一夏と箒の関係は覚えておられるでしょうか?
そう、二人は幼馴染。幼少の時期を共に過ごした代え難き存在。
しかし……一夏の幼馴染は、実は箒だけではなかったのです。
もう一人の幼馴染。彼女が一夏の前に再び現れた時、それはまたしても波乱の幕開けとなるのです。
それでは、IS武闘伝、Ready~Go!
「どうしてできないんだ!」
箒の怒声が叩きつけられた。
今俺達がいるのは第三アリーナ、時間は放課後。この場にいるのは俺、箒、セシリアの三人で、それぞれが白式、打鉄、ブルー・ティアーズとISを装備している。
あのクラス代表決定戦後も、俺と箒はこうして特訓を続けていた。だが内容は、白式に慣れるため、千冬姉も多く機動しろと言っていたからそれに従い、IS操縦の訓練にシフトしている。
今の箒の怒声は、箒の指示に従えずに上手く急上昇、急下降を行えなかったことへの叱責だった。
勿論俺も、できなかったことに対して責任を感じてはいる。ミスしたのは俺だ。だがそれでも、一言言わずにはいられなかった。
「なんだよ! ぎゅーんという感じって!」
そりゃISの操縦にはイメージが大切なのは分かる。山田先生もそう言っていた。だからって『ぎゅーん』じゃどんなイメージを持てばいいのか想像もつかない。
「まったく、箒さん。そんな説明で分かる人がいる訳ないでしょう」
セシリアが俺に味方してくれた。
「一夏さんには、私がしっかりと教えてさし上げますわ」
そう言って俺の腕をさり気なく取る。いや全然自然じゃないんだけどね。だって箒の顔がみるみる怒りの色に染まっていくんだもの。
不思議なことにセシリアもこうして俺の特訓に付き合ってくれている。理由を聞くと『クラス対抗戦に向けて、一夏さんを鍛えるのはクラスメイトの一員として当然ですわ』だそうだ。ありがたいことだ。
「一夏にはあの説明が合っている! お前の『上体を三度傾けて引き上げられる感覚』なんて、あいつの頭のできで理解できるものか!」
「まぁ! 私の完璧かつ一分の隙もない説明にケチをつけますの!」
でも毎回毎回こうして喧嘩になるのは止めて欲しい。ぶっちゃけた話をするとどっちも同じくらい分からないから。
こんな調子で今月のクラス対抗戦、大丈夫なんだろうか?
クラス対抗戦《リーグマッチ》とは、各学年でクラス単位で行われる対抗戦で、クラスの交流・団結や以降のための能力指標を作るために毎年行わるイベントである……らしい。優勝賞品が学食のデザート半年フリーパスらしいので、クラスの女子(つまり俺以外)が全力になっているのだ。女の子は甘い物に目がないな。
「そこになおれ!」
「量産機に遅れはとりませんわ!」
あ、何か考え事してる間に二人の喧嘩がヒートアップしまくってた。箒は打鉄の刀を正眼に構え、セシリアは近接戦用ナイフ『インターセプター』を実体化させている。今にも切り合いになりそうな緊張感だ。
……俺が止めるのか?
