驚いたことに、白いGはある種の意識障害に陥っているようだった。手を触れても動かず、近くで大声を張り上げても目を開かず、静かに呼吸ばかりを繰り返している。その重苦しい威圧感に反して無害やもしれぬという希望的観測に、少しだけ肩の力が抜ける心地だ。ただ、それでも恐ろしいことに変わりはないのだが。
修次郎は重い足取りで白いGのそばに寄ると、その馬鹿げたサイズの体躯を気だるく見上げた。
「刺激に対する反応なし。代謝レベルもずいぶん低いみたいだし、極端に清明度の低下した状態ってとこですかね」
「つまり、どういうこと」
「重度の意識障害か、植物状態か、あるいはそれに準じた状態、か。もしかすると冬眠みたいなものかもしれませんが、何分にも専門ではないので確かなことは言えません」
「医療が修次郎の専門でしょ」
「人間が相手の医術ならかじってますが、さすがにGとなると埒外ですよ」
門外漢を気取るように、少しだけ修次郎はおどけて見せた。
中空に浮かぶ白いGを地に引き摺り下ろしたのは、右王と左王だった。その際に、ずいぶんと乱暴に力を加えていたことだから、白いGの意識は十中八九、失われているだろう。ただ意識障害の宿痾となると、どうにも検討がつかない。恐る恐る行った触診だけでは、それ以上のことは断言できないというものだ。
白いGの閉じたまぶたを、修次郎は胡乱な目付きで眺めた。そして右王が口にした単語を、頭に思い浮かべた。
ニューローマ型永核炉――ニューローマ(Neuroma)とは、元来、神経細胞から発生する腫瘍のことを指す。感覚器官の神経断裂の原因などになる腫瘍だ。しかし今ここで言うニューローマとは本来的なものを指すのではなく、どうやら武芸館にて行った実験――永子加速衝突実験の成果物であるヒュージ・コアを表すらしい。ミオがそう呼称したそうだ。いかにもミオらしい、ふざけたセンスだ。確かに神経腫瘍のようにグロテスクな形をしている。実際、修次郎も見るだに生物の臓器のような生々しさを感じはした。
「白の女王にヒュージ・コアを与えるなんて。でたらめにリスキーなモノをこしらえて、ミオは一体何をするつもりなんだか」
「ジェネレータとプロセッサです」
危機感に欠ける左王の説明に、修次郎は力なく首を横に振った。大方、ヒュージ・コアもといニューローマの一部領域を用いて、計算機よろしく高速な演算処理を行わせるのだろう。または白いGに与えてコア・エネルギーを抽出するのだろうう。ニューローマも白いGもポテンシャルは未知数だが、通常のエターナル・コアとヒトの組み合わせよりは効率面においても、出力面においても良い結果が望むことができる――ような気がする。
だが、そういった期待を差し引いても、問題を多く抱えているように思えた。例えば――
「僻地極まりない異界から、どうやってエネルギーを送るんだ。高速演算の結果を、どこに出力するんだ」
「それはミキと私がテレコネクション用の外装インターフェイスになります。このGと現世の特定点を結ぶ陰陽の術式を書き換え、シンクライアント形式で出入力を実行するこれらシステムをG.N.O.SYSと呼び――」
「もう少し分かる言葉で言ってくれんか」
強い口調で修次郎は、左王の言葉をさえぎった。途端に、得意気に語っていた左王が口ごもる。説明を求めるように右王に顔を向けるが、今度は困ったように表情を曇らせるばかり。右王も左王も計画を充分に理解していないのか、それとも計画の詳細自体を知らされていないのか。インケンメガネの性質をかんがみるに、後者であるような気がしないでもない。
少しだけミオのことが、恨めしくなった。
自由奔放な振舞いは良い。好奇心のおもむくままに研究するのも良しとしよう。百歩譲って滅茶苦茶な実験を行うことも、目をつぶろうではないか。しかし、詳細を隠したまま周囲の者を巻き込むことだけは、勘弁願いたいと心の底から思う。痛切に願うばかりだ。あっちこっちに節操なく手を出しておきながら、実務を執り行う人間には満足に指示も出さず、それでいて失敗の一つでもあれば強く責めるのだから堪らない。
