たにまのひめゆり   作:四乃宇内

7 / 58
龍井得道 三

勝手知ったる――とでも言わんばかりに、倭都の道をすいすいと進むミオについて行ってみれば、いつの間にやら閑静な住宅街に入り込んでいた。喧騒から一歩離れた往来には人の姿もまばらで、自然とそこが猥雑さとは縁遠い富裕層の居住地区だと知れる。目的の加茂某の居宅が近いのだろう。話を聞いた限りでは、加茂家とは、楼蘭皇国の中心にある門隠九家の一つだとか。往々にして権威は見栄を好む。ゆえに住まいも嫌味なほどに豪奢な造りをしているに違いない――そう思うが早いか、先を行くミオが足を止めた。

 

「あれがそうだ」

「あれってどれよ」

「突き当たりのあれだよ。あれ」

「あれって――ちょっと金持ち程度の民家じゃん。おエライさんじゃねーの?」

「凋落した家には、あれくらいでも充分過ぎるってもんだ」

 

するりと伸ばしたミオの指が示す先には、周囲の景観と似たり寄ったりの家が一軒、佇んでいた。否、むしろ日差しの按配だろうか、陰った部分が多く目立ち、どこか貧相に見える。良く言えば質素、悪く言えば陰気といったところか。そこいらの建築物よりも充分に立派だが、贅を尽くしたというには全く足りず、どう贔屓目に見ても、権力者が寝起きする住まいには相応しいようには思えない。

楼蘭皇国の枢軸だ、門隠大社の一翼だ、と前評判ばかりで判断していた龍井は、だから肩透かしを喰ったように落胆した。どうやら修次郎の家系であるということの方が、より事実に即していたようだ。

 

「ごめんくださいな~」

 

抑揚なく言うミオが、あたかも実家に帰省するかのように、立ち枯れた門扉をくぐった。ミオの慇懃無礼に倣うように、龍井もまた、ズボンのポケットに両手を突っ込んだまま続く。ちぐはぐに伸びる飛び石、その先の正面玄関、閉じた戸からは家の中の薄暗がりが透けていて、いかにも陰鬱な雰囲気ばかりを放っている。

ふと、龍井は、横合いに視線を移し――

 

「何だテメェ!」

 

そしてぎくりとした。瞬時に一歩下がり身構えると、反射的に腰に落とした武鶴二尺七寸の鯉口を切る。

そこ――軒先へと続く家と塀の狭い隙間に、隠花のように立つ中背の女がいたからだ。ざんばら髪の隙間から、洞穴のような瞳を覗かせている。しかし、何よりも龍井を怯ませたのは、その気色の悪い女の気配が、一切感じられなかったことに起因する。まがりなりにも剣の一流派を奥伝まで修めた過去が、龍井にはある。その経験をして気取ること適わず、結果、接近を許したことは、すなわち女が龍井を越える達人であるかも知れないということに他ならない。

 

――くのいちか。

 

思い当たる可能性は、楼蘭皇国の暗殺集団だった。表舞台にそぐわぬ、女の陰気な外見もまた、龍井の推測を補って余りある。

しかし事実はもっと異質だった。

 

「やあ。加茂の。息災かえ?」

 

不気味な女に向かって、確かにミオがそう言った。龍井の聞き間違いなどではなく、はっきりと、明瞭に、女を指して"加茂"と呼んだのだ。

そして、そのミオの言いを保障するように、加茂と呼ばれた女が、砂利を噛むように声を発した。しかも男の、年老いた男の声で、だ。

 

「ぁぁ挨拶など不要じゃ。ぉぉ奥の間に疾く来よ」

「そうかいそうかい。じゃ、お邪魔するよ」

 

女――女だか男だか判然としないが、便宜上、女とする――の声は、酷く耳に卑しい響きを伴っていた。言葉の直前には、妙に間延びした擦れ声が混じる。壊れたラヂオのような雑音が、声の所々を遮る。声のみならず、目は胡乱に見開かれ、半開きの口からだらしなく涎をたらしている女の全存在が、ただ忌まわしい。

武鶴二尺七寸を抜きかけたまま目を丸くしている龍井を置いて、ミオが加茂邸の中へと姿を消した。程なくしてミオの呼ぶ声が屋内から響く。

 

「ほれ。龍の字。何してんだい。早くおいでな」

 

 

*

 

 

屋敷の中は、薄っすらと闇に染まっていて、建物の外観よりもずっと陰々滅々としていた。その薄暗い板張りの廊下を、ミオに先導されながら奥へと進んでいる。幸いにも玄関先で出くわしたあの陰気な女が、後を追ってくるような気配は感じられない。

やおら龍井は、なぁとミオを呼んだ。

 

