たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 十三

空間に穿たれた穴が目前に迫った頃、修次郎を抱えていたイーヴィが、ヒュージ・コアの側面にがっしりと取り付いた。吸い込まれるヒュージ・コアと一緒に、穴から異界へと抜けるつもりだろうか。

 

「大丈夫なのか、コレ」

 

溜め息交じりに穴を眺めた瞬間、場に最後のアクシデントが発生した。さらに二者が舞台に踊り出たのだった。

一者は幼い風体の女児だった。ミオ以上の矮躯に、狐の面で顔を隠している。その狐面の少女が何処よりか降って現れ、前を行くデュベルを真下――舞台の上に叩き落したのだった。

虚を衝いた一撃によってしたたかに撃墜されたデュベルが、受身も取れぬまま、舞台上に衝突した。背中より床に叩きつけられ、反動で浮き上がった身体が弓なりにしなる。幸い、落下地点に黒い刃はない。あるいは狙って打ち落としたか。

耳に残る生々しい衝突音に顔を歪めながら、とうとう修次郎は本名を口に出してしまった。

 

「ろ、龍井!」

「それが、この小僧の真名か」

 

くふくふと笑う少女が、気を失ったデュベルの腹の上に、ふわりと音もなく降り立った。落着の衝撃で気を失ったか、デュベルの抗う素振りはない。

狐面の少女が、デュベルの腹の上で、舞台上の一堂をたおやかに見回した。一度だけ赤い翼を持つMAID――パトリシアの説明では、ルフトバッフェのスニムバだったか――に目を止めたが、次の瞬間には視線を転じていた。その先に立つのは、陸軍総大将――鮮血に染まる葛神白々朗その人である。

白々朗が、硬い表情で狐面に対峙した。

 

「犯罪者逮捕にご協力頂き、ありがとうございます」

 

言葉と裏腹に、犯罪者の引渡しを強く要求する響きが、白々朗の言葉には感じられた。しかし、対する狐面の少女の反応は実に冷ややかで、要求に応じる素振りもない。

修次郎の目には、どうしても良好な関係のように映らなかった。

 

「無聊の慰みに立ち寄ったまで。そう急くでないよ」

「トキハ殿」

 

狐面の少女――トキハが、右王左王を相手にするカ・ガノ・ヴィヂに目を向けた。片手をポケットに突っ込んだまま、児戯に興じるように一本の黒刀を振るうカ・ガノ・ヴィヂに、絡みつくような視線を向けている。

 

「なかなかどうして。面白い顔ぶれじゃて。よもや、楼蘭のど真ん中で、プロトファスマと鉢合わせる機会があろうとは、思いもよらなんだわ」

「彼奴は、幸いにも犯罪者の一味と交戦している最中。今の内に日華三十人殺しをこちらに」

 

ふふん、とトキハが鼻を鳴らした後、い、や、だ、と一語ずつ区切って言った。

 

「この小僧は、私が預かる。悪く思うなよ」

「相変わらずに面倒な」

「これこれ。女人に向けて面倒などと言ってはならんぞ」

 

誰の耳にも明確に、ぎりりと白々朗が牙を鳴らした。

 

「早合点するでないよ。アソコの黒いプロトファスマの相手をしてやるでな。それで手打ちとしておくれよ」

「笑止。プロトファスマ一匹。何するものぞ」

 

嫌悪を隠さぬ白々朗に相対して、何がそんなにも可笑しいのか、くぐもった笑いを再びトキハが漏らした。誰の敵で、誰の味方なのか、トキハの言動からは寸毫も判別がつかない。

寸余、トキハの視線が、不自然に床に落ちた。それは妙に作為的な動作で。

次瞬、不意にカ・ガノ・ヴィヂが沈黙を破った。

 

「うらぁ!」

 

カ・ガノ・ヴィヂの大仰なヤクザキックが、右王と左王を蹴り飛ばしていた。誰の視線も、床からカ・ガノ・ヴィヂへ、そして右王左王へと順に移動する。まるで誘導されるように。

その間隙を縫って、最後の乱入者が現れた。

床を破り、地下より現れたのは、白い糸だった。否、大量に床下より噴出した糸は、寄り集まり、重なり合い、最早、巨大な柱を形成しつつある。

 

「カ・ガノ様! こちらに!」

 

プロトファスマ――レギオンのイトネ・ヴァ・ネーヴァだった。異形の節足をあらわにし、臨戦態勢で糸を手繰っている。

ゲラゲラと邪笑しながら、カ・ガノ・ヴィヂがイトネ・ヴァ・ネーヴァのそばに寄った。

 

「こいつを頂いて帰るぜ。邪魔したな」

 

カ・ガノ・ヴィヂの言葉が合図だったのか、白い柱の先端が糸状に細分化した。糸状に変じるや否や、カ・ガノ・ヴィヂが『こいつ』と呼んだ獲物へと素早く殺到する。粘性の強い蜘蛛の糸、その頑丈さに反して、自在に伸び、かつ曲がり、獲物に絡みつく。

獲物――ミオ・トーンライムが、短く叫んだ。

 

「右王! 左王! 頼――」

 

獲物――ミオ・トーンライムが地中へと引きずり込まれるのに要した時間は、ほんの一瞬だった。

助けに入る余地もなく、気付いた頃には白い糸にくるまれて、プロトファスマ共々、舞台に空いた穴から地下へと姿を消していた。後を追おうにも、入れ替わりに穴より湧き出た蜘蛛型G――アシダカが、大挙してMAIDの足を止めいてる。

途端に舞台は、アシダカとMAID達の乱戦場となった。

 

「シュージロー!」

 

観客席から一際大きく響く呼び声に、修次郎は力なく顔を向けた。揺れる金髪に、呼び声の主がパトリシアだと遅まきに気付く。

 

「ダークサイドニ落チチャ駄目ヨ」

「ダークサイド? 嗚呼」

「エノルミテ・モワト分カレタ方ガベターネ。シュージローノ、タメヨ」

 

嗚呼――と、やっぱり修次郎は、深く長く溜息を漏らした。

月のように凛と叫ぶパトリシアに対して、修次郎は静かに肩を落とした。冴える月光の乙女に、太陽を背負う加茂家の、佐々木家の業は理解が及ぶまい。清濁を合わせて飲み込んだ先に見える事実というものなど、多聞に及ぶ。枚挙に暇がない。ただ、パトリシアのような立ち位置からは、絶対に見ることなどできないだろうから。

 

「烏の鳴き声をご存じですか?」

「Caw」

「いいえ。Nevermore…二度とない、です。貴方との時間は非常に楽しかった。ですが、貴方と二度と会うことは、最早ありません」

「シュージロー。ダメ。絶対!」

「さようなら。谷間の百合――」

 

そうして混迷を極めるただ中、修次郎はイーヴィ、右王と左王、そしてヒュージ・コアと共に異界の中へと没していった。眼下にMAIDとGの乱戦を、遠くに月の光に似た瞳を、天上に異界への穴を臨みながら。

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