摸擬戦が終わったことで、本題のISの機動実習に移る。
同級生達は五班に分けられ、専用機持ちがそれぞれリーダーとして機動の手助けを行うようにということだ。つまりセシリア班、鈴班、シャルル班、ラウラ班、織斑班が作られた。
セシリアと鈴は山田先生の負けたことで言い合っていたが、千冬姉の指示を無視できる訳もなく一時休戦状態。後で俺が愚痴を聞かされるルートに入っていた。このフラグへし折れないかな。
さて、俺の班に割り振られたIS〝打鉄〟。〝打鉄〟は、箒が好んで使用する日本製の第二世代型量産ISだ。防御力に優れた近接主体の機体だと習っている。
で、俺の班は十人程度の女子が(男子はいないから)出席番号順に割り振られ、さあ始めるかという状態になっている。
千冬姉から最初に出された課題は〝歩く〟だった。いきなり面倒臭い課題を出されたな。
〝歩く〟という動作は、実はIS操縦の初期では難しい部類に入る挙動なのだ。PIC《パッシブ・イナーシャル・キャンセラー》や補助動力を入れておけば動かすこと事態は楽なんだが、〝歩く〟ではなく〝飛ぶ〟という状況が起こり易い。これは〝歩く〟という動作より〝前進〟という状態のイメージが強く、そのイメージに対してISが最適な反応をするためだ。
では、そう言ったアシストを切ればどうなるか。単純にISが重いのだ。全身に鉄の鎧を纏った状況だから、唯歩くだけでかなり体力が必要になる。ちなみに本物の鎧の総重量は、武器も合わせて十貫(三七・五キロ)あったらしい。
さて、今は一番最初に載る相川さんが、ISの外部コンソールを開いてステータスの確認をしている。
「相川さん、大丈夫そう?」
「うん、特に問題はないかな」
この辺りが量産機の手間だ。専用機ならある程度は自動で装着者に合わせてくれるのだが、誰でも使用できる量産機では、その都度操縦者に合わせてステータスをいじる場面が出てくる……らしい。箒がそう愚痴っていた。いや、だって俺入試のときしか量産機使ってないから。
「じゃあ、始めよう。とりあえず、装着から起動まで」
「了~解!」
軽い感じで相川さんが打鉄に乗りこむ。乗りこむというよりは手足を通してから打鉄の中心で座るように制止するだけなのだが、まあ他に的確な表現もないのでここは乗りこむと言っておこう。
すると打鉄が起動してが最適化行われる。最適化と言っても操縦者の体にフィットするように装甲が稼働するくらいだ。専用機の最適化処理《フィッティング》程は劇的に変化したりはしない。相川さんの体を固定するように、もしくは守るように打鉄の装甲が動いた。
特に問題なさそうだな。
そう思っていると千冬姉がやって来た。
「ふむ、ちゃんとできているな。では、カッシュ」
俺達の様子を確認した後、千冬姉はレインを呼び出す。そう言えば、俺の班だったな。
「何でしょう?」
「今日の遅刻についての罰則を言っておく」
うわぁ、千冬姉厳しい。いや、遅刻したレインが悪いんだけど、理由ぐらい聞いても良いんじゃないか? レインが遅刻なんて絶対に何か訳があると思うんだけどな。
「今からグラウンドを二十周だ。その後で今日の課題を行え」
「はい」
二十周って……。競技用トラックは確か一周四百メートルだったっけ。普通の学校は陸上競技場並みのトラックなんて持ってないんだけど、そこは天下のIS学園。金を湯水のように使って、競技場と比べても遜色のないトラックを作っていた。
それを百周ってことは、四百メートル×二十=八千メートル=八キロか。歩いて二時間、走って三十分かからないくらいか。……レインには楽勝な気もするが。もしかしたら持久力が、あれで意外とないのかもしれないよな。でないと、完璧超人になっちまう。
「織斑君、これで大丈夫?」
名前を呼ばれたので見てみると、相川さんが一歩一歩踏みしめるように歩いていた。何処かぎこちなさは残っているが、最初はこんなものだろう。
相川さんが打鉄から降りると、次の子がやってくる。交代して乗るために、また外部コンソールを弄り始めた。だが、二人目となれば特に注意することも多くないので、すぐに装着しようとする。
「あれ?」
「どうした、織斑?」
思わず出てしまった俺の声を、千冬姉はしっかりと聞いていたようだ。
「いや、ISが立ったまま固定されてて……」
操縦者のいない打鉄が直立の姿勢で鎮座していた。ISは背中から乗るので、これだと降りるのは良いが乗るのは少々手間だ。安全性も考慮すると、あまり宜しくない。
「相川、以後気をつけろ」
「すいません!」
「仕方がない。織斑、次の奴を乗せてやれ」
「はい?」
ちょ~っと待って。乗せるって、俺が? どうやって?
「さっさと次の奴を抱きかかえてISに乗らせろと言っているんだ。白式を展開すれば問題ないだろう。パワーアシストもあるしな」
いや、それ凄く恥ずかしいんだけど。俺も健全な男子高校生だから、女史との過度な接触には羞恥心ぐらい現れる。
「早くしろ」
でも、千冬姉に言われたら、従うしかないじゃないか……。
「はぁ~」
俺は溜息一つで白式を呼び出す。放課後の箒や鈴との特訓が生きた形だ。展開はかなりスムーズになった。
「えっと……じゃあ、持ち上げるから、動かないでね。ちょっとごめん」
「あ、いえいえ!」
次の順番の岸里さんを抱き上げる。きっと今の俺の顔は真っ赤になっているに違いない。だって岸里さんも赤面してるからな。そして箒は何故睨む。不可抗力だってば!