「さっきの女。アレが加茂とかいうヤツなのか? 随分と根暗そうな女だな。つか男なのか女なのか。どっちだよ」

「何を言っている。さっきのあれは式だよ。式神。腐っても陰陽寮長官を輩出した家系。何の不思議があるよ」

 

式神という耳慣れぬ単語に、龍井は返事もせずに押し黙った。人として生れ落ちてからも、またMAIDとして生まれ変わってからも、剣のみに時間を費やしてきた龍井の経験の中で、ミオの言葉に該当するものがないからだ。

 

「式ってのは、あるモノやコトを別のモノに変換するってこと。儀式の式と一緒。方程式の式と一緒だよ。陰陽師は式を用いて、式神と呼ばれる鬼神を使役する」

「全く別物じゃねぇか」

「同じだよ。二に三を乗じて六とするのと、草花に呪を施して人の形を与えてやるのと、何が違うんだい。XをYに変換するファンクションが式だ。よっく考えるんだね。今でこそ妖しげな面ばかりが注目されて、不可思議な魔術のごときレッテルを貼られているが、時が時なら陰陽道といえば最先端の科学を指したんだ。そもそも大変に深い論理の上に成り立つ学問なのだよ。それに龍の字。陰陽道が非常に数字を重んじているということを知らんで言っておるだろう。五行大義に、一は二を生じ、二は三を生じ、三は万物を生ずとあるように――」

「分かった分かった。悪かったよ。じゃ、何だ、つまり」

「さっきの女は雑草だよ。雑草の式神さね。お前さんの足下に植わってた雑草に、加茂が呪をかけて人の形を与え、式神として使役していただけ」

「奥へ来いっつった、あの気味の悪い声は」

「この奥で待ってる加茂のじい様の声に決まっておろうが」

 

了解できぬ部分は多々あれど、龍井は気配が感じられなかった一点だけは、妙に納得がいった。元々、そこにあった雑草が人の女のように見えていただけならば、接近する気配など感じられるはずもない――ように思われる。

呪とはそういうものなんだろうと努めて思い、龍井は考えを放棄すると、前を行くミオに倣って足を止めた。

目の前に大きな襖が迫っていた。陰陽師加茂泰徳(かものやすのり)が待つ、目的の奥座敷とやらだろうか。その襖の前では、長身の男が一人、挨拶に頭を下げている。

お待ちしておりました――と言って、背を伸ばした男の面影には、どこか見覚えがあった。耳が隠れる程度の長めの黒髪、柔和な口元、龍井よりも若干低い上背と線の細さに頼りなさを感じるが、その落ち着いた外見とは裏腹に双眸は力強い。ぴんと背筋が伸びているため、立ち姿も貧相には見えない。

顔馴染みなのだろうか、ミオが「久しぶり」と声をかけた。

 

「ご無沙汰しております」

「変わりないようで何よりだ」

「お陰様で」

 

当り障りのない挨拶――ミオの言葉は随分と礼を欠いているが――を傍で聞きながら、龍井は眼前に立つ男を凝視し続けた。印象の薄い外見ではないが、どうにも合致する記憶に思い至らない。

男が、龍井の方に顔を向けた。

 

「お連れの方は?」

「バルベロ・フランジェリコ。アタシの護衛さね」

 

バルベロ・フランジェリコとは、龍井がその素性を隠して行動する時に用いる偽名だ。すなわちプロフィールを偽れとの意味が、言外に込められている。

ミオが紹介のために振り返った。

 

「バルベロや。こちらが加茂の分家筋にあたる佐々木家当代頭首の清一郎殿だよ」

 

サングラスの影で、清一郎に気取られぬように、龍井は目に驚きの色を浮かべた。なるほど。見覚えのある顔立ちをしているはずである。ラヤード共和国での同居人にして、哀れな旅の道連れである修次郎の兄ではないか。弟の修次郎とは出来が違うと以前から耳にしてはいたが、全く以ってその通りの、正反対の兄弟だ。目を凝らせば目元口元から骨格など、良く似た造作をしていることが分かるのだが、いかんせん、清一郎と修次郎では覇気の有無という点で決定的なまでに異なる。そう、例えるなら、修次郎が影に植わった雑草であれば、清一郎が太陽そのもの、修次郎がくすんだ岩ならば、清一郎が桜、とは言い過ぎか。

内心、修次郎について酷評しながら、龍井は形式的な挨拶を済ませた。護衛役の用心棒ごときに対しても礼儀を失わない清一郎の態度に、龍井は不思議と修次郎がああいった性格に育った理由が分かったような気がした。あまりにも出来すぎているのだ。

 

「ご宗家様がお待ちです。どうぞ、お入り下さい」

 

恭しく頭を垂れながら、清一郎が奥座敷の襖を開いた。生温い風が、奥からぬらりぬらりと溢れ出る。

ミオに追従して、龍井は加茂家の奥座敷へと足を踏み入れた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。