第二整備室に辿り着くと、そこは喧騒に包まれていた。つなぎを着た女性陣が右へ左への大騒ぎ。空中投影型ディスプレイだのキーボードだのをいじって言い争いをしたり、IS(量産型の打鉄やラファール・リヴァイブブ)の配線や関節部分を真剣な顔でいじり倒したりしている。
「すごいな……」
思わずそう呟いていた。今までは何だかんだで華やかな女子校の雰囲気しか感じさせなかったこのIS学園で、俺は初めてここがプロフェッショナルを養成する学校であることを実感する。テレビや漫画で見た様な職人の世界がそこに広がっていたのだ。正直、場違い感が半端ない。
「クラス対抗戦《リーグマッチ》に向けての整備ですわね」
セシリアの説明に俺は納得して頷いた。確か整備科は二年からだもんな。一年の俺達がこの空気を知らないのは仕方がないのかもしれない。
「専用機がないんだな」
「お前はぁ……」
箒が呆れた溜息を吐いた。眼なんて半目になっている。
いや、だってクラス対抗戦《リーグマッチ》は代表戦だろ? だったら普通専用機持ちがなるんじゃないのか? セシリアも専用機持ちの凄さを自慢していたんだし。
「一夏さん、専用機持ちはIS学園内でも決して多くはないですわよ?」
「え? そうなのか?」
「ええ。現に一年では私と一夏さんしか専用機持ちは居りませんわ」
そうだったのか。セシリアの説明通りなら、俺は寧ろ特殊な例だから正規の専用機持ちはセシリアだけということになる。
「だいたい、IS学園は内部に持ち込まれた技術を開示する義務がある。専用機持ちを入学させることは国家も相応のリスクを負うということだ」
「……じゃあ何でセシリアはIS学園に入学できたんだ?」
箒の言うことも尤もなのだが、分からない俺が考えなしみたいな口調だったので無理やり反論してみた。いや考えなしなのは事実なんだけど。
「それは私のブルー・ティアーズが試作一号機《プロトタイプ》だからですわ」
「え、と?」
「つまり新技術としての役割は既に終了しており、今はISコアの経験と進化を優先させてということです。絶対数の不足しているISをこのまま本国においておいても二次移行《セカンド・シフト》が行われるほどの経験値を稼げるかは微妙でしたので」
確かにISコアは世界で四六七個しかないのだから、技術を秘匿しようとすると国内に数機しかないISとのローテーション対戦になるだろう。経験を積む、という点では不足だろう。技術体系の基礎が異なる装備との戦闘経験も積めないしな。
このあたりの事情をすらすら言えるなんて、セシリアって本当に国家代表候補なんだなあ。
「……あれ? ってことはブルー・ティアーズは英国の最新型じゃないってことか?」
俺の素朴な疑問に、セシリアは嬉しそうに笑って指差してきた。Exactly! って感じだ。
「今は試作二号機が運用されていますわ。あ、勿論どんなISかは国家機密ですので、いくら一夏さんとは言え、お教えすることはできませんわよ?」
「いや、それは分かるから」
しかし二号機か。一号機が自立型レーザー兵器だったから、やっぱりそんな類の武器なんだろうか? 三角錐のバリアを展開するとか。BTが敏感に反応し過ぎた、みたいな。
「レインがいたぞ」
そんな風に考えていると、箒が目標を発見したらしい。この喧騒の中での人探しは難しいかもしれないと思っていただけに幸運だった。
箒の視線を追うと、その先には見知った後ろ姿の女生徒の姿。他の人間がつなぎだのジャージだのと作業服を着ている中、制服姿と言うのは目立っていた。
「レイン!」
声を上げて名前を呼んでみると、この喧騒の中でもしっかりと聞こえたのか、即座にこちらを振り返った。間違いなくレイン・カッシュだ。
軽く手を上げて合図を送ると、レインは頷いて傍にいた女生徒に少し話しかけてる。こちらから何を言っているのか聞き取れないが、女生徒は一つ頷いて、目の前の空中投影ディスプレイに視線を戻した。
「どうしたんだ、こんな所で?」
ゆっくりと歩いてきたレインの第一声はそれだった。本気で分かっていないのが表情から読み取れる。
「こんな所って、それはお前もだろ?」
「私は、ISについて少し勉強しておきたくて整備科を見学していたんだ」
