるニ者の刃が、常に型を変え、向きを変え、変幻自在に振るわれる。

息もつかせぬ剣舞だったが、しかし突然にヨーダーが痺れを切らしたのだった。

 

「ええい。止めじゃ止めじゃ。離れろ。気色が悪い」

 

デュベルの鼻っ面を蹴って、ヨーダーがその反動で後退した。

 

「外道に堕ちながらも、ツェダイの真髄を心得ているようじゃな。お主の技は認めてやろう」

「はい。では」

「じゃが、皆伝はやれぬ」

「構いません。必要なのは、貴方のその言葉だけですので」

「お主に教えることは何もない。好きにせい」

 

勢い良く外方(そっぽ)を向くヨーダーの仕草に、内心、デュベルは肩の力が抜ける思いだった。生身にしてMAIDをも上回る身体能力と剣技、人外の化生より授かったと言われる妖刀大通連、それらを併せ持つヨーダー一個人の戦力に、ただ舌を巻くばかりだ。

 

「センセー。良イノカヨ」

「良い。デュベルのことは捨ておけ。じゃが――」

 

ヨーダーが身体ごと向き直った。その視線を追えば、修次郎に状況説明をしているミオがいる。そちらを黙殺することはできない、ということか。

デュベルは、視界を遮るように、ヨーダーとミオの間に割って入った。

 

「デュベルよ。何ぞ勘違いしてやせんか。貴様は破門じゃ。もう稽古を付けてやる義理もない」

「聞き捨てなりませんね。先までのは稽古だったと?」

「いかにも。今や儂の目に映る貴様は、ただの犯罪者。邪魔立てするならば、毫も気にかけず斬り伏せてくれようぞ。しかし今は貴様なんぞ小物に、かかずらっている暇などない。逆賊ミオ・トーンライムを討つことが先決じゃて」

 

底が抜けた――ようだった。あろうことか今の今まで、ヨーダーの力量を見誤っていたことに、デュベルは今さらに気付いたのだった。信じ難いことに、MAID相手に手を抜いていたのだ。たかが獣人、されどツェダイ・マスター。その剣の奥深さたるや、未だ晴れぬか。

まさに色欲の失せたヨーダーの瞳に、遅まきながら冷や汗が背筋を伝った。今こそ、剣姫と戦った時のヨーダーの姿を現している。デュベルと刃を交えていたヨーダーとは、雲泥の差だ。

圧倒されそうになった、ちょうどその時、しかし、たまさかミオの声が耳朶に触れたのだった。

 

「つくづくしつこい」

 

はっとなった。ミオにしては珍しい、苦虫を噛み潰したかのような物言いから、想定外のアクシデントの発生が、瞬時に脳裏を過ぎる。

そして一拍の鼓動の後に、デュベルは異変に気付いた。不幸中の幸い、あるいは不幸中の不幸やも知れぬ。が――

 

「我々にかかずらっている場合では、なさそうですよ」

 

言ってデュベルは、舞台袖の通路を指し示した。目を凝らせば、陰った通路に立つ人影が一つ。否、人に非ず、Gを超えたG――プロトファスマが、悪夢のようにそこにいる。

歯噛みして、デュベルはくいと顎でヨーダーの視線を誘導した。

 

「プロトファスマのカ・ガノ・ヴィヂですかね」

「ええい。次から次へと。今日は厄日か」

 

案の定、ヨーダーが口惜しそうに納刀した。さすがは百戦錬磨のヨーダー・マスダ、決断が実に早い。

 

「パトリシアよ。瘴気曝露の被害を減らすため、今から一般人の救出に向かう。ついて来い」

「人命ヲ優先?」

「当然じゃ」

 

入れ代わり立ち代わり現れる化物達に、デュベルは自らの退場を悟った。プロトファスマの登場に助けられたとは言え、結果だけを見ればツェダイを退け、白々朗を抑えたのだから、もはや舞台上ではお役御免である。役目を終えてなお舞台に居座るのは、いかにも野暮天だ。だからデュベルは、ちらとミオに目配せをすると、その場を後にしたのだった。

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