エターナル・コア、あるいはMAIDに対する嫌悪感は未だ拭えないものの、修次郎はわずかに右王と左王に対して憐憫の情を覚えた。ただし内心がどうあれ、思ったことが如実に顔に出るかといったら、それはまた別の話だ。
いかめしい表情に変わりはなかったのだろう、案の定、イーヴィにたしなめられた。
「いじめ格好悪い」
「べ、別にいじめている訳では」
「表情が怖いって。チンピラみたいな顔してるよ」
「チ、チンピラ? 暴力担当の龍井なら、まだしも」
俗な言葉が、えらく衝撃的だった。悪口雑言に塗り固められたミオと同じ屋根の下で寝起きを共にしている身の上なれど、未だかつてチンピラなどと形容された試しはない。しかし、イーヴィの言葉を裏付けるように、右王も左王もそろって怯えた表情をしている。そんなにも卑しい顔をさらしていたのだろうか。
修次郎は頬をなでて、無理矢理に表情を和らげようとした。
「昔っから子供は苦手なんだ。ああ。ミキとサキ――だっけ?」
「修次郎が言うと、犯罪っぽいね」
「ああ。面倒くさい。じゃあ右王と左王。ミオからいくらかは指示を受けているんだろう? この後の段取りを教えてくれ」
説明が始まる合図か、右王と左王が人差し指を立てた。
*
医術と陰陽術のノウハウと、エターナル・コア添加手術の経験が必要なのだそうな。
「医術と添加施術の技量が、ニューローマをGに埋め込む時に」
「陰陽術はGにかけられた呪と式を書き換える時に必要となります」
「脊髄に沿って設けられた神経幹にハイバネーションのトリガー蛋白の抗体を注入、かつ神経幹を遮断し」
「この場にかけられた300年周期の式を解除、可能であればダイ・ポール・モードの制御コマンドを流用した任意接続に書き換え――」
代わる代わる口を開く右王と左王の説明に、修次郎はうな垂れ、そして閉口した。確かに科学とオカルトの入り混じった経歴を持つ人材など、きわめて稀だ。早々いやしない。そのような過去を持つ人間など、修次郎はまさに修次郎自身をおいて他に知らない。
否――ミオ、あるいは門隠か。
修次郎よりもミオの方が、医においても陰陽においても、もちろんエターナル・コアに関しても、ずっと深い造詣を持っている。また門隠大社になら、そういった能力に長けた者がいるかも知れない。阿倍野や嘉藤、加茂の係累ならば、医にも陰陽にも通じているだろうし、何よりも近年の楼蘭皇国におけるMAID開発に門隠大社が一枚噛んでいないはずがない。
がくりと修次郎は肩を落とした。
ニューローマに関する技術を、外部に出す気などミオにはないのだろう。だからミオの代役として、手近のどうとでも処理できる人材――修次郎にお鉢が回ってきたのだ。ニューローマと白いGを処理するという役目が。
「どう考えても、荷が重すぎるだろ」
「そこを何とか」
「お願いします」
右王と左王が、勢い良く頭を下げた。
それに対して修次郎は、頼る相手を間違えていると言いたかった。無能な人間に、打てば響くような反応を期待してはいけない。そんなことに注力するならば、有能な適任者に働きかけた方がずっと建設的ではないか。もし修次郎にミオのような智恵があったならば、喜んで力を貸すだろう。馬鹿げた智恵と妖しい技能でもって、たちどころに事態を解決に導こうではないか。だけれども、そういう訳にはいかない。何と言ったって、修次郎はどうしようもないくらいに平々凡々としたボンクラなのだから。
しかし、予定調和染みたタイミングで、イーヴィが口を添えた。
「修次郎。やったげなよ」
「し、しかし」
「小さい子に頭まで下げさせて、さ」
「失敗して責任を問われるのは私じゃないですか。そんな」
「だからって何もしなかったら、たぶん、そっちの方がミオを怒らせると思うんだけど」
退路が断たれた瞬間だった。まさにイーヴィの言う通り、返す言葉もなかった。
だから修次郎は言葉を詰まらせながら、諦めと共にため息を吐き出したのだった。