「一夏さん、学食までご一緒しませんこと?」
昼休みになると、セシリアが俺を食事に誘ってきた。とはいえ俺がクラス代表に決まってからは毎日のように一緒に昼食をとっているので、ほとんど社交辞令と変わらない。俺も特段理由がなければ断らないし、箒も無言で立ち上がって同行することがお決まりだった。
だが、今日は違った。学食に着くと、そこにはラーメンの載ったトレイを持って仁王立ちする鈴の姿が。
「やっと来たわね! さっさと来なさいよ!」
「いや、別に約束とかもしてないはずんだが……」
「うっさい! 私が待っててあげたんだから直ぐに駆けつけなさいよ、亜光速で!」
相変わらずテンションが上がると無茶苦茶を言う鈴だ。そんな変わらない様子に微笑んでいると、二人分の冷たい視線を感じる。こっそりと盗み見ると、箒とセシリアが俺達を睨みつけていた。
「とりあえず席に着こうぜ。いつまでも立ちっぱなしって訳にはいかないだろ」
「そうね、じゃあ私は先に席を取っておくから」
鈴はそう言って飛んで行った。トレイのラーメンが全く零れないのは流石だと思う。
「俺達もさっさと食券を買っちまおうぜ」
券売機に小銭を入れて日替わり定食のボタンを押すと、ガタっと派手な音を立てて紙切れが一枚吐き出された。俺はそれを手に取ると行列の最後尾に並ぶ。前にならんでいる生徒を見ると、どうやら今日の日替わり定食はサバ味噌のようだ。
食券を食堂のおばちゃんに渡すと日替わり定食が出てきたので、トレイを持って食堂の中を見回すと、鈴の姿はすぐに見つかった。まだラーメンには口を付けていないらしい。
「遅いわよ」
向かいに座ると鈴はそう不満を口にした。先に食べていてくれて良かったのだが、その気遣いは素直に感謝する。箒とセシリアもやってきたので、セシリアが俺の隣に、箒が鈴の隣に座った。席に座るだけでクラスメイトの二人は間誤付いていたがいったい何がしたかったのだろうか?
箒は俺と同じ日替わり定食のサバの味噌煮で、セシリアは茸のクリームパスタ。鈴は醤油ラーメンらしい。この食堂は味が良いから他の人のメニューを見るだけで楽しくなる。
「じゃあ食べようぜ」
『いただきます』
俺の言葉を切っ掛けに手を合わせて感謝をする。日本の美徳だな。
「うん、美味い」
一口食べるとサバが柔らかく解けていく。魚特有の生臭さを味噌の香ばしさが消していて、口の中に広がる味わいが箸をさらに進める。ご飯にも合う。
「どうだ凛、クラスには馴染んだか?」
「ま、二組のクラス代表になったわ。これであんたと対戦することになるわね」
それは凄い。やはり代表候補生の肩書は大きいらしい。俺のクラスも俺がいなければセシリアで決定だったろうしな。
「てか、馴染んでる云々ならあんたの方でしょ? 女の中に男一人なんだから」
そう言われればそうだった。
「珍獣扱いだな、多少は慣れたけど」
人間の適応能力って凄いな。
「そうね、ジャンルとしてはツチノコと同じ扱いでしょ?」
にやにやと楽しげにいやらしく笑う鈴の顔が腹立たしいが、ここは幼馴染ということで我慢しておくことにした。なので鈴の視線から逃れるために目の前の昼食に再び取り掛かる。
「ところで一夏さん、放課後の〝特別〟特訓なんですが、今日はクラス対抗戦に向けて模擬戦を行いませんこと?」
サバの味噌煮を噛みしめている俺に、セシリアはそう提案をしてきた。なぜか〝特別〟の部分を強調していたようだったか、確かに残り日数を考えると基礎訓練ばかりというわけにはいかないだろう。模擬戦とそこからの課題の洗い出しは必須だと思う。
まだ課題だらけだろうが……。
「そうだな、そうするか」
俺が頷くと、セシリアは得意げな、それでいて花のような笑顔を咲かせた。箒が忌々しげに爪を噛んでいたのは何故だろう?
「じゃあ、私も参加するわ!」
俺達、というより箒とセシリアに見せつけるように挙手をする鈴に、二人の視線が集まる。
「駄目だ! 他のクラスの人間に、対抗戦に向けての特訓を見せられる訳がないだろう!」
「箒さんの仰る通りですわ! いくら敵に塩を送るという文化があるとはいえ、そこまで有利にさせるわけにはまいりません!」
おいおいセシリア、テーブルは叩くなよ。お茶がこぼれたらどうするんだ?
「はぁ? 素人の特訓に秘密も何もないでしょ? 第一それを決めるのは当の本人である一夏じゃないの?」
そう反論する鈴の語気もなかなかに強くなっている……って俺?
『一夏(さん)!』
「ひぃっ!」
箒とセシリアの剣幕に思わず悲鳴が漏れてしまった。いや実際かなり怖いんですよ……。サバの味噌煮が残ってなかったら即座に逃亡もんだ。
「ま、まぁまぁ落ち着けよ二人とも……」
平和的な解決を期待して、俺は二人をなだめようとした。そう努力した。だがそうはならないだろう、世の中は無情だ。
『どっち!』
やっぱり!
