アインズさん相手では無意味ですが、現地の人間の中ではトップクラスの実力者です。一応。
薄暗い部屋に机を挟んで2人の男が椅子に座っていた。
1人は神経質そうな役人。もう1人はがっしりした体格の囚人。
「いい加減吐いたらどうだ。スレイン法国の秘宝はなんだ。六色聖典の部隊構成はどうなっている。法国から賄賂を受け取った貴族はだれだ。」
「・・・」
イライラした様子で役人が尋ねるが囚人は答えない。
「1つでも答えれば減刑すると言ってるのが分からんのか。ニグンよ、お前だってこんなところで一生を過ごすのは嫌だろう?」
「勘違いするなよ」
ようやくニグンが口を開いた。
「私は殺人の任務が嫌になって投降したが、国を売ったわけではない。貴様らに法国の機密など話す気はない。」
役人がニグンを睨み付けるが、ニグンも睨み返す。
「・・・チッ、もういい。今日はこれまでだ。」
根負けした役人がそういうと、後ろに控えていた衛兵がニグンを立たせ、牢に連行した。
◆
エ・ランテル外周部には巨大な墓地が存在する。これはアンデッドの発生を抑制するために存在している。
アンデッドの発生原因に関しては分かっていないことが多いが、基本的には生者が死を迎えた場所に生まれてくる場合が多い。特に無残な死を遂げた死体や埋葬されていない死体からは非常に発生しやすい。
発生したアンデッドを放置しておくとより強いアンデッドが発生し、それを放置すると更に強いアンデッドが発生するという現象が起こる。この現象を防ぐためにもアンデッドの討伐は不可欠である。
帝国との戦争が行われるカッツェ平野に近いエ・ランテルでは墓地の需要が大きく、結果として外周部の西側地区の大半を占める巨大な墓地ができた。
いくら壁で囲まれているとはいえ、アンデッドが発生する墓地の近くに住みたがる者はいない。そのため、墓地のまわりには牢屋やゴミ捨て場といった市街地に作れない施設か、アンデッドを討伐する衛兵や冒険者のための駐屯所などしか存在していない。
現在、墓地のすぐ北にある牢屋にニグンは収監されていた。
「まったく、毎日毎日飽きもせずに・・・」
牢に戻されたニグンはベットに横たわりながら悪態をついた。
ニグンがエ・ランテルに着いてから1週間が経過していた。この1週間、ニグンは毎日尋問を受けている。
法国は王国と交流が薄いため、その実態は謎に包まれている。帝国のフールーダ・パラダインを凌駕する
王国は敵対していない法国について積極的に調べようとはしなかった。しかし、戦士長暗殺未遂事件を受けて状況が変わった。法国が王国に介入してくる可能性があるならば少しでも情報を集める必要がある。投降したニグンからならば、多くの情報が得られるだろうと考えて尋問が行われた。
しかし、ニグンは何ひとつ答えない。
ニグンはアインズから逃げるために投降しただけで、王国に協力する気はさらさらない。
特に意味のない情報であっても、何か話せば待遇が良くなることは分かっていたが、それができない事情があった。
(法国に裏切ったと誤解されたら、殺されるかもしれん)
陽光聖典の隊員たちがアインズの手によって全滅した以上、法国には何が起こったか知る術はない。王国でニグンが捕虜になっていると分かれば、情報を求めてすぐに接触してくるだろう。その時のための言い訳もすでに考えている。
しかし、下手に法国の情報を喋って王国側についたと思われたら、間違いなく穏便な接触にはならない。最悪、弁解の間もなく殺されてしまうかもしれない。なのでニグンは黙秘を続けていた。
「・・・暇だな」
その気になれば脱獄は容易いが、王国の追跡をかわして法国まで辿り着けるかは怪しい。アインズたちに遭遇する可能性まで考えると、法国の接触を待った方がいい。
だが、陽光聖典の隊長として忙しい毎日を送ってきたニグンにとって、牢屋生活は退屈だった。だからといってやることもないため、早めに床についた。
◆
「・・・騒がしいな」
