第二整備室に行った翌日、ホームルーム前の教室は妙な喧騒に包まれていた。誰も彼もが一つの話題に興味を持って話に花を咲かせている。関係ないけど彼もって男俺しかいないから。正確には誰も彼女もなのか?
「あ、おりむ~おはよ~」
教室に入ってきた俺に一番最初に気付いたのはのほほんさんだった。のほほんさんというのはクラスメイトの一人で、いつもどこかぽや~っとした印象から俺が勝手につけたあだ名だ。本名は……忘れた。
のほほんさんは手を振って俺を呼ぶ。それで皆俺の登校を知ったらしく、全員の視線が一瞬俺に突き刺さった。その中には、先に部屋を出た箒のものも入っていて、ちょっと居心地が悪い。
「で、何の話だ?」
いつまでも入り口でクラスメートの視線のシャワーを浴び続ける苦痛から逃れるべく、俺は積極的に話の輪に加わった。のほほんさんとセシリアと他数人のグループが中心のようだったので、俺はのほほんさんに聞いてみる。
「あのね~、二組に転校生が来たんだって~」
「転校生?」
こんな時期に? まだ四月だ。普通に入学してくるもんじゃないのか?
「きっと私という存在を脅威に感じて代表候補性を急遽寄越したんですわ」
セシリアは胸を張ってそう断言するが、全員がそれは違うだろうという顔をしていた。勿論、セシリアが優秀なのはクラスの全員が理解しているが、かといってこんな時期に転校をねじ込むほど優秀かと言われたら素直に頷けない。そんな世界中が注目するような特殊な例が――。
「あ……」
あったよ。
俺だ。
よく考えてみれば、俺は世界で唯一ISを動かせる男で、入学前は世界中の研究機関その他から勧誘を受けていたんだ。IS学園に入学して外部からの接触が難しくなった今、内部に人間を送ること事態はおかしな話じゃなかった。
「どうかしましたの、一夏さん?」
セシリアが俺の反応に首を傾げる。思いついたことを告げて、また注目されることは遠慮したかったので、俺は話題を変えることにした。
「おい! レイン!」
自分の席に座り目を閉じているレインに声をかけ、手招きをする。寝てはいなかったらしく、俺の声に即座に反応して目を開け席を立ってこっちにやって来た。瞑想か何かだったのだろうか?
「何だ……?」
「あ、いや……」
露骨に不機嫌そうな声音に一瞬萎縮してしまう。このまま喧嘩にでもなったら、俺はISでも使わない限り一方的に叩きのめされることがわかりきっているのだから仕方がないのかもしれないが。
できるだけ慎重に、刺激しないように俺はレインに話を振る。気持ちは爆発物処理だ。
「き、昨日の話はどうしたのかと思って?」
「昨日の……? ああ」
レインは納得したように頷く。
「まだ完成してないぞ」
「いや、そっちでなくて」
そして思い切り勘違いをしていた。
当然俺もIS操縦者として、自力で専用機を完成させようとしている同級生に興味も関心もあるのだが、それ以上にレインの部活動について、友人として心配しているのだ。ま、レインに引っ掻き回されるだろう部がどこか気になっていることも事実なのだが。
「部活の方か?」
「そうそう。榊原先生の所へは行ったのか?」
「まだだ。今は時間が惜しい。クラス対抗戦が終われば、入りたい部活も決めて会いに行くことにしている」
だったらその旨を榊原先生に伝えるべきなのだろうが、今のレインはISのことで頭が一杯なんだろう。ここは俺がメッセンジャーになっておくしかないのかもしれない。
そんな俺とレインの会話に、気づいた時にはクラスメイト達が目を輝かせていた。
「ねぇ、二人は仲良し?」
のほほんさんがにこにこしながら迫ってきた。その後ろから同級生達の興味深々な視線で追撃を受ける。どうやらのほほんさんはクラス代表らしい。俺の代わってクラス対抗戦にでてくれないかな。
「別に特段仲が良いという訳ではない」
はい、ばっさり。レインさんは相変わらず切れ味抜群ですよ。こちらとしてはクラスの中でもかなり交友のある間柄だと思ってたんだけどなぁ。そして何故胸を撫で下ろす箒&セシリア。
「でもでも~、レイレイが話すのっておりむー関係くらいだよー?」
そう言われれば、のほほんさんの指摘通り、俺もレインが他の人間と打ち解けている所は見たことがない。同室のセシリアと、俺と一緒に特訓を乗りきった箒以外とは関わりを持つつもりがないのだろうか?
