俺はISスーツを着替えて部屋に帰る。いや~、何とか鈴と和解できて良かった良かった。……スイーツは高くつきそうだが。
ま、そのぐらいは目を瞑ろう。約束を忘れていたのは事実だからな。俺にとっては軽い約束でも相手にとってそうじゃないってことなんだから。
部屋に帰る途中、俺は見知った顔と遭遇した。
「レイン?」
壁に寄りかかり目を閉じたレインが立っている。どうしてこいつは暇なときはよく瞑想をしているんだろう? ノルマでもあるのか?
「待っていたぞ、一夏」
「待っていたって、お前も謹慎を喰らったんだから部屋に戻っておいた方が良いんじゃないか?」
「お前に用があってな」
用か……何だろう。また特訓だの修行だのでボコボコにされる系の話じゃないだろうな? 入院だの大げさな話にはならなかったけど、鈴の衝撃砲を背中から直撃で受けて一応怪我人なんだよな。
「あ~、特訓とかだったら、また今度で――」
「背中の怪我の具合はどうだ?」
「………………ああ、大丈夫だ」
何だばれてたのか。いや隠したつもりはないけど、聞かれなかったら黙っているつもりだったんだけどな。
表情を一切変えずにレインは話を続ける。
「運の良い奴だ」
「俺もそう思う」
実際、今回五体満足の主因は運以外の何物でもない。素直にレインの言葉を認めたのだが、意外なことにその答えをレインは気に入らなかったらしい。
「……何であんな無茶をした」
静かなその声は、底冷えのする怒気が含まれているのを感じる。考えてみればレインの怒りというのは初めて見た。圧倒的な実力差があり、気分は蛇に睨まれた蛙だ。
「他に方法が思いつかなかったから」
恐怖を感じながらも俺ははっきりと答えた。嘘を吐く場面じゃないし、俺は自分の判断に誇りを持っている。あの場面で皆を守るにはそれしかないと思ったし、結果ちゃんと守ることができたのだ。
「――――――っ!」
「…………え」
響いたのは乾いた音。パンというここ最近では聞いてないもの。
俺は思わず痛みの走る頬を左手で押さえた。
「…………馬鹿」
レインの声は震えていた。唇を震わせるその姿は、いつものイメージと全く重ならない女の子の印象を強く与える。
俺はビンタを喰らったのだと、漸く頭で理解した。
「……レイン?」
今のレインの様子がいつもと違うと分かる。普段であればビンタなんてしやしない。掌底か鉄拳をくらっているはずだ。
「弱いくせに、あんな無茶をして……」
声が弱々しく震えている。
俺はこれがレインの本質なんじゃないかと、漠然と感じた。強く凛々しい無愛想は、きっと格闘家としてのレインなんだ。今ここにいる弱い女が、レイン・カッシュという少女の生来の在り様なんだろう。
「でも、ああしなきゃ皆を守れなかった」
だから俺は少しでも優しく、相手を安心させるように返事をする。だが、レインは落ち着く気配を見せない。寧ろさらに感情をむき出しにしてきた。
「……そんな風に守った気になられるのが一番迷惑なのよ! 守った側の自己満足を押しつけられて納得しろって言うの!」
激しく俺を糾弾するレインの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
俺は女の子を泣かせてしまったのだ。
怒らせることは今まで何度もあった。だけど泣かせたことは殆ど記憶にない。それは女子を泣かせる男は最低だという俺なりの信条や千冬姉の教育によるものだ。
「…………ごめん」
だから俺は謝る。どんな理由があれ、泣かせた俺に非があるのは間違いない。
「もう、無茶はしない」
俺の行動がレインを泣かせることになるなら、自分を変えていかなければいけない。
「だから――」
心から、決意を語る。この場で決めたインスタントなものでも、実行すれば価値があるはずだ。
「――俺をもっと鍛えてくれ。無茶しなくて済むぐらいに!」
「…………………………」
レインは沈黙で俺に返してきた。呆れてるのか驚いているのか、それを表情から読み取ることはできないが、その場で殴られるかもと思っていたから少し安堵。
「……お前は、本当に馬鹿だな」
漸く口を開いたレインはそんなことを言う、微笑みながら。俺も釣られて笑ってしまう。
「馬鹿ってなんだよ。ちゃんと俺が知る中でも最強クラスの奴に頼んでるんだぞ?」
「私はまだ、弟子を取れる身分じゃない」
「そんな大げさな。今までみたいな特訓を続けてくれれば良いんだよ」
言葉使いもいつもの男らしいものに戻っていた。きっとさっきの女言葉について追及すると鉄拳制裁をくらうんだろうな。経験的にそんな気がする。
「そういや、アリーナの扉をぶっ壊したっていう技、何て言ったっけ? 光――」
「光輝唸掌。掌から気を放つ技だ」
「気……?」
いやいや、漫画じゃないんだから。だってそんなものがあるなら、○○○○波とか撃てちゃうじゃないか。
「これだ」
「げっ!」
レインが掌を俺が見えるように翳すと、確かにその手はぼぅっと輝いていた。これが気という奴なのか。
「元来、掌は気の集まり易い部位だ。流派東方不敗はこの気を用いる武術だからな」
「……凄ぇな。俺でもできるようになるのか?」
「十年、死ぬ気で修行するならな」
それは無理。
でもレインの強さの秘密の一端を見たな。気もあるけどそれ以上にそんな荒唐無稽なものを教えてくれる師と、その人の下で死ぬ気で修業し続けてきんだろう。昔剣道を齧った程度で勝てるわけがなかった。