眠っていたニグンは外からの物音で目を覚ました。窓から外を覗くと今は深夜のようである。だというのに、鐘の音が聞こえてきた。こちらに近づいてくる慌てた足音も聞こえる。
鉄格子から看守たちの様子を見ると、看守たちも原因が分からないようで不安そうな表情をしている。
すると、外から衛兵が飛び込んできた。顔面は蒼白でひどく怯えたようである。
「大変だ! 墓地からアンデッドが大量に溢れてきて今にも門が破られそうだ!」
「何!? それは本当か!」
看守たちは驚いた。もし門が破られたら、ここも危ない。それどころかエ・ランテルそのものが危ない。
「南門にアンデッドの大群が発生したと連絡がきた直後に、北門にも大群が現れた。1万体以上のアンデッドが発生したと考えられる」
アンデッドは種類によって強さは大きく異なるが、通常発生するものは大して強くない。しかし、1万という数はあまりにも多い。その上、アンデッドの特性によって、より強いアンデッドが次々発生すると考えられる。
状況は絶望的だ。
「駐屯所にいた衛兵と冒険者たちに応援を頼んだがとても手が足りない。戦える者はすぐに門まで来てくれ。私は冒険者組合に連絡してくる。」
そう言い残して衛兵は出て行った。
残された看守たちは呆然と立っていたが、我に返ると慌てて装備を着け始めた。その光景を見てニグンは呆れかえった。
「王国はアンデッドの駆除すら出来んのか」
アンデッドの退治はたとえ戦争中の国家間でも協力するほど重要な案件である。自分たちが住む都市の墓地でそれを怠り、アンデッドの大群を生み出すとは聞いたことがない。
「愚かとは思っていたがこれほどとは・・・」
見殺しにするべきか一瞬迷ったが、このまま放っておけばニグンもただでは済まない。
鉄格子ごしに看守に声をかける。
「おい看守。私をここから出せ」
「は?」
「私がアンデッドを殲滅してやろう」
予想外の提案に看守はうろたえる。
「い、いや、そんなことができるわけが・・・」
「〈
看守の言葉を無視してニグンが魔法を唱えると、鉄格子はひしゃげて吹き飛んだ。
唖然とする看守たちをよそに、牢から出て適当な看守用の外套を身に着けた。
「全滅させたら戻ってくる」
そう言い残してニグンは墓地に向かった。
◆
墓地の北門では激戦が繰り広げられていた。
休憩所にいた衛兵と冒険者たちが到着した直後、門は破られた。押し寄せるアンデッドたちを必死に迎え撃つが旗色は悪い。
発生したアンデッドはさほど強くはない。鉄級冒険者でも1対1なら互角、銀級以上の冒険者ならまず負けない、といった程度の実力である。しかし、数が多すぎた。衛兵と冒険者が合わせて20人ほどなのに、門から出てきたアンデッドたちだけで100は超えていた。
打ち合わせる暇もなく戦いになったため、互いに連携もうまくできない。その結果、戦線は徐々に後退していき、崩壊も時間の問題である。
「だめだ! 門からゾンビ達が出てきてしまう。もうおしまいだ!」
「諦めるな! なんとしても墓地に押し戻すんだ!」
弱音を吐く冒険者に仲間が必死に声をかけるが、その声も震えていた。この戦いに勝ち目がないことは誰もが分かっていた。だが、何としても応援が到着するまで時間を稼がなければならない。その思いから彼らは決死の覚悟で戦う。
しかし―――
「うわっ!」
すぐ隣から悲鳴が上がる。振り向くと、1人の衛兵の右手足にアンデッドの腸が巻きついていた。必死に振り解こうともがくが、バランスを崩して転倒し、アンデッドに引っ張られていく。
「た、助け! だれかあああああああ!」
あっという間に引き寄せられた衛兵にアンデッドが群がり、全身を食べていく。
その様子を見て、全員に恐怖が駆け巡る。
「ひいいいいいいいい!」
耐えきれなくなった1人がついに逃げ出した。つられて他の者も逃げ出そうとする。
「うろたえるな、愚か者どもが!!」
突然、その場に大声が響き渡った。驚いて声の方を見ると、外套を着た男が立っていた。
「〈
ニグンの詠唱によって、全身鎧に身を包んだ天使が召喚される。手にはメイスと円形の盾を装備し、全身が光り輝いていた。
