たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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佐々木修次郎の受難 十四

母に抱かれる赤子のように、佐々木修次郎はまどろんでいた。夢現の狭間に、ゆらゆらと意識を遊ばせている。

何もかもが不明瞭なまま、修次郎は束の間の夢を見た。

 

 

*

 

 

「――またか」

 

可笑しなことに夢の住人が、夢の中での再会に驚いているようだった。夢の内容を選べるほど、修次郎は器用ではない。好きで見ている夢ではないのだから、『またか』などと邪険にされるなど、いささか心外だ。

 

「友人の倅(せがれ)とは言え、中年男に好かれても嬉しくはないのだが、いやはや」

 

夢の住人――阿倍野誠明が、無表情に呆れた。こけた頬に色褪せた瞳、相変わらずに陰気な顔をしている。ややもすると妖怪の類と見間違えそうだ。

案の定、愛想のない陰陽師に胸の内を読まれた。

 

「死してなお我輩の魂は呪われているから、あながち間違いではないが」

 

忌まわしい色の瞳を、誠明が――なぜか自慢げに――ぎらりと輝かせた。生気の感じられぬ昏(くら)い輝きだからか、妙な凄みが感じられる。

半ば気圧された修次郎は、逃げるように頭を伏せた。しかし、逃げた先では、烏の形をした影が待ち構えていた。修次郎の足下から伸びるその影は、存在を主張するように両翼を広げている。件の烏――加茂家の祭神だか業だったか。ついにはかぁなどと鳴き出すものだから、たまらない。また、どこか皮肉交じりな響きなのも、ことさらに嫌だ。

修次郎は自らの影からも逃避して、天を仰いだ。天には、異形の太陽が浮かんでいる。

誠明の陰気な声に、視界の外から追われた。

 

「未だ自らの宿命を受け入れていないのか。偽善も露悪も好まぬお前さんなら、難しいことでもなかろうに」

 

誠明が指摘する通り、確かに単純な善悪という考え方は好かなかった。どこかうそ寒さを覚える。それが修次郎の本音だ。

だから誠明の言いも、おおむね了解はしていた。世の中は単純な二元論で割り切れる構造などしていない。それこそ加茂家が奉る金神(コンノカミ)の在り様のように、黒と白の入り混じった糢糊とした様相こそが正しい、と修次郎は心のどこかで確信している。そうでなければパトリシアと、あのような別れ方はしない。

しかし、烏の影を受け入れるには、何故か抵抗を感じた。相対する価値が綯い交ぜになったマージナルの上に顕現する烏――金神の影は、修次郎の考え方に親和する。受け入れても問題ないはずなのだが、どういった訳か厭(いや)でならない。

決めあぐねる修次郎を見かねたか、誠明が何やら勘繰るような仕草を見せた。

 

「もしかしてお前さん。自分が××の×××だってことを知っているのか?」

 

それは奇妙な言葉だった。前後の言葉や文脈は充分に聞こえるというのに、肝心要の部分だけがなぜか分からなかった。耳には入っているにも関わらず、頭で理解できないと言うべきか。

私が何だと言うのだろう、と修次郎の頭の中を、疑問が埋め尽くした。他人の気も知らず――知らぬ素振りを決め込んでいるのかもしれないが――誠明が、何事かを滔々と語っている。まるで外国の言葉で喋っているかのようだ。

だから修次郎は以前と同じように、『Nevermore』とだけ応えた。

 

「難儀じゃのう」

 

何事かを理解するような仕草をして、まぁと誠明が続けた。

 

「そろそろ目を覚ました方が良いぞ。今、お前さんがいる場所は、よろしくない。実によろしくない」

 

蚊だか蝿だかを追い払うように、誠明が手を振るった。なぜか鼻をつまんで追い払うのだから、まるで汚物扱いだ。

すると不思議なことに、目に映る一切の輪郭が崩れ始めた。モザイクで塗り潰したように、視界が不明瞭になる。意識まで薄れ始める。 暗転する夢の中、誠明が哀れんでいるように見えた。

 

 

*

 

 

目をこすりながら、修次郎は夢から覚めた。のっそりと上体を起こし、泥中を引っ掻き回すように意識を手繰り寄せる。眼鏡をなくしたか、ひどく視界が不良だ。

 

「おはよう。修次郎」

 

すがめた目で周囲を見回していると、背後から声をかけられた。聞き覚えのある声に、内心安堵する。

 

「イーヴィさんですか?」

「うん。修次郎、全然起きないから、心配したよ」

「ああ。すいません。えっと、どれくらいの間、気を失っていたんでしょうか」

「武芸館から脱出して三、四時間くらいかな」

 