一切の淀みなくレインは答えた。あまりに強すぎるから格闘馬鹿みたいなイメージを勝手に持っていたことに反省をする。千冬姉の言う通り、ISに興味がないとか言ってたけど、あのセシリアと俺の戦いの後から少し考えを変えたらしい。
「あれ? あれ、噂の織斑君じゃない!」
「え、マジ!」
にわかに周囲の喧騒に黄色い色が混ざり始めた。今までは作業に集中していて気付かれていなかったらしい。
レインが深く溜息を吐いた。
「ここで話は無理だな。ちょっと来い」
そう言ってレインは俺の右手を掴んで入口に向けて歩き始めた。相も変わらずの圧倒的腕力差で、俺は成す術もなく引きずられていく。
『あっ!』
背後から箒とセシリアの小さな悲鳴が聞こえた。いや、悲鳴を上げたいのは俺の方なんですけどね。
だがレインはそんな後方の出来事に頓着せずに俺を外へと引っ張っていく。そのおかげで、俺は転ばないようにするために前方に意識を集中させねばならず、箒とセシリアの様子が全く分からなかった。ただ、空いた左手をどちらかが掴みすぐに放すという謎のエンドレスな行為だけ触覚で感じ取っている。放すというか、離される? そんな力も感じてはいたが。いったい何をやってるんだ、二人は?
そうこうしているとレインは外へ出て整備室の裏手に回り込んだ。確かにここなら人目には付きにくいだろう。こういう言い方だと、犯罪かいやらしいことをするみたいな前振りだけどな。
「で、何の用だ?」
手を離して振り返り、レインは俺と相対した。俺はレインに榊原先生からの話をそのまま伝える。
「部活か……」
レインは頭を掻いて、露骨に困った様子を曝け出した。確かに俺がレインの立場でもあまり乗り気にはなれないだろう。下手な部活に入っても、身体能力に差があり過ぎて、勝てても面白くはないだろうし。
「別に入らなくても良いんじゃないか? ただ、一度は顔を出して話ぐらい聞いて
からじゃないと、相手が納得できないだろう?」
俺の勧めに、レインは再び困った顔をした。
「あ~、いや。部活に入ること事態は別に構わない」
「そうなのか?」
ちょっと意外だった。そういう集団行動とか苦手そうなのに。
「最近、師匠がこの学園に入れと言われた意味を考えていたんだ。確かにISについて学ぶということはあるだろうが、きっとそれだけじゃなかったんだ」
「……他に、何か必要なものがここにあるのか?」
俺より先に、箒が真剣な顔で問いかけた。箒にとっては雲の上の様な実力者の考えだ。いつかは倒そうと思っている相手が、IS学園で身につけようとしている物に興味を持ったんだろう。
だが、レインの答えは武術とは無関係のものだった。
「普通の学生生活を学ばせたかったんだろう。私は小学校に上がる前に流派東方不敗の門弟となったから、学校通ったことがなかったからな」
答えそのものは強さに繋がる物ではなかったが、レインの強さの理由の一端は籠っていた。まだ幼い、本当に幼少の頃から、学校にも行かずに修行をしていたのなら、確かに実力は抜きんでるだろう。勿論才能あってのことであるだろうが。
「では、何故部活に入ることを躊躇されていますの?」
セシリアの言葉に俺も賛意を示す。部活を躊躇する理由はない、寧ろもっと積極的に参加しても良いはずなのだ。
「今はもう少し、ISについて勉強したいんだ。専用機の開発を見る機会なんてそうはないだろうしな」
「専用機の開発?」
どういうことだろうか? 俺はレインの言葉の意味を図りかねていた。専用機自体は普通独自の研究所で作られるものではないだろうか? 俺の白式も『倉持技研』とかいう場所で開発されたと聞いているんだが。
「頼みこんでようやく見学の許可を貰ったんだ。お前達も見ただろう? あの眼鏡の女生徒」
レインにそう言われて、俺の脳裏に整備室でレインと会ったときの情景がフラッシュバックした。確かにあの時レインの前に在ったISは最低限の装甲しかない剥き出しの状態だった。
「では、彼女が四組の代表候補生ですの?」
心当たりがあったらしいセシリアの質問にレインは首肯で返事をした。俺と箒は事情が分からず、視線でセシリアに説明を求める。
「一年の専用機持ちは三人ですわ。私、一夏さん、そして四組の代表候補生。しかし四組の代表候補生の専用機は未完成と聞いています」
成程。確かにあの時の女生徒のリボンの色は青色で、同学年だった。……あれ?