「アンデッドを倒せ」
命令に従って、
アンデッドに対して天使は非常に相性がよい。さらに、スケルトン系など打撃系が弱点のアンデッドも多い。そのうえ、ニグンに召喚されたモンスターはタレントによって強化されている。
これらの要素が重なり、
「すげぇ・・・」
「あれ1体で全滅させられんじゃないか?」
今まで絶望に追い込まれていた衛兵と冒険者たちに、希望が広がった。しかし、その希望は他ならぬニグンによって否定される。
「いや、数が多すぎるな。私が限界まで召喚し続けても、半分も倒せないだろう」
「で、では今のうちに墓地側に乗り込むべきでは?」
衛兵の提案にニグンは冷ややかな視線を送った。
「素人が考えそうな下策だな。わざわざ敵に包囲されにいく間抜けがどこにいる。」
ニグンが嘲笑ったとき、
「門を通過してくるアンデッドを妨害しろ。ただし、無理に全滅させなくていい。」
命令に従って門に向かっていく天使を確認すると、ニグンは衛兵と冒険者にも命令を下す。
「門を中心に半円状に包囲網を作れ。墓地側に押し込むことは諦めて門を出てきたところを包囲殲滅するぞ。アンデッドどもの方が数が多いが、門を通過できる数は限られている。包囲を徹底すれば対処できる数だ」
衛兵と冒険者は理解が追い付かないようで呆然と立っている。その様子にニグンはイライラして怒鳴りつける。
「適度に距離をとって門を包囲しろ! 行動開始!!」
「「は、はい!」」
慌てて位置につく衛兵と冒険者に、ニグンはさらに指示を出す。
「戦士職の者はアンデッドの正面に立って戦え。魔法職はアンデッドどもが1人にに殺到しないように注意を引け。神官職は戦士職の回復に努めろ。私は天使を召喚してアンデッドの通過の阻害と押され気味の者の援護を行う」
「とにかく時間を稼げ。応援が到着すればこの程度どうにでもなる」
アンデッドたちが再び衛兵と冒険者に襲いかかる。だが、先程より数は少なく、互いの連携もとれている。
「いける! このペースなら応援が来るまで持ちこたえられる!」
衛兵と冒険者たちに再び希望が広がる。
「右翼はもう少し下がれ! 左翼に大型のアンデッドが向かっている! 集中して魔法を放って戦線の崩壊を防げ!」
陽光聖典は人類に害となる存在の殲滅を基本任務としており、戦闘行為は六色聖典の中で最も多い。隊長として長年働いてきたニグンは、包囲殲滅の経験が極めて豊富である。そのニグンの指揮によって的確に戦えるため、包囲網は維持できている。
しかし、ニグンは不安を感じていた。
(討伐を怠ったため大発生したかと思ったが、明らかに数が多すぎる。人為的なものだったらまずいな)
ニグンには原因に心当たりがあった。
(ズーラーノーンがかつて都市1つを滅ぼした”死の螺旋”。もしもこれがそうだったら、これから高位のアンデッドが次々に湧いてくる)
現在、大量のアンデッドたちと戦えているのは、1体1体が弱いためだ。同じ数の高位のアンデッドが相手ではあっという間にやられてしまうだろう。そうなる前に術者を見つけ出して始末しなければならない。
(高弟1人だけなら、私でも相性が良ければ倒せる。しかし、弟子たちが間違いなくいるだろうし、そもそもこの広大な墓地で発見することが難しいか)
冒険者の応援がやってきても、これが死の螺旋ならば打つ手はない。アダマンタイト級冒険者でもいれば話は別なのだが、エ・ランテルにはミスリル級までしか常駐していない。
もちろん、ズーラーノーンが原因であることはニグンの推測にすぎない。しかし、それ以外の可能性としては、あのアインズたちぐらいしか思いつかない。あの化け物集団ならば、この程度容易く引き起こせるだろう。その場合はもっと打つ手がない。
逃げる算段を考えていると、異変に気付いた。
「うん?急にアンデッドが来なくなったな」
墓地の奥から向かってくるアンデッドの数が突然減ったのだ。
「誰かが原因を突き止めて、発生を止めたか?」