「ま、レインに心配かけない程度に頑張ってみるさ」
「さて、何年先になるかな」
最後に俺達はそんな軽口を叩きあって別れた。レインの軽口なんて初めて聞いた。どんなに強くても、やっぱり同年代の少女だったんだなと、俺はどこほっとするのだ。
「待っていたぞ、一夏!」
「…………ただいま」
部屋のドアを開けた瞬間、仁王立ちの箒が飛び込んできた。
「さあ、早く座れ!」
箒は俺の手を引っ張って無理やり部屋の中へ連れ込む(俺の部屋でもあるけど)と備え付けのテーブルに着席させた。そのあまりの迫力には思わず従わずるをえない。
「えっと、座ったけど……それより俺腹が減ってるから、先に食堂に行きたいんだけど……」
「く、空腹なのか! そうか! こ、これを食べろ!」
ダンッと音を立てて目の前に大皿が置かれた。
「……炒飯?」
「そ、そうだ!」
「……箒が作った?」
「そうだ!」
「……俺が食っていいの?」
「か、勘違いするな! 謹慎中は暇になるから、久しぶりにその、料理でもしてみようと思っただけだっ!」
何だろう、勘違いって? 俺が食っちゃ駄目ってことか? でも食べろって言われたしなぁ。
「な、何をしている! さっさと食べないか!」
あ、やっぱり食べていいのか。
「じゃあ、いただきます」
「………………」
箒が隣で固唾を飲んで見つめてくる。じっと見られてて非常に食べにくいんだが……。
一口食べる。口の中に広がる香ばしい、炒めた米の味。不味くはない、不味くはないのだが。
「……箒」
「な、何だ!」
「……味がしない」
「何だと!」
俺の手から蓮華を奪い取ると炒飯を一口掬って食べる。見る見ると青くなる顔色だったが、箒は蓮華を静かに置いた。
「…………すまん、一夏」
あからさまに落ち込む箒。俺はその姿を見て蓮華を引っ掴んだ。
「あん……」
「い、一夏! 不味いだろ! 無理に食べなくても――」
「別に不味くねぇよ」
美味くないだけで。
でも折角箒が作った料理を無駄にしたら、勿体ないお化けが出るってもんだ。
そのとき、部屋をノックする音がした。
「一夏さん、いらっしゃいますか?」
「セシリア?」
声の主はセシリアのようだ。何の用か分からないが、俺を訪ねてきたらしい。
「私が出よう」
箒が席を立つ。横顔がどこか怖かったような気がするが……きっと気のせいだろう。
「一夏さ――って箒さん!」
「何の用だ?」
「ちょっと一夏さんに差しいれを……」
「そうか、渡しておこう」
「て、何で箒さんにお預けしなければなりませんの!」
二人して何かもめ始めたぞ。ちょっと様子を見に行くか。
「どうした?」
「一夏さん!」
入り口では包を持ったセシリアと、箒が対峙していた。
「一夏さん、私サンドイッチを作りましたの。食べていただけますこと?」
「お、良いのか?」
「はい!」
包を受け取り開けてみると、そこには綺麗なベーグルサンドが入っていた。具を見るとサーモンが挿まれているようだ。
「是非食べて下さい」
「うん、いただくよ」
俺は一切れ手に取って一口齧ると、口の中にサンドイッチの味が広……が…………り…………。
「~~~~! セ、セシリア、何入れたんだ……?」
「これはスモークサーモンとクリームチーズのベーグルサンドですわ。初めて作ったので、ちょっと不安ですけれど……いかがですか?」
満面の笑顔で聞いてくるセシリア。いや、あのスモークサーモンもクリームチーズの味もしないんですが……。というか、その…………不味い。何で? 何で豆板醤が入ってるんだ? 辛いって! 後絶対クリームチーズじゃなくて白味噌入れたんじゃないか?
「いかがですか?」
「…………あ~」
え、答えないと駄目? そうだよね。
「えっと、美味い……よ?」
「本当ですか!」
満面の笑顔になるセシリア。良かった、これで正しかったらしい。
「では、全部どうぞ!」
え? 全部? これを? 一口で胸やけと吐き気を覚えるんだけど……。箒に目線で救援を求めると、箒はすっとその目を逸らした。……冷たい。
「さあ、どうぞ」
ズイッとさらに差し出される凶器《サンドイッチ》。俺は冷や汗を流しながら覚悟を決めた。
「い、いただきます!」
二口目! ぐぁああああああああ! どうよこれ、どうよ! 食べ物だよね、これ! あ、何か涙出てきた……。
「ご……ごちそうさま…………でした」
食いきった……。ぁあ、刻が見える。
「お粗末さまでしたわ。あの……一夏さん、また――」
「何をしている?」
げ、この声は――。
「織斑、篠ノ之、オルコット」
「ち、千冬姉!」
「織斑先生と呼べ」
殴られた。
「お前達は謹慎中の身だが、楽しそうだな……」
「え、あの、決してそのようなことは……」
俺には分かる、弟の俺には。千冬姉が怒っている。セシリアの言い訳もそれを察知して震えているが、まだまだ認識が甘いぞ。
「謹慎中、一日に自室で腕立て、腹筋、スクワットを千回五セットを行え」
『えぇええええええっ!』
声を揃えて悲鳴を上げる俺達三人。
「……文句があるのか?」
『サーノーサー!』
「誰がsirか!」
『ソーリーマム!』
どうやら、俺の学園生活はドタバタで彩られる運命にあるらしい。
波乱入学編・完
皆さんお待ちかねぇ!
一夏の前に現れる謎の二人の転校生。
時期を同じくしてレインの前にも謎の男が現れるのです。
次回IS武闘伝「やって来た! 二人の転校生と覆面忍者」にReady~Go!