たにまのひめゆり   作:四乃宇内

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ミオ遡源

光の奔流の中に、ミオは身を投じた。光源は三百年の冬眠を経た白いG――燭、さすがに蓄えも底をついたか、強烈な飢えに巨大な口をだらしなく開き、眼球がこぼれ落ちんばかりに目蓋を広げている。かそけく灯る穢に、起き抜けの目を奪われているようだ。

 

「覚めない夢でも見ているってツラだね」

 

応えるように、けえと燭が啼いた。燭の光は、いよいよ眩い。光の強さは、燭の歓喜の表れだ。

ミオはすいと上昇し、燭の後頭部に音もなく降り立った。

 

「悪いがお前さんに穢をくれてやる訳にはいかんでな。代わりと言っちゃなんだが、これで我慢しておくれ」

 

燭の首の後ろに、修次郎が行ったであろう施術痕を見つけた。代わりとは、武芸館で製造した人工エターナル・コア――ニューローマに他ならない。手を伸ばし、傷口をそっとなでてみれば、すでに塞がり始めていることが分かる。いつ見てもGの生命力には驚かされるばかりだ。

 

「修次郎や。神経腫ニューローマは、ここかえ?」

 

燭の延髄――第一頚椎と第二頚椎の接合部辺りを指差すと、修次郎がぶっきらぼうにああと応えた。

その時、ミオは燭の不思議な挙動に気づいた。節足の動きが、どうにもぎこちない。わずかに反応も鈍く、まるで見えない鎖に拘束されているかのようだ。それこそ先ほどのミオのように。巨大な異物――神経腫ニューローマを神経系に移植したのだから、ある程度の不随症状が出てもおかしくはない。が。

 

「何かしたね。センセー」

 

ミオの見えぬところで、修次郎がぎくりと首をすくめる気配がした。しかし、待てど暮らせど、それ以上の返事はない。

 

「まったく。しようのない」

 

施術の際に、修次郎が故意に燭の頚椎に傷をつけたのだろうと、ミオは判じた。おそらく燭の利用方法に反対なのだ。だから旅の最中の鬱憤を、燭の頚椎に刻んだに違いない。しばしば無能を装う修次郎のこと、オペが失敗したと偽って、燭を駆除する腹づもりだったのだろうか。

 

「莫迦だねぇ。人間の素手で殺せるような代物じゃなし。よしんば全身不随になったとしても、生きてさえいりゃ充分に機能するんだから――」

 

そこまで言って、ミオは口を閉じた。振り返ってみれば、色々と無理をさせたようにも思う。脆弱な修次郎の精神には、いささか荷が重すぎたきらいもある。

だからミオは、修次郎の過失を、特別に大目に見ることにした。

 

「そんなことよか、グノーシスだ」

 

G.N.O.SYS(Generative Neuroma Optimization SYStem:略称グノーシス)は完成間近だ。後は燭の体内の神経腫ニューローマと、外装型ダイ・ポール・モード制御呪式――アーマード・コアを出入力の面でリンクさせるだけ。加茂の太祖が設えた穢と燭を結ぶ呪を書き換えるだけで、ハイエンドなプロセッサとジェネレータが手に入る。それだけではない。燭の光を、必要な時に必要な分だけ利用することも可能だ。

ミオは満面の笑みで、強さを増す燭の光を全身で浴した。皮膚の架橋結合が解け、体内に溜まったフリーラジカルが除去される――そんな心地だ。

 

「修の字。運動不足なんだから、この光をよっく浴びた方が良いぞ」

「悪いところが治るとでも言うのか?」

「うむ。細胞が活性化すると言うたであろ」

「麻草の観音様みてえ――あ」

 

妙な頃合で、修次郎が黙った。戯言が続かないということは、ようやく『この目的』に気づいたか。カ・ガノ・ヴィヂには下らないと唾棄された『この目的』に。

幾許もなく結論に達したか、修次郎が破裂するように叫んだ。

 

「不老長寿か」

 

加茂の太祖は平均寿命が二十年にも満たない時勢に、齢百五十まで生きたと伝えられている。燭を封じた当時、すでに老境に達していたというのだから、その後七十から八十年は生き永らえたと考えるべきか。さらには西行法師よろしく反魂の秘術――つまり死者の復活まで行ったという。それもこれも燭の光を用いたことによる功績だと、久月家の閉架書庫に収められた文献にあった。

 

「そんな仰々しいもんじゃない。美容の一種さ。アンチエイジングとでも言いたまえ」

 

加茂の太祖は長命だったのではなく、ある時点で肉体的に若返ったというのがミオの見解だ。ある時点とは、すなわち天閉17年、世暦740年の燭調伏の時を差す。全身でテロメラーゼ活性やら可逆的な脱分化でも起こしたか、あるいは時を逆しまに巻き戻したか、いかなるメカニズムなのか詳しくは分からない。漠然とした想像はできるが、今この場で証明するなど不可能だ。微塵も待たずに過ぎ去る時、逸した機会が再び巡ってくるのは300年も先のこと。気の遠くなる話ではないか。いずれにせよ死者の肉体すら活性化させる燭の光、あわよくば十は若返りたいものだ、とはミオの本音だ。

 

「分からなきゃ体験しちまえばいいんだわ」

「そ、そういうことは」

「何だね。センセー」

 

またぞろ修次郎の弱気な心が、倫理だか良識だかに日和ったかと、ミオは思った。周囲の無理解など慣れたものだ。過去に何度となく味わっている。怪訝な目を向けられることもあれば、正気を疑われたこともある。それどころか極微なリスクに尻込みした挙句に、研究の邪魔をされたことまである。変化を恐れて足を引っ張られたことなど枚挙に暇がない。理解できない事柄を容認できず、それを阻止しようとする矮小なパーソナリティは、至るところに蔓延っているものだ。大地を冒涜する者のように、大気を汚す死毒のように、息を殺して潜んでいるのだから油断ならない。こと修次郎にしてみれば、幼少の頃から泥濘に似た劣等感に浸かって、長じたのだ。リスクに対して人一倍臆病なのだから、またしても、と思った。が。

現実は、少し違ったのだった。

 

「そういうことは男の見ていないところでやれよ」

 

予想外の修次郎の言いに、ミオはぽかんとしてしまった。てっきり、カ・ガノ・ヴィヂと同じように否定的なことを言われるだけかと思いきや、さすがは修次郎、考え方が良くも悪くもずれている。外れている。見当違いではあるが、だからこそ――

 

「ふっ」

 

自然と微笑みがもれた。

実のところ、科学的な実証のない光を浴びることに、微塵の抵抗もなかったと言うと嘘になる。身体にどのように影響するか、何ら保障されていないのだ。未知に対して、好奇心以外にも覚えるものはある。しかし、やれと言う。本意は知らぬが、見ていないところでやれと言う。ずいぶんと心強い後押しではないか。幸い、視界は燭の光で埋め尽くされていて、一寸先も融通が利かない。

黒い鳥の泳ぐ青い海、そこに飛び込んだ一匹のペンギンを、今、ミオは夢想した。

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