どの門にもアンデッドは押し寄せているはずである。この数のアンデッドを突破し、ズーラーノーンの高弟を倒せる者など思いつかない。
だが、実際に数は激減している。
(あの日から、どうも予想外のことばかり起こるな)
もっとも、これは良い意味で予想外のことであるが。
「応援に来たぞ! 大丈夫か!?」
振り返ると30人ほどの冒険者が到着したところだった。ニグンは彼らにも指示を出す。
「包囲に加勢してやれ。先程まで倒しても倒しても大量に押し寄せてきていたが、たった今それがなくなった。残存するアンデッドを倒せばもう終わりだ」
「よし、手分けして倒すぞ! 我々は中央を担当する」
応援の冒険者たちが加わったことで、アンデッドは次々に倒されている。まだアンデッドは大量に残っているが、この分なら心配ないだろう。
「やれやれ、これで一件落着か」
大量発生の原因は分からないが、もう発生しないならば誰かがうまくやったのだろう。
ニグンは大きく伸びをして呟いた。
「―――牢に帰って寝るとするか」
外套を大げさにはためかせてニグンはその場を離れた。
◆
戦闘の後、ニグンは大人しく牢に戻った。当初の予定通りに法国からの接触を待つためだ。
久しぶりの戦闘に疲れていて、驚く看守を適当にあしらってすぐに眠りについた。
目を覚ますともう朝になっていた。看守に尋ねたところ、昨夜のアンデッド騒動はもう収まったそうだ。たった2人の冒険者が解決したという噂が流れているらしいが、詳しくは知らないようだ。
その処理に追われているようで、今日は尋問はない。暇を持て余していると、昼ごろになってニグンの牢に看守がやってきた。
「面会です」
ニグンは鉄格子の無くなった牢を出て、看守の後をついて面会室に向かった。
(ようやく来たか)
ニグンには王国にいる知り合いはいない。法国の工作員とみて間違いないだろう。
「あなたを訪ねてきたのは女性1人で、1対1の面会を希望しています。普通なら認められませんが、昨夜のことを考えて特別に許可が下りました」
墓地での戦闘に加勢したことが伝わったためか、今朝から看守たちはいやに親切である。
(わざわざ面会に来るということは、何かしらのマジックアイテムを渡してくるのか? それとも今回は聞き取りだけか?)
どちらにせよ、看守がいないのは好都合だ。
やがて、部屋辿り着いた。
「こちらが面会室です。外から鍵をかけますので、終ったら備え付けの鐘を鳴らしてください」
看守はそういうとニグンに部屋に入るように促した。指示に従って中に入ると、中には1人の女性が座っていた。
その姿を見てニグンは立ちつくし、グビリと唾を飲み込む。
気配が違う。
自分とその女性では、人と獅子ほどの存在感が違うのだ。
ただそこに座っているだけで、人としての格の違いをこちらに伝えてくる。
ニグンは彼女のことを知っていた。しかし、なぜ彼女が直々に来たのかが分からない。
「ではごゆっくり」
そんなニグンの心境を露にも知らず、看守は呑気に扉を閉めた。
「あなたは漆黒聖典の――」
おそるおそる声をかけようとすると、後ろからわずかな殺気を感じた。
「っ!」
急いで身を翻そうとするも、遅かった。心臓こそ逸れたが、ニグンの背中に突き立てられた短刀は肺を貫いた。
ニグンの背後に、魔法で姿を消した暗殺者がいたようだ。
「ぐはっ」
短刀が引き抜かれ、傷口から大量の血が噴き出る。
治癒魔法を唱えようにも、肺がやられて詠唱ができない。
倒れこんだニグンは薄れゆく意識の中で2人の話を聞いた。
「クリスタルも回収したし、あとはこの死体を持ち帰ればいいだけか。おとなしく牢屋にいるとは予想外だが、楽ができたな」
「しかし、これでよかったのでしょうか。予備兵を除いて
「裏切り者を生かしておいては示しがつかないだろう。再編には
「
「・・・まあ、その辺りは神官長たちの判断に任せよう」
なぜ裏切ったと確信している?
なぜ陽光聖典の生き残りがいる?
混乱するニグンをよそに、あの声が聞こえる。
―――5回目だ
漆黒聖典には勝てなかったよ・・・・