「ま、まぁまぁ。二人共それぐらいで――」
「一夏は黙ってろ!」
「一夏さんは黙っててください!」
わーい、なんて息がぴったりなんだー。喧嘩の必要ないんじゃないかー。
心が折れそうになるが、俺は頑張って精神を立て直した。今すべきことを冷静に見つめさえすれば、慌てることなんて何もないんだ。俺はセシリアと戦う前の一週間の特訓でそれを学んだ。そうやって自分をとりあえず納得させる方法を身に着けたのだ。ああ、俺って大人だなぁ。
なので、俺はその場で急上昇・急下降の練習を始めた。要は予備動作なしで一気に上昇・停止、そこからまた一気に降下して地表すれすれでぴったりと止まれば良いのだ。
とりあえず、ジャンプの延長で体が重力に逆らうイメージをする。すると、白式は俺のイメージに反応して一気に空へと舞い上がった。そして、停止のイメージ。写真の様なイメージをすると、空中でピタリと制止してくれる。成功だ。
ここまではさっきも上手くいった。問題はここからだ。降下は問題ない。拙いのは停止の方。さっきは地面にぶつかってしまった。その性で穴が開いている。後で埋めないといけない。
「すぅ~……」
息をゆっくりと吸い込む。肺に送られた酸素がヘモグロビンと結合して、血管を流れ脳に送り込まれるので思考がクリアになる……ような気がする。
まあとにかく、俺は下降のイメージをする。頭から落っこちる姿を思い浮かべると、白式がそれこそ足場でも失くしたかのように下に向かい始めた。
眼前に迫ってくる地面。ISのハイパーセンサーのおかげで砂の粒子まで見えてしまっていて恐怖を感じないでもないが、そこは白式が守ってくれると信じて、なかったことにした。
衝突の直前に再び空中で制止するイメージを固める。白式が一気に減速をした。
「ぎゃっ!」
結果、俺は地面に再びクレーターを作ったのだ。まぁ一回目と同じ所なので穴は一つだけだからまだ埋めるのは楽かもしれない。……一回目より深くなったことはこの際無視しよう。
「はぁ~」
頭を掻くと、ISの手がごつごつした。
ISを操縦する際は目を閉じる訳にいかないので、高速で動く景色を見ながらの動かないイメージをすることになるのだがこれが難しい。上昇のときは視覚の大半が空で埋め尽くされているので多少動いても大丈夫だが、降下のときは視覚情報とイメージのブレが酷くて劇的に難度が上がるのだ。
「どうするかな……」
「どうするか……」
「ですって……?」
思わぬ返答に俺は心臓が破裂するかと思いながらゆっくり、ゆっっっくりと振り返った。悪魔でもいるんじゃないかと思わせる、地獄の底から響くような怨嗟の籠ったくらい声。
声の主は、箒とセシリアだった。
「私達が折角お前の訓練をどうしようか話し合っているというのに……」
ほ、箒さん……。話し合いじゃなくて殴り合い、てか切り合いになってませんでしたっけ……?
「それなのに、当の御本人は私達を無視して地面に追突とは……」
い、いやぁ、それを防ぎたくて練習してたんですよ、セシリアさん……。
『一夏(さん)!』
「なんか知らんがごめんなさい!」
迫りくる二人の剣幕に、俺は頭を下げるしか選択肢がなかった。
「あ、篠ノ之さん、ここにいたのね」
『はい?』
やられる! と覚悟した瞬間、誰かが箒を呼んだ。全員がその声に釣られて思わず返事をしていた。どうやらピットから通信されているらしい。音声と一緒に映像が直接脳に送られてきた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、今時間ある?」
俺の知らない教員のようだ。容姿の整った(と言っても千冬姉ほどじゃない)大人な雰囲気の女性で、あまり破天荒さは感じなかった。まぁ千冬姉みたいな先生が大勢いたら、そこは学校じゃなくて軍の研修施設になってしまうんだが。
「誰?」
「部活棟の管理をされている榊原菜月先生ですわ」
俺の小声での質問にセシリアが答えてくれた。部活に入ってない俺が面識ないのも仕方がない。そもそも女子部しかない部活棟に迂闊に近づいたら大変なことになりそうだ。どうなるかは知らんが。
箒はというと、こちらをちらちらと見て反応を伺っている。だから俺は素直に答えた。
「大丈夫だぞ。訓練相手はセシリアにしてもらえるしな」
「なっ!」
箒が驚愕の声を上げた。あれ? 訓練を途中で抜けることに対してじゃなかったのか?
「い、一夏ぁ……」
……なんか間違ったらしい。憤怒の気が膨らんでいる、ような気がする。
だがこのピンチもやはり榊原先生が救ってくれた。
「あ、そっちにいるのは噂の織斑君でしょ? 君も手伝ってくれないかな?」
「一夏も?」
ナイスだ先生! 予想外の発言に、箒の意識が再び榊原先生に向いている。ここは一気に畳掛けるべし!