武芸館という単語を耳にして、修次郎はやっと意識がはっきりしたようだった。楼蘭皇国のど真ん中――武芸館で、七十体のMAIDと特殊なGに囲まれた状況から、命からがら逃げてきたということを思い出した。確かミオはGに、龍井は狐面の少女に、それぞれ拉致されたのではなかったか。

 

「他の二人は――」

「ミオは、たぶん大丈夫。SIASとレギオンの間には、不可侵条約があるから」

 

初耳だった。自らが代表を務める組織SIAS――佐々木先端技術研究所が、人類の天敵Gとつながっていたなどとは、夢にも思わなかったことだ。たとえお飾りの代表だとしても、与り知らぬことがあったという事実は、妙にこたえるものがある。

 

「そんなこと知らなかった」

「条約の締結は、SIAS設立よりも前のことらしいよ」

「だったら、なんで交戦していたんでしょう」

「一芝居うったんじゃないかな。関与を悟られないように、レギオンに武芸館から連れ出してもらうためにさ。途中から永子線バーストの出力を、ミオ抑えてたし。本気の永子線バーストだったら、刑部(ぎょうぶ)のシールドじゃ防げないもの」

 

修次郎は、武芸館で会った刑部――不可思議な光の盾を操るMAID――の、すました顔を思い出した。イーヴィの言うように、やすやすとビーム光を弾いていたように思う。つまりは茶番だったということか。

わずかに修次郎は腹が立った。

 

「心配して損した。そういったことは、事前に教えて欲しいものだ」

「やー。たぶん修次郎をレギオンと関わらせたくなかったんだよ。ミオってあれで結構、修次郎のこと大事にしてるから」

 

一瞬間、イーヴィが何を言っているのか、修次郎には理解ができなかった。あのミオが、底意地の悪いミオが、性根の腐ったミオが、はたして何を大事にしているというのか。積年の恨みつらみをこめ、龍井と一緒に陰で『インケンメガネ』と揶揄しているほどだ。迷惑をかけられた記憶しかない。

だから修次郎は、冗談の類だと思った。それが精一杯だった。

 

「イーヴィさん。こんな時にからかわないで下さい。それよりも龍井はどうなったか知りませんか?」

「からかってないんだけど。ま、いっか。龍井については、女の子に連れ去れたとしか。ただ、龍井、じゃなくて、あの時はデュベルか。ややこしいな。デュベルを気絶させる女の子って、もう普通じゃないよね」

 

修次郎は顔をしかめた。

MAIDを気絶せしめる少女など、異常というほかない。少女の顔をしたMAIDか、プロトファスマか、あるいは本物の幽鬼の類か、いずれにせよ人間の常識を逸脱している。

 

「事によっては、龍井の状況が一番面倒かもしれませんね」

「いや、そうでもないよ。あ、修次郎。これ」

 

シルエットのぼやけたイーヴィが、思い出したようにずいと何かをかかげた。反射的に、顔を近づける。

それは眼鏡だった。

 

「はい。眼鏡。寝たまましてると、壊れたりするかなと思ってさ」

 

極度の近視を患う修次郎は、すぐさまに眼鏡を顔にあてがった。低視力の者にしか分からぬことだが、目の利かぬ状況とは、ことさらに人を不安にさせる。中途半端に見える現実が、いたずらに動揺を誘うのだ。

イーヴィの気遣いに、修次郎は感謝した――のも束の間。

 

「周りを見てみてよ」

 

イーヴィの言う通り、左を見て、右を見て、そして天を仰いで、修次郎は絶句した。

空が白かった。純白に染まった空が、だらだらとどこまでも拡がっている。刺すような白だからか、目の痛くなる光景だ。その奇っ怪な空が、何もない漆黒の大地の上に乗っかっているのだから、眺めているだけで気が違いそうになる。

 

「一番面倒なことになってるのは、たぶん私達だよ」

 

修次郎の双眸は、白い空に浮かぶ異形の太陽に釘付けとなった。否、正しくは、真っ黒な太陽を背にして宙に浮かぶ虫、それも巨大な白い虫が修次郎の目を引き付けて止まなかった。

 

「あれは、まさか――」

「うん。たぶんGだよ。それも噂に聞く白の女王だと思う」

 

そして、ようやく修次郎は全てを思い出した。武芸館から脱出するために、空間の裂け目に身を投じたことを、そして夢枕に立った誠明に危険な場にいると忠告されたことを、やっと、やっと、やっと思い出した。

 

「ここは」

「ミオが言うには、百鬼夜行の通り道。つまり」

「つまり」

「異界ってヤツ?」

 

奇妙なもので、全ての日常が裏返った異界において、いつものように修次郎の口からは溜め息だけがもれた。

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