肩を落としてピットへ戻る。正直に言えば最後の瞬間は完全に勝利を確信していたから、気落ちっぷりが半端ない。
重い扉が開いて中へと入っていくと、そこには四人の人間が待ち構えていた。千冬姉、山田先生、箒、レインだ。
「……よくもまぁ、あそこまで持ち上げてくれたものだ」
腕を組んだ千冬姉の溜息が届く。うぅ……そういう言い方は卑怯なり。そりゃ、派手に見得を切っちゃったのは俺なんだけどさ。
「まったく。説教は後だ。さっさとISから降りろ」
千冬姉に言われて、慌てて乗ったときと逆に下りようとするが、俺の動きに合わせて白式も動くため、どうにも上手くいかない。何とかしようと四苦八苦していると、心配そうに山田先生がアドバイスをくれた。
「織斑君、白式が小さく纏まるイメージをしてください。身に着けるアクセサリーのようなものに変わるって」
なんという優しい声音。確信する、山田先生、あんたはこの学園の良心だ。
と、そんなどうでもいいことを思いながら、俺は目を閉じる。白式が小さくなるイメージ……、形は身に着ける物……。脳裏に浮かんだのは真っ白なガントレット。
「ん…………」
一瞬の浮遊感と目蓋越しに感じる光が収まって、俺はゆっくりと目を開けた。体を包んでいた白式は消え、ダイビングスーツのようなISスーツだけの姿になっている。ただし、右手首には今まで無かった真っ白なガントレットが巻かれていた。
「これは?」
しげしげとガントレットを眺める俺に、山田先生が解説をしてくれる。
「それはIS、白式の待機形態です。普段はその姿ですが、必要に応じて展開することができるので、必ず身に着けておいてくださいね」
なるほど。便利な物だ。
「で、その為の規則がこれなので、必ず読んでおいてくださいね」
おい……。山田先生から渡されたのは、電話帳並みの厚さの本。この学園は教科書にしてもそうだが、必要書類を電話帳にするこだわりでもあるんだろうか?
「目を通しておけ。間違っても捨てるなよ」
誰だ。こんな目立つ物を捨てる奴は? 俺だよ。教科書を間違って入学前に捨てたことに大層ご立腹ですね、千冬姉。いや教師だから当然なのかもしれんけど。
「でも、千冬姉」
「何だ?」
「どうして俺は負けたんだ?」
疑問を思い切ってぶつけてみる。余裕があったわけじゃないが、白式のシールドエネルギーは一次移行《ファーストシフト》の段階ではまだ残っていた。それがどうして急にシールドエネルギーがゼロになったのか分からない。
「武器の特性を理解せずに使ったからだ」
「武器の、特性?」
それは雪片弐型のことだろう。というか、それ以外の武装が白式にはない。でも雪片弐型の特性っていったい何なんだ?
「少しは自分で考えろ」
千冬姉は俺の疑問を先取りして、そう答えた。それを言われると俺もぐうの音が出ない。ぐう……。
「これからは時間があればISを機動するんだ。だが、今日はもう休め」
「はい」
忠告、いたみいります。俺の返事を聞いて千冬姉はその場を後にし、山田先生がその後を追いかけた。
「織斑先生」
だが、ピットを出る直前で、千冬姉を呼び止める声がした。振り返る千冬姉の視線の先にいたのは、レイン・カッシュだった。
「何だ、カッシュ?」
別段呼び止められたことに不満などないのだろう。千冬姉は至って普通の態度で聞き返した。逆にレインは、この一週間まるで見せたこともない厳粛な顔をしている。どうして、そんな表情をするのか分からなかった。
「貴女なら、どういう特訓をしましたか?」
「…………お前と同じことをしたさ。ただし、ISでな」
それだけ言うと、今度こそ山田先生を引き連れて、千冬姉はピットを後にする。その場には、俺と箒とレインが残された。
「負け犬」
「ぐあ!」
箒の一言が胸に突き刺さった。そりゃ、あれだけ偉そうなこと言って結局負けたら、そう言われるのも仕方ないと思うけど、それでもやっぱり言われたくはない言葉だ。
「まったく、まだまだだな」
やれやれと頭を振る箒に少しイラッとした。どうして箒にここまで言われなきゃならないんだ。そりゃ一週間の特訓に付き合ってくれて、それを無駄にしたとなれば多少はそういう言葉も出てくるだろうけど、それにしたって何で上から目線なの?
