もう一つの目的を話してみれば、想像した通りにカ・ガノ・ヴィヂが嫌悪の面相をあらわにした。眉間にしわを寄せ、口の端をぐいと曲げている。終いにはつばまで吐いたのだから、相等に不愉快だったのだろう。
「下らねぇ」
「何が下らんものか。アタシにとっちゃ死活問題と変わらないよ。それにお前さんとしても、未発見のGに接触する良い機会じゃないか」
「ショクっつったか」
楼蘭皇国にてショクに関する風聞が、人口に膾炙されるようになったのは天閉17年、世歴740年ごろのことである。折りしも空梅雨と猛暑が重なったことに起因する大飢饉に見舞われていた時期である。
「その年、花冷えの頃に日蝕があってね」
カ・ガノ・ヴィヂが、嗚呼と一つ頷いた。得心がいったという表情である。
日蝕や月蝕などの天体現象は、古来より凶兆の一つとして考えられてきた。飢餓や人死、疫病の蔓延など、とかく人心を惑わす前触れとして観られることが多い。負のイメージが付きまとうためか、怪異と結びつくことも多聞に及ぶ。
「蝕の字を当てるのか」
「然り。後世に編纂された百鬼行路絵巻でも、画図百鬼行路でも、蝕という名の怪異が描かれているよ」
「理解できない代物に、名前をつけて何だか分かった気になる。今も昔も、人間ってな変わんねぇな。雑だ」
「雑なのは人間に限ったことじゃない。それに乱雑でなければ、浮世も味気なくっていけない」
おもむろにミオは懐から紙巻煙草を取り出して、片手で器用に口に咥えた。そして、火をつける前に、カ・ガノ・ヴィヂに一本すすめた。
「いるかえ? 身体にゃ悪いが、毒じゃない。代わりと言っちゃ何だが、火を貸しておくれ。この腕じゃ、満足に燐寸(マッチ)もすれんでな」
何も言わずに、カ・ガノ・ヴィヂがミオの手から煙草を引き抜くと、やはり無言でジッポライタを取り出した。しかし、ミオの口元にまで、火を差し出す素振りはない。
仕方なくカ・ガノ・ヴィヂの胸元にまで、ミオは顔を寄せた。揺らぐ火の温かさと、煙草のヤニの匂いと。すうと深く吸い込んでみれば、目と鼻の先にいるカ・ガノ・ヴィヂの体臭がわずかに混じる。
目のくらむ香気に、ミオは身体を離した。
「一般的には蝕だけれども、実は嘉藤と加茂の内ではショクという音に燭という字を当てる。蝋燭(ろうそく)の燭さ」
「日蝕を元にした化け物とは、違う何かがあるってことか」
「そ。加茂家の文献には、こうある。倭都の底に燭あり、身の丈千里、その形、白色なり。眼を開くと昼になり、閉じると夜になるそうだ。随分とスケールの大きな怪異だが、さて、この記述とGを結びつけたのが、何を隠そう、赤の女王メイトリアークだ」
じゃりと音を鳴らして、カ・ガノ・ヴィヂが歩みを止めた。赤の女王を独占するミオのことが、とにかく気に食わないのだろう。
「G細胞内小器官ブラッタリアのDNAを解析した結果から、リアークは異界に隔離された種の存在を予測した。そして、その種をリアークは、異界の環境に耐え、独自進化した種ってことで『Another Brane Isolated Species』――アビス耐性種と名付けた。深淵って意味を込めたんだとさ。ちなみに西洋の悪魔学において、深淵とは言葉以上の意味を持つ。曰く、進化の終着点だそうだ」
ミオは、歩みを進めぬカ・ガノ・ヴィヂの横を通り過ぎ、五歩ほど先で足を止め、そうして首だけで振り返った。
「リアークの予測を裏付ける事件が楼蘭で発生した――ってのは、耳のさといお前さんなら、知っとるだろ? つい最近のことさね。門隠の一つ、阿倍野家の虎の子MAIDが白いGを召喚したんだ。すぐに再び封印されたけどね。それにちなんでアタシが白の女王種って呼んだら、リアークのヤツ、何でか怒ってたっけ」
「呼び方なんざ、どうでも良い。つまり燭は、アビス耐性種だか白の女王種だかの一匹で、かつ最近になって久々に観測されたってことだろ?」
「阿倍野のMAIDが呼び出した白いGと燭が、別の個体である可能性も否めないけどね」
「紛らわしいな。しかしよ。燭がテメェの言う未発見のGだとして、異次元だか異空間に閉じ込められてるんなら、出現する地域を楼蘭に限る必要はないはずだ。テメェの言い分が正しいなら、楼蘭ばかりで定期的に観測される理由はなんだ。はっきりと示せや」
「もっともな疑問だけど、実は意外と単純でね。燭には目的があるのさ。たったそれだけのこと」
「ふん。穢れ、か」
門隠九津化身絵巻にて渡神が楼蘭皇国に持ち込んだとされる大地の穢れを、ミオは先ほどヒュージ・コアだと結論付けた。そして、金神が地中深くに埋めたとも説明した。今、カ・ガノ・ヴィヂの視線は、大地の底へと続く穴に向けられている。
「燭は過去に何度、観測されてんだ?」
「――4回」
「最初が740年ごろっつったな。つまり休眠期間はおよそ300年周期か」
結論を急ぐカ・ガノ・ヴィヂの態度にいくらか抵抗を覚えつつも、その冴えた勘にミオは素直に感心した。レギオンの首領という立場は伊達ではないということか。頭が回らなければ、一癖も二癖もあるプロトファスマの面々を束ねられぬだろう。
「お前さんの想像通り、この先にあるヒュージ・コアの休眠期間は、おおむね300年さ。休眠期間を終えたヒュージ・コアが放つエネルギーを得るために、燭は300年ごとに現れるんだよ。この楼蘭に」
エネルギー生産を停止したエターナル・コアを、再稼働させるためには一定の休眠期間を必要とする。休眠期間はエターナル・コアによって異なり、数日で済むものもあれば、5年10年と長い年月を要するものもある。当然、ヒュージ・コアも例外ではない。むしろ、その巨大なサイズに正比例してか、休眠に要する時間もことさらに長い。300年という桁違いの時間を要するのも、そのためだ。
カ・ガノ・ヴィヂと連れ立って、ミオは再び歩き出した。
「ただ厳密に言うとね。ヒュージ・コアの管理に困った加茂の先祖が、放射されるエネルギーを処理するために燭を利用したってのが正確だ。今は凋落しちまったボンクラな加茂だけど、その祖先てのは、そりゃ偉大な陰陽師でね。人間に制御できないなら、化け物に処理させようって言い出してさ。300年ごとに開く異界とのチャンネルを用意して、ちゃっちゃと燭を調伏して、異界に封印したんだとさ」
「何だ、そりゃ。本当に人間かよ」
「さあ? 1000年以上前のことだから、今となっちゃ何とも言えんが。もしかすると別の世界から来たのかもね。コアみたいにさ」
その時、行く手の薄闇に響いていた採掘音が、はたと途絶えた。トンネルが目的の空間――ヒュージ・コアの保管場所に通じたか。
それを示唆するように、遅れて空気の流れが変わった。
「とりあえず、まずは大地の穢れとのご対面と行こうじゃないか」