たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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ミオ提携

楼蘭武芸館から長く続いた穴ぐらを抜けると、立方体の部屋に出た。古色を帯びた木材が、壁やら床やら一面に敷き詰められている。この部屋が遠い昔に造られたことを、木材のくすんだ色合いが物語っているようだ。部屋の大きさは約二十間四方、天井は見上げるほどに高い。

 

「雪国であった――なんてこたないか」

 

這い出た穴ぐらを背にしたまま、ミオはうんと一つ背筋を伸ばした。息を吐くと、白く染まる。地上を照らす夏の熱気は、地下深くまではさすがに届かないと見える。わずかに肌寒いが、折れた左腕が熱を持ったか、返って塩梅が良い。

ミオは腰に手をあてて、後から姿を現したカ・ガノ・ヴィヂの方に振り返った。

 

「これが穢だよ」

 

楼蘭皇国最大のエターナル・コア――穢を、ミオは大仰な仕草で指し示した。しかし、カ・ガノ・ヴィヂから感嘆の声が返ってくることはなく、至極怪訝な顔をするばかり。張り合いがないこと、この上ない。

ついには疑いの声が上がった。

 

「ミオ・トーンライム。何だ、これは」

「何って穢さ。道々説明したヒュージ・コアだよ」

「コアだろうな。えらくデカいってのも分かる。だが、何だ、紙か? コアの表面は、紙で覆われてんのか?」

 

全盲のカ・ガノ・ヴィヂには、生半には理解が及ぶまいて――と思いながら、ミオはかつかつと足音を鳴らして穢の周囲をゆっくりと歩いた。反射する音を増やし、穢の外観に関する情報を増やすためだ。

ぐるりと辺りを一周した後、カ・ガノ・ヴィヂが紙と呼んだモノを一枚、ミオは穢から引き剥がした。そして、それをカ・ガノ・ヴィヂの手に握らせた。

 

「これは呪符って言ってね」

 

それは陰陽道の呪(まじない)が書かれた札(ふだ)だった。幾何学的な模様と東洋の言葉――楼蘭皇国の漢字など――を、複雑に組み合わせた図柄をしている。

穢はその呪符によって、表面を隙間なく覆われているのだった。一枚一枚、大きさも図柄も異なる呪符が、所狭しと貼り付けられている。時折、おびただしい数の呪符の合間から、思い出したようにエターナル・コア特有の光が漏れるが、それも酷く心もとなく、ただただ穢の外見の異様さを際立たせるばかりだ。むしろ、ちろちろと弱く灯るものだから、まるで良くないモノが漏れ出ているような雰囲気である。それこそ穢れのような、あるいは瘴気のような。

 

「最前にいった加茂某が千年以上前にこしらえた、穢管理システムの一部さね」

「大げさな飾りやら、向こうの門みてーなのもか」

「その通り。加茂直筆の符に神々を祀る神座、鏡に撫物(なでもの)、どれもこれも穢と燭を同時に管理するために必要なマジカルアイテムさね。ちなみに、あすこの赤いのは鳥居というでな。彼岸と此岸をつなぐゲートだよ」

 

彼岸と此岸――つまり現世と異界を結ぶ門として、鳥居が機能しているとミオは説いた。しかし胡散臭い機能とは裏腹に、奇妙な風ではない。例えば、空間のねじれが垣間見えるだとか、得体の知れない光に包まれているだとか、常識を逸脱した現象を見せる様子はない。

赤い鳥居に耳を向けていたカ・ガノ・ヴィヂが、酷く緩慢に振り返った。外連味はもううんざりだと言った表情だ。

 

「要するに、あの鳥居の先に新種のGがいるんだな」

「いんや。あの先は現世。燭への扉は、あっちだ」

 

そう言って、ミオは真上を指差した。その先――穢の直上を染める薄闇には、同じように赤く、しかし、比べようもないほどに大きな鳥居があった。壁から鉛直に建つ鳥居が、穢を見下ろすように、天井いっぱいに広がっている。