「まぁ、あ、あれだ。明日からは、その、ISの訓練もしないとな」
箒はそうちょっとどもりながら告げた。
「え? 見てくれるのか?」
「ま、まあ別に私は構わないぞ? だが他の人間の方が良いかも知れんぞ? 千冬さんとか」
「いや、千冬姉は無理だろう」
忙しいだろうし、何よりちょっと弟だからって贔屓されてるみたいで嫌だ。千冬姉ならそういうことはしないだろうけど、周りからそう見られるだろうしな。
俺が即答して何か嬉しいのか、箒はしきりに、うんうんと頷いている。
「お、お前が私に頼むなら仕方ないな。し、仕方なくだぞ? ISの訓練を見てやらんこともない」
「おお! じゃぁ頼む! 持つべきものは幼馴染だな!」
正直助かった。今俺の知り合いと言えるのは箒とレインくらいなのだ。レインはISに興味がないと言っていたから頼むのは気が引けたが、箒が見てくれるというならこっちから是非ともお願いしたい。選択肢もないし。
「……一夏」
俺と箒が今後の練習で一通りの合意が得られたとき、レインがようやくその口を開いた。
いつも堂々としていたのに、今は何故かうつむきがちに俺に声をかけてくる。あまりのらしくなさに不安を覚えた。それは箒も同じだったようで、ちらちらと俺の顔を伺っている。ちょっと怪しんだ顔で……。いや、俺何もしてないから!
「……すまん」
レインの口から出たのはそんな謝罪の言葉だった。意味が分からずに俺は呆然とするしかない。
「今回の敗因は、私がお前にISの制御について教えられなかったせいだ。そうすれば、エネルギーの残量を気にしながら戦うこともできたのに…………」
レインは深々と頭を下げた。
「い、いや!」
慌ててレインの肩を掴んで体を起させる。その瞬間、ばっちりと目があったのだが、いつもの、特に箒を叩きのめしたときの、自信に満ちた強い瞳は、その影もなく弱々しい物へと変わっていた。
「あの特訓がなかったら、エネルギーを気にする間もなくやられてたって!」
俺は必死にレインを慰めようとした。泣いている訳ではないが、あまりの弱り方に、俺が悪いような気さえしてくる。
だがレインは再度頭を下げた。
「いや、私がお前の実力と度胸を見誤っていたんだ。あれだけ本番で戦えるなら、もっとISについて私が教えることができてさえいれば……」
「終わったことだ。仕方ないさ。それにお前の特訓のおかげで初撃をかわすことができた。十分な成果じゃないか」
このとき初めて、俺はレインの一面を見た気がした。あまりにも強い責任感。レインは俺の敗北を自分の責任だと感じている。だがそんなことありはしない。あれは俺の戦いで、敗北の責任は俺が背負うべきものなんだ。
俺はどう言ったものかと思案していると、箒が先に動いた。
「面!」
スパーンと乾いた良い音が響く。頭を下げるレインに竹刀を叩きこんだのだ。持ちこんでたのね、MY竹刀。
力は入ってなかったとはいえ、突然の頭部への衝撃に面喰って顔を上げるレインに、箒はどこか得意気な顔をしていた。
「ふふ、初めて一本を取ったぞ」
いや、確かにこの一週間俺がしごかれるのとは別に、箒はレインにちょくちょく挑んでは返り討ちにあっていた。最初のように殺伐としたものではなかったけど、箒も本気を出していたように思う。
……一度も勝つどころか、有効打すらなかったが。
「………………」