「狎れ合いには興味がないからな」
これまたばっさり。今の発言でレインのクラス内での評価がゼロからマイナスに降下した気がする。教室内の視線が一気に冷めきったのを感じた。
どうしてレインはこんなに口が悪いんだろう。そんな性格だよ。別に人付き合いが嫌いなわけじゃないはずなのだ。でなければ俺の特訓を買って出たり、専用機を完成させようとしている他クラスの人間を手伝ったりはしない。唯々周りに誤解を与えてしまうようなきつい言い方をしてしまうだけなのだ。……たぶん、きっと。
「と、ところで転校生ってどんな奴なんだ?」
俺は慌てて話題を逸らした。逸らしたというより戻したんだが。
「それは私のことよ!」
教室のドアがバンッと音をたてて力強く開き、凛とした少女の声が更に力強く教室に響いた。同級生にしては高音の叫び声は幼さを表現している。
……って聞いたことある声なんだが。
「………………鈴!」
クラスメイト全員が突然の事態に唖然とする中、俺は思わず少女の名を大声で呼んでしまっていた。
凰鈴音《フォン・リンイン》。通称鈴は、中二の終わりに転向して中国に戻るまでの四年間を共に過ごしたもう一人の幼馴染だ。年齢よりも小柄で、ツインテールに纏めた髪も昔から変わらない。
当時の記憶が一気に蘇った。
「はは、何してんだよお前? 格好つけてるのか?」
教室の入り口で、腰に両手をあて胸を張る姿がほのぼのとしていて微笑ましい。まるで百点のテストを見せつける小学生のようだ、と言ったら殴り飛ばされるから黙っている。
「う、うっさいわね!」
鈴は顔を真っ赤にしながらポージングを止めて詰め寄ってきた。図星をさされて恥ずかしいらしい。
「あんたこそ、何でISの操縦者になんかなっちゃってんのよ? テレビ見てびっくりしたじゃない」
いや、それは俺も驚いているんだから答えようがないじゃないか。
でもまあ、こんな風に軽い会話も久しぶりだ。この学園では良くも悪くも注目されていて、級友って感じのやり取りは殆どないのが現状だった。
同じ幼馴染でも、箒のときは久しぶりの再会過ぎて話題に困ったからな。
「しかし久しぶりだな! 日本に戻るなら連絡ぐらい入れろよ」
「あんたを驚かせてやろうと思ったのよ」
お互いの表情に満面の笑みが浮かぶ。一年以上のブランクも一瞬で埋まるこの気心が知れた感じがまた心地良い。
「なんだよ。じゃぁ弾には連絡取ったのか? あいつ驚くぞ、お前が帰ってきたって聞いたら」
「その辺は後で連絡する気だったのよ。…………その、他に気を取られたことがあったから」
ありゃ、弾も可哀想に。中学時代は俺と鈴と五反田弾の三人でよくつるんでいたものなのだが。とは言え鈴も久しぶりの日本、しかもIS学園に転入となれば大変だったんだろう。
「ちょっとあなた! いきなり不躾ではありませんこと!」
セシリアが急に俺と鈴の間に、なかなか怖い形相で割って入ってきた。鈴の目がウザったそうに半眼になる。こいつは感情をストレートに表に出すから社交的な割に敵も多かったのを思い出す。
「あんた、誰? 私は今一夏と話してるんだけど」
「わ、私は一夏さんにISの操縦をコーチングしているセシリア・オルコットですわ!」
「何、あんた同級生にISの操縦習ってんの?」
「え? ああ、俺まだ初心者だからな」
セシリアの視線が危険な感じでナイフのように尖ってるんですが。殺傷力持ってるよ、あの視線。何故俺に向けられているのか不思議で仕方がない。
ついでに箒の方もかなり強烈な目付きをしている。
「ふーん、だったら私が教えてあげる」
「ちょ、私はイギリス代表候補生ですわ! コーチには私が適任ですわよ!」
「あ、そ。私の中国代表候補生だから問題ないわね。繋ぎありがとう、後は私が引き継ぐから」
歯をむき出さんばかりのセシリアに鈴が冷たく返している。二人の間の熱気は危険域をはるかに超えて、俺に生命の危機を訴えてきていた。
予感がある。このとばっちりは俺に来るという確信めいた予感が。
しかし鈴が代表候補生か……。中学時代から努力家で多彩ではあったが、俺と一緒にいたときにISの話なんてしたことなかったから、ここ一年ぐらいで国家代表の候補生になったのか。すごいな。
「いや、一夏は、私に、指導を頼んだのだ。コーチは私がする」
「今度は誰よ?」
鈴とセシリアのやり取りに箒が参戦した。心なしか〝私に〟の部分が強調されていたような気もするが、まぁ事実といえば事実でもある。
「私は篠之野箒。一夏の幼馴染だ」
「ああ、あんたが一夏の言っていた道場の娘って奴ね。でも残念でした。私も一夏と幼馴染なのよね」
「何ですって!」
「一夏、どういうことだ!」
幼馴染宣言をされ驚くセシリアと箒は、そのまま俺に詰め寄ってきた。
超怖い…………。
「い、いや……どういうもこうも、小中で同じクラスだった幼馴染ってことだよ。箒が転校したのが
小四の終わりだろ? 鈴は入れ違いに小五の頭に転校してきたってだけで」
『む~~~~~~』
いや、そんなに頬を膨らませて不満を訴えられたって過去を変えることなんてできないし、俺も鈴が幼馴染だったことを良かったと思ってもなかったことになんかしたくはない。
「ふふん、分かった? 一夏の練習は私一人でも十分なのよ!」
あ、鈴危ない!
「邪魔だ、馬鹿者」
バシッと出席簿の音が響き渡る。教室の入り口で仁王立ちなんかしていたら仕様がない、箒やセシリアも黙りこくっている。いつの間にか予冷が鳴っていたようだ。
「痛った~~~~~~! 誰よ!」
あまりの痛みに涙目になった鈴が叫ぶ。俺も何度も叩かれたのでその気持ちは分かるし理解はできるのだが、残念ながら相手が悪い。
俺は鈴の冥福を祈った。
「入口に立ちふさがるな、邪魔だ」
「千、千冬さん……」
振り返った鈴の背後には我等がクラス担任、織斑千冬先生が仁王立ちしていた。こちらからは見えないのだが、きっと鈴の表情は引き攣っているのだろう。声音にはっきりとそれが表れている。
「予鈴が鳴ったぞ。さっさと自分の教室へ帰らんか、凰」
「は、はい…………」
さっきまでの勢いはどこへやら、鈴は小さく縮こまって二組へと戻っていった。
昔から鈴は千冬姉が苦手だった。幼馴染故に鈴は千冬姉とも面識はあるが、どうしても鈴は千冬姉には借りてきた猫状態だ。
「お前達もさっさと席に着かんか!」
一瞬で全員が着席した。
どうやら千冬姉が苦手なのは鈴だけではなかったらしい。