「さてお前達……、ここに呼ばれた理由は分かっているな?」
部屋の中から千冬の声が響く。鈴は反射的に硬直する体を叱咤して、扉の影から中をこっそりと覗き込むと、そこには仁王立ちをする千冬とその隣に佇む山田真耶、そして対面で整列、気をつけの姿勢をする一夏、箒、セシリア、レインがいた。
IS強襲事件の関係者が、何故か鈴を除いて招集されたため、どうしても気になった鈴は、こうして覗きに来たのだ。
「私達は先程の事件の功労者ですわよね?」
「功労者……か」
何処から出てくるのか分からない自信をセシリアが見せるが、千冬はそれを鼻で笑った。セシリアはムッとしたが、織斑千冬という人間をよく知っている者は表情が引き攣っている。具体的に述べると、真耶、一夏、箒、そして鈴だ。
「お前達は規則に違反している。その罰は受けて貰うぞ。ま、緊急時だったので軽減はするがな」
千冬の言葉を受けて真耶が手に持ったファイルを読み上げる。
「まず織斑一夏君、セシリア・オルコットさんは使用許可の無い状態でのISの展開、戦闘行為について反省文を提出の後、一週間の寮での謹慎です」
その処分に、一夏は「はい」と返事をするが、セシリアはやはり納得できなかったらしい。今にも真耶に掴みかからん形相で一歩前に踏み出すがなんとか踏みとどまった。しかし、口は止まらなかったらしい。
「私の行動がなければ、被害が広がっていたかもしれませんわ!」
「そもそも学生が緊急時に前線に出るなど、認めるわけがないだろう」
「私は代表候補正の専用機持ちです! 他の生徒と同じにされたら困りますわ!」
「黙れ。今のお前の実力で教員と同等の評価を貰おうなどとおこがましいぞ」
ばっさりと千冬に切って捨てられたセシリアだったが、相手が世界最強となるとどんな強気な発言も虚しく響くだけ。唇を噛みしめ、拳を震わせて反抗的な言葉を呑み込んだ。
沈黙を確認してから、千冬は溜息をついて手を叩く。
「さて、途中だったが続きだ。篠ノ之箒、レイン・カッシュ!」
『はい』
二人揃って声を揃えて返事をした。
「両名は退避命令を無視したことで反省文を提出後三日間の謹慎だ」
そこで鈴は疑問に思う。あの二人はどうやってアリーナに侵入できたのだろうかと。敵ISが侵入し、一夏と鈴が交戦していたとき、アリーナのロックはハッキングを受けて出入りはできないと千冬から聞かされていた。
だがその疑問は千冬の一言で一瞬で解消する。
「カッシュはアリーナの扉を壊した報告書も提出しておくように」
そう、レインはISの出入りように作られた大きく思い扉を破壊したのだった。今この場で聞いたのでなければ誰一人として事実とは受け取らなかっただろう。
「よく壊せたな……」
「流派東方不敗、光輝唸掌。アリーナの扉は外からIS同士の戦いでの余波を受けることを考慮された構造だ。内からならそれほど難しくはない」
驚きと呆れの入り混じった一夏に、レインはそっけなく説明をした。本心から難しくないと思っていることは、遠目で見ている鈴にまで伝わってくる。
「……そう言えば、鈴は御咎めなし?」
一夏はようやくこの場に鈴がいないことに違和感を持ったらしい。もっと早く気付くべきだと静かに怒りを燃やす鈴だが、さすがにこの場は自重した。
「凰は特段命令違反や規約違反を犯してはいない。ペナルティを課す理由がないだろう」
「そっか」
あっさりと納得する一夏に周囲は溜息を吐く。とは言え結果的にそうなっただけなのは鈴本人が一番理解していて、あのまま戦いが長引くなら、鈴はアリーナの外で一夏をかばって戦う心づもりだった。
「今回は中止になったが、後日何らかの形でクラス対抗戦《リーグマッチ》はやり直しをする。織斑はそれまでにコンディションを整えておけ、以上だ」
そう伝えて、千冬は一夏達に背を向け真耶がそれに続く。自分のいる出入り口に向かっているのだと分かった鈴は廊下の影に慌てて隠れた。
扉が開いて話し声がする。
「でも、厳しすぎる処分だったんじゃないですか? 被害を抑えてくれたのは事実ですし」
「どうせ止めても、似たような状況になれば同じことをする。だったら、周りがブレーキをかけるしかないだろう」
真耶の進言を千冬はあっさりと却下した。そして鈴も千冬の言葉に内心同意する。あまりよく考えずに人の為に動けてしまうのが織斑一夏の美点であり欠点でもあることを、小学校からの幼馴染はよく理解していたのだ。
二人の足音が遠のくと、次は姦しい声が室内から飛び出してくる。
「まったく! この私が謹慎なんて信じられませんわ!」
「仕方ないだろう? 違反は違反なんだから」
憤慨しているセシリアを何とか宥めようとしている声に、鈴は怒りを覚えた。ほんの一年ちょっと前に自分がいた立ち位置に他の人間が堂々といることが我慢できない。
再度中の様子を覗き見ようかと思っていると、話声が近づいてくる。どうやら部屋から出てくるようだと推測した鈴は、廊下の角でそのまま待機をすることに決めた。
「……ISに殴りかかったときは心臓が止まるかと思ったぞ」
ぽつりと呟く箒に、レインは不満そうに返事をする。
「先に飛びだしたのはお前だろう」
「私はふぬけた一夏に活を入れてやろうとしただけで、ISと戦おう等と思ってはいなかった」