箒の行動の意味が分からずに、目を白黒させているレインの顔が少し可笑しくて、俺は吹き出しそうになる。一週間で見たレインの顔なんて、本当に一部だけだったんだな。いや、実は箒ですら俺はほんの僅かな面しか見ていたいのかもしれない。というかきっとそうだろう。女心は複雑怪奇だし。鈴もあれだけ長くいてよく分からん言動のときがあったからきっとそうなのだろう。
俺がこの場では全く欠片も関係がない、もう一人の幼馴染との思い出に思考を割いている間、箒とレインの会話も進む。
「私はお前より弱い。それは認める。だがレイン、お前は自分より弱い相手から一本を取られたんだ。まだまだ未熟ということだ」
でも、箒の言いたいことも分からないではない。自分より強い相手に情けない姿を晒されるのは、正直良い気分ではないからな。
「未熟者に、いちいち反省している時間なんてあるのか?」
箒の得意顔に、挑発的な笑みが浮かんだ。その顔は、全く箒に似合っていない。
「……ふ、そうだな」
レインも同感だったのだろう。頭をかきながら失笑していた。その顔にはさっきまでのネガティブな感情は浮かんでいない。
「分かっていたつもりだったが、本当につもりだったらしい」
そう呟いてレインはピットを出て行こうとする。
「レイン!」
慌ててレインを呼び止めた。さっきから俺、相手を呼び止めてばっかだな。もしかして空気読めてない?
「今回は本当にありがとうな。良かったら、また稽古をつけてくれ!」
「私も、今度は万全の状態で勝たせてもらうぞ」
箒も乗っかってきたが、それは無理じゃないか? まあ、箒もそれは分かってるだろうし、多分すぐにじゃなくて長期的な話だろう。それに、勝てないからって諦めるよりもずっと箒らしくて俺も好きな意見だ。
「ふ……」
レインの返答はそんな小さな微笑みとかざされた手の動きだけだった。俺と箒はそれを肯定と受け取って、ピットを出て行くレインに手を振る。
「……俺達も行くか」
「そうだな」
俺と箒もピットを出て行くことにした。
「一夏」
「何だ?」
突然箒に名前を呼ばれて問い返す。箒はこっちを見ることなく言葉を続けた。
「負けて、悔しいか?」
「勿論だ」
その問いには即答できる。俺は男だから、負けっぱなしは嫌だった。それに結局、俺は千冬姉の名前すら守れずに、しかもその責任をレインに感じさせてしまったのだ。何とかこの失態は取り返したい。
「…………そうか、それなら、いい」
箒は嬉しそうはにかんだ。ゴメン、何で嬉しそうなの?
「箒はレインに負けて悔しいのか?」
とりあえず分からないことは横において、俺は別の話題を振る。
「あそこまで差があったら悔しくもない。馬に脚力で負けて悔しがる人間はいないだろう」
「でもレインは人間だぞ?」
そりゃ、人間離れした強さだと思うが、人間を止めてはいないと思うぞ。日光も浴びてたし、少なくても吸血鬼ではないはずだ。
「だからこそ、挑みがいがあるというものだ。同じ人間なんだからな」
「そうか」
何とも前向きな意見に、俺は感心させられる。そして、セシリアのことを思い浮かべた。次にやり合うときは、俺もセシリアに追いつけているだろうか。生身でレインに挑むより、遥かに現実的に思えたが、何もしなければ不可能だ。
その思いが思わず呟きとなって零れる。
「もっと、訓練しないとな。ISも、剣道も」
初めてのISバトルは、結果こそ敗北で終わったが、俺や他の人間にも大きな影響を与えた一戦となった。今回の件を俺は忘れないだろう。本当の意味でIS学園に入学した日なのだから。