抱っこの姿勢で打鉄のコクピットの高さまで上昇すると、俺はゆっくり岸里さんを降ろす。
「足からゆっくりと入れて」
「う、うん」
しっかりとコクピット内に岸里さんが収まったのを確認してから、完全に手を離して下がる。ちょっと戸惑いながらだが、岸里さんはちゃんとISを起動した。
足元をしっかりと確認しながら、岸本さんが一歩踏み出した。歩くと言うよりは、地面を踏みつけるの方が近いような気もするが、とりあえずはこれで歩いたということだ。
何歩か進んで打鉄は停止する。
「うん、終わったらしゃがんでISから降りて」
また女の子を抱き上げるのは恥ずかしくて、俺はしっかりと注意した。岸里さんもそれに従おうとしたが、何を思ったのか途中でピタリと動作を止める。
「……? どうしたの?」
「えっと……」
岸里さんの顔が引き攣っている。どうやら焦点は俺の背後にあるらしい。とりあえず振り返ってみるが、そこには順番待ちの為に簡易テントの下で待つ同級生の女子達しかいない。
「よっと」
「あれ?」
視線を戻すと、岸里さんがISから降りていた。――――打鉄を直立姿勢のままで。
「え? あれ? 何で?」
「や~、流石に無視はできなくて」
無視してるじゃん、俺の注意! 何で! しかも他のクラスメイトは「まあ仕方ないよ」とか「許してあげなよ」とか、明らかに岸里さん寄りの発言が多い、てか岸里さん寄りだけだ。俺の味方はいないのか?
ちらりと箒に目をやると、顔を赤くしてそっぽ向かれた。……幼馴染って薄情なんですね。
「何を遊んでいる?」
げぇ、関羽! じゃなくて千冬姉! 女の子を抱っこする緊張で、すっかり忘れてた。
「年頃の女子の遊び心や憧れは理解できるがな。授業に持ち込むんじゃない」
千冬姉の言葉に一同がシンッとする。唯の注意でも迫力が満点だから仕方がない。
「……ちょうど戻って来たな。カッシュ、次はお前がこれに乗れ」
見てみると、確かにレインが戻って来ていた。グラウンド二十周の後のはずなのに息の一つも切れていない。八キロぐらい余裕なのか? ……余裕なんだろうな。毎朝、俺と箒が挑んで息も絶え絶えになるまで組み手しても。一切呼吸を乱さないからな。
「レイン、大丈夫か?」
「何がだ?」
指示に従い打鉄に近づくレインに、俺はこっそりと声をかけた。もしかしたらレインを抱き上げることになるかもしれないという思いもあったからだ。
あれ、密着するんだよな…………胸が。レインのさり気に平均を越えてそうなものがゲフンゲフンッ! 俺は馬鹿か!
「邪魔だから退いてろ」
レインは外部コンソールで設定を確認すると、そう言ってジャンプをした。そして打鉄の肩装甲部分に手を置いて、その手を軸に反転し、見事にコクピットに着地する。
『おおおおおおおおおおおおおっ!』
歓声が上がった。別の班の人間の思わずこっちを見ている。
てか今、レインどんだけジャンプした!
ISのコクピットは立ってれば高さが一メートル弱くらいの位置にある。だから普通の人は直立したISに乗るのに俺が抱き上げたりしてたのに、レインは二メートル弱の位置にある肩アーマーを越えた高さまですんなりと跳び上がったのだ。
もうこれ世界記録じゃないか?
ISを殴り飛ばすより、レインの身体能力の脅威が実感として湧く。
「問題ないな。お前達も自分の課題に移れ!」
叫び声を上げると、千冬姉は今度こそ別の班へと移動していった。レインは真面目だからその辺りを信頼してのことだろう。
特に問題なく起動と歩行を終わらせると、レインがさっさと降りようとしたので、俺は慌てて止めた。
「しゃがませて降りてくれないか? 次の人が乗れないから」
「分かった」
あっさりとレインは打鉄膝を折って降りる。この後で立ったままにするのは勇気がいるだろう、と俺はこっそりと胸を撫で下ろした。
事実、その後の作業は一切滞りなく進んだ。一時はどうなることかと。
「…………一夏」
「お、次は箒か」
何故か顔を赤く染めている箒が傍までやって来た。
「痛っ!」
「…………ふんっ」
そして何故か無言で頭を叩かれた。ラウラの不意打ちはかわせたのに……箒、やっぱり腕を上げたな。
じゃなく!
「何でいきなり叩くんだよ!」
「うるさい! 半分八つ当たりだ!」
反論してくる箒だが、八つ当たりと思っているなら止めてくれ。しかももう半分は何だよ。くそ~、白式解除するんじゃなかった。問題が起こらないから待機状態に戻しちゃったんだよな。
「じゃあ、早く乗れよ」
理不尽な暴力に、俺の言葉が少しぶっきら棒で棘のあるものになる。
「………………怒ってるのか?」
「……いや、怒ってねぇよ」
でも、恐る恐る聞いてくる箒の顔を見たら、理不尽な暴力に対する怒りなんて何処かへ吹っ飛んで行った。俺もつくづく人が良いと言うか何と言うか。
ま、他の人間だったら許さなかっただろうが。
「…………ほ、本当か?」
「本当だって」
まったく。そんなに心配になるなら、最初からしなければ良いのにな。まあ、これぐらい感情的な方が俺の幼馴染らしいよな。鈴もかなり直情的だし。
しかし、不安げな箒をこれ以上見るのも嫌だな。
「箒」
「な、何だ?」
「昼飯、一緒に食おうぜ」
俺が本当に怒ってない証拠としてのお誘いだ。腹の立つ相手とは、食事なんてしないからな。ストレスは消化を阻害するし。
「わ、分かった!」
「おう」
「そ、それでは…………昼に…………」
最後の方は消えかけていた。