「大丈夫です! 何をすればいいんですか?」
「あら、いい返事。じゃあお願いするわね」
榊原先生は楽しそうに微笑んだ。やっぱり最近しかめっ面の女子を(何故か)見ることが多いから――特に箒とかセシリアとか箒とかセシリアとか――こういう笑顔は心安らいだ。
「一夏、にやけてるぞ」
「いやらしいですわ」
箒とセシリアの機嫌は何故かまた悪くなるのだが……。俺は悪くないよな?
「じゃあ、ちょっと人を探して欲しいの。仲良いんでしょ、レイン・カッシュと?」
「……レイン?」
榊原先生の言葉に意表を突かれる。レインも部活って柄ではないはずだ。
「レインを探し出してどうするんですか?」
俺も思った疑問を箒が聞いてくれた。榊原先生は一つ溜息をする。
「彼女を部活に勧誘したい顧問の先生が多くてね。それで彼女、臍を曲げちゃったらしくて……。勿論入部は帰宅部を含めて自由なんだけど、そんなことで部活を避けられたら嫌じゃない? だから話をしようとしたんだけど……」
「したけど、どうかされましたの?」
セシリアが続きを促す。
「逃げられちゃって」
それは有り得ることだと思った。レインはあまりそういった人間関係で苦労するのは好きじゃないように見える。そのことでは俺も懸念があった。
はっきり言えばレインは今、クラスの中でも浮いた存在になっている。あまり自分から人の輪に入ろうとしない性格もそうだが、それは箒も似た部分があるので関係がない。問題は箒と違って、俺達とも最近は接点がないということだ。
セシリアとの対決後、レインは一度も俺の訓練を見に来てはいない。勿論、クラス対抗戦に向けてのISの技術習得がメインになっているから、という理由もあるだろうが、それにしても放課後はすぐに一人でどこかへ行ってしまうし、昼飯も一人で食っているらしい。
正直に言えば、レインについては俺も心配をしていたのだ。
「分かりました。じゃあ、職員室に連れて行けばいいですか?」
「私が会いに行こうと思ってるんだけど」
「それは止めた方がいいです。多分逃げます」
レインは視覚以外で気配を探ることができる。一週間の特訓のとき、新聞部員の黛薫子先輩が何度か盗撮をチャレンジして全敗していたのだ。避けている相手が近づくだけで察知するだろう。
だったら、俺達でとりあえず会うだけでも説得した方がいい。
「そう。ならお願いするわね」
「はい」
俺の挨拶を聞いて榊原先生は通信を切った。
「しかし、どこを探すんだ?」
「虱潰しに探すしかないだろうなぁ」
IS学園の施設を頭に思い浮かべながら箒に応える。
「セシリアは何か知らないか? 確か、ルームメイトだろ?」
一昨日の練習後に、セシリアの部屋にお茶に誘われたのだ。同室の相手に迷惑だろうと断ると、セシリアは確かにレインがルームメイトだと言っていた。
「いいえ。あまり自分のことを喋られる方ではありませんし」
そう頭を振る。納得できる話だ。口数少ないからなぁ、レイン。
「やっぱり、手分けして探すしかないか」
この学園でレインを探し出し、かつ説得できるとしたこの三人しかいないのだ。少々手までもやるしかない。
「ふふ……お困りの様ね!」
突如、声が響いた。
「だ、誰だ!」
いや、箒、それじゃドラマとかに出てくる三下だぞ?
そうは思いながらも、俺も箒と同様に周囲の様子を伺った。ISは別に直接視覚しなくても辺りの情報を取得することができる。
十メートルほど離れたところに、女生徒が一人立っていた。
「な、何を考えているんだ?」
俺は思わずそう呟いていた。俺達以外にも訓練をしているISが飛び交う中、生身で悠然と歩く女。危険どころじゃすまない。そもそも普通は監督をしている教師に入ってくること自体を止められるはずだ。
「レイン・カッシュの居場所、私が教えてあげてもいいわよ?」
バッと扇子を開いて口元を隠す。扇子には二文字、漢字で書かれていた。
『開帳』と。