というか二人とも興奮しすぎて途中がすっぽりと抜け落ちている。一応会話の流れから言いたいことは分かるよ? 鈴を放課後特訓に参加させるかさせないかだろうけど、二人の目が血走っていて答えにくい。一種の脅迫だろう。
「ふぅ~~~~~」
深く深呼吸をして胆力を上げる。いくらこの二人が怖いからといえ、俺の返事は決まっている。幼馴染を無碍にしたくはない。
一度目を閉じて覚悟を決めた。
「鈴、一緒に練習しようぜ」
瞬間、鈴は得意げな顔になり、対して箒とセシリアは気落ちした表情になった。でも、意外だ。絶対また怒られると思ったんだが。
「ま、当然よね。一夏が幼馴染を追い払うようなことするはずないもんね」
どうやら思っていたよりも幼馴染からの信頼は厚かったらしい。折角だしこのまま旧交を温めるとするか。
「でもお前、中国の代表候補生になったんだろ?」
「そうよ~、しかも専用機持ち」
自慢げに小さな胸を鈴は張った。〝小さい〟と思ったのはここだけの秘密だ。鈴はこの件にかなりコンプレックスを持っているのでこんな事を口にした日は地獄が顕現する。隣から聞こえてくる『私もそうですわよ』という呟きはこの際気付かなかったことにした方が平和だろう。
「あ、俺も専用機持ちになったぞ」
「え? 一夏が? あんたIS乗って一ヶ月かそこらでしょ?」
「何でもデータ収集の為らしい」
成程と頷く鈴の右手首には赤いブレスレットがあった。多分あれが鈴の専用機の待機形態なのだろう。ちなみに俺の白式はガントレットで、セシリアのブルー・ティアーズはイヤーカフスの形態をとっている。専用機のISはこの状態から展開して装備することができるのだ。この携行性はISが最強の兵器である理由の一端を担っている。
「じゃあ勝負するわよ、一夏!」
「いやいや! 素人同然の俺に勝ち目なんてあるわけないだろ?」
現にセシリアには負けてしまっていた。結果だけ見れば惜敗に見えなくもないが、最初から本気で来られていたら一瞬で潰されてたからな、俺。
こう昔から白黒つけたがる所も変わらない。本当にころころ変わる表情といい、気まぐれな性格といい、猫の様という形容がこれほど似合う奴もいないだろう。…………まぁ間違いなく猫科でも強烈な肉食の奴だろうけどな。ピューマとかジャガーとか。
肉食、か。
「そういえば、親父さんは元気か? 親父さんの酢豚、また食いたいな」
中学時代、中華料理屋を営んでいた鈴の家で俺はよく食事をご馳走になっていた。勿論食費は千冬姉に貰っていたから代金は払っていたのだが、それはお友達価格になっていたのは事実だ。だから鈴の親父さんの料理は、ある種俺の中では懐かしい味にカテゴライズされていた。
「ああ……そうね…………」
鈴が珍しく言葉を濁らせた。明朗快活を絵に描いたような普段から比べたらかなりおかしい。
「酢、酢豚だったら、私が作ってあげるわよ!」
「え、良いのか?」
「い、良いわよ! その、約束も、あるし……」
真っ赤になって目を逸らす鈴の姿が少し可愛らしかった。偶にこういう愛らしい表情を見せるから鈴は侮れないのだ。
しかし――――。
「鈴」
「何よ?」
「約束って何だ?」
「は……?」
あれ? 鈴が口をあんぐりと開けて目を見開いている。もしかして俺、地雷踏んだか?
「な、何? 忘れちゃったの? 忘れたって言うの!」
ヤバい! 鈴が本気で掴みかかってきた!
「え~~~と、え~~~~~と。確か料理を――――――」
「料理を!」
「上手に作れたら――」
「作れたら!」
何だった! 思い出せ、俺! 今こそ眠っていた脳細胞を一気に活性化させて過去の記憶を復活させるんだ! でなきれば死ぬ! 殺される!
「あ~、あ~~~……、あぁああああああああっ!」
瞬間、生存本能が記憶を叩き起こした。
「思い出した?」
「思い出した! 確か料理が上手くなったら――」
「そうそう! 上手くなったら?」
「毎日――」
「そう! 毎日?」
「――――――酢豚を奢ってくれるんだったよな!」
「………………は?」
あれ? 何か鈴の反応が、はずれっぽいんですけど? え、でもそういう話だっただろ? 『鈴が料理を上手に作れるようになったら毎日酢豚を御馳走する』って約束では?
呆然としていた鈴が、俯いて肩を振るわせ始めた。泣いているんだろうか?
心配になって少し覗き込む。
「こんの朴念仁!」
瞬間、見事なアッパーカットが炸裂した……俺に。
「あぐ…………」
の、脳が揺れた……。昔、顔面をぶん殴られた記憶が叩きだされたぞ。というか一般男性よりも威力があったような気がする。やっぱり代表候補生は格闘技も必須なんだろう。
「一夏の馬鹿! 犬に噛まれて死ね!」
そう酷い言葉を叩きつけると、鈴は残っていたラーメンをかき込み、スープを一気に飲み干して器をドンッとテーブルに叩きつけて立ち上がり、そのまま席を離れて行ってしまった。
リカバリーの間にあわない俺は、黙ってその様子を見守るしかなかったが、何とか視線だけを向けているとこちらを見ている箒と目があった。
「お前が悪い」
冷たい口調で箒が断言する。そんなに分かりやすく俺が悪かったのだろうか。約束は間違ってはいないはずなんだけどな。
どうも俺は、幼馴染との穏やかな再会とは縁がないらしい。
皆さんお待ちかねぇ!
ついに始まるクラス対抗戦の一回戦。
秘めた思いを胸に、鈴は一夏に猛攻をかけます。
しかし、白熱する二人の勝負は、思わぬ展開を迎えるのでした。
次回IS武闘伝「無人機強襲! 幼馴染タッグの賭け」にReady~Go!