「ふぬけって……」
あまりな箒の言い様に溜息を吐く一夏。
「まあ、でも皆無事で良かったよ」
その言葉に周囲が黙った。
(あんな恥ずかしいこと、よくもナチュラルに言えるわね)
鈴は内心で呆れるが、同時に顔が赤くなることを抑えられなかった。自惚れでないなら、一夏の守りたかった皆の中に自分がきっと入っていると思ったからだ。
「あ、じゃあ俺着替えてくるから」
そう言って一夏は一人だけ集団から離れる。世界で唯一の男性操縦者である一夏の更衣室は、女子更衣室を一つだけ男性用として無理やり使用しているので女子更衣室とは距離があるのだ。
目的地が想像できるので鈴は先回りをする。
男性更衣室に向かう間に考えるのは一夏のことばかりだ。
守りたい、守って見せる、守るのが当たり前。一夏はそうやってよく〝守る〟という言葉を一夏はよく口にしていた。中学に入ると、その難しさと無力な現実を知って頻度は減ったが、それでも一夏は事あるごとに言っていたのだ。
それは子供心に他の家と違い、学生の姉に養われているという状況から生まれた憧れの気持ち、もしくは自責の念だったと、今の鈴なら考えられる。だが、当時の女子ならではの男子より成熟していて大人になりきれないという精神では、一夏の言葉は現実味のない夢物語にした聞こえなかった。
だが今、一夏はとうとう守って見せた。絶体絶命だった鈴やその他の命を。
都合のいい物で鈴の頭の中では、自分以外に一夏に守られた箒やレインの情報はフィルターされている。気持ちの上では、勇者とお姫様だ。
鈴の顔に知らず知らずのうちに笑みが浮かぶのも仕方のないことだった。
変わっていない。その認識だけで嬉しくなる。幼馴染の本質が変わらずいてくれたことが鈴にとって喜ばしいことだった。鈴の両親は離婚をしている。一夏にはまだ話してはいないが、鈴が中国へ帰ることになった原因はそれだ。親権を取った母に連れられてその故郷へと戻った。
鈴にとっては信じられたい、信じたくない事実で、当時の荒れ方を思い出すと迷惑をかけた一夏や弾に申し訳なく思う。おまけに鈴は、人間関係の変化し易さを実感してしまったと言える。どんなに仲の良い夫婦でも時の流れの中ではどうなるか分からないと。
だからこそ、喜び大半ながらも僅かに不安を抱えて一夏と再会した。二人の関係を結ぶ約束を一夏が忘れていたことに腹を立てた。
しかし、一夏は一夏のままだった。鈍感の朴念仁だが優しい幼馴染のままでいてくれた。それを鈴は今日の試合の中で肌で感じ、喜びと安堵で胸がいっぱいなのだ。
だからその気持ちを、全部でなくとも僅かなりとも伝えたい。その思いで鈴は脚を動かした。
更衣室の前に辿り着く。どうやら一夏はまだ来ていない様子だったので、鈴はほっと胸を撫で下ろした。そして、慌てて緊張した顔を作って一夏を待つ。
程なく一夏がやってきた。遠いとは言え十分もかかりはしない距離だ。タッチの差だったのだろう。
「一夏」
「……鈴?」
鈴の呼びかけに気付き、一夏は不思議そうに首を傾げる。当然、鈴が男子更衣室の前にいる理由など思い浮かぶはずはないのだ。
「お前、どうしてここに?」
「別にどうでもいいでしょ? それよりあんた、賭けの結果どうすんのよ?」
素直に礼を言えない自分に鈴は嫌気がさすが、真っ赤になった今の顔ではとてもではないが一夏を直視できない。だからありがとうの代わりに試合前の賭けのことなんか話してしまった。本人も色気がないと自覚はあるのだが、如何せん性分は変えられない。
「う~ん、試合も中断されたし引き分けってことで水に流さないか?」
少し考えて一夏はそう提案した。やっと落ち着いた鈴は一夏を真直ぐ見て笑った。
「ま、それでいいわよ。私は心が広いからね!」
「そうか、良かった」
そう笑う一夏に、その笑顔に、不意を打たれて鈴の顔は再び真っ赤になる。尤も一夏はそんな鈴の様子に気付かないのだが。
だからこそ、鈴が絶対に恥ずかしがって言えないことも臆面もなく言ってのける。
「じゃあ代わりと言っちゃなんだけど、今度遊びに行こうぜ」
鈴はバッと高速で一夏に顔を向けた。恥ずかしさなど大きな喜びの前で消し飛んだのだ。
「そ、それってデ――――」
「皆でな!」
「――――は?」
鈴、絶句である。
「他の奴らと早く仲良くなって欲しいからな。それに弾や蘭と久しぶりに遊びに行くのも良いな」
鈍感ここに極まれり。これだけ真っ赤な顔をして〝二人でのお出かけ〟に心躍らせる少女を前に、よくぞこんな台詞が出てくるものだ。
当然、鈴の怒りが一気に沸き起こる。
「……はぁ~~~~~~~~」
しかし、そこは幼馴染といったところで、一夏の鈍さに振り回されることは慣れっこだった。溜息を、深く深く深く吐くことで何とか平常心を取り戻す。
「ま、考えとくわ」
「おう。考えといてくれ」
軽口を叩き合うことも当り前の二人の人間関係。これは一夏にとっても鈴にとってもありがたいものだった。二人が時間をかけて作り上げたものだ。
「じゃあ、そのときはスイーツ奢りなさいよ!」
「はぁ? 何でだよ?」
「あんたが約束を忘れてたからでしょうが!」
「いやいや! 思い出しただろ!」
「忘れてたことには代わりないじゃない!」
叫んではいても、そこには確かに柔らかな親愛の情があった。