「ということは、さっき彼女は自力で専用機を完成させようとしている?」
俺の問いに、レインは首肯で答えた。
『えぇえええええええええええええええええええ!』
驚愕の声が三重奏で奏でられた。レインは咄嗟に耳を塞いでいる。ナイス判断力。
「そんな! 学生が独力で専用機を完成させるなんて! できるんですの!」
「さあな」
飛びきり大きな声を出したのはセシリアだった。目を見開いて全力で驚愕を表している。唇も小刻みに震えていた。俺や箒よりISに詳しい分、どれだけ無茶なことなのかが分かるのだろう。
だがレインは、日常会話のように淡々と話す。
「本人がやると言っているんだ。できるかどうかはこの際関係ない。私は勉強になるから頼みこんで見学してるだけだからな」
「はぁ~。俺達と同い年なのに凄いな」
感嘆の溜息が零れた。
思い出すと、ちょっと無口で愛想のなさそうな感じではあったが、逆にクールと言われて人気の出そうな少女だった。眼鏡をかけて知的さはさらに倍率ドン、という風でオーラで優秀だと感じたのも事実。勿論実際に優秀なんだろう。
しかし俺は、能力よりもその整った容姿に気を取られていた。
「でもあの子、どっかであったことあったような……」
「一夏!」
「一夏さん!」
俺の呟きの直後に、箒とセシリアが敏感に反応して叫んだ、というか怒鳴り付けた。目が血走っている。
「貴様、いつの間に他のクラスの女子にまで手を出した!」
「出してねぇよ!」
いやいや! その言い方じゃ俺が悪い男みたいだろうが、箒!
「では、どういうことですか! 見たことあるなんて!」
「そのままの意味だよ! 他意なんかあるか!」
何でそんな思考に辿り着きますか、セシリアさん!
だが、二人はまだ納得がいかないようで、俺をずっと睨みつけている。怒られるような心当たりないんだけど……。こりゃ下手にデジャビュでも感じた日には血の雨が降るな。
俺は背筋のゾクゾクを無視することにした。転換美!
「まあ、そういうつもりなら榊原先生に早く伝えた方が良いぞ」
「話を……」
「逸らしましたわね……」
聞こえません。
「……そうだな。分かった。私から榊原先生に話に行こう」
レインの返事に俺はやっと仕事が終わったと安堵した。結構いろいろあって正直疲れたな。
「なら、私は整備室に戻る」
「あ、俺も見学していいか?」
自力でISを組み立ててるなんて俺も興味ある。なのでレインに軽く頼んでみた。
だがレインは予想以上に深刻な顔で悩んでいた。
「あ~、止めておけ」
「え?」
「今お前が行くと話が拗れそうだ。それで作業が滞っても困るしな。今は、白式を上手く扱えるように練習してろ」
はっきりと拒否をされて、俺はなおも食い下がろうかと思ったが、レインが意味もなくそんなことはしないだろうと考えなおす。あの一週間の特訓は、俺の中でさり気なくレインへの信頼を育てていたらしい。俺と箒とセシリアは、大人しくレインを見送った。