 

「異界に封じ込めたのは、燭だけじゃない。穢もだ。つまり、ここも加茂が造った異界だ。さすがに加茂の御大と言えど、地続きの所に穢を置く気にはなれなかったと見えるよ」

 

穢が放つ灯りを遮るように、ミオはふところから取り出した扇子を、顔の前にかかげた。夏の陽光を嫌がるような、そんな仕草だ。

 

「気づいてるだろうけど、穢の休眠期間が終わるのは今年、それも今日だ」

 

今度は懐中時計を取り出した。

 

「トゥールビヨンか。シブいもん持ってんな」

「でしょ? あと半刻ってトコかね。目覚めると同時に、穢は強烈な反応を見せる。燭が召喚されるのも、もちろんこの時」

 

まだ時間があるって訳かと言って、カ・ガノ・ヴィヂが咥えた紙巻に火を点けた。話が長くなるという前置きか。右手でちょいちょいと無心すると、舌打ちと一緒に、ぶっきらぼうに差し出される。

悪びれもせず、ミオは紙巻を抜き取った。

 

「アタシで良ければ、力になるよ」

「ミオ・トーンライム。お前だったら、コイツをどう使う?」

 

手の平大のカプセルのようなモノを、カ・ガノ・ヴィヂが差し出した。黒茶けた色合いの表面には、波上のうねりが刻まれている。

それはGの胚、つまり卵だった。

 

「アタシは昔、ソレをアルトメリアの上下水道に放り込んだことがあるよ」

「なら、水源にでも仕込んで、お前のせいにするのもいいか」

「今さら罪の一つや二つ増えたところで構やしないけど、ヒトのコピーキャットなんてオマエさんの流儀じゃなかろ」

 

カ・ガノ・ヴィヂがレギオンを率いて楼蘭皇国にいる理由について、ミオは合点がいった。ウィンターレインの報復ごときで、一介の科学者を極東にまで追いかけてくるはずがないと思いきや、なるほど、その実、大量のGを持ち込むという侵攻を兼ねていたのだ。むしろ侵攻こそが、本懐と見るべきだろうか。

ミオの決断は早かった。

 

「二つほど渡すものがある。一つ目がコレ」

 

言って、ミオはアンプルをカ・ガノ・ヴィヂの方に突き出した。武芸館でラットに注射した、GAG逆転写ウィルスだった。

 

「乱暴に言っちまえば、G化ウィルス。ラットのG化には成功してる。ヒトへのGAG逆転写は確認できたけど、G化には至ってない。トリーノかヘーコックなら有効利用できるだろうて。好きにしておくれな」

 

無言のカ・ガノ・ヴィヂの手に、アンプルを握らせた。

 

「二つ目は異界だ。ここみたいな異界を一つ用意してやる。そこで卵を培養したらいい。孵化する頃合に、現世につながるようにしとくでな。どうせ培養用のエサは調達してるんだろ?」

 

カ・ガノ・ヴィヂが返事代わりに邪笑した。昨今、首都倭都で噂されている人喰い烏とは、おそらくレギオンのことだろう。孵化したGと、他でもないレギオンの面々の食糧として、楼蘭皇国民をかどわかしているのだ。揃いも揃って黒衣に身を包んでいるために、烏などと噂されたに違いない。もちろん全てがレギオンの仕業だとは言わないが――

 

「本当はもう一つあるんだが、いかんせん時間がない。それは、またの機会にでもしよう」

 

そして沈黙した。後は穢の変化を待つばかりである。

ミオは目を閉じ、カ・ガノ・ヴィヂと闇を共有しながら、ひたすらに黙考した。目的と引き際を両天秤にかけながら、最大利益を模索する。 穢の放つ灯りが増したのは、静寂の中でミオの計算が終わってから間もなくの頃だった。

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