たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 十一

目と鼻の先で輝く球状の発光体を、修次郎は貝のように押し黙ったまま眺めていた。人でなしのMAIDやプロトファスマを一瞥もせず、奇異な光ばかりを胡乱に仰ぎ見ている。

人のままにしてエターナル・コア由来のエネルギーを産出せしめる炉と化した発光体は、太陽のように修次郎の目に映った。異形の太陽だ。

目を細めて見詰めてみれば、わずかに光が焼きついた。視力には異常なく、ただ残光のように暗い影が目の前をちらつく。昨晩に観た烏の夢―― 阿倍野何某に説教された夢だ――の所為か、発光体を太陽になぞらえた途端に、目に焼きついた明滅が烏の影のように感じられる。

 

――金烏(きんう)だったか。

 

陽気の象徴にして、内に死という陰気を色濃く宿す金神(こんのかみ)は、金色の烏として顕現するという。金色の烏、すなわち金烏とは、佐々木家の宗家にあたる加茂家が、代々奉っている神である。

修次郎は、奇妙な因果を感じずにはいられなかった。

夢に見た烏もまた、太陽に影を差して現れた。そして太陽を彷彿とさせる発光体に、今、烏のごとき影を修次郎は観ている。

夢の中で阿倍野誠明は、それを加茂の血筋に連綿と受け継がれてきた業だと言った。そして分家筋であろうとも例外ではないと付言した。ぼんやりとした想起ながら、僅かばかりなりとも自らに関係があると分かってみれば、久しく燻っていた好奇心が、むくむくと肥大するようだった。あの常軌を逸した莫大さ――超エネルギーについて、もっと識りたいという欲求が、知らず内に修次郎の背を押す。自然と足が前に出る。

そして、手を伸ばしかけた、ちょうどその時。

 

「下がってください。危険です」

 

人でなし――確かギョウブと言ったか――によって、修次郎は進行を妨げられたのだった。修次郎と発光体との間に、背を向けたまま割って入ったギョウブの女染みた香りが、酷く鼻につく。

言い知れぬ嫌悪感に修次郎は憮然としながらも、ギョウブに従うように背後へと後退した。代わりに言葉を残して。

 

「心臓の外壁、か」

「はい?」

「いや。何でもない」

 

言葉の意味が理解できない様子のギョウブから冷めた視線を外すと、修次郎は再び発光体に向き直った。今しも苛烈を極める舞台では、空を裂き、地を穿つ何十ものビームが、所狭しと駆け巡っている。

眩さに目を眇めながらも、光の只中で呵々大笑するミオを見つけた。

 

「ミオ様。楽しそうにしていらっしゃる」

「でもさ、ちょっと焦ってない?」

「確かに博士にしては、事を急いているように感じられるわね」

「大丈夫かな。ミオ」

「プロトファスマ相手では分が悪いかも」

「ミオ様に限って、Gごときに遅れを取ることなどありません」

 

べちゃくちゃと談笑するMAID達の声は、修次郎の耳に寸余の合間も留まることはなかった。ただ頭の片隅で、デュベルが博士と、ギョウブが様付け、イーヴィが呼び捨てで、各々ミオを呼称しているのか、などと少しだけ思う程度である。

修次郎は舞台上の光景を眺めながら、猛烈に追憶を始めた。

 

 

*

 

 

春先のことだ。ミオが蔵から引っ張り出した薄手の着物に袖を通していたから、時候に間違いはおそらくない。紙巻を吹かしたり、刀の手入れをしたりと、銘々が勝手気ままに過ごしていた。そんな折の一風景である。

 

「女好きなのさ」

 

MAID に女性性がなぜ多いのかという一寸の疑問に、ミオが返した答えがこれだ。ああだこうだと学術的な論考を幾つも並べ立てた上で、出した結論が随分と人間染みたものなのだから肩透かしも良いところ。冗談や茶番の類には、同じように返すのが常套である。そうして口汚い痛罵を二、三交えた後にミオが付け加えた説明は次のようなものではなかったか。

 

「XYのコアばっかりが、世に出回っているんだよ」

「オス?」

「そう。でも、稀にXXのコアも見つかる」

「メス」

 

いかにも修次郎らしい間抜けな返事だと言って、ミオが大爆笑した。いついかなる時でも、人を虚仮にしなければ済まないらしい。

腹を立てながらも修次郎は、ミオの語った少ない単語を整理することにした。つまり――エターナル・コアは何らかの基準によって二種類に分けられるということ。XXやXYとは、遺伝子上の雌雄の差異になぞらえたのだろうか。その他、二種類あるエターナル・コアの内一方は非常に希少であり、またMAID開発などに用いられる機会も少ないこと、あたりか。

 

「圧倒的に雄のコアの方が多いってことだな」

「人間の社会だったら奪い合いだ」

 

横合いからの龍井の言いが正鵠を射ていたのか、ミオが嬉々とした口調でその通りと頷いた。

 

「一般にゃ知られてないが、XXのコアとXYのコアでは放出する永子の質が若干異なる。これもまた同じようにXYの永子の方が圧倒的に数が多い」

「どう違うんだ?」

「色々あるが、一つには引かれ合うってのがあるかな」

「それで雄だ雌だと言ってるのか。逆ハーレムだな」

「センセーもエロエロだな」

「ダブルホモよか上等じゃないか」

「誰がホモだ。誰が」

 

どのような話題であろうとも下世話に染まるのが常だ。情事だろうと、未曾有の災害だろうと、話題の別なく交わす言葉に大差ない。

なぜか――ミオが恐く笑ったことをよく記憶している。

 

「センセー曰く、逆ハーレムの構図。何かに似てやしないかい?」

 

 

*

 

 

光の乱射が止み、はたと修次郎は現実に回帰した。勝敗が決したかと思い目を凝らしてみれば、未だ不敵に邪笑するカ・ガノ・ヴィヂを舞台上に見つけることができた。対峙するミオは、最前と同じ位置――発光体の真下で、白衣のポケットに手を突っ込んだまま仁王立ちしている。

 

「この状況は」

「ミオの攻撃は全部空振。で、今、膠着状態ってところ」

 

答えたのはイーヴィだった。なるほど、生身であるミオの身体能力では、カ・ガノ・ヴィヂを捉えることが適わなかったか。巨大なエネルギーを手にしたからといって、プロトファスマなるGの上位種を打ち倒すには、戦闘経験に乏しいミオには無理難題というものだ。

その時、ふっと、ミオと視線が交わった。あろうことか、対峙する強敵カ・ガノ・ヴィヂから目をそらし、観客席に立つ修次郎の方を、じいと見詰めている。真意を図りかねる行動だ。

ただ一人だけ、デュベルだけが理解を示すかのように、こっくりと首肯したのだった。

 

「御意に。さてギョウブ。ここでお別れね。私達は頃合を見て、舞台に降りるわ」

 

ギョウブが何かを言おうと口を開いたが、結局は噤んで踵を返した。背を見せたまま、しかしこの場を離れる素振りは見せない。

そうして二、三秒の後に、ゆっくりと振り返ったのだった。

 

「気を付けて」

「貴女もね」

 

果たして修次郎ら全員に向けたものか、はたまた特定の相手に宛てたものか、どうにも判然としない言葉を残して、ようやくギョウブがその場から駆け出した。さすがはMAIDと言ったところか、走り出したら速いもので、あっという間に外へと続く通路へと姿を消した。

 

「で、いつ降りる?」

「実験が終わったら、かな。合図するから、イーヴィ、その時は修次郎のことよろしくね」

 

実験が終わったら――デュベルの何気ない一言を、修次郎は聞き逃さなかった。そう。未だ ミオの実験は継続中なのだ。永子加速衝突実験の成果物は、莫大なエネルギーでもなければ、ましてや衝突そのものでもない。

ミオの目的について、修次郎と同様にデュベルもまた気付いたに違いない。あるいは事前に知らされていたか。

 

「外壁が取り除かれた時、か」

「そ。修次郎はどこまで知ってるの?」

「何も知らされてませんよ。ただ、アル・ニヤトという名前から察しがついただけで」

 

龍井である時には見せぬ表情で、デュベルがにわかに関心を示した。

 

「亜剌美亜語なんて良く知ってたね」

「ラヤード共和国でも戒教徒の間で耳にしますので。それに天文は陰陽道の領域でもありますから。昔取った杵柄ってヤツですかね」

「私にも分かるように説明して欲しいな」

「イーヴィ――さん。黄道十二星座さそり座のアンタレスはご存知ですか? 火星アレスに対抗するという意味を込めて、アンチアレス、転じてアンタレス。赤く輝く一等星ですが、別名をカルブ・ル・アクラブ――亜剌美亜語でさそりの心臓という意味です。この恒星に寄り添うのがアル・ニヤト、楼蘭の言葉で心臓の外壁という意味です」

「さっきのビームのことじゃないんだ」

 

最前の永子線バーストによって大穴の開いた武芸館の東外壁を、イーヴィが眺めながら言った。大穴から覗く夜空に、さそり座を探すかのような仕草だ。

修次郎は、そのイーヴィの背中に向けて、推測を続けた。

 

「以前、ミオが冗談交じりに言っていたことを思い出しました。エターナル・コアは二種類あるという話です」

 

修次郎は先ほどの追憶の内容――つまり、エターナル・コアは二種類あること、それに対応して永子もまた二種類あること、そして、その数には偏りがあることなどを、しどろもどろになりながら語った。

 

「ミオは最後にこう言いました。この逆ハーレムの構図だが、精子と卵子に似ているだろう、と」

 

振り返るイーヴィの視線を誘導するように、修次郎はゆっくりと発光体に目を向けた。

 

「僕は、あの発光体の表層部分が、心臓の外壁アル・ニヤトだと考えています」

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